第五十六話 どこまで仲悪いんだよ
内容にほぼ変更点がないので、今回はクラス名簿はなしにしました。
◆
ーーーそれは、影。
決まった形を持たず、ただ、そこに存在する。
人の夢から夢へと移動し、そのエネルギーを喰らうことで生き延びてきた、夢魔の生き残り。
悪夢を見せ、暗示をかけることにより、その人間を操って生き長らえた。
数え切れないほどの人間にとり憑いてきたからこそ、それは知っている。人間の、どうしようもない弱さを。
そして、それを暴走させる術を。
ーーーそれの名はメリトリス。
数多の人間を狂気の世界へと叩き込んだ、魔王軍幹部『夢の魔将』を冠する、最悪にして災厄の影。
◇
「ぜ、っ、た、い、に!嫌よ!」
「そうは言われても……」
「なんでここまで言わなかったのよ!嫌だって分かってるでしょう!?」
「それは……」
「私は帰るから!私だけでも帰るから!」
と騒いでいるのは、もちろんシャーラだ。
シャルルさんに助けられたことにぶつぶつと文句を言っていたシャーラだが、次の目的地がヘーダルムだと知ると更に騒ぎ出した。
いやまあ、これに関しては同情するけど。
「仕方ないだろ?クリネアの行方を探るためなんだし」
「そっ、それでも私は嫌!エルフの国なんて、臭いに決まってるじゃない!」
「それは偏見でしょ……」
臭いってなに?臭いってなんだよ。
むしろ、良い香りがしそうなのに。だってエロフだよ?エロフ。
「なにヤラシイ顔してるのよ!!」
「あぶなっ!?」
急に剣で斬りつけるのはやめて欲しい。本当に危ない。
「それに、仮に私が我慢したとしてもよ?向こう側から襲いかかってくるに決まってるわ」
「……はぁ。分かったよ。じゃあ僕が守るから。それならいい?」
「まっ、守る!?なっ、何言って……!……でも、まあ……そ、それなら……」
「……カナタのタラシ」
「!?」
タラシ!?なんか唐突にシルフィがディスってきたんですけど!?
「奏多……」
「大将……」
舞とガイウスがやれやれみたいな感じで頭を振っている。
ていうかガイウスにそれされると腹立つな。
「……奏多って昔からそういうとこあるよね?」
「悠!?」
ゆ、悠にまで言われるなんて……。
「ま、まあ、とりあえず解決ってことで?改めてヘーダルムに行こう」
こうして一件落着した。
正直、そこらのエルフがシャーラに敵うとは思わないけど、まあ、精神的な話だろう。
犬猿の仲であるエルフが支配する国に行くのだ。ダークエルフのシャーラからすれば嫌で堪らないのは分からなくもない。
が、クリネアのためだ。ここは我慢してもらう他ない。
「……ねぇ」
「うん?」
相変わらず荷車の隅に縮こまっているセナが、遠慮がちに声を出した。
久しぶりに声を聞いたけど、透き通るような綺麗な声だ。
不本意ながら。
「それ、私も行くの?」
「嫌?」
「嫌っていうか……私、魔族なのよ?あなた達を殺そうとした。それでも?」
「それに関しては僕も殺したらいいと思うんだけどねぇ……。君を相手した悠が決めたんだ。僕は何も言わないよ」
「………」
僕の返答に、セナは悠を見た。
悠はその視線を受け、にっこりと笑顔を返す。セナは少し顔を赤らめてそむけた。
ついでに、僕も顔を赤らめてそむけた。
「ま、まあ、そういうわけだし?セナも来てもらうよ。殺さないとは言っても、野放しにするってわけではないからね。監視を兼ねて、僕達に同行してもらう」
「……分かった」
夜は野宿、明るいうちはノンストップで移動。
モグにはかなり負担をかけてしまったけど、僕達にあまり時間はない。
先を急いだ僕達は竜王国を出て六日が経った後、エルフの国、ヘーダルムに着いた。
エルフの軍勢が弓矢を僕達に向けているという、大層な歓迎をされていたが。
◇
「ほら、こうなった」
シャーラがぼそりと呟いた。
「どうするの?」
「どうするのって……どうしよう」
殺気が凄い。凄いよ。もうなんか見えてるもん。こう、禍々しいオーラみたいなものが僕達に向かって漂ってくるのが。
「貴様ら!この国に何の用だ!」
ザ・エルフみたいな男が大声で叫んでいる。てか大声過ぎる。拡声魔法だ。
「観光でーす」
「ダークエルフを連れてか?」
やっぱそこ突かれるか。
「ダメなの?」
「ダメに決まっているだろう!」
「なんで?」
「なぜだと?」
めんどくせぇ。
「仲悪いから?そんな理由で?」
「なんだと……?」
「はぁ……。君達が直接なにかされたわけではないんでしょ?種族的に仲悪いだけで、入国を拒むの?」
「人間の貴様には関係のないことだ……!」
確かに。
「撃てぇ!!!」
一斉に矢が放たれた。視界いっぱいに、無数の矢が映り込む。
「なにやってんのよ!人間のあんたがなに言っても逆効果に決まってるじゃない!」
「……舞、返しちゃって」
「はい」
ひとまずシャーラを無視して、舞にお願いする。
舞はすぐに右手を前にかざした。
そして同時に、降り注ぐ矢が全てエルフ軍に跳ね返っていった。
『反射』だ。
「っ、盾!構え!」
エルフ軍は揃った動きで盾を構えた。自分達で撃った矢を、自分達で防いでいる。
あはは。
「これからどうしようか」
「ちゃんと話したら分かってくれるんじゃないかな」
「いやぁ……そんな雰囲気じゃなくない?」
悠が首を傾げながらそう言った。が、流石にそれは違うと思う。可愛いけど。
「あいつら……全員叩きのめしてやろうか……」
「シャーラー、それやっちゃったら終わりだよ」
「じゃああたしが……!」
「いや、シルフィがやっても変わらないから」
「じゃあ俺が」
「だからガイウスも。なんなの?君達ふざけてるの?」
この状況でふざけるとか、随分余裕だな。
これでも僕、割と真剣にどうするか考えてるのに。
「……セナを手土産にしたら、入れてくれるかな?」
「!?」
「ダメだよ!」
セナがビクリと体を跳ねらせ、その前に悠が立ち塞がった。
冗談だよ。
「矢は効かん!剣を構えろ!」
今度はエルフが剣を構え出した。
やばい。この数を相手にするのはきつそうだ。それなりの手練れが揃ってるみたいだし。
「いい度胸ねぇ……?」
「おーい、シャーラ。ここは一旦引こう」
「はぁ?」
「流石にまずいって」
「剣相手に私が負けるわけないでしょう?」
「……ヴィラネドゥにはやられたんでしょ?」
「それは別よ」
「同じだって」
「別だから」
「同じだよ」
「別」
「同じ」
「別」
「同じ」
「………」
「あぶなっ!?」
また剣で斬りつけてきた。シャーラって僕に対してすぐに剣を抜くけど、そこまで大嫌いなのか?
「ちょっと、奏多。もうそこまで来てるよ?私が相手しよっか?」
「いや……」
悠は戦いの神、アレスから最強のスキル『戦神の加護』をもらっているらしい。内容はびっくりするぐらいのチート。
今は舞とシルフィが魔法を、シャーラとセナが知識を教えている。戦いの知識が増えれば増えるほど、悠のスキルは強くなるからだ。
既に僕より強いかもしれない。
特に教えられることがない僕とガイウスは、謎の疎外感に襲われながらも二人で鍛錬する日々だ。
「やっぱりここは逃げよう。あまり面倒ごとを増やすとあとが大変だし」
「結構速いよ?」
見れば、エルフ達は風の魔法を使って猛スピードで迫っていた。
「……シルフィ」
「任せなさい!」
シルフィはフッと、息を吐いた。
それだけ。
それだけで、とてつもない暴風が吹き荒れる。
「ぬっ、ぐぉぉぉぉおおおお!!?」
隊長らしきエルフを初め、エルフの軍勢はみんな紙のように吹き飛ばされてしまった。
見ていて気持ちの良い飛び方だ。
「ふっ、ざまーみなさい」
シャーラが実に悪そうな笑みを浮かべていた。
そういうことするから、いつまでたっても仲が悪いんだろうなぁ。
「ほら、行くよ!」
「……待ちなさい」
僕はみんなを荷車に乗せてモグを走らせようとしたが、シャーラが立ち止まった。
目を冷たく光らせ、ゆっくりと腰の剣を抜いていく。
「シャーラ!良い加減に……!」
そこで僕はやっと気付いた。僕達の背後、つまり逃げるべき方向に、一人のエルフが立っていることに。
いかにもエルフ、といった風貌だ。
真っ白な肌に整った顔立ち、そしてとんがった耳。薄緑色の長髪をひとつに束ね、ポニーテールにしている。
綺麗なエルフだ。
「……あんた、名前は?」
「イルナ」
透き通るような声音。耳を通るだけで気持ち良い。
「イルナ・ヘーダルムと申します」
「へぇ?国の名前と同じなのね?まさか、皇女様が戦線に出てきているなんて言わないわよね?」
「残念ながら、そのまさかでございます。私は誇り高きエルフ。その皇族の血筋。安全な場所で守られるのは性に合わないので」
「……ふふ、良いこと言うじゃない」
「失礼ながら、あなた様は?」
「シャーラよ。あなた達の大嫌いな、ダークエルフのね!」
「これはこれは……反吐が出ますわ」
ダッと駆け出したシャーラに対し、イルナと名乗る女はするりと動き出した。
シャーラが細身の両刃直剣、イルナが日本刀のような剣で、二人とも似たような得物を握っている。
「カナタ!この女は私がやる!あんた達は先に行きなさい!」
そうは言われても、あとで合流するのが大変なんだよなぁ。
「はぁ。ガイウス」
「ん?」
「僕も残る。君達は一度退散してくれ。『気配察知』で場所は探すから、離れすぎない程度に」
「了解!」
「奏多……」
「大丈夫だよ、悠。ちょっと足止めするだけさ」
今なお激しい剣戟を繰り広げる二人を見ながら、僕はため息をつく。
「すぐに行くから」
「……待ってる」
ガイウスがモグを走らせた。
ガイウス達がヘーダルムから遠ざかるためには、方向的にイルナの隣を抜かなければならない。
そして当然、イルナは横を通ろうとしたモグに剣を向ける。
「『光の壁』」
その間に光の壁を出現させた。
壁に剣を阻まれたイルナは僕がやったとすぐに察したのか、そこで初めて僕の方を見た。
僕は、目が見開かれたことを自覚した。
遠目からでは整った顔立ちということしか分からなかった顔が、はっきりと見える。
優しげな目尻、形の良い鼻、柔らかそうな頰。
綺麗だった。
全てが、美しかった。
ーーーそれに、ぬしは近い将来、運命の出会いをすることになる
かつて精霊の街で出会った老婆の言葉を思い出した。
腹が立った占いだったが、間違ってはいなかったらしい。
動悸が激しい。ここぞとばかりに心臓が存在をアピールしてくる。
頰が熱い。目が離せない。
つまるところ、僕は、イルナと名乗るこのエルフに、不覚ながらも、一目惚れしてしまったらしい。




