第五十九話 寝たらいいらしい
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ーーー俺が、全てを薙ぎ払おう。
ーーーお前を苦しめる存在の、その全てを。
◇
「すまない。早とちりだったみたいだな」
ゴホゴホと咳き込む僕を見下ろしながら、男は温度を感じさせない声音でそう言った。
かなり強く首を絞められていたらしく、手を離されたことによる開放感が半端ない。
「ごめんね?この人、馬鹿なの」
「おい、シェリル。俺は馬鹿じゃない。訂正しろ」
「だってそうじゃない!いつもいつも、すぐに殺そうとして!」
「だが」
「だがじゃない!」
おかしな光景だ。
長身の、もはや立っているだけで威圧感のある男に、ガリガリの、今にも倒れてしまいそうな少女が説教している。
なんだか、毒気を抜かれた。
「まあ、とにかく、すまない。大丈夫か?」
「……ええ、大丈夫ですよ」
ぶっ殺してやろうかと思ったけど、その気も失せた。
「詫びは何がいい?」
「……は?」
「俺はお前に迷惑をかけた。なら、なにか対価を支払うべきだ。そうだろう?」
「………」
なんだ、この人。頭おかしいのか、律儀なのか、よく分からない。
いや、どっちでもあるのか。
「……知らないとは思いますが」
僕は言う。この男は、強い。恐らく僕よりも。
何者かは分からないが、何かしらの情報は期待できる。
「『夢の魔将』メリトリスがこの国にいるって聞いてきたんですが、居場所とか知ってたりします?」
「……ほう?」
男は目の色を変える。僕に、興味を持ったみたいだ。
まずい。
そう、本能的に思った。これに反応するということは、やはりこの男は何かを知っている。
相手の正体を先に尋ねておくべきだった。今更、後悔をする。
「この子はシェリル。俺はシュトロノームだ」
「え?」
男は突然名乗り出した。隣の女の子も驚いている。
「俺の子供ではない。俺は童貞だからな。セックスせずには子は生まれない。当たり前だろう?」
男はニヤリと笑みを浮かべた。
それは彼なりのジョークだったのかもしれない。だが、この場に下ネタは似つかわしくなかった。
現に、シェリルと呼ばれた女の子は冷めた目をシュトロノームとやらに向けている。
「俺たちの関係は……まあ、いい。メリトリスの居場所だったな。先に結論を言えば、知らない」
知らないらしい。
でも、口ぶりからすると、その存在は知っていたようだ。
「だが、探し方なら知っている。それでいいなら、教えてやれるが」
「……ぜひ」
まさか、本当に手掛かりを得られるとは。思ったより早かった。
「ついて来い。まずは俺たちの家に来てもらう。理由は知らんが、お前はあまり目立ちたくないのだろう?」
「……助かります。仲間を呼んでも?」
「構わない」
男は踵を返し、歩き始めた。僕も『気配察知』でシルフィとガイウスを探しながら、後に続く。
「あの」
「なんだ?」
「あなたは、一体何者なんですか……?」
僕より強く、魔将を知っている。只者ではないし、間違っても一般人なんてことはあり得ない。
無視されるかもしれないと思いながら投げかけた問いに、しかし答えはすぐに返ってきた。
「俺はシュトロノーム。『道の魔将』シュトロノームだ。ああ、元、が付くけどな」
元、魔将。
男は、そう名乗った。
◇
「ほう。獣人に、妖精か。久しぶりに見たな」
シュトロノームの家は、普通の外観をしていた。
外観どころか中も至って普通だ。少し警戒していたが、杞憂に終わった。
そこに僕はガイウスとシルフィを呼んで、三人でお邪魔している。
「……カナタ。大丈夫なの?」
彼女達にも既に、シュトロノームの肩書きは伝えている。
「今のところは。シェリルがいてくれたら大丈夫だ」
どういう関係か分からないが、シュトロノームはシェリルに強く言えないらしい。
「ただ、シェリルに危害を加えたら終わりだ。多分、即殺される」
あの時のシュトロノームは、僕に有無を言わさずに殺そうとしていた。
紛れもなく、本物の殺気だった。
「ああ、その通りだ。俺はなんならお前達の目的に協力してやってもいいと思っているが、シェリルを害するのなら話は別だ。その時は殺す。地の果てまででも追いかけてな」
「うるさい!」
「痛い」
凄んだシュトロノームを、シェリルが背後から叩いた。
この二人の関係性がよく分からない。
「……色々訊きたいことはありますが、先に本題を。メリトリスの探し方を知っていると言っていましたが、それは?」
「ああ、簡単な話だ。寝ろ」
「……え?」
「奴は自分の領域内の、全ての者の夢に現れる。例外なく、だ。それが奴の権能であり、弱点でもある」
領域内の夢に入るのは、メリトリスからしても強制的な話らしい。
自分の意思に関係なく、範囲内にいる全ての生物の夢に引き込まれるのだ。
「もちろん、基本的には気付かれないように息を潜める。奴は臆病だ。憑けると確信した時にしか姿を見せない」
「それを確信するのはどんな時なんです?」
「弱い心を視た時だ。それが付け入るスキになり得る。それも、致命的な」
そこで、シェリルが僕達に温かいお茶を持ってきてくれた。
緑茶のようでどこか違う、不思議な味わいだが美味しいお茶だった。
「夢は生物の無意識が支配する場所だ。本人さえ気付いていないことが示唆されることも多い。奴はそれを読み取る。そして急所を突き、甘言を囁き、支配する」
おっかないことをする。
悪質な奴だな。
「だが、それが無い者からすれば奴は何の脅威にもなり得ない。その弱点が大したことない者でもだ。つまり、その夢の中で奴を見つけ出すことが出来れば、仕留めることも可能だ」
「どうやって?」
「手段は何でもいい。夢の中で殺せ。奴は実体を持たない夢魔だ。夢の中にいる奴が本物で、無数の夢の中に現れる奴のどれもが全て本体だ。どれか一つでも殺せば、それで終わる」
「………」
これだけを聞けば、とても簡単なことに思えてしまう。有り体に言えば雑魚だ。
「まあ、そう簡単にはいかないがな。奴が未だに生きているのがその証拠だ」
「夢の中で見つけるのが難しいとか?」
「それもある。だがそれ以上に、奴は単純に強い。歴戦の戦士、武術の達人、大魔法使い、果ては魔竜まで。あらゆる者の夢を見た経験から、奴は膨大な知識を蓄えている。経験を我が物にしている。一筋縄ではいかないぞ?」
なるほど。
無条件で領域内の生物の夢に引き込まれてしまうが、ゆえに、あらゆる者の記憶を追体験することも可能になるのか。
それに、シュトロノームも言っていたが、夢は無意識の支配下にある。たまに意識があることもあるが、思い通りにするのは難しい。
その中でメリトリスを探し出し、更に純粋に強い奴を殺すというのは、かなり至難の技になる。
あれ?これ無理じゃないか?
「これが俺の知る奴の見つけ方だ。信じるか信じないかは勝手にしろ。とは言わない。この俺が話してやったんだ。信じろ」
こんなことを言う人は初めて見たな。
「他に方法があるかもしれないし、それを探すのは勝手だがな」
「……正直、勝てる気がしないんですが」
「だろうな。俺もだ。純粋な戦闘力で言えば負けないが、夢の中となると話も変わってくる」
純粋な戦闘力では負けないんだ……。
「まあ、そういうわけだから、奴を探したいのなら寝ろ。この国は全て奴の領域だ。いつ、どこで寝ても入り込んでくる。確実にな」
「……なるほど」
確かに、方法としてはシンプル且つ簡単だ。
寝る。ただそれだけ。
問題は、弱さがなければ向こう側からは姿を現さないことか。
なら何か弱さを持っている人が寝ればいいかとなると、そう単純な話ではない。
メリトリスは弱さにつけ入り、そしてその対象を操る。弱さを見せればメリトリスは現れるが、勝負まで持ち込めない。
シュトロノームによると、メリトリスの甘言に抗えた者はいないらしい。
となると、なぜメリトリスのことをそこまで知っているのかと問うと、単に魔将間ではある程度の能力を共有しなければならなかったかららしい。
もしも裏切られた時のためだ。
「殺伐としてますね、魔王軍」
「まあな。実際、俺は魔王を裏切り、離反した」
「へぇ……。え?」
「当たり前だろう。魔将がその座を失うのは死んだ時か裏切った時だ。俺は後者。魔王に喧嘩ふっかけて、負けて、命からがら逃げてきたってわけだ」
「無謀なことを……」
以前クリネアから、魔王は邪智暴虐な上にそれを可能にするだけの絶対的な力を持つ存在だと聞いた。
時間を操るというチート能力を持ったクリネアですらも歯が立たないような相手だと。
そんな、僕達からすれば想像すら出来ないような存在に喧嘩を仕掛けるなんて、よくやるよ。
「無謀ではない。もう一歩があれば、奴は殺せた」
「……ほんとに?」
「意地で嘘なんて吐かない」
……この人、実はめちゃくちゃ強いのだろうか。
いや、強いのは分かってたけど、そこまで強かったのか。
「最近じゃあクリネアまで離反したって話だし、そろそろ二回戦始めるか考えてたところだ」
「……そのクリネア、僕達の仲間ですよ」
「へぇ、そうか。あいつ、なかなかナイスなボディしてるだろう?俺もよくセクハラしてたもんだ」
「セクハラを自覚するのって珍しいですね。というより、今は幼女サイズですよ。力を使い切ったとかなんとか」
「そうか。……なら『時間遡行』か?何かあったのか?今クリネアはどこにいる?」
「『死の魔将』ヴィラネドゥに連れ去られました。だから取り返すために手掛かりを求めて、同じ魔将であるメリトリスを探しに来たんです」
「なるほど…………なんだ?お前達は、ほんとにクリネアの知り合いなのか?」
「そうですよ」
今言ったばっかじゃないか。
「……ヴィラネドゥか。そうか。そういうことか」
だが、シュトロノームは何かに気付いたのか、一人で勝手に納得してしまった。
「何か分かったんですか?」
「ん?ああ。いや、こっちの話だ。お前達もどうせそのうち知ることになる」
「………」
話を聞くだけ聞いたシュトロノームに少し腹が立つが、この手合いは問い質しても無駄だろう。
力づくで聞き出そうにも、勝てる気がしない。
とりあえず僕は、この場では黙っておくことにした。
置いてきぼりにされたシルフィとガイウスは、いつの間にか、寝息を立てていた。
クリスマス……?




