13 軍と追いかけっこ
午後のピオとの会談前、ジールは溜まっていた書類に目を通していた。
「領地の運営は叔父上に丸投げしたつもりなんだが、なんで収支報告もろもろ送ってくるかな」
「領の当主はジール様なのですから、確認は必要ですよ」
フェリは新しく紅茶を入れ、ジールの机に置くと、脇の机で書類確認の手伝いに入った。
部屋に3回のノック音が響き、ジールが返答すると女中が扉を空けた。
「旦那様、昼食のご用意ができましたが、いかがいたしましょうか」
「ふー、フェリ、食事にしよう。続きはまた帰ってからで」
「はい、切りのいいところで、私も後を追います」
ジールは熱い紅茶を一気に飲み干すと、
「根を詰めすぎるな」
と告げて先に部屋を出た。
「毎日の掃除に食事に、いつも1人に任せてしまい申し訳ないね。収支を見た感じ、もう1人女中を雇えそうだから、もう少しだけ1人で頼めるか」
「あらあら、こう見えても女中歴20年ですよ。これくらいの屋敷なら1人で十分です。あ、これくらいとか、そういうつもりで言ったわけじゃ……」
「大丈夫、貴族の中では質素なサイズだが、家のでかさで格を競う趣味はないし、仮住まいとしては十分だ」
「私らの住まいと比べれば豪勢なお屋敷ですよ! それにここは庶民の居住区から近くて通いやすいので助かってます。さ、ターラ様も待っています、すぐにお食事をお持ちしますね」
女中はふくよかな体型ながら、スキップをするような軽快な足取りでキッチンへ入っていった。
食 堂へ入ると、ターラは席を立って、窓の脇の壁に隠れるようにして、屋敷の外を伺っていた。
「どうしたんだ、何か珍しいものでも?」
「いつもは衛兵の方が外を見回りしているけど、なんだか今日は、見慣れない方の行き来が多くて……」
ターラは自分の体を抱き、不安な顔をジールに向けた。
「魔導装備の騎士か、国を守ってくれる人たちだから心配はないよ」
「騎士なのに、装備は簡素なのね……」
貴族が住んでいるエリアは、普段は金属のプレートアーマーを着込んだ衛兵が、徒歩で巡回をしている。
外にいる騎士たちは、服の上下に白いラインの入った青色の軍服を着て、馬に乗っていた。
「あぁ、最近は騎士になると魔導装備を与えられるんだ。金属の全身鎧より、左腕につけたあのガントレット1つの方が防御は強力なんだよ」
「白い金属のガントレット……、あ、お兄様のがうちにも1つあるわね! よかった、やっぱり国の人なのね、あまりに目つきが険しいから、なんだか心配してしまったわ」
(見ない顔が増えたって、トゥーリンの言葉を覚えてたのか、余計に怖がらせてしまったな)
「かなり高価で強力な装備だから、貴族や騎士にしか支給してもらえないんだ。騎士はこの辺うろつくことはないし、見慣れないと不安だよな」
ジールはターラを席に座らせ、カーテンを半分閉めてから自分の席についた。
「ジール様、騎士がこの屋敷の周囲に続々と集まってきている気がするのですが、どうしましょうか、やりますか?」
「やりません。ほっとけ、こっちは何の用もないし、これから教会だ。フェリも冷めないうちに頂こう、今日も美味そうだ」
不穏な空気は感じていたが、ジールは笑顔を絶やさないように努めて食事をした。
(見た顔がいたな。確か、フォルシャ大臣の直属の部下、はー、飯の時くらいゆっくりさせてくれ)
食事の後、ジールが馬車の御者と打ち合わせをしていると、フェリは少し膨れた顔をして馬小屋にやってきた。
「――捕らえられたら、俺に脅されてたと言えばそれ以上は追及されないから、安心してくれ」
「ジール様、なぜガントレットを装備しているんですか、教会へ行くには必要ないものですよね」
「そりゃ、ターラの前ではああ言ったけど、フォルシャ大臣は交戦派、講和に難癖つけるか、拉致って言う事を聞かせたいのかわからんが、用心は必要だ」
「外で待機しているということは、正式な令状などはありませんよね」
「あぁ、だから俺が外に出てくるのを待ってんだろ。騎士とはいえ、貴族の屋敷に強引に押し入るなんて違法行為はさすがに出来ない」
「でも、屋敷は取り囲んでいますよね」
「違法スレスレのラインで圧力をかけてきてるな、行儀がいいんだか悪いんだか」
ジールが馬車に乗り込むとフェリは隣に座り、すぐに抜刀できるように剣の束に手を伸ばした。
「まずは話し合いだからね? フェリさん?」
「そんなに狂犬ではありませんよ」
「そういうのは剣から手を放して言ってね。さ、出してくれ」
御者が屋敷の門を開けて外に出るなり、屋敷を囲んでいる騎士隊40人強が、ジールの馬車の後をつけてきた。
そしてそのうちの1人が、馬車の横に馬を並べて並走した。
「いつまで待たせる! フォルシャ閣下からの招集であるぞっ」
「約束をした覚えはないな。人違いなんじゃないのか」
馬車の窓を開けて応対すると、騎士はその窓から馬車の中に首を突っ込んで、ジールへ顔を近づけた。
「器用だねーって、つば飛ばさないでね」
「あんな小さな屋敷だとは思わず、部隊総出で探し回ったのだぞ! お前がハイジールなんだろ、白を切ると事態は悪化するぞ!」
「俺は勅命を受けて動いている、そしてこれから教会で会談の予定だ。何か用事があるならその後、正式な手続きを踏んでどうぞ」
「そうはいかない、今すぐ来てもらわなければっ」
「つまり、フォルシャ大臣の指示が、勅命や教会より上であると、そう言うんだな」
「そ、そうは言ってないが、今すぐ我らとともに来るのだ! フォルシャ大臣は、この国の軍の総司令官であるぞっ」
「それって、王命をないがしろにする行為、王家への侮辱になるけど大丈夫そ?」
「なぁっ、ひ、卑怯だぞ、勅命を出せば我らが逆らえないからと」
「君、名前は? このやりとりで司祭様との会談に遅れたら、君と話していたと伝えておくよ」
「司祭様に告げ口なんてっ! わ、私のクビが飛んだらどうする、本当に卑怯な奴だな」
「1人相手に数十人で屋敷を囲むのは、卑怯じゃないのか?」
「何事にも最善を尽くす、これが我らの正義である!」
「はぁ、都合のいいご立派な正義だな。首、疲れそうだけど大丈夫そ?」
ジールがスライド式の窓を少し閉めると、馬車は大きく跳ね、騎士は窓枠であごを強烈に殴打し、たまらず首を引っこ抜いて後退した。
「いくら話しても無駄なのでは? こちらの言い分を聞く気なんて全くありませんよ」
「無駄でいいんだよ。相手はお行儀がいいからな、交渉の余地があると思っている間は力に訴えない。話す以外の選択肢を与えないように、このまま無駄話で引き延ばそう」
「平行線に見えた今の会話は、時間稼ぎのためだったのですね!」
「今は俺を言いくるめるにはどうすればって、必死に頭を働かせているよ。無駄に頭と時間を使ってもらおう」
ジールは馬車の窓から右手を出して、騎士たちに見えるようにクイっと手首を返し、こっちにこいという合図を出した。
その余裕ともとれる態度に、騎士たちは大きな苛立ちを抱いた。
「この数で脅せば、誰でも恐怖で言う事を聞くはずでは」
「お前の口が下手だから、今度は俺が話に行くっ」
「もう取り囲み、力づくで拘束してしまっても」
「待て、ここは貴族の居住区も近いし、今は街の人間も見ている。罪状がない者を拘束するなんて横暴を行えば、我が隊の信用に傷がつく」
「そうだ、我らフォルシャ大臣直属の騎士隊は正義の部隊! あくまで法を犯さず任意で連行するべし」
苛立ちを隠さず、眉間にしわを寄せる者が多くなっていくが、ジールの馬車との追いかけっこは続いた――
「――いつ暴発してもおかしくない空気ですよ。やはり私が出ましょうか」
「相手は魔導装備で固めた騎士、杖や魔導剣1つで衛兵数十人分の戦力に値する。こんな街中では強力すぎてまともな性能を発揮させられないが、フェリに怪我はさせたくないな」
「怪我をするくらい、ジール様のためなら私は気にしません」
「気持ちだけ受け取っておくよ。こっちから手を出すと無理やり罪状くっつけられるし、向こうから手を出すまではやり過ごそう」
(どうせ、こっちが正当防衛を訴えても、もみ消されるんだろうな……)
御者はジールと打ち合わせた通りに、徐々に馬車の速度を上げていった。
騎士たちは、馬車に近づくたびに距離を開けられることに焦れて、耐えられなくなった数人は、強引に前に出ようと馬に鞭を打った。
「そろそろだ、裏町に入ったら全力で頼む」
ジールの合図に、御者は馬に思い切り鞭を打った。
道の舗装が雑な裏町で、車輪は何度も大きく跳ねて、馬車をガタンガタンと揺らしながら、速度を上げていった。
「逃げられると思うなよっ、裏町なら多少暴れてもいいだろう、私が馬車の車輪を破壊する!」
「足止めをしたらすぐに囲むぞ、市民には何をしているか気づかせるな、隠匿するのだ!」
騎士の1人は鞭を強く打ち、馬の走る速度を上げた。
体を大きく揺らしながら、懐から腕ほどの長さがある魔導装備の杖を取り出す。
杖のトリガーを引くと術式が発動し、先端の魔石が輝きだした。
「周囲の民家に当たらないよう、最小限のパワーにコントロールしなくてはっ」
ジールの乗る馬車に狙いを定め、騎士は静かに集中を高めていった。
「ジール様、もうやるしかありません、出ますよっ」
「待て、次の大通りを左だ、フェリ、一緒に馬車から飛び降りるぞ!」
ジールはフェリを抱きかかえ、馬車のドアを蹴り開けた。
「じ、ジール様っ」
「あの食堂の中へっ、飛ぶぞっ!」
フェリは一瞬顔を赤らめたが、ジールの掛け声で、すぐに目的の場所へ目を向けた。
その食堂はオープンテラスになっていて、店の中と外の行き来がしやすいように、扉が解放されたままだった。
馬車が左に旋回し、速度が落ちたタイミングで、2人は馬車の右扉から飛び出した。
食堂の店内へ勢いよく飛び込み、ジールはフェリを抱えながら、ゴロゴロと床を転がり受け身をとった。
「ちょ、ちょちょちょっとお客さん、いくら裏町だからって、そんなダイナミックな入店は初めて見ましたよ!」
女性の店員があきれた顔をして転がっているジールたちへ苦言を吐くと、ジールは人差し指を口元の前に立てて、「シー」と口を紡ぐように頼んだ。
「裏町の方は落ち着いていますね。こんなに騒がしい来店をしても、みなさん何事もなく食事をされて」
「揉め事の多い町だ、変なのには関わるなってのが染みついてんだろ。お行儀のいい町だ」
ジールはフェリの手を引いて入口の脇の壁に身を隠した。
騎士たちは馬車が死角になり、ジールたちが離脱したことに気づけていなかった。
空の馬車を追いかけ、土煙を上げて店の脇を駆け抜けていった。
「いらっしゃいジール様。昼間からなんて珍しいですね、ご注文は?」
食堂のマスターはグラスを磨きながらジールを見下ろした。
「食事はしてきたばかりでね。今日は裏口を注文してもいいか」
「トゥーリンから聞いてますよ、きな臭い新顔が増えた件。ジール様が何とかしてくれるって」
「そんな安請け合いをした記憶はないんだが……、まぁ頑張るよ」
ジールは店のカウンターに迷惑料として銀貨を置き、裏口から外に出た。
裏町の大きな通りから路地に入ると、軽い異臭が鼻についた。
ところどころ凹凸のある歩きにくい土の道路に、ゴミもあちこち落ちていた。
「衛兵の警邏が滞るとすぐこれだ。治安の悪さも加われば、きな臭い連中の隠れ蓑にもなるか」
ジールは腰のバックから、人差し指サイズの円柱の金属を取り出した。
そして、左腕に装備しているガントレットの内側に、取り出した銀色のカートリッジを装填させた。
ジールの体に一瞬、薄い透明の膜に覆われる現象が起きた。
「ここで魔導装備を発動させるんですね」
「防御だけじゃなく、身体強化の術式も組み込まれているからな、これで筋力は2倍くらいか」
トン、トン、と軽くジャンプをして、身体強化の具合を確かめると、ジールは思い切りしゃがんで、力を込めて大地を蹴った。
ジールの体は食堂の2階の屋根まで飛び上がり、その流れで、木製の三角屋根のてっぺんに着地した。
すぐにフェリも後を追って跳躍した。
軽く膝を曲げる程度の脚力で、ジールを見下ろすくらいの高さまで飛び上がり、空中で一回転してから、ジールの横に着地した。
「魔導装備で身体強化して、装備なしのフェリ以下か……。向こうの魔導装備も俺と同じ物、数人相手ならこっちに分があるな」
「魔素検知のレンズで追っていますが、移動速度と複数の大きい反応を見るに、いくつかの部隊に分けたようですね」
ジールも魔素検知のレンズを取り出して、街を見渡した。
レンズの向こう側では、4,5人ずつの小編成に分かれて、街中を駆け回っている様子が映った。
「向こうも魔素検知のレンズは持っていますし、ジール様が魔導装備を装着していることも確認しています。この場所が見つかるのも時間の問題では」
「よく見てみろ、この裏町全体を、魔素の反応が町のあちこちにあるぞ」
「ッ……!! こう言っては失礼ですけど、裏町は裕福ではない方が多い場所。それなのに、高価な魔導装備に使うような、大きな魔石の反応まで……」
「魔石の違法取引、だけじゃないな。後ろ暗い事をやってる奴は、自己防衛も必要だ。魔導装備の1つや2つ、所持していても不思議じゃない」
「では、いま騎士隊が追っている先の魔素の反応は」
「あぁ、きな臭い連中のどれかだろうな。そこへ、俺が潜伏していると勘違いして騎士隊が到着する――」
ドォンッ!
「――さて、どうなるか」
鈍い破裂音が響く方へレンズを向けると、灰色の煙の奥で、騎士の部隊と思われる魔素の反応と、もう1つの大きな魔素の反応が接触していた。
「さぁ、裏町の掃除の始まりだ。正義の騎士とやらの活躍を見せてくれよ」
毎日18時更新を予定しています。
よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。




