第六十五話 赤く染まる破片
◇
西門に着くと、イルナさんは既に部下を連れて待機していた。それぞれが装備の手入れをしている。
少し不穏な気配を溢れさせるシャーラに苦笑しつつ、イルナさんに近づく。
相変わらず綺麗だ。
「おはようございます、カナタ様。お早いのですね」
「ええ、イルナ様こそ。お待たせしてしまいましたか?」
「いえ、私達も先ほど到着したばかりなので。それで……」
イルナさんは深くフードを被り顔が見えなくなっているシャーラに視線を移す。
「僕の仲間です。手伝ってくれるみたいで。ご迷惑でしょうか?」
「そんなことはありませんわ。よろしくお願い致します」
イルナさんはそう言ってシャーラに手を差し出す。それを無視して、シャーラはフードを脱いだ。
「ダークエルフのシャーラよ。その手はとらない方が、あんたも良いでしょう?エルフの王女様」
「…………ですが、手助けしてくださるのでしょう?」
「カナタの、ね。あんた達を助けるわけじゃないわ」
「なるほど」
イルナさんは差し出していた手を下ろすと、にっこりと笑みを浮かべる。
「なら、その方がいいですわね」
周囲のエルフ達もシャーラに気付き、少しずつ嫌な雰囲気が漂い始める。
ほんとに、めんどくさい種族だな。どっちも。
◆
「――!――!」
「………?」
遠くで、声が聞こえた。
聞き慣れたような、それでいて、懐かしいような声音。
休止していた脳を無理やり稼働させる。
「――い。舞!」
「っ、!?」
目を覚ますと、悠様が私を必死に起こそうとしていた。
「ゆ、悠様?何かあったのですか?」
少し慌てる。
まさか、私が寝ている間に何か起きたのだろうか。
「それは私のセリフだよ!だいぶうなされてたけど、大丈夫?」
「うなされて……?」
少し違和感を感じて、自分の額に触れる。そこで初めて、びっしょりと汗で濡れていることに気付いた。
頬を流れるのも汗か、それとも……
なにか、夢でも見たのだろうか。
もし見ていたのだとしても、覚えていない。ただ現状、悠様が言う通り、私はうなされていたのだろう。
「大丈夫、です。ご心配かけて、申し訳ありません」
私はベッドから下りて、悠様が差し出してくれたタオルで顔を拭く。タオルはすぐにびしょびしょになった。
臭う、だろうか。
「少し気持ち悪いので、シャワーを浴びてきますね」
「うん。それが良いとは思うけど……ねえ、舞。ほんとに大丈夫?何か、嫌な夢でも見たの?」
「いえ。……いや、恐らく、そうなのでしょうが……全く、覚えていません」
「そう……」
悠様は少し悩ましげな表情を浮かべる。
そんな顔ですら美しく見えるのだから、本当に大したものだ。羨ましくも思う。
「何か悩みがあったら、話してね?私、舞の力になるから」
微笑む悠様に、少し見惚れてしまう。
「ありがとうございます。何かあれば、すぐに相談させてもらいますね」
「ほんとは、もう少しフランクに接して欲しいんだけどね。友達なんだから」
……友達だと思っているのは、悠様だけだ。私にはそうは思えない。私にとって悠様は、守るべき主だ。
だが、そんな事を言っても彼女を悩ませるだけ。
「……これは、性分なので」
私は最後に一礼し、部屋を出る。
―――正直なところ、私は悠様との距離感を図りかねている。
悠様は何も気にせずに接してくれてはいるが、私はどうしても引け目を感じてしまう。
もちろん、悠様が目を覚ましたのは喜ばしい。心の底から嬉しいと思う。
だけど、そう簡単に割り切れないことだってある。
私の一族が悠様の一族に仕えてきた理由は、平安時代あたりまで遡るのだとか。昔、両親にそんな話を聞いたことがあったが、詳しい理由までは知らない。それを知らされる前に、両親は死んだ。
悠様にも私にも肉親がいない以上、なぜ仕えてきたか知ることは二度とないかもしれない。
……別に、知る必要はないと思っていた。ないはずだった。
あんな事さえ、起こらなければ。
なぜ、あんな事が起きたのか。なぜ、あんな事をしたのか。
分からない。
なぜ、私がこんな思いをしなければならないのか。
何も分からない。
私はきっと、知らなければならない。間宮家と三上家のことを。
知って、全てを明らかにしなければ、私は悠様と正面から向き合えない。
……悠様は、何も知らない。何も知らないのだ。
あの夜の、あの惨劇が、どのようにして引き起こされたのか。誰が引き起こしたものなのか。
それを知ってしまった少年が、どうしたのか。
それでもなお、なぜ私が、今ここにいるのか。
「あうっ」
「っ、クリネア」
ぼんやりと考え事をしながら歩いていると、廊下の角でクリネアとぶつかってしまった。
ぶつかった、と言っても私への衝撃は特にない。私よりも背の低いクリネアの顔は、ちょうど私の胸に埋もれていた。
「もがもが、ぷはっ!もう!マイ!ちゃんと前を向きなさいよ!窒息するかと思ったじゃない!」
……窒息するほどのことでもないとは思いますが。
「すいません。少し、考え事をしていました」
いけない。
これは、考えすぎても意味がないことだ。考えたところで、答えは出てこない。
考えるだけでは知ることは出来ない。全てがはっきりすることなどない。
ただ……ここは異世界。私達の世界とは違い、神秘が存在する世界。もしかしたら、いつか、全てが分かる日がくるかもしれない。
そこで、はっとした。
「……クリネア」
「なあに?」
こてんと、可愛らしく首を傾けるクリネアを、真っ直ぐに見つめる。
「……あなたは、私と悠様の関係のことを知っていますか?」
「一族で仕えてきたって話?」
「はい。それでなんですが……あなたの知る未来で、私はその理由を話していましたか?」
少し、声が震える。
もしかしたら、クリネアの知る未来では、私は何かを知っていたかもしれない。
思いがけないところで、真実を知るかもしれない。ずっと探し求めていた、答えを。
などと、そんなわけがなかった。
現実を甘く見過ぎだ。
「ううん。アタシも聞いたんだけど、理由までは知らないって言ってたわよ」
「……そう、ですか。すいません、突然変なことを聞いて」
未来の私でも、知ることはなかった。
分かっていたとはいえ、少しの失望はあった。
それを表情に出してしまったのは、ミスだ。反省しなければ。
クリネアの知る世界と今の世界では、既に違う道を辿っている。そのかけ違いの過程で、いつか知るかもしれないではないか。落胆するのはまだ早い。
頭では、分かってはいる。
「……マイ?大丈夫?何かあったの?」
「……ええ、大丈夫ですよ。なんでもありません」
私如きを、あまり心配させるべきではない。
逃げるようにその場を立ち去り、シャワールームへと走り込む。
どうにもむしゃくしゃしてしまった私は、鏡に拳をぶつけてしまった。割れた鏡の破片が刺さり、血が流れる。
じくじくと存在を主張するその痛みだけが、今の私にとっての唯一の慰めだった。
―――声が、うるさい。




