第五十四話 次の旅へ
遅くなってしまい、誠に申し訳ございません。
この章もあと一話で終わりです。
◇
戦いは突然終わった。
名前は知らないけど、『魔将』らしき赤い女が急に動きを止めたからだ。
「……あぁ、やめやめ」
そんな事を言って、本当に殺気まで収めてしまう。
「……なに言ってるんだ?」
「帰ってこいってさ」
「……は?」
ほんとに何言ってるんだ?
「じゃあね、勇者君」
女の周囲を地面から湧き出した血が囲み出した。
逃すか。
「それにしても……」
何か言おうとする女を無視する。握る『光の剣』に、更に光を集めた。
「弱くなったねぇ」
「………」
また、女が僕の背後に視線を向けた。
女はそれを最後に、血の中へと姿を消す。
「……僕は、勇者なんかじゃない」
僕は、それを追えなかった。
◇
「………」
さて、どうしよう。
振り返れない。
分かってる。後ろに悠がいるのは分かってる。
さっきチラッと見ただけで、可愛いすぎて死んでしまうかと思ったぐらいだ。キュン死ってやつだな。
悠の可愛さに殺されてしまう。
まあ、有り体に言えば、緊張する。
「……ふぅ」
なんて言おう。なんて言うか決めてたはずなのにな。まったく思い出せない。
心臓が激しく鳴り響いて、何も考えられない。
どうしよう。
「奏多!」
遠くから声が聞こえた。
見れば、舞達が走ってきているところだ。舞と、シルフィ。
知らん。今はそれどころじゃない。
「奏多!大変なんです!」
大変なのは僕も一緒だよ。もう、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
そう言えば『大変』ってどういう意味なんだろう?大きな事件が起きた時に使う言葉?でも、大変恐縮ですがーーって使い方もある。
そもそも、『大変』は『大きく変』と書いて『大変』だ。つまり、大きく変なんだ。
僕、大きく変らしい。
「クリネアが!クリネアが拐われました!」
「………」
……は?
「いつ!?」
「ついさっきです!第五地区で会ったっていう『死の魔将』が!」
僕はすぐに『気配察知』を展開する。
この二年で有効範囲は格段に広がった。今ならこの国の外までだって感知できる。
「………くそっ!」
だが、それでも場所が分からなかった。つまり、もう遠くに逃げられている。
「すみません、私が弱いばかりに……!」
「いや……相手が相手だし、しょうがないよ」
「あたしも全然敵わなかったわ!」
シルフィでも歯が立たないとなると、かなり厄介だな。
少なくともフラスゴーよりは強いに違いない。
「ガイウスとシャーラは?」
「ガイウスは他の魔族を倒しに行きました」
「シャーラは『死の魔将」に飛ばされてたわ!今は『一ノ竜』が探してくれてる!」
……エルフとダークエルフって仲悪いんじゃないの?
嫌よ嫌よも好きのうちってやつ?
「まあいいや。とりあえず、みんなはガイウスとシャーラと合流しててくれ」
「奏多は?」
「僕は竜王の所に行ってくる。クリネアを奪い返すためにも、『四ノ竜』を辞めないとだし」
拒否されても逃げるだけだけど。
「クリネアが連れて行かれた場所とかは……それからちょっとでも情報を聞き出せるといいんだけど」
ルイゼさんの隣に倒れているボロボロの魔族を指差す。その際、振り向くことになった僕は、悠と目が合ってしまった。
「セナって名前だよ。それ、なんて言ったらダメ」
「え、あ……はい。すいません」
「謝った!カナタが謝ったわ!」
「うるさい」
くそ、茶々入れやがって。急に悠に話しかけられたら、そりゃこうなるよ。
何年ぶりだと思ってるんだ。
「あー……悠。その、調子、どう?」
「良いよ。おかげさまだね」
悠はにっこりと笑った。優しげな表情が堪らない。
ああ!可愛い!可愛いよ!
「……凄い速さで目が泳いでるけど、大丈夫?」
直視出来ない!
「色々言いたいことはあるけど、やる事があるんでしょう?だから、今は手短に」
そうだ、クリネアを探さないとだった。
クリネアはあれでも、僕達のために一緒に来てくれていた。今度は僕が助ける番だ。
「ありがとう、奏多。私を助けてくれて」
そう、言われた。
満開の花が咲いたのかと、そう錯覚するほどの笑顔が僕に向けられる。
今度は目を逸らさなかった。逸らせなかった。
「……悠」
なんて言おうか、なんてどうでも良かった。
その時思ったことを言えば良かったんだ。
久しぶりに悠と話した。なら、言うべきことは一つだ。
あの日を繰り返そう。
「ねぇ、悠。僕と…………友達になってよ」
いつか貰った言葉を、今度は僕が。
◇
「そうか……リネアが……」
何故か天井が壊れている王の間で、僕は事の顛末を竜王に伝えた。
他には貴族が何人かいるだけで、『竜将』は誰もいない。
ああ、いや、僕が竜将だった。
「『死の魔将』か……。『血の魔将』も逃しちまったし、失態だらけだな。だがカナタ、よくやった。『炎の魔将』を仕留めたのは手柄だ」
「そんな事はどうでもいい。僕はクリネアを取り戻ししたい。だから……」
「『四ノ竜』は辞めさせない。せっかく魔将を討ち取ったって箔が付いたんだ。悪いが、利用させてもらう」
まあ確かに、実際に竜将が魔将を討ち取ったとなれば、それだけで士気は上がるだろう。
仕方ない、逃げるか。
「だがまぁ……俺はリネアを受け入れた。もう仲間だ。だから、仲間を取り返すために部下を派遣したいと思ってる」
「………」
「実際に魔将を倒して、なおかつ『死の魔将』を知っているお前が適任だと思うが……どうする?」
めんどくさい奴だなぁ。
僕を『四ノ竜』の座に残したまま、それでも僕の要望を通す案。
正直、竜将のままでいるメリットが全く思いつかないけれど、この人達、正確にはルイゼさんには恩がある。悠を助けてくれた恩が。
「……謹んで、お受けします」
「よろしく頼む」
竜王は満足そうな笑みを浮かべる。ちょっと腹立つけど、まあいい。
「ああ、それと」
「なんですか?」
「ゲルドラ!」
「ここに」
竜王の呼びかけに、どこからかゲルドラさんが現れた。何か大きな荷物を抱えている。
「……あ」
荷物じゃなかった。あれ、ガイウスだ。
「ガイウス君がいきなり襲いかかってきてね。悪いが無力化させてもらった。……まだ子供なのに、随分と速いし強かったよ。プリムラがいなかったら危なかったかもしれない」
「……発情期でしたか」
発情期と言えば、異性を求めて色々とハッスルしたくなる時期のことをイメージする。少なくとも、僕はそう思っていた。
だけど、この世界では違う。
この世界で獣人の発情期とは、性欲ではない。戦闘欲のことだ。
ある時期を迎えると、獣人はどうしようもない破壊衝動に襲われる。
ガイウスはそれがとりわけ強かった。
この2年の間でも何度か僕達に襲いかかってきたことがあるし、その度に無力化して落ち着かせていた。
「今は眠ってる。返すよ」
「ありがとうございます」
ゲルドラさんが丁寧な手つきでガイウスを僕に渡す。
まったく、人騒がせな奴だな。
「……出掛かりに心当たりがある」
ふと、竜王が真剣な声音で話し始めた。恐らくさっきの話の続きだろう。
「まず、俺達の目的はリネアの奪還だ。連れ去ったのは『死の魔将』ヴィラネドゥ。なら、ヴィラネドゥの行方を探る方がいいだろう」
「ヴィラネドゥの行き先に心当たりがあるんですか?」
「それはない。が、ヴィラネドゥの居場所を知る者に心当たりがある」
「………」
それはまぁ、随分と都合の良い話だ。
魔将の一角であるヴィラネドゥがどこに行ったのかを竜王自身は知らない。心当たりもない。なのに、居場所の手掛かりとなり得る人物は知っている。
「そう露骨に胡散臭げな目を向けるな。もちろん確証はない。だが先日、ある情報が入ってな。危険な賭けではあるが、どうする?」
「乗りますよ」
「即答か、いいねぇ。そうこなくっちゃな」
うるさいな、他に選択肢がないだけだ。
手掛かりもなくこの広い世界からクリネアを探し出すなんて、不可能に決まっているだろ?
「ここから西の方角にエルフが支配する国がある。名はヘーダルム。結構な距離はあるが、土竜がいるならそこまで時間はかからないはずだ」
エルフ。エルフか。
……エロフ!!!
「ごほん。……それで、その国には何が?」
「魔将の目撃情報が入った。『夢の魔将』だ。正確には目撃情報ではないらしいんだが……その辺りは俺もまだよく分かっていない。だが本当に魔将がいるとすれば……」
「確かに、手掛かりにはなりますね。返り討ちに遭いそうですが」
「だからこそ、『炎の魔将』を倒したお前だ。お前だけじゃない。お前のお仲間ももれなく全員最強クラスだ」
褒められても嬉しくないよ。
「ヘーダルムは来る者拒まず去る者追わずって国だが、お前は竜王国の『四ノ竜』。一応、皇族の面会許可を貰え。貰えなかったら無視してていいから」
それ、本当に大丈夫なのか?
「頼んだぞ」




