第六十四話 暴れん坊
◇
シュトロノームが用意してくれた拠点は、普通の家だった。少しボロが目立つが、造り自体はどちらかというと豪華だ。
中は、先に到着していた悠達が掃除してくれていたおかげで、生活するには何の問題もなさそうだ。
「おかえり」
「ただいま」
迎えてくれた悠に少しドギマギしながら、僕は皆が集まっているというリビングへと移動する。
リビングは結構広く、大きめのテーブルとそれを囲むようにソファが置かれていた。僕は入口から一番近い席に座り、疲れを吐き出すようにため息を吐く。
舞が用意してくれたお茶が、めちゃくちゃ美味しく感じた。
「で、どうだったのよ。早く話しなさい」
シャーラが僕を急かす。ゆっくりさせて欲しいものだが、彼女もエルフの国にいることで気が立っているのだろう。
優しくしてあげるか。
とりあえず、僕はかいつまんで説明をする。もちろん、結婚を申し込まれたことは内緒だ。
レノと戦ったという話をした時に、案の定というか、シャーラが羨ましそうにしていたの呆れてしまう。
「それで、あんたは魔物の駆逐に駆り出される、と」
「そういうこと。まあ、そんなに時間はかからないと思う。シル……ガイウス、みんなにメリトリスの話はした?」
「なんであたしに聞かないのよ!」
「だって、シルフィは絶対話してないでしょ」
「話してないわ!」
「ほら」
言わんこっちゃない。
「おう、ちゃんと話したぜ」
「よし。じゃあ、みんなにはメリトリスを探すのを手伝って欲しい。夢の中に現れるらしいから、協力は出来ないかもしれないけど……とにかく、何か少しでも分かったことがあれば共有しよう」
「分かった」
ぐっ、と拳を握る悠。可愛い。
僕は視線を動かす。
ソファの後ろに立っている舞に目が止まった。現状、この場でメリトリスに狙われそうなのは彼女だ。舞の悩みを知っているだけに、あまり適当なことは言えないが、何かしら声はかけておいたほうがいいだろう。
◇
聞くと、部屋の数はそこまで多いわけではないらしく、僕とガイウスが同じ部屋、女子勢も2組に分かれる形になっているらしい。
割と疲れていたので、僕は少し休むために部屋へ向かう。
「ねえ」
リビングを出て階段を上がろうとすると、追ってきたセナに声をかけられた。
「……なに?」
「あなた達、本気で魔王軍とことを構えるつもりなの?」
「は?いや、そんなつもりはないけど」
「でも、夢の奴と戦うのでしょう?」
「僕はクリネアを助けたいだけだ。魔王軍なんてどうでもいい」
「……分からないわ。時の奴も、離反したとはいえ魔王軍幹部だったのよ?命を危険に晒してまで、助けたいなんて思えるはずがないわ」
「………」
僕は階段に腰をかけると、座った状態でセナと向き合う。僕が少し見上げる形だ。
わざわざ話す必要はないが、彼女は悠が連れて行くと決めた。なら、僕は反対しない。
だが、多少は方向性を一致すべきだろう。いちいち口を出されるのは、めんどくさい。
「詳しくは長くなるから話さないけど、僕達はクリネアに救われた。そう簡単には見捨てられない」
「……分かっているのでしょう?夢の奴と戦うのなら、あのマイって娘は弱点になるわよ」
何も知らないセナから見てもそうか。これは、思ったより弱ってるかもな。
でも、
「舞もクリネアを助けたいと思ってる。それに、君が思ってるほど舞は弱くないよ」
「……それが、押し付けじゃなければいいのだけれどもね」
「それより、僕も聞きたいことがある」
僕は『光の剣』を生成し、セナの知覚をすり抜ける速さで、その白い首に突きつける。
「君は今、何を考えている?立場はどこにある?」
「っ……!」
「君を倒したのは悠で、殺さずに連れて行くことを決めたのも悠だ。だから僕は反対するつもりはない……けど、返答によっては、今ここで殺す。嘘は許さないよ」
『気配操作』の応用によって、嘘をついた時の微妙な揺らぎを見極める。更に、剣先を首筋の動脈に触れされ、『身体能力強化』によって鋭くした感覚で、どんな些細な反応も見逃さない。
「……分からない、わ。私も、自分がどうしたらいいのか分からない。どうしたいのか分からない」
「………」
嘘の気配はない。
「あなたに分かるかしら?眠りこけていただけの小娘に敗北して、トランドリグス様に見限られ、あろうことかその小娘にトランドリグス様から庇われた私の気持ちが、あなたに分かるのかしら?」
分からないし、分かりたいとも思わない。
「……私は、トランドリグス様の眷属であったことに誇りを持っていたの。けれども、その誇りはもう無い。自分の弱さがゆえに、ね」
セナは目を俯かせる。
気持ちは、少し分かる。自分の手が届く大切なものを失った時の無力感。まるで全てを失ってしまったかのような、生きる意味を失ったかのような喪失感。
だが、それは関係ない話だ。
多少の同情はするが、そんなもので見逃したりはしない。
「立場なんて……知らないわよ。自分でも、どうしたいのか分からないもの。ただ、あなた達の邪魔だけはしない。私はユウに生かされてる身なのだし。それに、私じゃあ勝てないもの」
「………」
「今の私には、魔王軍と連絡をとる手段はないわ。あったとしても、トランドリグス様に殺されるだけなのだし。今更死ぬことなんて怖くはないのだけれど………………ユウを、あなた達を売る気にも、なれないわ」
「……そうか」
僕は『光の剣』を消し、展開していた他のスキルも全て消した。そして立ち上がる。
「信用されたと思っていいのかしら?」
「勘違いするな。君を信用するわけじゃない。ただ、利害の一致だ。……安っぽい信頼関係より、よっぽど信じられるだろ?」
「……そうね。全くもって、その通りだわ」
「一つだけ」
僕は人差し指を立てる。セナはその指をじっと見つめた。
「死ぬことを恐れろ。簡単に死のうとなんてしないでくれ。君が死ぬでも僕は構わないけど……悠は、きっと悲しむ。僕は悠を悲しませたくないんだ」
「………」
セナは面食らったように絶句する。そして、しばらくの沈黙の後、少しだけ微笑んだ。
「ふふ、そうかもしれないわね。あの子、優しすぎるもの」
認めたくはないが、僕にはそれが、優しい笑顔に見えてしまった。
「分かった、約束するわ」
「なら、いい。協力しろとは言わないし、逃げたくなったら逃げたらいい。邪魔だけはしないでくれ」
僕はそれだけ言うと、部屋へと向かう。
今日は疲れた。少し、眠りたい。
◇
「で」
「なに?」
「なんで、当たり前のように君がいるのさ」
「当たり前だからだけど」
「………」
悪びれもせずに答えるシャーラに、思いっきりじと目を向ける。
翌日。
僕はイルナさんとの約束通り、西門へと向かっていた。
この依頼を受けたのは僕だし、面倒な任務でもあるので、僕1人でやるつもりだったのだが、なぜかシャーラもついてきた。ダークエルフとはバレないように、しっかりローブのフードも被っている。
「私、最近暴れ足りないのよ」
「いつもだろ……あぶな!!」
手がぶれたかと思ったら、迷いなく剣を抜いたシャーラの一撃をなんとか躱す。髪先を少し切られた。
これはほんとに溜まってるな……。
「分かった分かった。何も言わないから、頼むからエルフと喧嘩しないでくれよ?」
「私からは手を出さないわ。あっちからきたら、知らないけど」
だめじゃん。
それ、絶対喧嘩になるやつだろ。
「その時は僕が守るから、堪えてくれ」
ヘーダルムに来る前にそういう約束していたしね。約束は守るさ。
「まもっ……、こほん。そう、なら任せるわ」
「任されたよ」
何事もなければいいんだけど。
シャーラって、考えるより先に手が出ること多いからなぁ。まあ、彼女は仲間だ。エルフが攻撃しようとするなら、約束なんてしなくても守るさ。
僕が守るほど、シャーラは弱くないけど。
なんだかんだ、彼女は良いやつだ。
だからシャーラ。
隣を歩きながら、剣の手入れをするのはやめて欲しい。




