第五十七話 惚れるのに理由なんていらない
◇
いやいやいやいや、落ち着け、僕。
僕には悠っていう心に決めた子がいるんだ。こんなぽっと出のエルフなんかに、しかも一目惚れなんてあるわけがない。
……か、可愛い!
「カナタ?なに硬直してるのよ?」
「………え?なにが?」
「なにがって……まぁいいわ。さあ、続けるわよ、イルナ……?」
シャーラは戦いを続けようとして、首を傾げる。
「あんたもなに止まってるのよ?死にたいの?」
「……え?いや、なんでもありません」
「あんたらなによ……。まあいいわ。続けるわよ」
シャーラは目を鋭く細め、剣を構える。
まあ、さっき見た感じだとシャーラとイルナさんの実力は拮抗してるみたいだし、僕が介入する必要はないと思う。
問題は、まだ諦めずに迫ってくるエルフの軍勢だ。
「貴様ら、イルナ様に何をしているっ!!!」
とか言われても、むしろイルナさんは自分から出陣してきたわけで、更に言えばこの軍勢はその前に立つことすら出来ずに飛ばされたわけだ。
よく言えるな。
「『充填』」
右手の掌に光を集める。まるで太陽のような輝きを放つまで集め続ける。
「ま、まぶし……」
「『炸裂』!」
2年前、アルティアの第五地区で怜達と対峙した時に使った『閃光弾』の強化版だ。
辺り一面が真っ白に染まる。
そういえば、怜達は元気にしてるかなぁ。
「シャーラ!」
「なに!?」
「離脱するよ!」
「なんで!?」
なんでって、むしろこの状況で逃げる以外の選択肢があるのか?
……強者と戦いたいだけっていうのは、分かってるんだけどね。
「分かった!あとで僕が相手するから!ここは退こう!」
「……絶対?」
「うわ!」
いつの間にかそばまで来ていた。すぐ近くで声が聞こえたものだから、さすがに驚く。
「あ、ああ、絶対。だから」
「分かった。行くわよ」
分かってくれたか。良かった。
「ほら、もう一発なんか撃っときなさい。あいつら、動き出してるわよ」
見れば、イルナさんも含めてエルフたちが呻きながらも僕達の方を向いていた。復活までが早いな。
「『光の剣』、『千刃』」
『光の剣』を千本、それ以上の数を顕現させる。エルフたちの顔が引きつったのが分かった。
「『愚者の壁』」
そして、顕現させた『光の剣』で壁を作った。これは僕の『光の賢者』で生み出せる防御壁の中で、最も強力のものだ。
まだ、一度も破られたことがない。
僕がこの場から離れれば勝手に霧散してしまうから、汎用性はあまり高くないが。
「行こう」
「……これは出さなくても良かったんじゃない?」
「そうかな?」
いや、僕もそう思う。
ただなんて言うか、とりあえずイルナさんを視界から外したかった。
ずっと見ていると、自分がなにをしでかすか分からない。
そんな恐怖があったからこそ。
◆
「くそっ!逃したか…….!」
エルフ達を率いていた隊長格の男は歯嚙みをする。
「イルナ様!ご無事でしたか?」
「ええ、なんともありません。大丈夫です」
イルナは頰をほんのりと赤らめたまま答えた。その目は、まだ少し惚けているように見える。
「今の方々を、何を?」
「……特に何もしておりません。ですが、あのダークエルフが殺気を隠そうともしなかったため、迎撃させてもらいました」
「そうですか……」
ヘーダルムはエルフが支配する国だ。だが、現在はアルティアと同盟を組んでおり、他民族も多く受け入れている。
それでも、例外はやはり存在する。それが魔族と、そしてダークエルフだった。
元々、エルフとダークエルフの違いは肌の色と魔法適正や身体能力の差だけなのだが、ある理由で仲違い。それからは数の少ないダークエルフをエルフが迫害するような形になり、今日に至っている。
肌が黒いのは魔族だからだ、とさえも言われているほどだ。
しかし、決してヘーダルムという国がダークエルフを差別しているわけではない。
ただ、ダークエルフが入国してしまえば揉めるのは必然。それを避けるためにも、多少過激な手段を取ってでも入れさせるわけにはいかなかった。
まあ、ただ嫌いだから、という個人的な感情が含まれているのも否定は出来ないが。
「ここまですれば、流石に奴らももう来ないでしょう。イルナ様、帰陣致しましょう」
「……光」
「え?」
「あの光。彼は恐らく、二年前に召喚された勇者でしょう」
「………!」
アルティアと同盟を組んでいる彼らは、当然勇者の存在を知っている。ある程度詳しい情報まで伝えられているのだ。
現に、ヘーダルムには同盟の証として数名の勇者が常に滞在している。
「まさか」
「ええ。彼が件の勇者でしょう。『光の勇者』にして『叛逆の勇者』。アルティアに刃を向けた凶悪犯」
当然、奏多がしでかしたことも知られている。
それがアルティアの王、ガルダークとの間で取り決めた『設定』ということまでは知らされていないが。
内政的な理由で奏多に罪を負わせたが、対外的にもそれを明かすわけにはいかない。真実を知っているのはガルダーク王とアリシア皇女、そして奏多達の一行だけだ。
「どう致しますか?ここであの者を捕らえてアルティアに差し出せば、貸しを作ることが出来ます」
「ですが、彼は指名手配まではされていない。なにか理由があるのかもしれませんが、とにかく、求められてもいないことをするのは得策ではないでしょう。……仮に、また彼らが現れたら、あの『光の勇者』だけ私の元に連れて来てもらえますか?」
「それは……危険では?」
「……この私が負けるとでも?」
「っ、申し訳ありません。承知致しました!」
エルフの隊長はその場を離れ、部下に指示を出し始めた。
その様子を見ながら、イルナは胸を少し高鳴らせていた。『光の勇者』との再会を楽しみにして。
◇
好きだの嫌いだのは、一種の呪いだ。
少なくとも、僕はそう思う。
僕は悠のためならどんなことでも出来る自信がある。エルフは、ダークエルフが嫌いだからと平然と攻撃してきた。
冷静に、普通に、どう考えてもおかしい。
でも、それを成すのが好きだとか嫌いだとかといった感情なのだろう。
事実、それを身を以て経験した僕はそう思った。
そして、一目惚れというのもまた、恐ろしいものだ。
イルナさんが忘れられない。思い出すだけで、動悸が早くなる。直接喋ったわけではないのに、愛おしい。
とか考えちゃってる自分が恥ずかしい。
「どうするのよ」
「どうしようか」
僕はシャーラと共に、悠達の元へと走っていた。
僕が『気配察知』で場所を特定したのだ。幸い、距離はそこまでない。
「シャーラのことを考えるともう行かない方がいいんだろうけど、行かないわけにもいかないしなぁ」
まさか、ダークエルフだからと攻撃が始まるとは思わなかった。
あれは煽ったのも原因の一つだとは思うけども。
「とりあえず二、三人で行ってみるのもありかな。もちろんシャーラはお留守番」
「……まあ、それが妥当ね。素直に入れてくれるかは分からないけど」
「真心込めて謝罪したら許してくれないかな?」
「あんた、真心込めた謝罪なんて出来ないでしょう?」
「そうだった」
そもそも、謝罪に真心を込めるって意味がよく分からないし。
「最悪、侵入すればいい。とにかく、ヘーダルムに行かないって選択肢は僕にはない」
クリネアは言った。
最初の世界では、悠は目を覚ますことなく死んだと。そのまま僕達は全滅したと。
つまり、この世界でクリネアとあのタイミングで出会ったことによって、運命が変わったのだ。そして、そのためにクリネアは僕達を探し回ったのだ。あんな小さな体で。
今度は僕が恩を返す番だ。なにがなんでも取り返す。
「ヘーダルムに侵入出来たとして、その『夢の魔将』を見つけられるの?確か……」
「目撃情報がないらしいからね。見つけるのは相当難しい、というより不可能かもしれない」
その呼び名通り、夢の中に入り込む魔族らしい。実体があるのかどうかも分からず、しかし多大な被害を与える災厄。
「そんな奴が本当にヴィラネドゥの居場所を知ってるのかは疑問だけど。でもまあ、考えなしに動くよりかはマシかな」
「……そうね。その手掛かりがヘーダルムでさえなければ」
「どうどう」
僅かに殺気を滲み出し始めたシャーラを苦笑しながら宥める。
シャルルさんとは仲良くなれたんだから、ここでも大丈夫だと思ったんだけどなぁ。
もちろん、シャーラは否定してするだろうけど。
とにかく、次はどんな手段を使ってでもヘーダルムに入り込む。
……また、イルナさんに会えたりするかな。




