第六十二話 草のお茶
…。
◆
「戻ったわ!」
バンッ!と音を立てて扉が開いた。
複数の人影の中、先頭にいるのはシルフィだ。
「あまり激しく扉を開くな。壊れるだろう。……そんな小さいナリでよく開けれたな」
「あたしは風の妖精よ!風を操って開けたわ!」
「なるほど。なら、次からはもう少し優しく開けてくれ。壊れてしまいそうだ」
「分かったわ!」
シルフィが訪れた家の主、シュトロノームは呆れたようにため息を吐き、彼女の連れに視線を移した。
特に興味も無さげな視線を向けたが、ある一点で目が止まる。セナだ。
「……お前、トランドリグスのとこのか?」
「お、お前は、シュトロノーム……!裏切り者が、なぜこんなところにいる!?」
「おいおい、よく言うな。お前も似たようなもんじゃないのか?」
「う……」
「お前がヒムロ・カナタの仲間なら、俺達は共犯だ」
「な、仲間なんかじゃ……」
『血の魔将』トランドリグスの元部下であるセナは、元々『道の魔将』であったシュトロノームのことを知っている。
もちろん、魔王軍を離反したことも。
トランドリグスの忠実な部下であった彼女からすればそれは許せないことであったが、しかし、今やセナ自身の立場もシュトロノームとそう変わらない。
シュトロノームはセナへの興味を無くしたのか、視線を外す。
「シルフィとガイウスから聞いてるかもしれないが、カナタはエルフの王ウルガに会いに行っている。まだ帰ってきてないってことは、会談が予想より長引いたのか、イレギュラーが起きたのか。なんにせよ、この街でのお前達の拠点は確保しておいた」
「よくやったわね!」
「なんでそんなに偉そうなんだ」
「それは悪かったわね!」
そう言いつつも、悪びれた様子の無いシルフィにシュトロノームは再びため息を吐いた。
「それで……」
シュトロノームは目を細め、殺気を放つ存在を睨みつける。
「俺、何かしたか?」
「……あなた、強いわね。相当」
彼に殺気を向けるのは、ダークエルフのシャーラだ。
戦闘狂であり、常に強者を求める彼女は、本能的にシュトロノームの規格外の強さを感じ取っていた。そしてそれを察したと同時に、ほぼ無意識に殺気を放っていたのだ。
「ああ、強いぞ。お前ら全員を今この場で瞬殺できる程度には。で、それがどうかしたか?」
「元『魔将』って聞いたけど、ヴィラネドゥとどっちが強いの?」
「俺だ」
「……へぇ、即答なのね」
「何度か殺り合ったからな。9割以上の勝率だ」
「……後で、私とも手合わせしてみない?」
「断る。少なくとも今のお前では、どう足掻いても俺には勝てない」
「………」
シャーラは再び全身から殺気を放ったが、シュトロノームは意にも介さない。
それでも睨み続ける彼女に対し、シュトロノームは仕方なくといった様子でため息を吐く。
「なあ」
「っ!?」
刹那。
本当に一瞬の出来事だった。
シャーラは瞬きもしていない。それなのに、シャーラが気付いた時には、その首にシュトロノームの手が添えられていた。
しかも、シュトロノームはその場を一切動いていない。シャーラがシュトロノームの隣に移動していたのだ。
「俺は『良い奴』じゃない。カナタに協力すると決めたから仲良くしてやってるが、俺としてはお前達を殺しても何ら不都合はないんだ。……生き急ぐな」
「………そうね。その忠告、素直に聞いておくわ」
「それで良い。まあ……」
シュトロノームは視線を逸らす。その先には、シャーラが抜いていた剣があった。
「反応速度は悪くない。魔王軍に喧嘩売るだけのことはあるみたいだ」
「慰めはいらないわよ」
シャーラは剣を鞘へ納めると、降参とばかりに両手を挙げた。その表情は悔しそうだが、どこか爽快な雰囲気もある。
それを見て、シュトロノームも彼女の首から手を離した。
「……それにしても、カナタの連れには別嬪が多いなぁ」
シュトロノームを警戒し、戦闘態勢に入っていた周囲を意に介さずに彼はそんなことをボヤきながら、メモにサラサラと何かを書いた。
「これがお前らの拠点への地図だ。そこに一軒、家を用意している。誰も住んでいない廃墟だが、何もないよりかはマシだろう。人払いの魔法を略式だがかけておいた」
「えっと……何から何まで、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる悠に、シュトロノームは手をひらひらと振ることで応じる。
魔王との因縁がある彼からすれば、カナタ達が魔王軍と正面からぶつかるのは都合が良い。そういった打算から協力体制を組んだのだが、それは口にしない。
秘密にしておきたいという理由ではなく、単にその必要性がないと判断したからだ。伝えても伝えなくても、カナタ達の行動は変わらない。
「精々派手に暴れてくれ」
「そういうの得意よ!」
「得意そうだな」
シュトロノームは早くも、シルフィの扱い方を学んだようだった。
◇
「お味の方はどうでしょうか?」
「うん……とても美味しいですよ」
正直なところ、イルナさんが用意したお茶は草の味がした。そのあたりに生えてる草をすり潰した時に出てくる汁の味がする。
が、イルナさんはとても美味しそうに飲んでいるので、間違った訳ではないのだろう。
エルフって草食のイメージはあるけど、ここまで草食とは思わなかった。まさか、夕食の時間には皿に草がのってたりしないだろうな。
草を焼いたり、草を茹でたり、草を揚げたり……。
そこで僕は考えることをやめ、残っていた草のお茶を一気に煽る。
「さて、では早速本題に入りたいのですが」
「はい」
僕は何とか空にしたコップを机の上に置き、気持ちを入れ替える。
気を抜いたらイルナさんに見惚れてしまうが、ここからは真面目な話だ。引き受けた以上、僕もしっかり働かなければならない。
確か、西の森の魔物退治、だっけか。
「ヒムロ・カナタ様」
イルナさんは僕の名を呼びながら茶瓶を持ち、
「私と、結婚して下さいませんか?」
僕のコップに草のお茶を注ぎ足しながら、そう言った。




