21 騎士隊入団
パン、パン、パン――
甲高い破裂音が、室内に響き渡った。
「おい起きろっ、ルジャン!」
セイビアの何十回目かの往復ビンタで、頬が一回り赤く腫れあがったころ、 ルジャンはようやく目を覚まし、重い瞼を持ち上げた 。
「セイビア……、ここはどこだ?」
ルジャンの視界に真っ先に入ってきたのは、セイビアとマイネの顔。
次いで認識したのは、いつもの安宿の薄汚れた天井でもなく、実家の天井でもない、質素ながらも装飾の施されたガラスのランプの光だった。
「騎士の宿舎、隊長室だよ。さっき説明されたんだけど、これからアーシらは騎士になって、国へ貢献しろってさ」
「騎士ぃ!? ……あぁ、まだ夢か。騎士になるなんて、子供の頃は夢見たけど、俺の頭じゃ無理だもんな」
「なれるんだよ! さっきの貴族さんが推薦してくれて、筆記もなしでいいってよ」
「さっき……。いつつっ、ほっぺが痛ぇ、え? 夢じゃない!? って、さっき貴族の奴にやられて、俺ずっと意識を失ってたのか」
痛みのする頬を触ると、焼けるような熱さを感じ、ルジャンは混濁した意識が 少しずつはっきりとしてきた。
「ようやく起きましたね。ようこそ、ファッド国第1騎士隊へ。私はケーチ・メイペックス。この第1騎士隊の副長であり、当面の君たちの指導係になります」
ケーチは丁寧な笑みを作り、床に転がっているルジャンへ手を伸ばした。
反射的にルジャンが手を取ると、ケーチの細見の体格からは想像できない筋力で、ルジャンは一気に引っ張り上げられた。
「いてて、パワーが全然違う……。上級の冒険者にだって腕力で負けた事ないのに、騎士ってのは見た目じゃないんだな……」
握られた手の痛みを感じながら、ルジャンはケーチを見上げた。
そこには優男に分類されそうな清潔感のある真ん中分けの黒髪と、人当たりの良さそうな笑顔があった。
いかつい顔をして威嚇してくる冒険者たちと比べれば、今までのルジャンなら意に介さない容姿だったが、同時にジールの姿を思い出し、見た目や口調は何の参考にもならない事を実感した。
「んねぇー、ルっちー、見た目も怖いよー。赤熊より強そうな、熊みたいなおじーちゃんが目の前にいるのー」
セイビアの後ろで縮こまっているマイネの視線は、ケーチの後ろに控えている男へ向けられていた 。
「ククク、熊は良い表現ですね。この方はムッサー・ラディック隊長です。この第1騎士隊の隊長で、私や君たちの上司になります。怒ると熊より怖いのでお気をつけて」
ケーチは場を和まそうとして、あえて軽口を入れてムッサーを紹介した。
ムッサーは熊のような大柄な体型で、短く刈り上げられた黒髪と対象的に、鼻の下と顎に長い髭を生やし、毛むくじゃらな印象を与えた。
獣のような鋭い眼光は威厳と威圧を含み、一睨みされただけでマイネはセイビアの影に隠れていた。
「第1騎士隊、この国で一番古く格式がある隊だ。その隊長ってのは、 やっぱこういう猛者が仕切ってるんだな……」
「見た目通りって感じの奴もいれば、予想を裏切る強さの奴もいる。アーシはもう何が強いんだか、見た目じゃわかんねーよ」
「んねぇー、ちょっと黙ろぉー。大人しく話聞こー」
眉をハの字にしたマイネの言葉に、ルジャンとセイビアは一度目を合わせ、ムッサーとケーチに向き合った。
「ケーチ、いったい何なんだ、この騒がしいガキどもは」
重く静かな声が室内に響く。
その落ち着いた口調からは、厳格さと威厳があふれ、ルジャンたちは自然と背筋を正していた。
「ジールさんからの贈り物だそうです。牢屋に入れてタダ飯食わせるより、働かせたほうが国のためになると」
「せっかく鍛えてやったのに。ジールもフェリーハも役人になりやがって」
「ジールさんは家の都合もありますし、フェリーハも彼女が望んだ道です。 2人とも文官にするには惜しい人材ですが」
ムッサーはジロリとルジャンを睨みつけた。
「お前、騎士に憧れているのか、第1騎士隊という肩書が欲しいのか」
「俺はみんなの役に立つ力が欲しい! ここで鍛えたら強くなれるのかっ!」
「お前が求める強さなんてのはハリボテだ。 ケーチ、訓練所に連れていけ。世迷言を吐かなくなるまでしごいてこい」
「地獄の特訓か! なんでもこいっ……、 です……」
やる気に満ち、意気込んで見せたルジャンだが、ムッサーが睨みつけた途端に肩をすぼませ、語気もしぼんでいった。
「はいはい、みなさん訓練所はこちらですよー。私についてきてくださいねー」
場の空気を和ませようとケーチは明るい声を上げ、ルジャンの肩を抱いて隊長室を後にした。
宿舎の石畳の廊下から王宮に繋がる廊下に入ると、床は上等なカーペットに変わり足音が吸い込まれた。
壁の装飾や天井のライトも普段目にすることのないものばかりで、 セイビアとマイネは物珍しさに視線を奪われながら、ケーチの後をついて歩いていた。
ルジャンだけはそういったものに興味がなくずっと難しい顔をしていたが、 意を決し、ケーチの隣に並んで口を開いた。
「えと、ケーチ副隊長さん」
「さん、はいりませんよ、質問があればみなさんもどうぞ」
「ハリボテって、どういう意味なんだ? 騎士なら強くならなきゃ守れないだろ」
「みんなを守る、良い目標だと思いますよ。ただ、皆がお腹をすかせたとき、武力でみんなを守れますか?」
「……食料を作れるのが最強って事なのか? じゃぁ俺はなんのために村を出たんだ、あのまま村で畑仕事をしてれば良かったのか」
「それも正解の一つです。守る力というのは、時と場合で、 方法も必要な能力も変わります。武力だけを鍛えても、他がおろそかでは何も守れません」
「畑もやって、騎士の訓練もして、他もやれば最強なのか!?」
「全てを1人で行うのは限界があります。だから人は助け合うのです。 騎士隊も同じです。個人の能力を伸ばすことも大事ですが、チームとしての連携も学びましょう」
「連携……!?」
「アタシの話も聞いてってことぉー」
「ルジャン、アーシら、ちゃんと話そう、アンタは眠ってたから気づいてないけど――」
セイビアはルジャンが倒れた後の惨状を説明した。
そしてその光景を見て、自分がどう感じたか、これからどうするべきか、ルジャンに問いかけた。
「俺、守れてねーじゃん……。迷惑かけて、騎士隊に入るお膳立てしてもらって、自分のケツも拭けねーのに与えてもらうなんて、クソガキじゃねーか……」
「素直ですね。反省できる子は成長できますよ。ここで言い訳をするようなら、いくらジールさんの頼みでも、追い出すつもりでしたが」
「ルジャン、もっかいやり直すよ!」
「冒険者になるって決めた日もー、こんな感じだったねー」
「あの時も、村に来た魔物を退治したはいいけど、被害も酷かった。このままじゃダメだって、みんなを守れる冒険者になるって決めたんだ」
王宮の喧騒から切り離された一角、土煙の上がる中庭が訓練場になっていた。
その中庭に広がる石畳の闘技場にルジャンは飛び乗り、拳を握りしめてケーチに向かい合った。
「ケーチ副隊長、お願いします。本当の強さって奴、教えてくれ!」
セイビアとマイネも後に続き、ルジャンの横に立って一緒に頭を下げた。
中庭に指す太陽の光と同じくらい、迷いのない強い光が、3人の目に宿っていた。
「いい目です、さぁ、それがいつまでもつか――」
その時、ケーチの言葉を遮る、悲痛な叫び声が訓練場に響いた 。
「い、嫌だぁっ! 殺してくれぇー、死んだほうがマシだっ!」
騎士2人に拘束され、床を引きずって運ばれる男は、この世の終わりを見たかのような、悲痛な顔に涙を浮かべていた。
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