12 絵本
「あの、ジール様、こっちの方が上手く描けたの、見てくれますか」
伏し目がちな黄色い瞳は、一見自信なさげに映るが、その瞳の奥には、この絵を見てもらいたいという、確固たる意志が込もっていた。
「シェラは本当に絵が上手いよな。誰が見ても10歳の絵とは思わないだろう」
シェラから受け取った絵は、成人の画家のような精細さはなく、子供らしい簡略化された絵だった。
その分、細部が削ぎ落とされ、視覚情報が整理されたことで、何を描いたかを直感的に伝える説得力があり、大人が見ても鑑賞作品として足りうる、丁寧に描かれた作品でもあった。
「ジール様が沢山画材を持ってきてくれたから、とっても嬉しくて、沢山描いてしまったの」
シェラはあれもこれもと、自身が描いた絵を次々にジールに見せていった。
「こんなに描いたの!? 凄いな、店が開けるんじゃないか!」
「お兄様っ、もうすぐにお金の話!」
「売れれば園の運営費の足しになるぞ。ファナート先生にはやりくりで苦労をかけてるし」
「ジール様のおかげで困窮はしていませんが、みんなで描いて、バザーで売るのもいいでしょうね」
「うちの娼館にも1枚ほしいわ。下働きの子の炊事場は殺風景なのよ、こういう絵の1つでも飾ってあげたいわ」
トゥーリンはシェラの絵を数枚手にとり、どれにしようか、と物色を始めた。
「ジール様、喜んでくれるのは嬉しいけど、どれも一生懸命に描いたから、自分で持っていたいわ」
「それもそうか。うん、じゃぁ、この絵を元にして、版画でも作ってみるか? シェラが書いた絵は手元に残るし、色んな人にも見てもらえるぞ」
「楽しそー! 版画やってみたい! シェラの絵好きー」
版画の意味が分かっていなそうだが、アンはぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「うちに出入りしてる家具職人が、版画の彫師もやってただろ、講師に来てもらえるように頼んでおくよ。道具なら明日にでも揃えよう」
「お兄様、それはいい案だわ! せっかくなら絵本にしましょう! みんなの文字の練習にもなるし、文章はみんなで手書きよ」
「えー、文字の練習ぅー? 勉強はいやだー、剣の修行をするんだー」
ラルは紙の棒を振り回そうとしたが、フェリがその先端をちょんとつまんだ。
思ったように振り回せずに焦れているラルに、ターラが声をかけた。
「ラル、勉強じゃないわ、絵本作りよ。みんなで一緒に1つの絵本を作るの。聖剣の騎士も沢山の人と力を合わせて戦っているでしょ、みんなで力を合わせる練習よ」
「そしたら聖剣の騎士になれる?」
「文字の書けない聖剣の騎士じゃぁ、カッコつかないな」
ジールの言葉に、ラルの目は大きく見開いた。
「じゃぁ俺は文字を書く! シェラはカッコいい絵を書けよ!」
ラルのはしゃいだ空気に当てられ、他の子供たちも、絵本作りをしたいと手を上げ始めた。
途端に収集の付かない賑々しい空気が生まれ、ファナートは困惑気味に口を開いた。
「あらあら、こんなに大勢で1冊の絵本を作るには、役割分担はどうしましょう」
「それなら沢山作ればいいさ。教会施設や図書館、孤児たちが頑張って作りましたって言えば、寄付金ぐらいは集まるだろう」
「お母様の作った園のためになるのね! よーし、みんなで絵本を作るわよ!」
ターラが拳を作って空に掲げると、子供たちも真似をして、思い思いに掛け声を上げていった。
「そうだ、教会と言えば、ピオ司祭からお兄様へ、教会へ来るように連絡がきたわ」
「講和の件か、王宮から教会に報告がいってるはずだが、直接話に行った方がいいんだろうな。うーん、ピオ司祭なら明日でもいいか」
「お兄様、教会の司祭様を後回しにするなんて、大丈夫なの? とても偉い方なのよ」
「今日は色々ありすぎてな。これ以上神経をすり減らすと、うっかり不用意な発言をしそうだから……」
「お兄様は、たまに迂闊に口を滑らせることがあるわ。司祭様に無礼を働くくらいなら、日を改めた方がいいのかしら……」
ジールとターラが難しい顔をして首を傾げていると、ラルやシェル、他の子供たちも真似をするように難しい顔をして頭を横に倒した。
しばらくすると、その内の1人がポツリと声を漏らした。
「……教会の司祭様と王様、どっちが偉いの?」
「言われてみれば、あまり深く考えた事がないわ。えぇと、教会は権威の象徴で、王様は国の代表で、偉さの違い、説明するのが難しいわ、お兄様」
ターラは眉をハの字にして、助けを求めるようにジールへ目を向けた。
「そうだな、この園の王様をシェラにしよう、みんなはどう思う?」
「オレの方が強い!」
ラルが紙の棒を勇ましく振ると、
「私の方が色々知ってるわよ~」
アンは腰をくねらせてみせた。
「アン、トゥーリンから教わったことは忘れなさい。みんなはどうだ?」
その他の子供たちは、難しい顔をして頭を傾げていた。
しばらく待って、子供たちから意見が出ない事を確認すると、ジールはファナートへ目配せをした。
「シェラはみんなが手を洗いに行っている間、机の上を整理してくれたり、みんなのためにお仕事を頑張ってくれていますね」
園の子供たちは、ファナートへ一斉に注目した。
「私が忙しい時も、小さい子の面倒をよく見てくれて、先生にとってシェラはとても頼りになる存在です。王様にふさわしいと思いますよ」
ファナートの言葉に、園の子供たちはウンウンと頷き、
「園長先生が言うなら、シェラが王様でもいいよ」
「わたしもー!」
ラルとアンも手を上げて賛成した。
ターラはこのやり取りを見て、自身の手の平に拳を打った。
「そうか! 王様がシェラなら、教会がファナート先生なのね!」
「そうだ、教会はこの国だけじゃない、この世界に住むみんなを見守る保護者のような存在。王は国を治める人、その違いだ」
ジールは子供たちの目を見て話し、まだ飽きていない事を確認して言葉を続けた。
「魔王に支配されていた300年の間は特に、神が唯一の心の救いだった。世界中で崇拝され、多くの教会が建てられたのもその頃なんだ」
「今でも心の拠り所にしている人が多いわ。勇者へ助力を惜しまなかったお話も有名よね、お兄様」
「サビエスト王が亡くなった時も、ピオ司祭を中心に教会が間に入り、国の混乱を抑えてくれた。長い歴史があるからこそ、みんなが耳を貸したんだ」
「教会も王様も凄いのはわかったけど、その歴史ってのも強いの?」
「今日は勉強熱心だな、ラル。そうだな、園に新参者が入ってきたら信用できるか?」
「えぇ、よく知らねーヤツを信じろって言われても……」
「だよな、ファナート先生のように、長くいる人なら信用できるだろ」
「先生の言う事は、勉強しろとか面倒くさいけど、大事な事だってわかるよ」
ラルの返答を聞いて、ターラも腑に落ちた顔をした。
「歴史は信用を生むのね。なんだか私も勉強になったわお兄様! 帝国もバッカーナ教が国教だから、教会が保護者として、戦争の仲裁をしてくれたのね」
「どこの王族も勇者の血を引いてるし、兄弟げんかの仲裁に、親が出てきたって感じかな」
「ピオ司祭、お父様とお仕事のお話でうちに何度も来ていた方よね。改めて、そんなに偉い方だったなんて、子供の頃の私、無礼を働いていなかったかしら」
「俺も礼拝サボってたからな、なんだか一番会いたくない人な気がしてきたよ……」
ジールが叱られた子供のような、バツの悪い顔をしていると、トゥーリンは呆れた顔で口を挟んだ。
「贅沢な悩みね、私ら庶民はお会いする事すらできないのに。たまに礼拝の時に遠くの方でお顔を拝見するのでやっとよ」
「へぇ、トゥーリンは熱心な信者だったのか」
「そうじゃないけど、バッカーナ教の経典を読んでみんな育っているのよ。私らからしたら、司祭様に会うなんて王様に会う以上に恐れ多いわ」
「そうそう、恐れ多い人に会うんだ、心労で胃がキリキリしてくるよ」
「ジール様、私もついていきます! 安心してください!」
フェリは両の拳を握って、励ますように声の調子を上げた。
ジールはフェリをチラリと見て、難しい顔を浮かべて机に突っ伏した。
「そうだな、明日か、明後日じゃダメかな……、いや来週でも……、面倒くさいな……」
「お兄様っ、最後の面倒くさいが本音のように聞こえるわ!」
ジールはわざとらしく驚いた顔をターラに返した。
そして、嫌々ながらも、教会の方へ目を向けた。
「――司祭様、何か楽しそうですね」
教会の石畳を歩くピオ。
その後ろを歩く信徒は、背後からでもわかるピオの口角の上がり具合に珍しさを覚え、思わず声をかけた。
「うむ、あの時の小僧が、ずい分と成長したからのう。この話を切り出したら、どういう顔をするか、見物なのじゃ」
教会の石壁に、ピオの笑い声が反響した。
そのいたずらめいた表情に、信徒は怪訝な表情を浮かべていた。
毎日18時更新を予定しています。
よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。
次回、13 軍と追いかけっこ




