第六十一話 エルフの塔
◇
「だっはっはっ、いやぁ、すまんなぁ。試すような真似をして」
「いえ、無事証明できたようで良かったです」
豪快に笑うウルガに、僕はため息を堪えて答えた。
彼が言うには、これは僕が本当に『四ノ竜』なのかどうかを確認するために実力を測ったらしい。
まあ嘘ではないだろうが、それだけの理由かは定かではない。
「それにしても、まだまだ若いのにかなりやるようだ」
「たまたま、スキルに恵まれたもので」
「それだけではないだろう。ヘーダルムの奥義を受け切った剣術も、レノを倒した体術も素晴らしいものだった」
「光栄です」
「ただ、レノも底は見せていない。それだけは覚えておいてくれ」
「ええ、もちろんです」
ボロボロのまま、僕の背後に立つレノ。
この場では僕が勝ったが、そもそもエルフの得意分野は魔法だ。
それを一切使わなかったあたり、まだまだ実力を隠しているってところか。
「さて、客人に無礼を働いてしまった詫びだ。なにか許可が欲しいと言っていたな」
「僕達のこの街の滞在の許可を」
「そして、君の仲間にはダークエルフもいると」
「はい。エルフとダークエルフの仲が悪いとは事前に聞いていましたが、まさか顔を合わせただけで迎撃されるほどとは思わず……。これは許可が必要かと思い、伺いを立てました」
シャルルでさえ、初対面の時はもう少し大人しかった。
この国なんて、皇女が出陣してきたからね。
「ふむ。許可を出そう」
あら、あっさり。
「『四ノ竜』殿が自ら願い出たのだ。断れば、我が国の立場も危うくなろう」
「そんなことはありませんよ。僕が『四ノ竜』に任命されたのは最近ですし、そもそも忠誠心なんてありませんし」
「……それ、あまり言わない方が良くないか?」
「ですね、失言でした。忘れてください」
僕がそう答えると、ウルガは苦笑した。
だが、これでウルガが国間の関係を気にする必要はなくなった。
僕がわざわざ自分の立場を不利にしたのは、断る選択肢もあるということを示すためだ。
シャーラの滞在を認めさせることだけが目的なら、この脅迫に近い形でも良かった。
だが、出来るのであれば、許可だけでなく協力も得たい。
そのためにも、少しでも良好な関係を築きたいのだ。
「そうだな。なら、条件付きでどうだ?」
「条件……ですか?」
「うむ。最近、西の森に魔物が大量発生していたな。対応に追われているのだ。君には、その駆逐の手伝いをしてもらいたい」
なんだ、そんなことでいいのか。
「分かりました。喜んでお受けします」
「交渉成立だな。それで?」
「……それで、とは?」
「なに、用件はそれだけではないのだろう?」
「はは、お見通しですか」
伊達に国を纏めているわけではないということか。
僕程度の考えなど、隠しても意味がないらしい。
「僕がこの国を訪れた目的は、『夢の魔将』メリトリスを捕らえることです」
一瞬、背後から不穏な気配を感じたが、それは本当にすぐ消えた。
気のせいかもしれない。
「なるほど……確かに、その情報を竜王国へ流した。理由を聞いても?」
「それは……言いづらいことなので、詮索しないでもらえるとありがたいです」
「……ふむ、良いだろう。どちらにせよ、私達も魔将はどうにかしたいと頭を悩ませていた。利害の一致だ、詮索しないでおこう」
「ありがとうございます」
「それで、協力が目的か?」
「はい」
理解が早くて助かる。
「とある筋からの情報で、メリトリスは実体を持たない夢魔だと判明しました。自分の領域内の全ての生物の夢に現れ、心の弱さに取り憑くと」
「………」
ウルガは僕を真っ直ぐに見つめた。
その情報筋を詳しく聞きたいのだろう。それが分からなければ、信憑性も保証されない。
だが、僕はそれを明かすつもりはない。
今ので確信した。この国は、シュトロノームの存在に気付いていない。
普通、あれだけの存在がいれば嫌でも気付く。
その元魔将である彼を知らないということは、シュトロノームが敢えて存在を隠しているのだろう。
ならば、ここで彼の存在を教えることは得策ではない。
現時点で、シュトロノームの機嫌を損ねる行為は危険過ぎる。
「……それが本当だとすると、見つけるのは相当困難だろうな」
「そのようですね」
ウルガは僕が情報筋を開示するつもりがないと理解したのか、特に何も言わずに話を続けた。
「領域内の全ての生物の夢に現れるというのは、そのままの意味か?」
「はい。メリトリス自身の意思に関係なく、強制的に夢へ入り込むみたいですね」
「……魔将の報告があがったのは神聖騎士団の兵士からだ。だが、私は一度も見ていない。しかしこの国が魔将の領域ならば、私の夢にも入り込んでいるということになる」
ウルガは考えを整理するように、顎に手を当てて呟く。
「つまり、夢に侵入しても、必ず姿を現わすわけではないということか。それこそ、付け入る隙がないと」
「その通りです。なので、協力をお願いしたいのです。誰に姿を見せるか分からない以上、とにかく数が必要になるので」
「君の要望は把握した。こちらも喜んで力を貸そう。レノ」
「はっ」
「我々ヘーダルムはこれより、竜王国の使者ヒムロ・カナタと協力体制敷き、『夢の魔将』を駆逐……可能ならば捕縛する。神聖騎士団へ通達しておいてくれ」
「承知致しました」
僕が捕らえるためと言っていたのを思い出したからか、捕縛が可能ならばと付け足したウルガに内心感謝する。
僕が欲しいのは情報だ。普通に殺してしまったら意味がない。
「さて……これで、君がここへ来た目的は果たせたかな?」
「ええ。感謝します」
僕は立ち上がる。
ウルガの言う通り、目的は果たした。長居する必要もない。
「カナタ様」
その場を立ち去ろうとすると、イルナさんが僕の名前を呼んだ。
透き通るような声音だ。
「なんでしょう?」
「まだ時間はありまして?」
「ええ。特に急ぎの用があるわけではないので」
ガイウスとシルフィもまだ戻ってきていないだろう。
「でしたら、私の個室へいらっしゃいませんか?少しお話したいことがありますので」
「姫様」
イルナさんの申し出に僕が答えようとすると、その前にレノが遮った。
「まだろくに関係を築いていない異性を自室へ呼ぶのは、少し問題があるかと」
「私は西の魔物の討伐部隊を率いています。その作戦に加わってくださるのならば、ある程度の話し合いは必要でしょう」
「ですが、貴女様はこの国の姫です。不要な噂が立つのは避けるべきでは?」
「お父様は執務が、貴方は騎士団への通達が。そして私は殲滅作戦の準備が。それぞれ成すべきことがあります。それこそ、私は姫としての役目を果たすだけ。それで噂が立つのならば、好きなだけ立たせておけば良いですわ」
「しかし」
「レノ。……まだ、何か?」
ゾッとするほどの殺気が、背筋を駆け上がった。
それを直接当てられたレノは、顔を真っ青にしていた。
「……申し訳ありません」
レノは素直に引き下がり、頭を下げた。
「お父様も、それでよろしいですか?」
「うむ、良いだろう。カナタ殿、よろしく頼む」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ではカナタ様。こちらへ」
僕はイルナさんに言われるがままに、彼女の後を追いかけた。
会話はなく、凄い緊張する。
なんとなく気まずくて、少しだけ距離をあけて歩いた。
◇
イルナさんは神殿を更に奥へ進む。
奥の通路を進むと、そこに人一人サイズの小さな扉があった。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
開けてくれたイルナさんに礼を言い、扉を抜ける。
そこにあったのは、大きな塔だった。
ビルで言えば、確実に十階分はあると思う。
これだけ高い建造物があるのなら遠くからでも気付くと思うのだが、全く見なかったはずだ。
「これはアマリリスの塔と言います。私達皇族が住む塔です。不可視の魔法がかかっていますから、遠くからでは見えませんわ」
僕の表情を読み取ったのか、イルナさんが説明してくれた。
「普段は皇族しか足を踏み入れることは許されないのですが、私達が許可することで、その防護魔法も解かれます」
イルナさんはそう説明しながら塔の中へ入った。
僕も続くが、その魔法の凄さに言葉が出ない。
ダークエルフの里で舞がティータさんに教えてもらっていたのは、全て戦闘向きの魔法だった。
彼女がこんな便利な魔法を教えなかったのは、この手の魔法はエルフの専売特許だからだろうか。
塔の中は不思議な空間だった。
窓からは日光が差し、至る所に植物が生えている。
薄っすらと透明な螺旋階段が壁を這うように上へと伸びており、等間隔に床が作られている。
その更に外側に部屋が設置されたいる形だ。
「この階段は特別で、魔力を足に込めないと上に乗らなくなってます」
「……僕、魔力が無いみたいなんですが」
「あら、本当ですか?」
イルナさんが信じられないといった風に、振り返って僕を見た。
真っ直ぐに目が合う。
可愛いなぁ。
「僕も信じたくはないのですが、残念なことに」
「でしたら、どうぞ」
イルナさんは手を差し出してきた。
「えーっと?」
「その……良ければ、掴まって下さいますか?」
「え、ぁ、ああ、はい」
少し恥ずかしげなイルナさんの様子に、なんだか僕まで恥ずかしくなってきた。
せっかくの厚意に甘え、手を掴む。
彼女の手は、少し温かくて、とても柔らかかった。
イルナさんは透明な階段に足を乗せる。
その足は階段をすり抜けることなく、自然に彼女を持ち上げた。
僕もそれを真似ると、イルナさんが何かしらの魔法を使ってくれているのか、特に変わった感覚もなく普通に階段を上れた。
「ここが私の個室になります」
イルナさんに案内されたのは、言ってしまえばなんの変哲も無い部屋だった。
皇族とだけあってかなり広いが、だからと言って物で溢れ返っているわけではなく、必要最低限のものだけが揃えられている。
窓からはヘーダルムの街並みが一望できた。
人工物と自然物が綺麗に調和している。
「あまりそうキョロキョロと見られましたら、流石に少し恥ずかしいですわ」
「あ、申し訳ありません」
「……いえ、お気になさらず」
イルナさんはそう答え、部屋の真ん中にあった椅子を引いた。
その前にはテーブルがあり、反対側にもう一つ椅子がある。
「どうぞ、こちらへ。私はお茶を用意しますので」
「はい。……ああ、いえ、僕がやりますよ?」
「ありがとうございます。ですが大丈夫です。これは趣味みたいなものですし、客人を煩わせるわけにはいきませんわ。どうか、お掛けくださいませ」
「……分かりました」
相手が偉いからというよりも、気になる存在だからか調子が狂う。
僕が素直に椅子に座ると、イルナさんはニコリと魅力的な笑みを浮かべた。




