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15 娼館の教え

「――激しくやり合ってるな」


「どちらも魔導装備持ちです。あの一帯、建物も無事ではすみませんね」


「あの辺りは再開発地域だから、人もいないし大丈夫だろ。不法滞在者はいそうだが、そこは自業自得だな」


 屋根の上を移動して裏町を抜けて少し経ったが、戦闘の爆発音はまだ響いていた。


 屋根の上からはモクモクと粉塵が舞うのも見えた。


「教会に行くって言ったのは、失敗だったな」


「待ち伏せされている可能性はありますか?」


「警戒はした方がいいだろうな。ここで寄り道をしていこう」


 ジールは屋根伝いの移動を止め地面に降りると、目の前の館の裏口をノックした。


 扉の小窓を開けて顔を出したのは、フィッシャー園に出入りしている娼館の下働きの子供だった。


「ジール様だ、フェリねーちゃんもいる。今日はお勉強をしに行く日じゃないですよ?」 


「あぁ、トゥーリンに用事があってな。今いいか?」


 下働きの子供はコクンと頷いて、施錠を外し扉を開けた。


 中に入り廊下を少し進むと、娼館の炊事場に繋がっていた。


 そこではトゥーリンが下働きの子供たちと、お茶を飲んで談笑していた。


「あら、今こんな所に来るってことは、裏町で派手に追いかけっこしてたのはやっぱりジール様とフェリね! もう噂は届いてるわよ」


「情報が早いな。ご要望通り、裏町のきな臭い連中は片付いたぞ。おかげでフォルシャ直属の騎士隊には、相当恨まれる事になったが」


 愚痴っぽく言葉をこぼし、ジールは空いている席にドカッと座り込んだ。


「あら、どこかに逃げるなら、抜け道を教えようか?  城壁の外に出られるいい抜け道があるわよ!」


 トゥーリンのサラリとした口調にジールは話を聞き流しそうになったが、頭の中で一度反芻し、大きく首を傾げた。


「んん? 抜け道ぃ? 聞き間違いじゃないよな、もう一度頼む」


「そうよ、城門まで行くの面倒じゃない、城壁の抜け道、みんな使ってるわよ」


「待て待て! 城壁の外に繋がる抜け道だって!? 城門以外で王都を出入りできるなんて、警備ガバガバじゃないか、そりゃ帝国のスパイも入り放題だろ、早く教えろよ」


「ほら、言ったら塞がれちゃうじゃない。便利なのよね、いろいろ都合がいいというか」


「そういうの放っておくから治安が悪くなるんだろ、自業自得だ」


「ごめんごめん! ベイ家にはいつもお世話になってます、ちゃんと反省しますから」


 トゥーリンがペコリと頭を下げると、下働きの子供たちもそれに習って、ジールへペコペコと頭を下げた。


「いやいや、そういう問題じゃないんだが……」


「で、文句を言いにわざわざ来たわけじゃないわよね。何がご所望ですか」


「……客の送迎に使う馬車が何台かあったろ。1台貸してくれ、教会に向かいたいんだ」


「なるほどね、隠密に移動したいならうちに来たのは正解よ」

  

 トゥーリンはお茶を飲み干し、得意げな顔をして席を立った。


「後ろ暗い浮気をしに来る、貴族様の秘密の送迎プランがあるわ。いつもの裏口で待ってて、御者も呼んでくるから」


 トゥーリンが炊事場を出て行くと、下働きの子供たちはジールにジッと視線を送った。


「ジール様も浮気をするの? だから隠れて移動するの?」


「しないよ、そもそも相手もいないしね。フェリ? さん? なんでそんな目でオレを見る?」


 フェリは下働きの子供たち以上に、ジールへジーッと圧を込めた視線を送っていた。


「いえ、思ったより、娼館に通い慣れている感じがしたもので」


「情報収集で来るだけだよ! 娼館の主人のエンペランさんは裏街の顔役の1人だし!」


「いえ、そうならいいんです……。信用していますから」


 そう言いながらフェリは炊事場を出て、1人先に裏口へ向かった。


「えぇ? なんか地雷踏んだかな……。たまにこういうことあるよな……」


 ジールが首をかしげていると、下働きの子供たちは、ちょんちょんとジールの服をつついた。


「ん、どうした?」


「ジール様、交渉と恋愛は違うんだって」


「うん? 娼館の教えてきなやつか?」


「遊女はお客さんとは交渉をするんだって。で、心のやり取りは大切な人とだけって」


「それ、俺も当てはまるって事?」


「だから、フェリねーちゃんの機嫌が悪くなったんじゃないの?」


「……そういえば最近、仕事の話ばかりだったな」


 ジールは「ありがとう」と言って、子供たちの頭をポンポンと撫でた。


「……心のやりとりか。トゥーリンもいい事言うじゃないか」





 ジールが足取り重く裏口へ向かうと、すでに馬車とトゥーリンが待機していた。


「で、トゥーリンは、なんでドレスを何着もその手に持ってるんだ?」


「娼館の出張サービス! そういう設定で移動するのよ。ほらこれ着て、この馬車には遊女しか乗ってないように見せるのよ」


「え? 女装しろって事!? 俺がドレス着るの!」


「カツラもあるわよ! フェリも遊女を装うなら髪は長い方がいいわ、後はメイクね。遠目でわからない程度なら、馬車の中でササっとやるわ」


「遠目で誤魔化す程度なら、公務服の上から着るだけでいいよな?」


 ジールは大きいドレスを選ぶと、スカートの中に手を突っ込んで、頭から被るようにドレスを着た。


「トゥーリンさん、私もすぐに動けるように、大きめのを被っていきます」


「えぇー、フェリのドレス姿、ちゃんと着付けたかったのに残念ね」


「ジール様! メイクなら私に任せてください、少しは心得があります!」


 フェリも被るようにドレスを着ると、トゥーリンが持ってきた化粧道具の箱の中へ目を輝かせた。


「フェリ、君はなんだか楽しそうだね」


「ターラ様とメイクのお勉強をしているのですが、なかなか実践する機会がないので」


 ジールは腕を組んで観察するように、フェリの顔や仕草を目で追った。


「ジール様? どうしました?」


「いや、そういう話、最近あまりしてなかったなと。ターラと普段何してるとか。ターラはたまに話すけど、フェリからはあまり聞かないな、と」


「報告するようなことではないと思っていたので、これからはした方がいいですか?」


「報告じゃなくて、雑談ていうの? 世間話? なのかな。フェリの勤勉さや察しのよさに、甘えてる気がしてな」


「改まってそう言われると、何を話せばいいのかわかりませんよ」


「そうだよな、俺も何を話したらって、さっきから考え中」


 メイク道具を持ったまま、黙り固まってしまった2人を見て、トゥーリンはこみ上げたものを堪えきれず、つい吹き出してしまった。


「アハハ、ごめんごめん。騎士やスパイを手玉にとった2人も、そんな付き合いたてのカップルみたいな事で手が止まっちゃうのね! おねーさん少し安心したわ」


「手が止まってしまっては安心できません。いつ誰が襲ってくるのか、油断はできません」


「そういう時の助け合いでしょ。大丈夫よ、2人なら時間が解決してくれるわ。さ、ちゃっちゃとメイクして、教会に送り届けてあげるわ」


 手早くメイクを済ませ、トゥーリンに背中を押されるように、ジールとフェリは馬車に押し込まれた。


「トゥーリン、馬車の手配もそうなんだが、まぁその、色々助かった。今はうまく言えないが、そういう事だ」


「ビジネスライクなジール様も嫌いじゃないけど、そういう顔をしたジール様も素敵だと思うわ。お仕事頑張ってね」


 ジールの表情から、娼館に着いた時のこわばりは消えていた。

 フィッシャー園で見せるような、柔らかい顔を覗かせたのを見て、トゥーリンは2人を見守る母親のような目で馬車を見送った。


「……ジール様、キレイですよ」


 フェリは何度かジールの顔をチラチラと見てから、控えめに声を発した。


「ありがとう……、なのか? 喜んでいいのか?」


「いいんですよ! ここのアイラインは私がメイクしたんですよ、ターラ様にも見せたいです!」


 前のめりにジールのアイラインを指差しながら、フェリの声のトーンは明るくなっていった。


「それはヤメテ! これでも兄の威厳とか、結構気にしてカッコつけてるんだから」


「それはターラ様も気づいてますよ」


「えぇっ、バレバレ!?」


「バレバレです! でも、そんなジール様だから、お慕いしているんですよ」


「うーん、喜んでいいんだか、悪いんだか」


 ジールは苦笑いを浮かべたが、返ってくるフェリの笑みにつられて、和らいだ笑顔をこぼすようになった。


(こんな風に話すのはいつぶりだ? そもそも、こういう時間を作るために仕事をしているのに、忙しすぎて、忘れていたな)


 ガタン、と馬車が揺れ、ジールは現実に戻されたような気分になった。


(少しの時間くらい、現実逃避をさせてくれ……。ってか、こんな格好でピオ司祭に会えないんだが、この後どうすりゃいいんだ???)


毎日18時更新を予定しています。

よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。

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