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18/21

18 ロッカス亭のパイ

 ファッド国とクラベス帝国の講和会談から数日後。


 国民に向けて、講和の内容が正式に発表された。


 街の広場や大通りでは、講和の内容を記した掲示板が建てられ、衛兵が布告人となって内容を読み上げることもあった。


 勤勉に情報収集する者もいれば、文字が読めないからと近づかない者、また聞きですませる者、その受け取り方や解釈には、大きな差が生まれていた。


「帝国への賠償が軽くないか? 本当なのかこれは」


「安心させて、裏で何か企んでいるのかもしれない、税金だってすぐに高くなるぞ」


「国民を欺こうとしているんだ! 噂じゃ地方で奴隷化が進んでいるらしい!」


 街のいたるところで噂が飛び交い、馬車の中にいても、どこからともなく噂の声が入り込んできた。


 フェリはとがった耳をピクリとさせて、眉をしかめていた。


「正確な情報より、悪い噂が増えてしまっています!」


「掲示板も誰が書いたんだかな、渡した原稿とズレた内容になってるな」


「衛兵も内容をきちんと理解していません、質問されても適当に答えている所を見ました」


「詳しい長い説明より、過激でわかりやすい噂の方が話のネタになる。話盛った方が面白いもんな……」


 ジールは馬車の外へ視線を向けた。


 街中で2人以上が話している場面は、全て悪い噂話しをしているような錯覚に陥っていた。


「帝国のように活版印刷が普及していれば、たくさんの紙で正確な情報を届けられるのに……」


「記事を書いた側に都合の良い情報が流れるだけさ。帝国はそうやって国民をコントロールしてるからな」


「帝国の2大紙がそうですね」


「そう。ブルーチバス領では第2皇子の批判、プロヴァン領では第1皇子の批判の記事が出回ってる」


「何を信じたらいいのか、わからなくなりますね」


「両皇子の仲が悪いって事は事実だろうけど、情報に振り回される方は不安だよな」


「ジール様が頑張ったのに、伝わらないのは悲しいですね……」


「噂通りの酷い講和内容なら、なんでこんなに街は活気づいてるんだろうな。まぁ、そのうち皆気づくだろ」


 馬車がロッカス亭に着くと、客が店内からあふれ、いつも以上の繁盛ぶりを見せていた。


「ジール様じゃない、娼館よりこっちの方が会うわね」


 店の外からショーウィンドウ越しに商品を物色しているトゥーリンがいた。


「トゥーリンか、こないだは世話になった。あれからどうだ」


 ジールたちも横に並び、パンや焼き菓子が並んでいる棚へ一緒に目を向けた。


「治安は良くなったけど、そこら中で衛兵がうろちょろしてて、ちょっと落ち着かないわ」


「衛兵に守ってもらってるのに、贅沢な悩みだな。普段の行いの悪さを見直せば?」


「今は悪さはしてないわよ! 昔やんちゃしてたから、お役人を見るとちょっとね!」


「かばいきれない事はしないでくれよ、俺にできることは少ないぞ」


「街の一角を半壊させた人がよく言うわ! 治安のためとはいえやりすぎよ!」


 後で得た報告書によると、ジールが裏町から離脱した後も戦闘は長引いていたらしく、建物10棟があわせて半壊、あるいは倒壊する惨状を呈していた。


「俺は見合いのセッティングをしただけ、その後暴れたのは奴らの勝手だ」


「手加減してよー! 強力な武器の実験をしてたとか、それ使って戦争がまた始まるとか、娼館でもお客がきな臭い噂話ばっかり。もううんざりよ」


 悪態をつくトゥーリンとジールの間に、フェリが割って入った。


 フェリは眉間にしわを寄せ、声を少し震わせた。


「トゥーリンさん、それこそジール様のせいではありません。国のために寝る間も惜しんで働いている人に、その言い方は……」


「まぁまぁ。フェリはわかってくれてるし、それだけで救われてるよ」


 ジールはフェリの頭をポンポンと軽く撫でて落ち着かせようとしたが、フェリは責を切ったように続けた。


「帝国のスパイを捕えた事も、手柄は全部騎士隊が持って行ってしまったんです。発見したのはジール様なのに、あの場所にいた記録すら残っていないなんて」

 

 フェリは認めたくないと言うように首を横に振り、言葉を続けた。


「講和の件だって、頑張ったジール様を追いかけまわすなんて、理不尽すぎますっ! 酷いですっ!」


 唇をぎゅっと噛みしめ、とがった耳の先をうっすら赤くさせたフェリの姿に、トゥーリンはハッと息をのんだ。


「ごめんねジール様、私たちのために働いてくれたのに文句を言うなんて、筋が通らないわね」


「まぁいいさ、文句を言われるのも、役人の仕事みたいなもんだからな」


「……そういう割り切り方、ドライな性格だと思ってたけど、もしかして今私のこと、どうでもいいって思ってない?」


「ん? ビジネスライクには、付き合いたいと思ってるよ」


(娼館は出入りしてる貴族や庶民、いろいろ裏情報が入って便利なんだが、フェリも俺が娼館に寄り付くのは嫌がってたし、他でも代役はきくか)


 ジールは気さくな笑顔を作って返したが、その乾いた笑みが取ってつけた仮面のように感じ、トゥーリンは青ざめた表情を見せた。


「心の扉が閉じた音がした! 厄介ごと頼んだの私だもんね、ホントにありがとうございました!」


 トゥーリンは一度背筋を伸ばした後、深々と頭を下げた。


「だってさ?」


 ジールはからかうようにフェリに目をやると、フェリの表情は少し和らぎ、コクンと頷いた。


「私は、ジール様が大丈夫なら……」


「ジール様って、怒ると何も言わず見限るタイプなのね。うわー、一番怖いヤツだ、怒って怒鳴ってくれた方がまだいいわ」


 トゥーリンは自分の体を抱き、身震いした。


「メイクしてるときのフェリは楽しそうだったし、下働きの子もターラと仲良くしてくれてる。今後とも御贔屓に」


「ジール様の感情って、自分よりフェリとターラが優先されるのね。思ったよりシスコん――じゃなくてー、今のは聞かなかったことにして……。でも、そんなに大事にされるなんて、女としてうらやましいわ」


 発言を消そうと口元の周りを手でばたつかせ、トゥーリンは改まってフェリに向き合った。


「フェリ、あなたにも謝らないとね。あなたのご主人様に、言いがかりをつけてごめんなさい」


「少し感情的になってしまいました。またメイクを教えてくださいね」


 フェリが笑顔で返すと、トゥーリンはホッと胸を撫で下ろした。


(優先順位かぁ、あまり深く考えた事ないな。ターラ、フェリ、次は2人と仲の良い人たち、後はその他好物とかかな――)


 腕を組んであれこれ頭に浮かべているジールの前に、体格の良い店主が焼き立てのパイを並べ、ジールはパァッと目を見開いた。


「外まで香りが飛んでくる! フェリ! 焼き立てが並んだぞ!」


 ジールは子供みたいに無邪気な顔をして、フェリの手を取って店内に入っていった。


「ちょっと置いてかないでよー」


 焼き上がりのバターの香ばしさと、甘酸っぱさが店内に充満して鼻腔をくすぐった。


 ジールとフェリはその香りに、幸せそうな顔で舌鼓を打ち、木のトレーにパイを山積みに乗せていった。


「ジール様! いつも御贔屓にありがとうございます! 息子から聞いた通り、ホントに忙しくなってきましたよ!」


 ロッカス亭の女将が、ジールたちの背後から声をかけてきた。


 店主の旦那と似て、背が高く筋肉質の体系で、声も大きく店内に豪快な声が響いた。


「聞きましたよ! 講和をまとめたのはジール様なんですってね!」


「あぁ、いろいろ噂が流れてるな……」


(ここでも悪い噂か……? 今は聞きたくないな……)


 ジールの眉がハの時に垂れたのを見て、フェリも顔を強張らせた。

 

「なんでも近くの国は、土地の開墾に大勢が奴隷に取られたり、賠償が高くて税金が上がったりしてるってのに、見てちょうだいよこのありさま!」


 女将は店内にいる客へ向かって、長い両手を広げた。


「講和が上手くいったから、こうやってお客さんの笑顔が見られるんでしょ!  奴隷に取られたり税金が上がってたら、街中が辛気臭くなって焼き菓子なんて買ってる場合じゃないわ!」


 体躯のしっかりとした女将が、大きく手ぶりを加えて話していくうちに、客の注目はジールに集まっていった。


「……奴隷や領土の要求はあったが、別の賠償にしてもらって、うん、まぁそういう解釈でいいかな、分かりやすいし」


「隣国もジール様がいれば悲惨なことにならなかったのかね、こんな凄い人に食べてもらってたなんて、あたしゃ誇らしいよ!」


 女将が自分の胸をドンと叩くと、それを合図にして、店の客たちからは拍手と歓声が上がった。


「……いや、まぁ、大したことはしていないよ。さぁ、他のお客さんの邪魔になる。俺たちは外に出よう」


 ジールは手早く会計を済ませ、紙袋にパイを詰めてもらい、いったん店の外に出ることにした。


「ふぅ、感謝なんて慣れてないから、そっけない態度をとってしまったかな」


「ジール様、ちゃんとわかる人には伝わっていますね!」


「フェリ、君も誇らしげだね」


「当然です! ムフー」


 フェリは大きな胸を張り、鼻息を荒くした。


「でも、ちょっと前までの戦争に負けたって感じの重い空気、気づいたら薄れてる気がするわ。なんでかしら」


「うちの国は、賠償で犠牲になるのは、もっぱら貴族たちだからな。既得権にメスが入ったり、軍事費削っても、庶民の生活にはなんの影響もないだろ」


「フォルシャ大臣が騎士を送り込んできたのは、軍事費の削減に文句があったからなんですね」


「適正に戻しただけなんだがな。前王が亡くなって、あっちもこっちもやりたい放題に予算を使い込んでたから、ブレーキは必要だ」


「それを全てジール様のせいにする貴族が多すぎです! 講和のためなのに」


「つまり、お貴族様の使えるお金は減ったけど、私ら庶民はいつも通りの生活が送れるってことなのね。じゃぁ私たちって、戦争に負けてもノーダメージじゃない」


「亡くなってる兵もいる、心に傷を負った遺族も大勢いる。だが、そう前向きに受け止めてる人が多いのも事実、そこは救いだな」


「本気で国が滅ぶと思ってる人も多かったわ、その反動で今みんな浮かれ気分よ。あぁだから! この盛況っぷりなのね!」


 繁盛しているロッカス亭の光景にトゥーリンは目を向けた。

 

 街を行き交う人も日々増え、活気を取り戻そうとする人々の意思が、あちこちから感じられた。


「ジール様、悪い噂を流しているのは、やはり王宮の貴族たちなのでは? 自分たちの利権にメスを入れた、ジール様への嫌がらせに感じます」


「反講和派なんてのもいるようだし、みんなが納得できる解決策、なんてものはないからな。治安をよくしても、文句を言う奴もいるし、な」


 ジールがチラリと目を向けると、トゥーリンはシュンと眉をひそめた。


「ジール様、結構いじわるよね……。でも、街のみんなは味方よ、私もいい感じの噂流しておくわ」


「噂じゃなく、正確な情報で頼む。悪い噂が流れたままだと、治安にも影響がでるし、こういう物騒な連中も増えそうだし……」


「こういう? って何!? この子たちっ!!」

     

 トゥーリンが目を向けた先には、ジールへ向かって射貫くような視線を向ける、冒険者たちが立っていた。


「見つけたぞっ!」


 ロッカス亭のにぎにぎしい喧噪をかき消すほど、赤髪の男の大声が町中に響いた。



毎日18時更新を予定しています。

よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。

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