19 売国奴!?
「冒険者にお知り合いですか?」
赤髪の冒険者と並ぶ2人の女性冒険者を視界に捉え、フェリは軽く眉をしかめた。
「急に機嫌悪くなったね、人違いじゃないか?」
ジールは面倒くさそうに首をかしげた。
冒険者たちは苛立ちを隠さず、荒げた声を続けた。
「俺はバカだが、こんなデカくてツノの生えた馬、あれ、馬でいいんだよな? 見間違えないぞ! なぁセイビア」
「ルジャンの言った通り、この2人、アーシが見た顔だ!マイネも見ただろっ」
赤髪の冒険者、ルジャンの威勢のよい声に、黄色い髪のポニーテルの女性冒険者、セイビアも同じ調子で返す。
「アタシ覚えてないー、んねぇー、ケンカしないでー」
マイネと呼ばれた青髪の女性冒険者は、2人と比べると消極的な姿勢で、オロオロと困り顔を浮かべていた。
「確かにジール様のとこの馬、珍しい種類よね」
「オックス種は、遊牧地域ではメジャーなんだがな」
オックス種の馬は一般的な馬より一回り大きく、ふさふさとした白い体毛と、夜目が効く金の目をしている。
左右の耳の後ろから生えた、サーベルのように長く曲がった2本のツノが、この国の馬にはない、ひと際目立つ存在感を発していた。
「ジール様、迎賓館の前で、オックスに驚いていた冒険者がいましたね」
「あーいたな、神様に文句言ってた奴らか」
ジールは、チアーナとの会談の日まで記憶を辿った。
大剣を背負った冒険者と、武闘家らしい装備の女性冒険者、それに弓を装備していた女性冒険者の3人が、おぼろげに思い出せた。
「あの日迎賓館にいた貴族、お前が国を売った売国奴なんだろ!」
ルジャンは背中に背負った大剣を抜き、ジールに向かってその切っ先を突き付けた。
「売国奴扱いされるほど有名になるとは、うれしくないな……」
「ジール様、噂にいちいち取り合っていたらキリがありません」
「だな。じゃぁトゥーリン、娼館の子たちにもよろしく」
ルジャンたちを無視してジールが馬車に乗り込もうとするが、ルジャンは大剣を振りかぶり、馬車のドアの前を塞いだ。
「逃げんなよっ。みんな言ってたぞ、鉱山を売り飛ばして、自分だけ得しようとしてるって!」
「みんな? みんなねぇ、聞いたことあるか?」
店の外の騒がしい様子が気になり、ロッカス亭の店主や客も外へ出て、野次馬気分でジールたちを眺めていた。
焼き立てのパイや焼き菓子をかじり、甘い香りを放っている所にジールが目をやると、その場にいる人々は皆揃って首を横に振った。
「ジール様って、自分だけが得したいってタイプじゃないわね」
「ジール様がそんな事するわけないだろ、うちの息子でも、そんなバカなこと言わないよ!」
トゥーリンや女将はあきれた顔でルジャンへ言い返した。
「え? じゃぁ誰が言ってたんだよっ」
「そりゃこっちのセリフだよ!」
トゥーリンのツッコミに、ルジャンたちを除くその場にいる全員が大きく頷いた。
「どっかの貴族に雇われて襲いに来た、って感じじゃないな。噂に踊らされただけの可哀そうな奴か」
「アーシらに憐みの目を向けるな! 大人ぶって平然としやがって! ルジャンは剣を抜いてるんだぞ、少しは焦るとか動揺するとかしろっ!」
ジールは首をかしげると、店先で間食を楽しんでいる人々から漂う甘い香りに我慢できず、袋に入ったパイを取り出して一口かじった。
「モグ、だってお前ら黄帯だろ。年齢もターラより少し上って感じか? 田舎から出てきた駆け出し冒険者なんて、王都で一番騙されやすい部類だぞ」
ジールはルジャンたちの首元を指差した。
そこにはギルドの発行している身分証の金属プレートが、黄色いレザーネックレスで首から吊るされていた。
「娼館に来るようなのは黒帯が多いけど、黄帯ってそんなに下なの?」
「はい、10段階の下から2番目、途中の黒まで行けば上級者と言えるでしょうか」
フェリの説明に、トゥーリンは納得といった顔で口を開いた。
「田舎から出てきたばかりの子供って、都会の情報量についていけなくて噂に踊らされちゃうのよね、可哀そうに……」
フェリとトゥーリンの会話が耳に入った人々は、皆ルジャンたちに生暖かい目を向けた。
「そ、そんな目で見るなっ! 俺は赤熊を1人で何度も倒したんだぞっ!」
ルジャンは逆立てた赤髪のように、顔を真っ赤にして興奮しているが、ジールはいたって平静なままパイをかじった。
「モグモグ、聞いてないのに自分語り始めちゃったよ。それ長くなりそ?」
「ジール様、赤熊は衛兵が小隊を組んでやっと倒せる強さです。一人で倒せるなんて嘘、私でも見抜けます」
「自分を大きく見せたい年頃なのね、分かるわー。私も都会に出て来たばかりの頃は強がってイキり散らかして……。今思い出すと恥ずかしいっ、これが共感性羞恥ってやつなのかしら」
トゥーリンに共感したのか、その場にいる人々の何人かは、バツの悪い顔をしたり、顔を赤らめたりと身悶えていた。
「俺はバカだから昇級試験の筆記で落ちてるだけだっ、剣のタイマンなら上級に勝った事もあるんだぞ! なぁセイビア!」
「アーシのルジャンを、頭の中身だけで判断すると痛い目みるよ!」
ルジャンは剣を握る手に力を籠め、セイビアも格闘家らしいファイティングポーズをとった。
「んねぇー、セイちー、ルっちー、もうヤメよー……」
そして、その2人の服を引っ張っているマイネは、泣きそうな声を上げていた。
「1人まともなのがいるな。えっとマイネ? とか呼ばれてる冒険者、貴族相手に手を出すと大罪だぞ、今なら見逃してやれるから、大人しくさせてくれないか」
(後処理が面倒だし、これ以上仕事増やさないでほしいんだが)
「ごめんなさいー、バカだからー、一度火がつくと止まらないのー」
「ジール様、これが狂犬というのですよ。やっぱり私は狂犬じゃありません」
「これはバカ犬の部類だろ、餌にすぐ飛びつく、躾けのできてない系だよ」
ジールがパイを1つ平らげ終わると、フェリも我慢できずにパイを一口かじった。
中の甘酸っぱい具がジュワっと口の中に広がり、至福の笑みをこぼした。
「アーシらを無視してっ、いちゃついてんじゃないよっ!」
セイビアはマイネの静止を振り切り、フェリへ向かって走り出すと、全身の体重を乗せて勢いよく右の拳を繰り出した。
パシィンッ!
大きな音を立てて、その拳はフェリの手の平の中に納まった。
「な、なんて力だ……。岩に、手がめり込んだみたいに、まったく動かない……」
フェリは拳を受けた右手以外は微動だにせず、平然とした顔でパイを頬張っていた。
そして拳を掴んだ左手をクルンと返し、セイビアの腕の関節をひねり上げた。
「あでっ、いつつぅっ」
「力とスピードなら、確かに上級はありそうですね」
フェリはパイを平らげると同時に、関節を締め上げたままセイビアを地面に転がした。
「ルジャン気をつけろっ、こいつ、クソ強いっ……」
「よくもセイビアをっ、この売国奴がぁっ!」
ルジャンは大剣をブンブンと振り回しながら、ジールへ向かって飛びかかってきた。
「フェリ、借りるぞ」
ジールはパイの袋をトゥーリンに渡し、フェリがいつも携帯している、服の裏に隠し持っている短剣を手に取った。
そしてジールはルジャンが振り下ろす人の身長ほどの大剣を、小さなナイフで軽くいなした。
荒々しい大剣の刃先にナイフを滑らせ、数ミリ軌道をずらして受け流すと、大剣の刃はジールの毛先をかすめて地面に突き刺さった。
「売国奴って言うが、冒険者ギルドは国際機関、他国の依頼も受けているよな。お前が倒した赤熊、その納品先は帝国だって知っているのか?」
「だからなんだよ、それこそ嘘なんだろっ」
ルジャンは後方へジャンプし、セイビアに目を向けた。
セイビアは関節を締め上げられている痛みに耐えながらも、ハッと何かに気づいた表情を見せた。
「お連れの方は気づいたようですね。赤熊は帝国へ納品されて、皮は防具に、爪や牙は武器に加工されます」
「えぇっ!? セイビア、知ってたのか」
「帝国から金を搾り取るんだから、この国のためになるって事だろっ」
セイビアは痛みに耐えながら声を振り絞ったが、その懸命さをかき消すように、ジールは呆れてため息を吐き出した。
「先の戦争でファッド国の兵を傷つけた帝国の武器は、お前たちが倒した赤熊から作ったものかもしれないな」
「えぇ……っ、俺のせいで、村のみんなが傷ついたかもしれないのか……」
ルジャンは次の攻撃態勢に入っていたが、ジールの言葉を聞くなり体を膠着させた。
「どういう気分だ? 自分の行いで自国民を傷つけた気分は、なぁ売国奴」
「んねぇー、アタシら絶対悪者だよー、もうやめよー」
マイネはルジャンの腕にしがみついて止めようとしたが、ルジャンは迷いを払うように首を何度も横に振り、ジールへ飛びかかっていった。
「そんなの嘘だぁっ! 俺は村のみんなを守りたい! この国が平和になるようにってっ! それで冒険者を頑張ればってっ」
「その大剣での大振り、赤熊相手なら有効な一撃になるだろうな」
ジールはルジャンの太刀筋を見切り、大剣と紙一重の距離で体をひねり躱し続けた。
空を切った剣先は行き場を失い、何度も地面をえぐり、跳ね上がった泥汚れはロッカス亭のショーウィンドウや野次馬を塗りつぶしていった。
(避け続けて長引くと被害が大きくなるな……。けが人が出る前に片をつけるか)
ルジャンの猛攻中に逡巡すると、ジールはひと際大きな大振りをナイフでいなした。
キィィインッ!
鋭い金属音を上げ、弾かれたルジャンの大剣は大きく空を切った。
「対人では隙が多すぎるな。容易に避けられるし、反撃も容易い」
「なぁ、くそ、まだだっ……」
制御を失った大剣に引っ張られ、ルジャンの体制は大きく崩れた。
その隙にジールは懐に飛び込む。
そしてナイフの柄の金属部分で、ルジャンの顎を真横から素早く殴打させた。
カクン、とルジャンの頭が不自然に真横に角度を変えると、膝の力は抜け、足をがくがくと揺らした。
大剣を杖のように地面に突き刺すが、ルジャンはすぐに力を失い膝をついた。
「な、ち、力が、入らない……。目もチカチカして、意識が……」
「少し眠ってろ」
ルジャンは大剣を手放し、ドサっと地面に崩れ落ちた。
「る、ルジャン、死ぬなっ!」
「人聞き悪いな、脳震盪を起こしただけだ」
叫ぶセイビアの目の前に、ジールは短剣の刃を向けた。
「で、まだやるのか」
「ぐ……、アーシらの負けだ……」
セイビアから抵抗する力が抜けた事を確認し、フェリは拘束を解いて、ジールの隣に並んだ。
毎日18時更新を予定しています。
よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。




