第五十話 竜王国にて、覚醒
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闘技場で始まった戦いは大規模なものになっていた。
前衛のシャーラと後衛のシャルル。仲が悪いはずなのに、これ以上ないぐらいの連携を見せる二人は、しかし未だに『死の魔将』ヴィラネドゥに傷一つ負わせていなかった。
シャーラが近接で牽制し、隙を突いてシャルルが魔法を放つ。
それに対し、ヴィラネドゥは素手で戦っている。
得物を持つシャーラと魔法を使うシャルルを相手に、何も持たず何も使わず、にも関わらず軽くいなしている。
それどころか、物理攻撃を滑らせて無効化するはずのシャーラの肌からは、所々血が垂れている。
「不思議なっ、技を使うのねっ!」
「伏せなさい!」
シャルルの声に反応し、シャーラはその場で屈み込む。間髪入れず、そのすぐ上を氷の槍が通る。
その際、シャーラは軽く氷に触れる。刹那、氷槍は速度を爆発的にあげた。
シャーラは『肌をつやつやにする』スキルを極めることで、物理攻撃を全て滑らせて逸らせるほどのものに昇華した。
それは攻撃にも応用し、スキルを全力解放すれば触れたものは彼女の肌を滑ることで速度をあげる。
かつて、奏多はシャーラと初めて戦った時に、彼女の剣が伸びたように感じた。
彼はそれをスキルによって剣が伸びたのだと解釈していたが、単にシャーラが剣に手を添えただけの話だった。
だかそれだけで剣速はあがり、奏多に剣が伸びたと錯覚させるほどの攻撃へと変換させたのだ。
だが、今、ヴィラネドゥに対しては有効打にならない。
ヴィラネドゥは恐るべき速度で迫る氷塊に手をかざした。それだけで、氷はバラバラに崩れ落ちる。
「ふっ!」
砕け散った氷の向こう側から、シャーラがヴィラネドゥへと細剣を突き刺す。
だがそれをヴィラネドゥは手で逸らした。
最初、シャーラは自分と似たようなスキル持ちだと考えたのだが、どこか違う。
全てを見切られているような、そんな気持ち悪さを感じるのだ。
「っ!」
ヴィラネドゥの指先が軽くシャーラを触れる。すると、そこからまた血が散った。
「なんでっ……!」
「シャーラ!」
シャルルがシャーラの名を呼ぶ。
シャーラはそれに反応してその場を飛び退いた。そこを電撃が迸る。
「無駄だ」
だが、またもヴィラネドゥは片手で霧散させてしまった。
自分の魔法が全く通用しないことに、シャルルは唇を噛み締める。
「しっ!」
ヴィラネドゥが手を出し、電撃を消した瞬間。僅かにできた隙をシャーラは突く。
「変わり映えしない攻撃だな」
それに対し、ヴィラネドゥは反応を見せる。
確実に隙を突いたはずなのに、ヴィラネドゥの体は既に反転してシャーラに向き合っていた。
右手の人差し指を立てている。
「……え?」
その人差し指を、ヴィラネドゥは迷いなくシャーラの剣へと当てた。
刃を撫でるように触れた指は、傷一つつかずになめらかに滑る。
そして、シャーラの剣はバラバラに崩れた。
「なっ!?」
「隙あり、だ」
「ぐっ!」
指一本で自分の愛剣を破壊されたことに動揺したシャーラの腹を、ヴィラネドゥの回し蹴りが穿った。
シャーラの体は面白いぐらいの速度で吹き飛ばされ、闘技場の壁を破壊して街中へと姿を消す。
「馬鹿力ね……」
「次はお前だ。『一ノ竜』」
ヴィラネドゥは軽く手を振った後、闘技場の床にある割れ目に手を差し込んだ。
そして、リングとして使われていた床を持ち上げる。
「……嘘でしょう?」
「防いでみろ」
容赦なく、慈悲なく、ヴィラネドゥは床をシャルルに叩きつけた。
シャルルは即座に防御魔法陣を展開するが、間に合わない。
体積も質量も規格外の石塊を前に、流石のシャルルも全てを諦めかけた。
「やー!!!」
「っ!?」
と、シャルルに叩きつけられるはずだったその床が粉々に砕け散った。
逆に自分へ向かって飛んできた瓦礫の群れを、ヴィラネドゥは最小限の動きで躱す。
「……妖精族か」
「そう!妖精族のシルフィよ!ところであなた誰!?」
現れたのは小さな体に小さな羽を生やす妖精、シルフィだ。
彼女は風という概念から生まれた妖精で、故に風を自在に操る。
「……俺は『死の魔将』ヴィラネドゥ。そこの竜将を殺しに来た」
「そう!でも、悪いけどそうはさせないわ!だって竜将ってことはカナタの仲間だもの!!」
「……カナタ?」
ピクリと反応を示すヴィラネドゥに、突然の出来事を呆然と見ていたシャルルは気づいた。
それはシルフィも同じことだ。
「カナタを知ってるの?」
「……さあな。どうだったか。俺が知っているカナタかもしれないし、別のカナタかもしれない」
「あなた、めんどくさいわね!」
ふよふよと宙を浮くシルフィは、ビシッとヴィラネドゥに指を差した。
だが、無反応のヴィラネドゥに、彼女はどこか気まずそうに指を下ろす。
「無視しないでよ!」
「……そこにいるのは、クリネアか?」
全力で突っ込むシルフィをまたも無視して、ヴィラネドゥが視線を向けたのは闘技場の入り口だ。
入り口と言っても、ヴィラネドゥの背後はシャーラを飛ばしたことによって崩壊しているのだが。
「………」
入り口の影から、クリネアが姿を現わす。
「ヴィラネドゥ……」
かつての同胞を前に、クリネアはどこか苦しそうな表情を浮かべた。
それに対し、ヴィラネドゥは表情を変えない。
「分かっていると思うが、お前は敵だ。もう弁明の余地はない」
「……分かってる」
「なら、死ね」
ヴィラネドゥは手刀を作る。そして、かなり距離が離れているクリネアに向けてそれを振り下ろした。
と同時に、シルフィが二人の間に強力な竜巻を起こした。それは一気に瓦礫を巻き上げたかと思うと、ドパンと真っ二つに割れて消えた。ちょうど、ヴィラネドゥが手刀を振り下ろした延長線上だ。
「無視するなって言ってるでしょ!」
「……なら、お前からだ」
ヴィラネドゥは手刀を作ったまま、今度はシルフィの方に顔を向けた。
殺気が、その場を支配する。
しかし、その手が振り下ろされることはなかった。
「うわ……凄いことになってますね……」
「お前は……」
姿を現したのは舞だった。
シルフィとクリネアを追ってやってきた舞は、闘技場の悲惨な有様に驚いている。
そして、舞とヴィラネドゥは面識があった。
「あなたはあの時の……!」
「……なら、カナタというのもあの少年か」
全てを察したヴィラネドゥは、さっきまでの殺気を引っ込めて手も下ろしてしまう。
「予定変更だ。とりあえず、お前には一緒に来てもらう」
クリネアの背後から声が聞こえた。振り返ると、いつの間にかそこにはヴィラネドゥが。
「っ!」
その場の誰にも認知できない速度で移動していたヴィラネドゥは、クリネアに手を伸ばす。
「クリネア!!」
舞とシルフィが同時に動く。
そして、ヴィラネドゥはーーー
◆
「あらあら、あなた弱いわね」
奏多達が借りていた屋敷は、既にズタズタになっていた。
外から見ればそうでもないが、室内は悲惨だ。
「竜将ってこんなものなのかしら?」
『血の魔将』トランドリグスの筆頭眷属を名乗ったセナは、返り血のついた大剣を片手で担いでいる。
その前には、膝をつくルイゼ。
切り傷が全身に刻まれており、衣服もボロボロ。見るに耐えない有様だ。
「その子、そんなに大事?」
ゼエゼエと肩で息をするルイゼは、背中に悠を背負っている。
決して彼女を傷つかせないよう、常にセナと向き合いながら対峙してきたのだが、それももう限界が近い。
「意識のない子を抱えながらよく逃げ回ったと思うけど、ごめんなさい。もう飽きたわ」
「っ!」
セナは大剣を振り下ろす。
「『魔法陣三式・物理防御』!」
ルイゼが叫ぶと、彼女の前に半透明の魔法陣が展開された。
だが、
「それ、柔いんだって」
大剣はそれを慈悲なく砕き、魔法の盾はバリンと音を立てて散った。
「きゃっ!」
「よく頑張ってるとは思うけど、あなた、殺し合いには向いてないわ」
どこかつまらなさそうに言いながら近づくセナを相手に、ルイゼはズリズリと後ずさる。
「気付いてる?」
「な……なにがですか……?」
「あなた、私にまだ一度も攻撃してないわよ?」
「っ!」
「まあ、そんな隙与えてないんだけど」
振り下ろされた大剣を、ルイゼはギリギリで躱す。が、その脇腹をセナの回し蹴りが直撃した。
「かっ、はっ!?」
防御も何もなしに蹴りを受けたルイゼの体は、嘘みたいに勢いよく飛んでいく。
まるで水面を切る石のように、ゴロゴロと転がり屋敷の壁を突き抜けていった。
「……つまんない」
セナはそう呟きながら、ゆっくりと屋敷の外に出る。
「カハッ、ゴホッ、ゴホッ、」
「竜将ってもっと強いものだと思ってたのに、期待ハズレね。もう死んで」
もう魔力も残っていない。
ルイゼは死を覚悟しつつも、せめて、と悠を背中に庇った。
そして、目を強く瞑る。
走馬灯が過った。
大したことのない走馬灯だ。ただ、人よりも多く他人を救ってきただけの、それだけの人生。
青春と呼べるような体験をすることもなく、ただ一人の人間として終わっていく。
自嘲じみた笑みを浮かべたルイゼに、しかし死は訪れなかった。
「………?」
顔をあげて恐る恐る目を開くと、目の前に少女の背中が見えた。
そして驚くことに、その白髪の少女はセナの大剣を片手で受け止めている。
「………!」
あまりの驚きに目を見開くルイゼを置いて、セナと少女は対峙する。
「へぇ、今更起きるなんて、あなた演出家なのね。でも、その子よりは楽しめそう」
「……ごめんなさい。多分、楽しむ余裕なんてあげられないと思う」
白い髪が風に揺れる。
ルイゼの背中が、軽くなっていた。
ひとまず、これにて連続投稿は終わりです。
また定期的に投稿すると思います。




