22 肩書と中身
「か、勘弁してくれぇっ! 死んだほうがマシだぁっ!」
ルジャンたちを視界に取らえると、その男は助けを求めるように手を伸ばした。
ケーチがその手を握りニコリと笑うと、その男は顔を真っ青にし、途端に黙りこくった。
そしてそのまま訓練場の奥へと連れていかれた。
「騎士ってのは、拷問もするのかい?」
「副タイチョー、あの人は犯罪者なのー……?」
男から漂う不穏な空気にあてられ、セイビアとマイネは不安な表情を浮かべた。
「あれは衛兵から騎士に昇格した新米騎士です。たまにいるんですよ、訓練中に脱走するのが。まだ肩書に中身が追い付いていないんですよね」
「んねぇー、もしかしてだけどー……」
「アーシらも、あの男と同じ訓練をするのかい?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
ケーチがニコリと笑顔で返すと、セイビアとマイネはホッと胸を撫で下ろした。
「ジールさんから、ポテンシャルはあるから一番厳しい訓練で大丈夫だと。 死んだ方がマシって思うのは最初だけ、すぐに慣れますよ」
ケーチは爽やかな笑みを浮かべたが、 その言葉を聞いた瞬間、セイビアとマイネは、死神でも見たように背筋を凍らせた。
「今の人よりキツイのー!?」
「マジか、やっぱ罰なんじゃねーか、これ」
パンッ。
乾いた音が静かな訓練場に響いた。
ルジャンは迷いを消すように、両手で自身の両頬を力任せに叩いた 。
「死ぬより辛い訓練、やってやろうじゃねーか!」
無理やりに口角を上げたルジャンを見て、セイビアも自分を鼓舞するために、ルジャンと同じように両手で自身の両頬を叩いた。
「あぁ、そうだなルジャン、アーシらならできるっ!」
「ムリムリぃー、アタシはルっちーやセイちーと違ってー、脳筋じゃないのー」
「安心してください。ちゃんと給料も出ますし、宿舎の寝床も完備してありますから」
「え! お金貰えるの! ってそれでもムリぃー」
絶望に染まったマイネの瞳は、お金に釣られて一瞬だけ光が宿ったが、先程連行された男の絶望した顔が蘇り、すぐにその瞳を上書きした。
「マイネ、なんかあったら俺がなんかする!」
「ルっちー、ふわっとしすぎだよー……」
「マイネ、覚悟しろ、今のアーシらには必要なことなんだ」
セイビアの右手がマイネの左肩を、ルジャンの左手がマイネの右肩をガッシリ掴んだ。
逃げられないと観念したマイネは、ようやく腹をくくった表情を見せた。
「ルっちー、セイちー……。冒険者始めたころもそうだったー。 2人に乗せられてー、気づいたら冒険者になってたんだー……」
「怖がらせてすいません、安心してください、死ぬことはありませんよ。その一歩手前がたまにあるだけです。遊ぶ暇がないほど訓練するので、お金も貯まりますよ」
「笑顔が恐怖だよぉー……」
ケーチの笑みは、もはや恐れの象徴となっていた。
マイネの弱弱しい声が、訓練場に静かに響き渡った。
「良くも悪くも前向きなルジャン、口は悪いが素直なセイビア、 巻き込まれ体質なマイネ、ってとこか。悪人て感じはないし指導者次第で化けるかもな」
「この3人、続くといいですね」
ジールとフェリは二階の回廊の窓辺から、眼下の訓練場の光景を見つめていた。
「続いてほしいな。フェリの狂犬も、騎士の訓練後はかなり落ち着いたし」
「私はもともと落ち着いていますよ! ですがここで色々な方と関わることで、視野が広がった事は確かです」
「あの3人も、自分を見つめ直すきっかけになればいいんだが」
「相手がジール様でなければ、今頃は牢獄で極刑待ち。 3人の将来を考えて、騎士に推薦されたのですね」
「面倒を丸投げしただけだよ、こっから先はあいつら次第」
「私はまだ3人の名前も覚えていません。面倒といいながら、面倒を見てしまう、ジール様らしいやさしさです」
「……さっきも言ったけど赤の他人だ。俺はもう関係ないよ」
中庭の3人を横目に捉えながら、ジールは歩き出した。
その瞳の奥に熱を感じたフェリは、懐かしさを探るように、ジールの背中のその奥へと視線を伸ばした。
「どうした? フェリ」
普段と違うフェリの視線に気づきジールが振り返ると、フェリは控えめに口角を上げていた。
「私の時は、もっと面倒くさそうな顔をしていたなと。少し妬けますね」
「嫌なヤツだな! 昔の俺」
「そうですね、嫌な感じでしたよ」
2人は軽口を重ね視線が絡むと、出会ったころの懐かしさがこみ上げ、自然と顔が綻んだ。
「その面倒が、大切な出会いに変わる事がある。フェリから学ばせてもらったよ。あの3人、フェリと出会う前なら見捨てていただろうな」
フェリが淡く微笑んでいると、訓練の開始を報せる、木剣同士のぶつかる乾いた音が回廊に響いた。
ルジャンの威勢の良い声と、激しく打ち合う小気味よく響く木剣の打突音。
その清々しい稽古の響きに、場違いなノイズが混じった。
ジャラジャラと、耳の奥を逆撫でする貴金属の擦れる音にジールは眉をしかめた。
「ようやく見つけたわ」
「……。ベインジャーさん、珍しいですね、王宮にいるなんて」
「見栄を張るだけの茶会や晩餐会は飽きたわ。これからは中身のある女がトレンドよ!」
(中身ねぇ、そんなに宝石をつけて……)
ベインジャーはジールたちと同じ公務服に身を包んではいるが、指輪に腕輪、ネックレスに耳飾りと、華美な宝石や貴金属で全身を覆い、歩く度にジャランジャランと音を鳴らし、まったく別の装いに見えた 。
「見て、内務大臣補佐のバッジ! 大出世よ!」
装飾品に埋もれた胸のバッジを指差し、ベインジャーは得意げに鼻息を荒くした。
(肩書だけで中身がマシになるなら、エスタは立派な王様になれるな)
「今暇でしょ! パパが会いたがっているから、ついてきなさい!」
「パパって――え!? ボア大臣が!」
フェリが服の裾を引っ張り、小声でジールに声をかけた。
「ジール様ラスボスです、やりますか」
「だからやりません」
「何こそこそ話しているのよ、行くわよ」
ジール達の返事も聞かず、ベインジャーは、ジャラジャラと音を鳴らしながら足を速めた。
「あまり会いたくないが、逃げるわけにもいかないな」
「泳がすどころか、こちらが釣られそうな展開です」
お互い渋い顔を漏らし、2人は足早にベインジャーの後を追った。
(早々にラスボスか……。こっちの準備が整ってないのに、先手を打たれてしまったな……)
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