第五十八話 足音が僕を離さない
◇
悠達は少し離れた岩陰で僕達を待っていた。
悠と舞は荷車の中でセナとなにやら歓談しており、ガイウスとシルフィはモグの上で居眠りをしていた。
……なんか、平和だな。
「あ、奏多!」
悠が僕に気付いて声をかけてくれた。
こうした、ふとした瞬間に幸せを感じる。悠が僕の名前を呼ぶことは、つい最近までは当たり前ではなかったのだから。
「お待たせ。とりあえず、ざっと説明するよ」
とは言っても大した内容はなく、伝えるべきはヘーダルムには少数で入るということだけだ。
早速メンバーを決めることになった。が、すぐに決まった。
まず、ダークエルフであるシャーラはなし。魔族であるセナも論外だ。
セナが僕達の中で気を許しているのは悠だけ。なにかあったのかは知らないけど、セナは悠に懐いている。
というわけで、不本意ながら悠もお留守番だ。
そして悠が残るのならばと、舞も残ると言い出した。
まあ、護衛を自称しているぐらいだ。それは驚かない。
結果、僕とシルフィ、ガイウスの三人で行くことになった。
「……不安しかないわ」
シャーラがこのメンバーを見てそう呟く。心外だ。
「僕がいるから大丈夫だよ」
「わたしがいるから大丈夫よ!」
「俺がいるから大丈夫だぜ」
三人の声が被る。
「……この中では僕が一番しっかりしてると思ってたんだけど」
「カナタは駄目ね!割と短気だし!厄介ごと呼び込むし!トラブルメーカーじゃない!」
僕、駄目なのか……。
「それはシルフィも変わらねえだろ」
「ガイウスに関しては戦闘狂じゃない!強そうな奴を見つけたら、挑むに決まってるわ!」
「うぐ」
「つまり、必然的にわたしが一番のしっかり者なのよ!分かった?」
「……はい」
「だからわたしに従いなさい!」
「えぇ……」
シルフィに従うのは嫌だなぁ。特に理由はないけど、ろくなことにならない気がする。
「……まあ、今まで通りカナタが仕切ったらいいんじゃない?シルフィはちょっとアレだし」
シャーラが呆れたようなジト目でそう言った。自分で不安だとか言ってきたくせに。
「カナタ」
「うん?」
ふと、舞が声をかけてきた。
その表情は複雑で、何を意味するものなのか、僕には分からなかった。
「……気をつけて」
「ありがとう。心配いらないよ」
心配してくれた。嬉しい。
◇
「さて、僕達三人だけで侵入するわけだけど」
日が落ち、辺りを暗闇が支配した頃、僕達は動き始めた。
暗闇とは言っても、ヘーダルムの街の方は明るい。夜でも活性的らしい。
「バレないように入る?わたしなら行けると思うけど」
確かにシルフィのサイズならバレにくいだろう。が、索敵に優れた相手がいれば意味がない。
その点、僕ならば『気配察知』で自分の気配を完全に消すことが出来る。僕より格上の相手には通用しないが、さっき見た感じだと大丈夫だろう。
「でも、僕達は三人で動く。そのための方法を考えた」
そう言って、僕は背負っていたリュックから羽織を取り出した。
真っ白な生地に、胸元には竜の刺繍が施された丈の長い羽織だ。
「大将。それって……」
「そう。『竜将』の羽織だよ。せっかくの地位だし、利用してやろうかなーって」
「でもよ、それ使っちまったら色々めんどくさくなるんじゃねえか?」
「まあね」
これを着れば、僕は『四ノ竜』だ。
竜王国の使者としてまずはエルフの皇族に挨拶をすることから始まり、さっきの騒動について謝罪し、そして来訪の理由を伝えなければならない。
正直、めんどくさい。
「大丈夫。これは最終手段だ。とりあえず僕達三人だけで行ってみて、途中でどうしようもなくなったらこれを着るよ。その時は、二人とも僕の部下って設定にしよう」
「了解」
「分かったわ!」
そんなこんなで、ひとまず僕達はそのまま突撃する。とはいえ、恐らく僕は顔を知られてしまっている。
ので、ガイウスとシルフィは普通に、僕は気配を消して入ることにした。
そして。
「なんか……いけたな……」
ガイウスは毒気を抜かれたような、言い方を変えれば間抜けな表情を浮かべながらそう呟いた。
だが、僕もシルフィもそれには同意する。
「まさか、声をかけられさえしないとはね」
僕達は呆気なくヘーダルムの中に入れた。もう、それは本当に呆気なく。
あれだけ懸念していたことなのに、その心配がただの杞憂に終わったのだ。
「まあ、良かったじゃない!」
「だね」
ヘーダルムに入った感想としては、普通、だった。
アルティアや竜王国と大して変わらない景観だ。エルフの何と言うぐらいだから変わり種を期待していたのだけど。
「まずはどうする?」
「とりあえずは地道に聞き込みかな。勇者の仲間だって明かしても大丈夫だし。それなら、魔将の情報を集めるのもおかしくない」
「カナタは?バレたらまずくない?」
「僕は一旦別行動をとるよ。気になることもあるし、気配も消せるから危なくないと思う」
そもそも、僕は聞き込みなんて目立つことを出来ない。目立つとバレてしまうかもしれないし。もしもバレるのなら自分から赴いた方が話が早い。
こう考えると、僕も居残り組でも良かった気がするなぁ。
「そう考えると、大将ってなんで一緒に来たんだ?」
「……そうなるよね」
◇
ガイウスとシルフィと離れた後、僕は暗い路地裏を歩いていた。探知してみたところ人の気配もないため、普通に歩く。
たまに見える大通りは、夜だというのに眩しいぐらい明るい。
それに街行く人もほとんどがエルフだ。やっぱり、少し違和感を抱く。
ふと、ここが異世界だと感じる時がある。
自分自身で普通ならあり得ないスキルを使っておきながら、本当に突然、今ここは異世界で、僕が生まれた世界ではないと、そう実感してしまう。
2年も経っておきながらこれだ。
あの世界に戻りたいと思うわけではないから、郷愁という感情ではないと思うけど、それならこれはなんだろう。
気付けば、そんな無意味なことを考えていることがある。
「……女々しいなぁ」
ヘーダルムの路地裏は、暗いが綺麗に整備されていて不快感はない。
レンガ造りの住宅街の隙間を練り歩いていると、たまに家の中から笑い声や話し声が聞こえてくる。
僕も最初は、こうやって平和な生活を送りたいとか思ってたっけ。
いつの間にか、こんな殺伐とした生活になっちゃってるけど。生活どころか、定住場所すらなくなっちゃったけど。
仕方ないとは思う。優先順位を守った結果だ。こんな僕だけど、僕にだって信念はあるし、護りたいものはある。
「いたっ!」
「うん?」
軽い衝撃が僕を襲った。本当に軽い。声が聞こえなければ気付かなかったんじゃないかと思うぐらいに。
振り返る。が、誰もいない。目線を下に向ける。と、そこには小さな女の子が立っていた。
両手で可愛らしくおでこを抑えている。
「……大丈夫かい?」
どうやら、思っていたより考え込んでいたらしい。ぶつかるまで女の子に気付けなかった。
ナナちゃんぐらいの年齢かな。見た感じだと普通の人間だ。
ただ、ガリガリに痩せている。よく見れば肌も病的なまでに白い。
真っ黒な髪に、真っ白な肌。そのギャップがどこか痛々しい。
「うん!大丈夫!」
女の子はおでこをさすりながら笑顔を浮かべる。見た目は不健康そうなのに、快活な笑顔だ。
見た人を元気にさせるような、そんな明るさがある。
「迷子だったりするのかな?」
「うん!でも大丈夫!すぐに見つけてくれるから!」
「………?」
迷子なのになんでそんなに元気なんだ?
まあ、大丈夫なんだったらいいけど。
「じゃあ、僕は行くね?」
「また会おうね!」
「……そうだね」
もう会わないと思うけど。
とにかく、すぐに探知範囲を広げる。少し気を抜き過ぎていた。
とりあえず大通りへ向かうことにした。さっきの子の保護者が来るかもしれない。別に一般人に見られるぐらいなら大丈夫だけど、念には念を入れておく。
大通りに出たら、一度気配を消す。完全に気配を消すのは結構疲れるけど、仕方ない。
小綺麗な路地を歩く。僕の履くブーツが、カツカツと良い音を響かせた。
ーーーカツカツ、カツカツ。
大通りの喧騒が聞こえてきた。角を曲がると、明かりが見える。
ーーーカツカツ、カツカツ。
小気味良くリズミカルな音が、狭い壁に反響する。弾かれ、弾かれ、音が暴れ狂っているようだ。
ーーーカツカツ、カツカツ。
「………」
ーーーカツカツ、カツカツ。
いつまで経っても、足音が聞こえる。
静かな静寂を、乾いた音が貫く。
ーーーカツカツ、カツカツ。
おかしい。
そこに大通りは見えているのに、明かりは見えているのに、出口は見えているのに、どれだけ歩いても近づいている気がしない。
遠い。すぐそこに見えるのに、遠い。
「……なんだ、これ?」
僕は走った。この不気味な現状に、恐怖を覚えたからだ。
走った。走って走って、終いには『身体能力強化』を全開にして、全速力で走った。
それでも進まない。
そう、進まないのだ。今、僕が走っている場所から、全く進まないのだ。
どれだけ足を動かしても、通りに出れない。この路地から出られない。
「ーーー無駄だ」
ふと、背後から声が聞こえた。冷めきった声だ。
僕はついに足を止め、振り返る。そこには男が立っていた。
僕より頭一つ、二つは高い長身の男だ。灰色のローブを身に纏っている。
髪も長く、その茶色の髪は片目を隠している。
その男は、残された右目で僕を見ていた。睨んでいるようにも見えるが、少し違う。
『モノ』を見る。そんな感じの目だ。
「っ、がっ!?」
意味が分からなかった。
本当に、本当の意味で、気付けばその男に僕は首を掴まれていた。
まるで、最初から僕達の間に距離なんて無かったかのように、目の前にいた。
男は片手で僕の首を掴み、自分の高さまで持ち上げる。
僕は足が地面を離れたのを感じだ。
苦しい。
「……シェリルに、危害を加えたな?」
「ふっ、ぐっ」
訳が分からない。
誰だシェリルって。知らないよ。
「だから違うって!シュトロノーム!この人は私に何もしてないよ!」
足元から、可愛らしい声が聞こえた。霞む視界の端に、その声の主を映す。
それと同時に理解した。
この男は、『保護者』だ。
「ゃ、……やあ。さっきぶり」
本当についさっきぶつかったばかりの少女に、僕は苦し紛れの笑みを浮かべた。




