第五十一話 強さと弱さ
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ゲルドラとプリムラが目的地、つまり最初に破られた防壁に着いた時には、既に蹂躙が始まっていた。
ある一人の獣人によって。
「おらーーー!!!」
そんな雄叫びと共に、魔族がぽいぽいと投げられている。
その光景に、二人は口を半開きにさせた。
「あれは確か……ガイウス様、でしたか」
呟くプリムラの視線の先で、ガイウスは暴れ回っている。
迫り来る魔族をぶん殴り、蹴り飛ばし、喰い千切る。
「この程度か!くそ共がァァァァ!!!」
荒れているガイウスを見る二人は、自分に向けられているわけではないその怒気に少し体を震わせた。
数分前、魔王軍の襲撃が始まった時、ガイウスは舞、クリネア、シルフィと共にいた。
襲撃自体はガイウスが獣人特有の聴覚や視覚の強さからすぐに発覚し、事態を即座に理解した。
とりあえず、舞、クリネア、シルフィは悠を守るために借りていた屋敷へと向かい、ガイウスは魔族の侵入を阻止するために既に戦闘が始まっていた壁沿いへと突撃した。
理由は簡単だ。獣人である彼はその戦闘本能を抑えきれなくなり、ストレス発散する必要があったからだ。
その結果、ガイウスは魔王軍相手に一人で暴れ回っていた。
そもそも、元が弱かったこともあり、2年間で一番成長したのはガイウスだ。だがそれにも関わらず、周りが強すぎたために毎日ボコボコにされていた。
それはもう、見ていられないほどボッコボコにされていた。
ガイウスはそういったストレスを、久々に見つけた格下相手に思い切りぶつけているのだ。
「うがーーーーーーーー!!!」
そして、終わった。
「……彼一人で、倒し切っちゃいましたね」
「……だな」
「はぁ、はぁ、はぁ……あ、あんた」
肩で息を整えるガイウスは、そこでやっと二人に気付く。
その目は、ギラギラとしていた。
「なぁ……足りないんだ。あんたらも、俺の相手してくれよ」
そう言って、ガイウスは二人に襲いかかった。
◆
「やっほー!『血の魔将』トランドリグスでーす!」
「………」
突然現れたそれに、『竜王』ファルグ・ジルムンドは表情を変えなかった。
ただ、黒い一撃を放つ。
「わひゃっ!あぶな!あぶないよ!いきなり攻撃なんて、頭おかしいんじゃないの!?」
「いきなり敵の、しかも本丸に侵入してきたお前が言うな」
「それもそうかも!キヒッ!キヒヒッ!!」
「不快だ」
「あぶなっ!」
ファルグの前に立つのは、絶世の美女だった。
美術品のように整った容姿、病的なまでに白い肌、血のように深い赤髪、そしてどこか艶かしい唇。
身に纏う真っ赤なドレスも、肌の露出を抑えた上品な仕立てになっている。
だが、それら全てをくねくねとした動きと下品な笑い声が台無しにしてしまっていた。
そのギャップが、どうしようもなく気持ち悪い。
「避けるの上手いな」
「でしょでしょ!?私ってば、避けるの上手いんだぁ!」
「褒めてねえよ」
「うわぉ!」
黒い斬撃を、上半身を後ろに倒すことで躱す。ぐにゃり、と音が聞こえてきそうなぐらいの柔らかさだ。
「さっきから女の子に向かって容赦なさすぎない!?」
「魔将がなに言ってんだ」
「……あ。それもそうか。キヒヒヒヒ!ハヒャヒャヒャヒャ!!」
「………」
ファルグは攻撃しない。生半可なものでは当たらないと悟ったからだ。
ならば大規模な攻撃をぶち込めばいいのだが、それをすればトランドリグスは跡形もなく消えてしまう。
彼としては、少しでも魔王軍の情報が欲しかった。
「はぁ……笑い疲れた。じゃあ、どうぞ」
トランドリグスの足元から、血が沸き立った。それはどんどんと膨張していき、そして竜城の王の間の天井を突き破ってしまう。
「あ?」
突然のことだった。突然のこと過ぎて、その場の誰も反応できなかった。
気がつけば、曇天の空が見下ろしていたのだ。
「ーーーーー!」
血が霧散した後に姿を現したのは、城よりもなお巨大な黒い竜だった。
咆哮が天に轟く。
「グンちゃんでーす!竜の国に竜で攻めるって、面白い?ねぇ、面白い?」
「貴様ァァァァ!!!」
ファルグの傍らにいた貴族の一人が、トランドリグスに肉薄した。
常人ならば残像すらも視認させない速度で背後へと回り込んだ彼は、躊躇せずに剣を振り下ろした。
「あー、はいはい」
そして、血しぶきに消えた。
その貴族に対して、トランドリグスは振り向きもせずに手で触れただけだ。
「なっ……!」
取り巻きがどよめく中、ファルグの反応は眉をひそめるだけのものだった。
「……おい、お前ら。逃げろ。こいつはお前らにどうにかできる相手じゃない。俺がやる」
「ですが!」
「行け。……俺の足を引っ張るつもりか?」
「っ!……申し訳ありません!」
ファルグがひと睨みすると、貴族達は悔しさに歯を食い縛りながらもその場をあとにした。
「ねぇねぇ、グンちゃんはどうするの?無視?無視しちゃうの?この国滅ぼしちゃうよ?」
「うるっせぇな。黒竜なんざ連れてきやがって。この俺に喧嘩売ってんのか?」
ファルグを上空から自分を見下ろす竜を見て、忌々しげに唾を吐く。
「どっちが本物か、ハッキリさせようぜ」
「勝手にどうぞー!」
「『黒竜』」
黒い靄のようななにかがファルグを覆った。
ファルグはそのまま床を蹴り、上空へと飛び上がる。
突然目の前へと跳躍してきたファルグを前に、巨大な黒竜は口を大きく開けた。その喉奥からは真っ赤な炎が覗いている。
だが、ファルグは焦らない。
両手を拳にすると、その甲の部分にそれぞれ三枚の鋭い爪が黒い靄によって生成される。
「ガアアアアアアアア!!!」
「『双爪』」
ファルグは両手を振る。
それは黒竜の放った炎を引き裂き、黒竜の硬い鱗を容易く斬り裂き、その太い首をあっさりと切断してしまった。
「わぁーーー!グンちゃん!!グンちゃんが一撃でやられちゃった!!」
「ハッ、この程度か。雑魚じゃねぇか」
トンッ、と軽く着地したファルグは、ボトボトと床を叩きつける黒竜の血を浴びながら、その凶悪な牙を剥き出しにして嗤った。
「お前は愉しませてくれるんだろうなぁ……?」
「さぁー?どうでしょう?」
くるんとその場で一回転したトランドリグスの手には、どこからか巨大な鎌が握られていた。
「フン」
ファルグが手を振ると、『黒竜』が剣を象っていた。
禍々しくもどこか神々しい、光をも吸収してしまいそうな黒剣だ。
「『将』ごときが……『王』に届くと思うなよ?」
鋭い目を更に鋭くし、ファルグは威圧する。
それは質量をも孕み、黒竜の出現によってボロボロになっていた城壁がガラガラと崩れた。
しかし、それを受けたトランドリグスは顔色一つ変えず、むしろさっきまでとは打って変わって凶悪な笑みを浮かべた。
「がっかりさせないでね……?」
その姿はどこまでも妖艶で、引き込まれてしまいそうなほどの美しさだった。
◆
苦しかった。
戦うことを強要されたことが。
蹂躙することを使命とされたことが。
抗えなかった自分の弱さが。
過去が、現在が、未来が。
全てが自分を縛る。
抗うことに怯えさせ、ただ、従順な下僕へと成り下がらせる。
「正しさ?それがなんだ?お前はオレの言いなりになっていればいい。オレがやれと言えばやれ。オレが死ねと言えば死ね。お前はオレの道具だ。少し優秀なだけの消耗品だ。使えない道具は必要ない。分かるな?」
頷くしか出来なかった。
失敗すれば、肉親を殺された。従わなければ、友を殺された。
恨んだ。
怨んだ。怨んだ。怨んだ。怨んだ。怨んだ。怨んだ。怨んだ。怨んだ。怨んだ。
どれだけ憎んでも、それで強くなれるほど、甘い世界ではなかった。
逃れられるはずがなかった。
アタシの心は恐怖に囚われ、とっくに死んでいた。
ただ命じられるがままに殺し、命じられるがままに奪う。
なによりも唾棄すべきことだと知りながらも、アタシはそれをやめることはなかった。
「弱いね。君は」
対峙した彼は、そう言った。
「自分を持ってない」
アタシよりも弱いくせに、偉そうにそう言った。
冴えない、黒髪の少年。そこらを見渡せば数人はいそうなほどありふれた見た目。なのに、その目だけは違った。
ギラギラと、強い意志を秘めていた。
お前に何が分かる!
そう、叫んだ。
「何も分からないよ。別に、分かりたいとも思ってないし」
唖然とした。
敵に突然弱いと言っておきながら、そんな事を平然と言うのだから。
「でも、君は僕が一番大嫌いな人種だ」
その目は、言葉通りアタシを見下していた。
本当にくだらないものを見るような目で、アタシを見ていた。
「失うことに慣れてしまった人ほど、生きてる価値のない存在はないよね。あ、君は人じゃなくて魔族か」
何も言い返せない。
だって、その通りだから。
「確かに君は強いよ。今の僕じゃ歯が立たない」
彼は失った両腕を見てそう言う。口からは血を吐き、立ち上がる力も残っていない。
「でも、戦っていて分かった。君は人形だ。空っぽの人形だ。理由も思想もなく、ただ何かに従って力を振るうだけの、人形だ」
そうだ。
アタシは人形。恐怖に操られる人形だ。
「くだらない。死ねばいいのに」
そう言って、彼は立ち上がった。
血が足りていないのだろう、全身をガクガクと震わせて、それでも立ち上がった。
なぜ?
アタシは問う。
なぜ、そんな事が分かる?お前は理由を持っているのか?
「僕には守りたい人がいる。そのためになら誰だって殺すし、滅ぼせる」
迷いがなかった。躊躇いがなかった。
「歪だと思うかい?まあ、僕もそう思うよ」
続ける彼を、アタシは直視出来ない。
「僕は他人からどう思われようが構わない。そんな些細なことはどうでもいい」
眩しかった。
「この世界は理不尽だ。自分の大切な人が、ある日突然、なんの理由もなく奪われる。僕はそれを拒絶する。抗い続ける。奪われるぐらいなら、僕が奪う」
それは歪んだ決意に違いない。
邪悪で、醜悪な思想だ。
「……僕は弱いから、そうしないと、何一つ守れない」
その『弱い』に、どれほどの想いが込められていたのだろうか。
今にも死んでしまいそうな状況だから、より悲壮感が滲み出ただけかもしれない。
ただ一つ、確かなのは、その言葉がアタシの心に深く刺さったことだ。
その弱さとは、きっと力のことだけではないのだろう。
彼がこれまでに味わってきた屈辱全てが、その弱さに違いない。
「どんな理不尽も僕は砕いてみせる。それが出来なければ、また失ってしまうから」
羨ましいと思った。その強さが。
抗おうとあがき続けることが出来る、その強さが。
「……君は、どうなんだ?」
その日から、アタシの叛逆が始まった。
自分を縛ってきた恐怖に刃を向け、自分の弱さを殺した。
泣いた。
そこでやっと、アタシのせいで殺されてしまった大切な人達を想って、大声で泣いた。
奥底から湧き上がる弱さを殺して、殺して、殺して。
その先に僅かな強さが残っていたことが、とても嬉しくて。
ーーアタシは、その強さを大切に育てようと思った。
ーーーそれは、もう消えてしまった、未来の話。




