第五十三話 光と血
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「殺さないの?」
「うん」
「どうしても?」
「は、はい」
セナは悠とルイゼに交互に尋ね、二人は迷わず首を横に振る。
そんなやり取りが、ずっと繰り返されていた。
「あなたは……殺されたいの?」
悠はどこか寂しそうな表情で訊く。その顔が、セナの心を掻き乱した。
「当たり前でしょ」
「なんで?」
「失敗した私に、生きてる価値なんてないわ」
「……その生きる価値って、誰が決めるの?」
「トランドリグス様よ。私の主で、私の全て」
「誰よそれ。知らないけど、自分の価値は自分で決めるものじゃないの?」
「違うに決まってるでしょう?自分を見るのは自分じゃなくて他人よ。人の価値は、他人が決めるのよ。理不尽に、一方的に」
「……ふぅん」
微妙に納得は出来ないものの、ラチがあかないと思った悠は話を切り上げた。
そして、この後どうするべきかを考える。
「どうすればいいかな?」
「え、私ですか!?いや、でも、倒したのはユウさんですし……!」
「……そういえば、なんで私の名前を知ってるの?なんか、異世界に来たことは理解してるし、今までの経緯もおぼろげに記憶に残ってるんだけど、細かいところは分からないんだよね」
「は、はぁ……」
そもそも訊きたいことがたくさんあったルイゼは、考えるべきことが多すぎて軽く混乱してしまった。
とにかく何か話さないといけないと思い、何を喋ろうとしているのか自覚さえなく、口を開いた。
「あ、あの!」
「うん?」
「カナ……!」
奏多が。
そう言おうとしたルイゼは、しかし口を止める。その視線の先で異変が起きたからだ。
奏多とフラスゴーの戦いによって瓦礫の海と化していた一帯。その積み重なる瓦礫の上に、ぶくぶくと赤黒い血が湧き出したのだ。
それは徐々に膨れ上がり、ひとの形へと変化する。
「いやー!やっぱり私じゃ竜王には勝てないわ!」
「トランドリグス様……」
果たして、そこに現れたのは『血の魔将』トランドリグスだった。
竜王ファルグとの戦いに勝てないと悟った彼女は、すぐさま退散してきたのだ。
「あぁ、セナ?……負けたの?」
「……はい。申し訳ありま」
「謝罪とかいいから」
セナの言葉を遮ったトランドリグスは、そう言った時には既にセナの傍らへと移動しており、手に持っていた大きな鎌を振り下ろすところだった。
だが、
「させないよ」
その鎌を受け止めたのは、悠の刀だった。
「……あんた誰?」
「間宮悠。あなたは?」
「さぁ?誰でしょう?」
ガキン、と金属音が鳴り、悠の刀が弾かれる。
刀を握っていた両手も共に上へ弾かれた悠の胴は空き、トランドリグスはそこを残像すら残さない速度で斬りつける。
その鎌は容赦なく悠の胴体を真っ二つにする……はずだった。
「………」
トランドリグスの睨みつける先には、ギリギリで回避した悠の姿。
悠は涼しい顔を見せながら、しかし内心では冷や汗をかいていた。
「……危なかった」
「なんで邪魔するのさ?」
「なんでって、あなた、この人殺そうとしたでしょう?」
「当たり前じゃん。ミスしたんなら死なないと」
「……話が通じない」
フッと姿を消した悠は、一瞬でトランドリグスの背後をとる。
だが、トランドリグスは既に顔を後ろに向けていた。
「早いねぇ!」
「っ、がっ!?」
メシリ、とトランドリグスの足が悠の腹を穿つ。
「ユウさん!」
「あなた、『八ノ竜』ルイゼでしょ?」
飛ばされた悠の身を案じるルイゼに、トランドリグスは笑みを浮かべて尋ねる。
「私、『血の魔将』トランドリグスっていうの。よろしくね?」
「あ、ああ……」
化け物じみた殺気を受けたルイゼは、今度こそ死を覚悟する。
「竜王に勝てなかったからむしゃくしゃしてるんだよねー!だから、ストレス発散に付き合ってよ!」
「させないよ!」
笑い出したトランドリグスをいくつもの斬撃が襲った。
彼女はそれを片手で振り払う。
「あ、まだ生きてたんだ」
悠は口の端から垂れる血を手の甲で拭う。その姿は整った容姿も相まって、一枚の絵のように美しい。
「……その顔、ぐっちゃぐちゃにしたいなぁ」
トランドリグスは爪をガリガリと噛みながら呟いた。そして、はたと気付く。
「あぁ、いや、私がぐちゃぐちゃにしてやればいいんだ!ヒャハハハハハハ!!!」
ずるりと影が動いた。
まるで初めからそこにいたかのように、当然といった顔で悠の眼前へと移動していたトランドリグスは、その手を悠の顔に翳そうとする。
「……あ?」
だが、その手は届かなかった。腕が半ばで切断されたからだ。
悠の握る日本刀には血がついている。
「こんなことしたくなかったけど……あなたは危険すぎる」
「ああああああああああああ!!?」
ピューピューと血が吹き出す腕をもう片方の手で抑えながらトランドリグスは絶叫した。
「ああああっはっはっはっは!!!」
しかし、その絶叫はすぐに笑い声に変わる。
ゲラゲラと、不気味な笑い声が瓦礫の海に響いた。
「あああぁ…気持ち良いよぉ…」
腕の断面から血が沸き立ち、瞬時に手が再生した。それをトランドリグスは恍惚とした表情でさする。
「……気持ち悪いなぁ」
「貴様!トランドリグス様になんてことを言う!」
「あ、そうだ。セナ。早く死になよ」
「っ!」
トランドリグスは自分のために激昂するセナを見て、思い出したかのようにそう言った。
セナは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、そしてすぐにそれを消す。
「も、もちろんです……!」
彼女は悠に切断された大剣を拾い、刃を自分の首元に当てた。
「だから、させないってば!」
しかし、その刃を引く前に悠が刀でそれを弾く。セナは悠をキッと睨んで掴みかかったが、逆に腕を掴まれ地面に叩きつけられる。
「かっ、はっ!」
「……あんた、なんで邪魔するの?セナは敵でしょ?」
「だからって殺さなくてもいいでしょ?私が勝って、それで終わり。ダメ?」
「ダメ」
「うわっ!?」
悠は全力でその場でしゃがみ、トランドリグスの鎌を躱す。白い髪の端が少し切れた。
「くっ、なんで邪魔をする!?」
トランドリグスと戦う悠の背中に、セナは問いかける。
それは本心からの疑問だった。
「……あなた、言ったよね?人の価値は他人が決めるって」
「そうよ!そしてトランドリグス様が私の死を望んでる!」
「……死なないで」
「は?」
「あなたの価値を他人が決めるわ。死なないで」
「ーーー」
セナは答えない。
そんな二人を見て、トランドリグスは顔を盛大に歪めた。
「……うざいなぁ」
途端、悍ましい殺気が場を支配した。
「死ねよ。二人とも。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
「ーーお前、誰に向かって死ねっつってんだ?」
それは、『血の魔将』ですらもゾッとするほどの声音だった。
死ねと連呼し、鎌をブンブンと振り回すトランドリグスに向かって、天から光が落ちた。
トランドリグスはハッと空を見上げ、それをギリギリで躱す。
「わお……これは凄いねぇ」
トランドリグスが見るのは、光が落ちた跡だ。
天から垂直に落ちたそれは、地面に巨大な穴を作り、もはや底は見えない。
ドダンと音を立てて悠の前に着地したのは、やはりと言うべきか奏多だった。
悠には背中を向ける形で立っている。
「……お前が死ねよ」
フッと姿を消した奏多は、次の瞬間にはトランドリグスの懐へと潜り込んでいた。
手加減なしのボディブローがトランドリグスを襲う。
「ごはっ!?」
奏多は口から血を吐き出したトランドリグスに足をかけ、腕を掴んで宙へ浮かせた。
そして一瞬無防備になった身体に回し蹴りを放つ。
「ぶっ!!」
容赦のない一撃によって、トランドリグスは瓦礫の山へと飛ばされた。
奏多は地面を足先でトントンと叩きながら、次に備えて構える。
「……強いねぇ、『四ノ竜』。いや、『叛逆の勇者』の方がいいかなぁ?」
ゴホゴホと血を吐き出しながら、トランドリグスはその美貌を歪ませて不気味な笑みを浮かべる。
奏多はそれを冷めきった目で見ていた。
「張り切ってるじゃない。そんなに良いところを見せたいかい?」
「………」
「君とその子は、違うよ?」
トランドリグスの視線が、背後に佇む悠へ移動した瞬間、奏多はその意味を理解した。
そして当然、奏多の動きが止まる。
「アハ、隙ありーー!!!」
「……ぶっ」
突如、地面から現れた血の杭が奏多の身体を貫いた。
「っ!!!」
それを見ていた悠が動き出そうとしたが、奏多がそれを手で制する。
「……この程度で、ドヤってんなよ」
「……あれ?」
いつの間にか、光の剣がトランドリグスの腹を貫通していた。
彼女は驚いたように目を丸くしている。
「気付かなかった。凄いねぇ!」
「……バケモノが」
痛がる素振りのない姿に、奏多は舌打ちを一つ。そしてすぐに血の杭を引き抜き、その場に千を超える光の剣を生み出した。
「もーヤル気満々って感じ?」
トランドリグスはそう言いつつ、鎌を構えて腰を落とす。
今にも飛び出しそうな程姿勢を低くした彼女は、先程とは比べ物にならない鋭い眼を赤い髪の隙間から覗かせた。
「……竜王を殺せなくてイライラしてたんだ。ストレス発散してやる」
「竜王に勝てないのに僕に勝てるって思ってるのが腹立つな」
二人は同時に姿を消し、そしてちょうど真ん中で衝突した。
離れたところから見ていたルイゼやセナは、もはやその姿を捉えられていない。
一瞬ぶつかる姿が見える程度で、あとは高速で移動した時に削れた地面の音や、剣戟による金属音が断続的に聞こえるだけだ。
だが、ただ一人、悠だけは見えていた。
血が舞い、光が散るその光景はどこか幻想的なものだ。
「……凄い」
その呟きには、憧れに近いものが含まれていた。




