第五十二話 戦神の加護
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「心を閉ざした少女、か。俺は何を与えたらいいんだ?」
『クラスE』が異世界召喚される頃、その途中で、戦神アレスは悩んでいた。
神々は契約により、地球から異世界へ召喚される人間にスキルを与えなければならない。
そのさじ加減は神々に任されており、しかし、大抵は適当に決められる。
そう、例えば、どこかの愛と美の女神のように。
神が持つスキルには限度があり、それは与えた人間が死ぬまで手元には返ってこない。
だから、普通は計画的に与えるのだが、その普通が通用しないのが神だ。
まあ要するに、神々にとっての『普通』の感覚で、『適当』にスキルを与えているわけだ。
そんな中、『異常』な戦神アレスは、常に計画性をもってスキルを与えてきた。
戦、つまり戦いの神である彼が与えるスキルは、どれもが強力なものだ。
それを自覚しているからこそ、バランスを間違えれば世界の均衡を崩してしまうことを恐れていた。
だから、召喚される人間と話して、過去を視て、それからスキルを与えていた。
だが、
「……話せない」
アレスは先程から召喚される少女、間宮悠に話しかけているのだが、虚ろな目でゆらゆらと揺れているだけで返答がない。
だから、困っていた。
「小娘め……神である俺を困らせるとは……!」
などと威嚇してみるが、反応はない。
アレスはがっくりと肩を落とした。
「とりあえず、過去を視るかぁ」
アレスは悠の頭に手を置いて意識を集中する。
「………」
過去を視て、心を読む。
本人ですら自覚していないであろう深い所まで読んで、アレスは手を離した。
「……なるほどね」
そして、与えるスキルを決めた。
即決だ。
「……君は守りたいんだ。次は、自分が。自分の、何よりも大切なものを」
与えたのは、『戦神の加護』。
文字通り最強の神であるアレスが持つ、最強のスキルだった。
◆
ガチガチと、金属が軋む音がする。
その音を聞きながら、『八ノ竜』であるルイゼは自分の目を疑っていた。
なにせ、死を覚悟した自分を庇って目の前でセナと対峙するのは、先程まで眠っていたはずの少女なのだ。
しかも、自分を圧倒したセナの一撃を、片手だけで受け止めている。
「……そろそろ、離してくれない?」
「じゃあ、まずは一撃」
「は?……え」
ルイゼが気付いた時には、呆けた表情のセナが飛ばされていた。セナ本人も、それに気付いたのは遅れたからだ。
そして、それが白髪の少女に殴られたからだと気付いたのは更に後だった。
「がっ、はっ!?」
それからまた遅れて、セナは血を吐き出す。
襲ってきた衝撃は強烈なものだった。
「づっ、ぅ、あなたは……!」
「私?私は間宮悠。よろしくね」
「よろしくしないわよっ!」
セナは大剣を悠に振り下ろす。
悠は優しい子供だった。だから喧嘩をしたこともない。殺し合いなんてものとは最も縁遠い人種だったのだ。
つまり、これが初めての殺し合い。少なくとも、相手は殺意を持って攻撃してくる。
それでも、悠に恐怖はなかった。『戦神の加護』は、戦いにおいては最強のスキル。
恐怖心を感じさせないほどの力を、悠は手に入れているから。
「ほっ!」
「っ!?」
セナが両手で振り下ろした大剣を、悠は今度は指一本で受け止めた。
衝撃が悠を伝い、地面に蜘蛛の巣のようなヒビが入った。
「なんなのよ!?」
「だから、間宮悠だって」
「馬鹿にするのもっ!」
「二発目」
「んなっ!?」
悠の踵がセナの頰に直撃した。ミシミシと嫌な音が鳴り、セナは錐揉み回転しながら宙へ浮いた。
「で……でたらめすぎる……」
ぽつりと、ルイゼが呟いた。
だが、その光景を見た者全てが、彼女と同じリアクションをするに違いない。
先程まで眠っていた、と言うより、数年間も虚ろに生きてきた悠が、『八ノ竜』を追い詰めたセナの一撃を軽々と受け止め、軽々と吹き飛ばしているのだ。
異常としか言いようがない。
「スキルって凄いなぁ」
そんなルイゼには気付かず、悠は手を握ったり開いたりしながらどこか場違いな声を出す。
とは言え、彼女にとってはスキルを使うのは初めてだ。
元の世界とかけ離れたスキルの存在に驚くのも無理はない。
スキルは与えられた時点で基本的な使い方も勝手に知識として与えられる。だから使い方も、その効力もある程度は理解していたのだが、実際に使ってみるとやはり驚くもの。
「こうかな?」
悠は手を前に出し、念じる。
すると、どこからともなく一本の日本刀が現れた。
「おお」
「マミヤ・ユウッ!!」
セナが悠の名を叫びながら飛びかかった。先程までとは比べ物にならないほどの魔力が込められた大剣は、明確な殺意を伴っている。
「えい!」
だが悠は気にせず、日本刀を宙に向けて振った。
刹那、斬撃が衝撃となり、一直線にセナへと飛んでいく。
「っ!?」
斬撃はセナが持つ大剣を真っ二つに切断し、そのまま天へ向かって上昇を続ける。
そしてついに、それは雲さえも割った。
「なに……それ……」
ペタンと、セナは尻餅をついた。
目は驚愕で見開かれ、口は半開き、既に戦意は消失している。
「化け物じゃない……!」
「あ、失礼な。私、化け物なんかじゃないもん」
「………」
それこそ化け物レベルの戦力を持つセナをただ負かす訳ではなく、戦意消失させた悠は、しかしその自覚がないのか頰を膨らませた。
その様子に、セナはむしろ恐怖を抱く。
「……私の負けよ。殺しなさい」
「え?なんで?」
「は?」
「別に殺さなくていいじゃない。私、そんなことしたくないし」
「……なんなのよ、あんた」
信じられない、と今日何度目か分からない驚愕の表情を浮かべるセナは、ルイゼに視線を向ける。
だが、ルイゼもふるふると首を横に振る。
「あんた達……どこまで甘いのよ……」
と、
「え」
誰からか、声が洩れた。
ルイゼかセナか、それとも悠か。もしかしたらその全員かもしれない。
すぐ近くから、強い光が天へ向かって伸びていったからだ。
それは遥か高く高度を上げていき、悠が割った雲まで到達、そして雲を完全に打ち払ってしまった。
「……炎の奴、負けたの?」
晴れた空を見上げながらぽそりと呟くセナの表情は、もはや、何を表すものなのか分からなかった。
◆
奏多とフラスゴーの戦いは佳境に入り、周囲は更地へと姿を変え始めている。
『叡智の光』は『光の賢者』による光の攻撃全てを、限界以上まで引き上げる荒技だ。
もちろん体に負担はかかるが、そこまでのものではない。
「最高だなァ!」
「最悪だよ」
炎の縄の隙間をくぐり抜け、地面に手をつける。
それとほぼ同時にフラスゴーの足元から光の杭が突出するが、それはフラスゴーの纏う炎に消されてしまう。
「つれねぇこと言うなよ」
「あんたと戦かってると、熱いんだ」
奏多は光のハンマーを錬成し、横から殴りつける。
高密度の光で造られたそれは、炎を突き抜けフラスゴーに直撃した。
だが、フラスゴーは体を回転させて衝撃をいなし、両手から爆炎を生み出す。
数歩下がった奏多は、光の壁でそれを防ぐ。それと同時に放った光の剣が、フラスゴーの頰を割いていた。
「ちっ」
徐々に、フラスゴーの傷が増えていく。
「『展開』」
光の剣が奏多の周囲にふよふよと展開された。
宝剣はフラスゴーの炎で焼失したが、奏多の両手には光の剣が握られている。
某ロボットアニメのファン◯ルのように周囲に浮かぶ光の剣は、幻想的に、そして暴力的にフラスゴーを襲う。
「くそがっ!手数多いんだよ!」
「……あんたは大したことないな」
「……………あ?」
ピタリと、フラスゴーは動きを止める。
「調子乗んなよ?」
そう言って、全身の炎を掌に収縮させる。
ついには野球ボール程の大きさまでになったそれは、煌々と輝きを増していく。
「予定変更だ。癪だが、お前は強い。この国ごと、滅びろ」
「っそだろ!諦めんなよ魔将のくせに!」
奏多は慌てて距離をとって手のひらを広げた。途端、手のひらから薄明るい透明の膜がドーム状に広がった。
「……魔将だからこそ、やらなきゃいけねぇんだ。果たすべき義務ってやつだ」
「うるせぇ!」
「『破焔』」
「『収縮』!」
フラスゴーの放った炎が、音もなく拡張し始めた。それと同時に、奏多の光の膜が縮小し始める。
広がる炎と縮まる光はすぐにぶつかった。
そして、
「……あ?」
炎は押し負け光と共に収縮し、そして消滅した。
「あぶなかったー」
「………」
フラスゴーの『破焔』は、本来ならこの龍王国を滅ぼすことが可能なぐらいの破壊力を秘めていた。
彼自身、自分を巻き込んででも魔王軍のためにと放った一撃だ。
それを、あっさりと防がれた。
「終わり?」
気付いた時には、フラスゴーの腹に奏多の手が添えられていた。
ただそれだけなのに、ゾクリ、と寒気が走る。
「表裏一体って、よく言ったもんだよね」
ちょうど、フラスゴーの体で奏多には影ができていた。
更に手を腹に密着させることによって、掌は完全に闇に覆われる。
そして、闇が濃ければ濃いほど、光もまた、輝きを増す。
「『暗転輝閃』」
奏多が放ったその一撃は。
フラスゴーの腹を貫き、高く高く、空へと消えていった。




