17 ピオ司祭の思惑
「どれだけの命が、その血の暴走で失われたか……」
重い空気が、再び祭壇の間を支配した。
今度ばかりは、ジールも平静な態度を保てなかった。
「ッ……!! そんな反則的な能力なんですか!? そんな破壊力があるなんて、目の届くとこに置いて監視しておきたいのもわかる――」
(んー、なんかきな臭い話になってきたな、国が滅んだ話といい、フェリじゃないけど、聞かなきゃ良かったって事に……)
「――って、俺が聞いていい話だったんですか? 勇者の血がそんな破壊兵器になるなんて、初耳ですよ!!」
「公にはされていないが、血の力の本当の意味は、国の一部の上層部は知っておるのじゃ。もちろん、ジールの父親も知っておった」
「父上も、それじゃエスタ本人は?」
「精神の未熟な者に、お前は特別な能力を持っていると伝えて、なにが起こるか想像はつくじゃろう。調子に乗って能力を使い、ドカーンなのじゃ」
ピオは握った拳をパァッと開いてみせた。
「今は伝える時期ではない、過去には知らぬまま死んでいく王もいた」
「教会が王の選定や任命の権限を持っている意味が、わかった気がしました。国に属さない第3者が、権力の監視をする、裏で画策しているんですね」
「特例で、他国にいる勇者の血筋を王に据えることもあるが、教会の判断だけで、どっかの国の勇者の末裔をいきなり王にする事はできないのじゃ」
「国内で王が代替わりするだけでも混乱の種、さらに他国の人間がとなれば、難しい話になりますね」
「その、ジール様、それに司祭様も、私のような他国の出身者が、そんな国の秘密を聞いてしまっていいのでしょうか……。信徒の方を側に置いていないということは、私も席を外さなければ、いけなかったのでは……」
「お主はこの国の出身ではないし、身分も低い。しかし、ジールの補佐としてよくやっておるのじゃ」
「ジール様のためなら、なんでもする覚悟はありますが……」
ピオはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「え、そこでなんでオレを見るんですか?」
「此度の手柄をもって、ジールを宰相にと期待する声が高まっておる。となれば宰相の右腕も、国の機密を知っておかねばならんとは思わんか?」
「……冗談に聞こえないんですけど?」
「あのエスタの手綱を握れるものがどれだけいると? ボアやフォルシャの傀儡にでもなったら、この国に未来はないのじゃ」
「俺が宰相になっても未来はありませんよ!」
「お主が交渉に使ったサビエスト前王の政策、それに賛同していた貴族は多いし、ダンパ宰相を慕っていた者もおる。お主の後ろ盾になろうとする貴族は少なくないのじゃ」
「……逃げ道塞ぐの、止めてもらっていいですか……。他に宰相候補ならいくらでも」
「有望な者もいるにはいるが、有能だからこそ、あの王と関わりたくないと、あ、いやゴホンゴホン……」
「宰相は王のお守かなんかですか! どう考えてもババの押し付け合い、損な役の押し付けじゃないですか……」
「望むと望まざるとに関わらず、お主はもう、そういう立場になったと自覚するのじゃ。出世を素直に喜べんのもお主らしいが」
「嫉妬で殺されそうですね。すでに殺されかけてるのに、あぁ逃げ出したい……」
「いきなりすぐに、という話ではない。ゆくゆくは、という話なのじゃ。今は講和に専念するがよい。交渉内容についての国内調整も、お主が旗頭として進めるのじゃ」
「そんな楽観的に、海千山千の貴族たち相手に立ち回るのがどれだけ大変か」
「お主は子供の頃から悲観的になりやすい。ボアとフォルシャの派閥に左遷されて、冷や飯を食らってる貴族もおる。そういった者も味方に付けるのじゃ」
「それ、敵もいるって事じゃないですか! ボア大臣たちには生贄にされかけましたよ」
「うむ、ヤツの権力欲からすれば、王を操ることができる宰相という役職、喉から手が出るほど欲しいのじゃろう。手柄を立てた宰相の息子など、忌々しい存在なのじゃ」
「……いったん持ち帰らせていただきます。で、いいですか?」
「うむ、教会の立場上、内政に大きな口をはさむことはできないが、その勅命を預かるくらいの協力はできるのじゃ」
「勅命を、教会で保管するってことですか?」
「勅命を記した書状が無くなれば、お主の権限は弱くなり、講和を白紙にできるのじゃ。講和を破棄したい者、お主の手柄を妬む者が家に火をつけて全てを焼き尽くす、なんてことが起きないようにするのじゃ」
「俺、国内に敵多いんじゃないですか? 宰相どころの話じゃないですよね」
「だから教会で預かっていると公に発表しておくのじゃ。調停を買ってでた教会の面子もある。よほどの愚かものでなければ、教会に手を出す貴族はおらんのじゃ」
「教会が協力的だと示せれば、牽制にもなりますし頼らせてもらいますよ。今のところ唯一の味方だと思っているので」
「うむ、その勅命を守り通すと、バッカーナ神に誓うのじゃ」
ジールが手を出すと、フェリはコクンと頷き、その手にドレスを預けた。
そしてフェリは空いた手で、公務服の上着をはぎ、中の白いブラウスのボタンを外し、大きな胸元を露にした。
「きょ、教会で何をする気じゃ!?」
目を丸くして慌てるピオを横目に、フェリは自分の胸の谷間から、勅命の入った丸筒を取り出した。
「なぁ、なんという場所にしまっておるのじゃ!」
「フェリから奪える人間はこの国にいません。割と合理的だと思いますよ」
「うむ、フェリーハの強さは聞き及んでおるが、それにしても、大きくなったのう……」
ピオはフェリの胸を凝視しながら言葉を続けた。
「お主がこの国に来て随分たつが、もう成人か、時が経つのは早いのじゃ」
「フェリは俺の4つ下だから、まだ17だよな。成人は来年だ、お祝いしないとな」
「我から見たら1つ2つ変わらんのじゃ! しかしその年で、ファッド国屈指の剣士になるとは。それでも、常に持ち歩いていては、気も休まらないであろう」
「そうですね、フェリ、ここは教会に甘えよう」
「わかりました。司祭様、お願いします」
「うむ、大船に乗ったつもりで任せるのじゃ! まだ話したいことも残っておるのじゃが、一度仕切り直そうかのう、まだ頭の整理がついていない、そんな顔をしておるのじゃ」
「宰相の件、王の血の真相、初めて聞くことばかりで、この状況を今すぐ飲み込むのは……」
(さっき襲われたばかりで、昨日も帝国兵に殺されそうに――ってその前に王の間でも殺されそうに……。講和の件だけでも頭が一杯なのに、殺伐し過ぎだ……)
ジールは改めて、隣にいるフェリに目をやった。
(ずっと付き合わされてるフェリ……。そりゃ娼館で機嫌悪くなるよな。後でちゃんとお礼言おう、ってか礼ぐらいじゃすまないな)
「うむ、お主がどういう道を歩むのか、楽しみなのじゃ」
ピオの笑みに、どこか試されているような含みを感じ、ジールは苦い顔が漏れないように、表情を抑え込むので精一杯だった。
「……返答については、少し時間を頂けると助かります。本日は、貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございました。失礼いたします」
ジールとフェリは深々と頭を下げ、踵を返した。
祭壇の間から退出する際に、もう一度ピオに向き直って「失礼いたします」と一礼した。
「うーん……」
ジールは難しい顔をしながら、教会の石畳の廊下を歩く。
「ジール様、大変な話を聞いてしまいましたね」
「な! 色々考えなきゃいけない事があるのに、余計なものが増えてしまった……」
「勅命を預かって頂けたのは、気持ち的にとても楽にはなれたのですが」
「それは助かったな。今日みたいに屋敷を囲まれたらターラが怖がる。強硬手段に出られる前で良かった」
「卑劣な行為ですっ! 司祭様の口からも、ボア大臣とフォルシャ大臣、2人の名前が上がりました。ダンパ様とサビエスト王の死に関係していると、お伝えしなくて良かったのですか?」
ジールは一度辺りを見渡し、周りに人がいない事を確認した。
「王が亡くなって得をしたのはその2人。ピオ司祭だけじゃない、他の貴族も勘繰ってるよ。でも憶測だけでは裁けない。不信な点はあれど、証拠はないんだ」
「ボア大臣の治めるインボス領が、帝国と海路で貿易をしていることは周知の事実です」
「ボアが今回の戦争の手引きを、裏でしている可能性はあるだろうな。港ルートじゃないかぎり、帝国兵の侵攻は早すぎた」
「フォルシャ大臣だって、魔導兵器の取り扱いで王と意見が食い違い、言い争いをしているところは何度も目撃されています」
「フォルシャ大臣も、今回の戦争でかなり儲けたろうな」
「2人が組んでいる可能性も?」
「昨日の感じ、そうは思えないが。ただ、真相を探るのは今じゃない。先にやる事が多い、それをこなさなければ、父上の墓に顔向けできないな」
「ジール様にとってのラスボスになるのですね。しばらくは泳がせるという事ですか」
「ピオ司祭も言ってたし、ボアやフォルシャから何かしらの妨害工作はあるだろう。父上や前王の死の真相以前に、警戒する相手な事は確かだ」
「相手が動けば必ず痕跡が残ります、その痕跡が消される前につかめれば」
「今度は心構えも出来ている。半年前の混乱期とも違う。対応策を講じる余裕もある」
「国家機密を知った右腕として、覚悟はできています!」
「張り切ってるね!」
「ジール様の右腕として評価して頂けたのが嬉しいんです! 私は司祭様とお会いする機会はないので、仕事ぶりまで知っていてくださるなんて、とても誇らしく感じます!」
フェリは大きな胸を張り、足取りに力強さが加わった。
(こんなに面倒事に巻き込まれているのに、前向きに捉えてくれるなんて、ん? ピオ司祭がフェリを持ち上げたのは、ねぎらいの意味もあったのか?)
「年の功というか、視野が広いって言うか。冗談めいてるようで、遠くの物事まで把握して言葉にするから、俺には掴み切れない所があるな。宰相の件も、手のひらの上で転がされている気分だよ」
「司祭という立場上、口にできないだけで、国の暗部も把握しているのでしょうか」
「あのばぁさん、いやおねーさ、じゃなくて司祭様……」
「言い直しても、もう不敬ですよ」
「……国の未来を考えてくれているんだろうけど、策略を巡らせてるような気もして、どこまで鵜呑みにしていいのか」
(勇者と一緒に冒険してたなんて噂もあるくらい、謎の多い人だし……。あれ? じゃぁ今200歳越え? うーわ、口に出したら絶対ヤバいやつ……」
ジールは難しい顔を浮かべ、石畳を歩く足音に、迷いのような鈍さが混じった。
ジールとフェリが祭壇の間を出ていった直ぐ後、ピオの表情には、2人には見せなかった陰りが浮かんだ。
深く思案しているような、床の一点を見つめた視線は、ピクリとも動かなかった。
「そうなのじゃ!」
何かを思いついたように、ピオは前合わせのガウンを少し剥ぎ、胸元を露にした。
そしてフェリから預かった丸筒を、自分の胸に押し当てた。
石板のように平らな胸は、フェリのように丸筒を挟むことはできず、ピオが手を離すと同時に、丸筒は重力に忠実に、床へ一直線に落下した。
スコォォーン、 コォォーン、 ォォーン。
落下した衝撃音は、祭壇の間中に響き渡り、大きな反響音がしばらく続いた。
「人払いしておいて、良かったのじゃ……」
顔を真っ赤にしたピオは辺りを見渡し、何事もなかったように丸筒を拾った。
「ふむ……」
ピオはまた難しい顔をしながら、立派なツノをポリポリと掻き、ゆっくりとした足取りで、祭壇の間を後にした。
毎日18時更新を予定しています。
よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。




