第六十話 イケメン死すべし
あ、あけましておめでとうございます……?
◇
「見つけられなかったわ!」
「覚えてねぇ……」
少しして目を覚ましたシルフィとガイウスは、早速夢の中でメリトリスを探してきたらしい。
が、案の定見つけられなかったと。ガイウスに関しては夢の内容すら覚えてないみたいだ。
「君達、行動までが早過ぎない……?」
「カナタには言われたくないわ!」
このセリフ、よく言われてる気がする。
「とにかく、メリトリスを見つけ出せないことには始まらない。見つける方法は分かったんだし、一旦みんなの元に戻ろう」
僕は席を立ち、シュトロノームへ顔を向ける。
「宿を用意しておいてやる。仲間と合流したら、もう一度ここに立ち寄れ」
「……分かりました。ありがとうございます」
なぜここまで親切にしてくれるのか分からないが、助かることに変わりない。
僕は素直に礼を言った。
「……あぁ」
そこで、ふと思いつく。
結局この街でしばらく滞在するのだから、先にやっておくべきことを思い出した。
「シルフィ、ガイウス。僕は残ってやるべきことがあるから、二人だけで悠達と合流してくれるかい?」
「……分かった。またこの家に集合ってことでいいか?」
「うん」
「おい、なに当たり前のように俺の家を集合場所にしてるんだ?別にいいが」
いいんかい。
「んで、大将。なにするんだ?」
「ちょっと、挨拶してくるよ」
僕はリュックから白い羽織を取り出す。その胸元には、竜が刻まれていた。
「この国のトップに」
◇
正直に言えば、僕はこの時を楽しみにしていた。
今、僕はエルフの皇族が住む神殿を歩いている。
立ち並ぶ綺麗な柱は神秘的で、その中を一人で歩いていることに強烈な違和感を抱いた。
神殿の中には簡単に入れた。
神殿の入り口を固めていた近衛兵は、僕が『四ノ竜』である証を見せればすぐに通してくれた。
真っ直ぐ歩けばすぐに王に会えるらしく、案内人は無しだ。
些か、というより大分無用心だと思うが、僕がとやかく言うべき問題ではない。
この国のトップ、つまり王様に挨拶をすることはもちろん必要だ。犬猿の仲とも言えるダークエルフを連れているのだから、せめてもの礼儀だろう。
それに、この国を領域としたメリトリスを追っていると伝えれば、何かしらの協力を得られるかもしれない。
だが、それ以上に胸が高鳴って仕方ない。
なにせ、イルナと名乗ったあのエルフは、自らを皇女と言っていたのだ。
つまり、また会える。会えてしまう。
一目見た時から、僕は彼女のことが忘れられない。
悠と話せば忘れるかと思ったが、そんなことはなかった。
あの顔を思い出せば、動悸が激しくなってしまう。
なるほど、運命の出会いとはよく言ったものだ。
イルナさんと会って、どうすれば良いのかは分からない。どうしたいのかも分からない。
それでも、とにかく会いたかった。
「……君が、竜王国の使者か。随分と若いな」
柱が立ち並ぶ通路を抜けると、奥にはがっしりとした体格の男が座っていた。
黄緑色の髪を全て後ろに撫でつけた、いわゆるオールバックという髪型で、例によって耳は尖っている。
それなりに歳はとっているのか、エルフという長寿の種族であるにも関わらず顔の皺が少し目立つ。
一目見て、強いと分かった。
その傍らには、やはりと言うべきか、イルナさんが控えていた。
彼女を見るのはこれで二回目だ。
これは自論だけど、一目惚れというのは、初めて見る、いわゆる不意打ちによる要素も多いように思う。
それを前提に考えれば、二回目になれば心の準備も出来るわけで、更に言えば僕の中ではイルナさんの印象は馬鹿みたいにハードルが上がっている。
はずだったのだけど、その爆上がりしていたハードルをも、彼女は易々と飛び越えてきた。
どう表現すれば良いのか分からない。
美しくて、可愛くて、綺麗だ。
傷一つない絹のような真っ白な肌と、宝石のように煌めく薄緑色の髪が、神秘的な雰囲気を醸し出している。
「……お初にお目にかかります。『四ノ竜』氷室奏多。とある許可を頂きたく、参上しました」
王を前にして、一瞬言葉を発することを忘れていたことに内心焦りつつ、僕は跪く。
「私はウルガ・ヘーダルム。かの高名な竜王国の『八竜将』に会えて光栄だ。想像していたより、幾分か若過ぎるがな」
ウルガはそう言って、探るような目で僕を観察する。
要するに、疑っているのだろう。僕の実力を。
「レノ」
「は」
ウルガが短く呼びかけると、柱の影から一人の男が姿を見せた。
全く気配に気付けなかった。
「これは我が国最強の剣。神聖騎士団団長のレノ・ノースだ」
嫌な予感がする。
むしろ嫌な予感しかしない。
「疑うわけではないが……客人よ。其方の用件を訊くより先に、少し実力を計らせてもらってもいいかな?『八竜将』とはどれほどのものか、見せてもらいたい」
やっぱりそうきたか。
断りたい。めんどくさい。
なんでこんな強そうな奴と戦わないといけないんだ。
と、ぐちぐち言ってても始まらないか。
「紹介してもらったばかりだが……レノ・ノースだ。お手柔らかにお願いするよ、『四ノ竜』」
そのエルフは、腹が立つことに超絶イケメンだった。
死んだらいいのにってぐらい、イケメンだった。
やっぱりエルフって男も女も綺麗なんだな。
レノは僕よりもふた回り程背が高い。
手には装飾が施された純白の両刃剣。そして同じく純白の防具を身に纏っている。
だが、それ以上に気になるのは全身から発している薄緑色のオーラのようなものだ。
「これだけ確認しておきたいんですけど」
「なんだい?」
「この神殿、壊れちゃっても大丈夫なんですか?」
それが少し心配だった。
見たところ、この神殿はヘーダルムにとってかなり重要な施設だ。
なにせ王様がいるぐらいだし。
「くくく」
僕の疑問を聞いて、ウルガが堪えるように笑みを洩らした。
「簡単に壊れるような代物じゃあない。若造が」
ウルガがそう言い放ったのと同時に、レノが一歩で懐まで飛び込んできた。
「っ、!」
腰に差しておいた宝剣を引き抜き、レノの純白な剣を受け止める。
『竜将』の羽織りが汚れるのはなんとなく嫌だな。
「ほう、良い反応だ」
「この羽織りだけ脱いでも良いですか?」
「……その余裕があればな!」
強引に押し切ってきたレノの剣を、軽くいなして後ろへ飛び退く。
その一瞬の時間を、レノはすぐに詰めてきた。
「逃げてばかりか?」
全ての斬撃を受け流し躱していると、レノがそう挑発してきた。
爽やかイケメンのくせに、割と過激的だな。
レノは僕の右腕の手首を掴み、宝剣の動きを止めた。
すぐに左手で掴みかかるが、その前に左肩をレノの剣が貫いた。
「づぅっ!」
剣を引き抜き、再び刺突を繰り出そうとしたレノの腹を足裏で思い切り蹴り飛ばした。
レノは呻き声を洩らして後退する。
「っ!?」
僕は咄嗟に首を逸らす。
レノが後退し、着地した次の瞬間には僕の背後まで移動していたからだ。
先程まで僕の顔があった位置を、レノの剣が空振った。
躱されたことに驚いているが、こいつ、完全に殺す気じゃないか。
地面に這うように姿勢を落とし、背後へ回し蹴りを仕掛ける。
僕の足はレノの両足を捉えた。
「ぐっ……!」
両足を払われて、一瞬宙に浮いた無防備なレノの腹に宝剣を突き刺す。
更にその宝剣の柄を蹴り飛ばした。
「があっ!!」
「『光の剣』」
血を撒き散らしながら吹っ飛ぶレノを見ながら、『光の剣』を顕現させる。
レノが纏うオーラが濃くなっていた。
案の定、姿が消えた。
僕の右側へと姿を現したレノに反応し、『光の剣』を振る。
だが、その時には既に反対側へと姿を移していた。
「っ、ぶっ!?」
レノの拳が僕の腹を穿つ。鈍い衝撃が全身を貫いた。生温かい血が口から零れ落ちる。
「かっ、くそ、なんだよ!内蔵破壊パンチ!?」
一発拳を受けただけなのに、かなり重い一撃だった。
「エルフの剣を魅せてやろう」
よろめいた僕に向けて、レノは剣を構えた。
緑色のオーラが剣に集まっていく。ちょっとやばいかも。
「ヘーダルム流奥義・『翡翠剣』」
無数の斬撃が、ほぼ同時に僕を切り刻んだ。
「がっ、あっ……!」
目の前が真っ赤に染まり、膝から崩れ落ちる。
少し遅れて、視界を埋め尽くすのが全身から噴き出た血だと理解できた。
更に一拍遅れて激痛が僕を襲う。
だが、あまりの情報量に声が出ない。
なので、『自己再生』を使うことにした。
「っと、危ない危ない」
「……お前、人間か?」
「失礼な。正真正銘、人間ですよ」
全身の傷を一瞬にして治した僕に、レノが絶句する。
まあ、気持ちは分からなくもない。
「じゃあ、ギア入れますね」
僕は『光の剣』を持つのとは逆の手に『光の弓』を生み出し、弦を弾くことなく矢を放った。
予備動作無しの攻撃に、しかしレノはしっかりと反応する。
だが、
「な……んだこれは!?」
光の矢はレノを追いかけ、軌道を自由に変える。無数の矢がレノを追随し、神殿の中を駆け巡った。
まあ、『必中』を使ってるからね。
それにしても、腹に宝剣を刺したままよく動くものだ。
やっぱりあのオーラがタネかな?
「くっ……ヘーダルム流奥義・『撃墜剣』!」
レノが叫ぶと、彼の剣から緑色の斬撃が飛び、光の矢を全て相殺させた。
そのまま態勢を直し僕を睨むと、またも一瞬で眼前まで飛び込んできた。
「もう一度くれてやる……!ヘーダルム流奥義・『翡翠剣』!」
レノの手がブレる。
その動きを、僕の眼は捉えていた。
「悪いけど」
僕は同じく、『光の剣』を振る。
「慣れました」
『翡翠剣』とやらの斬撃を、一太刀残らず全て受け止めた。
レノは今度こそ目を見開き、驚愕している。
これ、殺してもいいのかなぁ……?
チラリとイルナさんに視線をやると、彼女も僕を見ていた。
殺す、のはダメかぁ……。
でもまぁ、僕もそれなりに腹が立っているわけだし。
ここらでスッキリしておこうと思う。
「ダークエルフ流」
敢えて、僕はそれを口にする。
レノだけでなく、ウルガとイルナさんもその言葉に反応したのが分かった。
それを気にせず、僕はレノの腕を掴む。
レノの腕を軽く捻る。本当に軽く、だ。
だが、その小さな力は瞬時にレノの全身へ伝わる。不意を突いたこともあり、レノの体簡単に宙へ浮いた。
僕は、空中で上下逆さまに浮いたレノの胸元を掴んだ。
「『地獄車』」
そのまま、地面へと叩きつけた。
大きな衝撃音が神殿内に響いた。
頭から地面に叩きつけられれば、常人ならば死んでもおかしくないだろう。
だがそこは神聖騎士団団長。流石と言うべきか、それでも立ち上がった。
「わ、凄いですね」
思わず口をついたのは素直な賞賛だ。
まさか意識を保ってられると思わなかった。
「『閃光』」
光が象る剣が、光の斬撃を放った。
それは文字通り光の速度で走り、誰の目に止まることなく現象を起こす。
僕の前方、レノの背後に立ち並ぶ神殿の柱が、ずるりとズレた。
「…………は?」
間抜けな声を洩らしたのはウルガだ。
その声にレノは振り返り、そして少しずつズレていく柱に目を剥き、気を失った。
「あれ」
『地獄車』を受けても気を失わなかったのに、これで気絶するのか。
なんかショックだな。
でもこれで、
「僕の勝ちってことでいいですかね?」
ウルガは黙ったまま頷いた。
無傷の僕に対して、『四ノ竜』の羽織りは使い物にならないぐらいにボロボロになっていた。




