第六十三話 割と崖っぷち
◇
「な……ん………」
素直に驚いた。
結婚?結婚って言ったか?
なんで?どうして?なにがどうなったらそうなるんだ?
勝手におかわりされた草のお茶が気にならないほど、頭が回っていない。
「あの……カナタ様?」
固まってしまった僕を不審に思ったのか、イルナさんは少し困ったような表情で僕を覗き込む。
顔が近い。
「あ、えっと、その…………え?」
未だに受け止めきれない。
「なぜ……?」
「私、あなたに一目惚れしましたの」
「……まじ?」
「まじ、ですわ」
おおう、まさか。
まさか、そんなことある?
……いや、あの老婆の占い師は、僕が運命の出会いをすると言っていた。
運命の出会いとはつまり、運命の相手に出会うということであり、僕にとってそうであるのと同じように、相手にとっても僕は運命の相手ということだ。
だから、あの占いが本当だったのだとすれば、イルナさんが言っていることは嘘ではない。
「ですが……そんな突然、結婚というのは……。ただでさえあなたはお姫様なんでしょう?」
「立場なんで関係ありませんわ。私はカナタ様に恋をしたのです。私の全てを捧げたいと思うほどに」
イルナさんは頬を紅く染めながらそう言った。
可愛いな。
「……でも」
「もう、カナタ様。乙女がこうして心を曝け出したというのに、でもも何もありませんわ。……カナタ様のお気持ちも、教えてくださいよ」
「………」
彼女の言うことにも一理あるかもしれない。
とは言え、さすがに急すぎないか?
確かに僕も彼女に一目惚れした。数日前に彼女と出会ってから、再会を望んだ。そして、自分の気持ちが間違いではないことを確信した。
イルナさんが同じ気持ちだったのは嬉しい。それは素直に嬉しいと思う。
だけど……
「お気持ちは嬉しいです。僕も……先日、イルナ様を見かけた時から、ずっと忘れられませんでした。しかし、突然結婚というのは……」
だけど、僕は悠のことも好きだ。
「それもそうですわね」
パン、と手を叩いたイルナさんは、思いの外明るい表情で言う。
「察するに、カナタ様には既に心に決めたか方がいらっしゃる様子。違いますか?」
「……そう、です」
見透かされた。女の勘ってやつか?
「ですが、そこに私の居場所が出来た。今はそれだけで満足しておきましょう」
イルナさんは本当に満足している表情で、そう微笑んだ。
天使みたいな笑顔だ。思わず目を奪われる。
「父上……国王は、もう歳です。じき、私が王位を継承するでしょう。……不幸なことに、現国王の血を引くのは私だけなのですから」
先程までとは打って変わり、深刻な話をし始めたイルナさんに少し戸惑う。
だが、聞かないわけにはいかない。
「ヘーダルムは竜王国と同盟を結び、本格的に魔王軍と戦う準備を始めています。国を率いる象徴の存在は不可欠、それも、より強い光が必要なのです」
王位継承権を持つのがイルナさんだけというのは、イルナさんだけしか生まれなかったのか、それとも他の兄弟姉妹は戦死していったのか。
それは分からないが、異常なことではあるだろう。
アリシア様は、自分を第一皇女と名乗った。
つまり、アルティアには王家の血を引く者が複数人いるということだ。僕は面識はないが。
王家は血を絶やさない。そのために多くの子を作る。
それなのに、この物騒な世の中においてヘーダルムにイルナさんしかいないというのは、割と切羽詰まった状況なのだろう。
周囲からの期待も大きいだろう。何があっても死ぬわけにはいかず、情けない姿を晒すわけにもいかない。
相当な重責を負っている。
「私は女です。女の身である私が王になることを、面白く感じない者も多くいます。同じ轍を踏まぬよう、多くの子を産まなければならないのでしょう。……せめて、愛する者と共にありたい。そう、思うのです」
「………」
ここに繋がるのか。
つまり、冗談で僕に求婚した訳ではないと。それなりの覚悟を持って、本気で求めているのだと。
それこそ、一目惚れなんて曖昧なものではなく、もっとちゃんと見極めた方がいいとは思うけど。
そんな気楽にも言ってられないのか。
「……少し、お時間をいただきたい」
「もちろん。急にこんなお話をしてしまい、申し訳ありません」
イルナさんはそう言って席を立つと、そばにあった書類の山を探り始めた。
「……はぁ」
無意識に緊張していたのか、僕は気付かれないように小さくため息を吐くと、そこで改めて草のお茶の存在を思い出した。
「げ」
「どうかしましたか?」
「い、いえ!なんでも!」
僕は再び草のお茶を流し込みながら、取り繕った笑顔を浮かべた。
◇
「さて、ではしてければいけないことからしましょうか」
イルナさんは書類の山から一枚の紙を取り出しながら言う。
見ると、何かの地図のようだった。
「これはヘーダルムとその周辺の地図です。西の森、というのはここのことです」
イルナさんが指差すのは、ヘーダルムの西門からすぐ近くの大きな森だ。数キロ程度の距離にある。
そこに彼女は、兵士のコマと獣のコマを配置する。
「ほんの数ヶ月前、この森で魔物の異常発生が起きました。原因はまだ判明していません。たまに上級種が現れるものの、我が軍で対処は充分……なのですが」
「魔王軍の侵略に備えるために必要な人員を確保出来ない、と」
「はい。魔物の対処だけならば、問題ありません。しかし、相当の人手が必要になるのです。竜王ファルグ・ジルムンド様は魔王軍の駆逐に動き出すため、着々と戦力を揃えています。カナタ様を『四ノ竜』として迎えられたのも、そういった背景があるのでしょう」
それは考え過ぎな気もするけど。
ていうか、僕、一応竜王国の幹部なのに、竜王の野郎から何も聞かされてないぞ。
自由にさせてくれているのだから、特に文句があるわけではないが。
「私達は、これを早急に解決しなければなりません。そのために力を借りたいのです。『光の勇者』である、カナタ様の力を」
ぴくりと、眉が動いてしまったことを自覚する。
しまった、不意を突かれすぎて堪えられなかった。
「やはり、そうなのですね」
「……なぜ、それを?」
「ヘーダルムはアルティアとも同盟を結んでいますので。勇者についての情報は入ってきますわ」
同盟結びすぎじゃないか?
「討伐隊は私が指揮をとっていますが、カナタ様の助力を得た時点で、半数を対魔王軍の方へ、つまりレノが率いる騎士団へと委託しました」
それ、要するに半分しか残ってないってことだよね?
僕に負担かけすぎじゃないか?
「先日、門外でカナタ様と対峙した時点で、いくつか情報を集めさせていただきました。なんでも、魔将の一角と交戦したとか」
そういえば、竜王も箔を利用するとか言ってたな。公表してたのか。
交戦したのは、炎と血の魔将だから2人だけどね。
「ヒムロ・カナタ。『光の勇者』にして『叛逆の勇者』。同じく勇者であるニンナジ・フウカを殺害し、また獣人達と共にアルティアに刃を向けたことによって追放される。それから2年もの間、姿を現さず、死亡説が囁かれたが、何もなかったかのように竜王国に訪れる。そこで『四ノ竜』の座を与えられ、炎の魔将を単独撃破。……何かの手がかりを求め、ヘーダルムへと向かう」
つらつらと僕の経歴を述べたイルナさんは、最後には少し探るような視線を僕に向けた。何の手がかりを探しているのか、気になっているのか。
確かに、イルナさんの国に来ているのだから懸念ではあるだろう。だからといって教えるつもりはないが。
ていうか、死亡説なんて初めて聞いたけど。
僕は肩を竦めることで、先を促す。
「ご安心ください、あなたをアルティアに突き出そうなどとは考えていません」
別にその心配はしていない。全部取り引き済みの追放なのだから。
仮に突き出されてもすぐに逃げ出せる。
「ともかく、カナタ様にはこの魔物の問題を解決していただきたいのです」
「責任重大すぎません?」
「勇者様なのですから、大丈夫ですよ」
ニッコリと笑うイルナさん。無言のプレッシャーを感じる。
この人、割と強引なところあるな。
「……分かりました。善処しますよ」
「ええ、よろしくお願いします」
こうして満面の笑みを向けられると弱い。
惚れた弱み、ってやつだろうか。
こうして、明日、西門の前で待ち合わせすることになり、僕はイルナさんの自室をあとにした。




