第四十九話 Dear my friend, and ……
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『過去はーーー』
あの日、あの時、あの人は、そう言った。
儚い笑みを浮かべて、その目には強い意志を宿して。
きっとあれは、彼なりの覚悟だったのだろう。
全て背負って生きていくと、そう決めた彼は。
とても、眩しかった。
◆
「……ダークエルフの小娘」
「なによ、エルフのおばさん」
「……次それ言ったら殺すから」
「はいはい。それで?」
「一時休戦ってことでいいかしら?」
「仕方ないわね」
シャーラとシャルルが対峙するのは、一人の男だった。
真っ黒なローブに、暗闇を思わせる瞳。全てが黒い男は唯一、その髪だけは綺麗な白色だった。
その男は、闘技場で向かい合う二人の元へ突然現れた。まだ名乗ってもいない。
それでも、シャーラとシャルルを警戒させるには十分すぎる程の力を秘めていた。
「エルフのお前が竜将か?」
「……ええ。私をお望み?」
「おえ」
うふんと冗談めかすシャルルに、シャーラが思い切り顔を顰める。
「おい」
「なによ」
「一時休戦って言ったでしょ?」
「休戦してるじゃない」
「………」
「………」
「……続けていいか?」
「あ、はい」
男はそんな二人を見ながら、感情を感じさせない声音で続ける。
「そこのダークエルフは?」
「私は、まあ付き添いよ。この国とはなんの関係もない」
「そうか。なら、今すぐ去るがいい。死にたくなければな」
逃がしてやると言う男に、シャーラはピクリと眉を吊り上げた。
「嫌よ」
「なに?」
「あなた、強そうだもの。私も戦いたいわ」
「これだからダークエルフは……」
ぼそりと呟くシャルルに、シャーラはキッと鋭い視線を向ける。
「……そうか。お前がそうしたいなら、別にそれでいい。問題はない」
暗にいてもいなくても変わらないと言われたシャーラは、ビキリと青筋を立てる。
そんなシャーラに、シャルルはぷぷぷと笑い声を洩らした。
「……あなたから殺るわよ?」
「吠えるのも大概にしなさい、小娘、がっ!?」
またも口喧嘩が始まりそうになった二人は、同時に強い衝撃を受け、その場から吹き飛ばされた。
「敵を前にしてお喋りとは、余裕だな」
男は吹き飛んだ二人を見る。
シャーラは剣で、シャルルは防御魔法で、男の一撃を受け止めていた。それでもなお、衝撃に負けたのだ。
「やるじゃない。根暗そうな見た目して」
「見た目で判断するなんて、まだまだ若いわね」
「……おばさん」
「あ?」
闘技場の壁まで飛ばされた二人は、コツコツと歩きながらまた言い合いを始める。
しかし、足は止まらない。二人は迷わず男へと近付いた。
そして、一気に鬼気を放つ。
「……『死の魔将』ヴィラネドゥ」
その名を耳にした瞬間、シャーラの表情がパァっと明るくなった。
圧倒的な強者と戦える、歓喜の笑みを浮かべる。
「シャーラよ。死ぬまで殺り合いましょう?」
「危ない小娘ね……『一ノ竜』シャルル。竜王国の脅威は、今ここで消すわ」
死合が、始まる。
◆
「……あっちの方、派手にやってんなぁ」
ドルシは遠くを見つめる。
建物が障害物となって何が起きてるかまでは分からないが、向こう側で炎が激しく舞い上がっていた。
かなり距離があるにも関わらず熱を感じるところ、驚異的な火力だと分かる。
それなのにまだ炎が見えるということは、戦いが終わっていないということだろう。
「誰がやり合ってるんだ……?まあ、坊主が向かった方だが」
答えは出ていたが、敢えて気づかないフリをする。
ドルシは仲間想いな男だ。だから、プリムラを躊躇なく殺そうとした奏多が気に食わない。
「真っ向から戦って勝てる気はしないけどなぁ」
と、ボリボリと頭を掻く。情けない表情だ。
「ぐ……くそ……舐めやがって……!」
そんなドルシの足元には、フラスゴーの眷属であるネルが倒れ伏していた。
全身を酷い火傷に覆われている。
「諦めろ、相性が悪い。お前じゃ俺には勝てねぇよ」
あくび混じりに言うドルシを、ネルは睨みつける。だが、彼女は既に動けないほど満身創痍になっていた。
二人の勝負は一方的な展開だった。
『炎の魔将』フラスゴーの眷属を名乗るだけあって、ネルの能力は炎を操るものだった。
その火力はフラスゴーに遠く及ばないものの、人間程度ならば跡形もなく消し炭にできるほどの力を持っている。
対して、ドルシの能力は使い所が難しいものだ。相手の攻撃を吸い取り、威力を増して返す。
もちろん物理攻撃には通用せず、魔法系統の攻撃でなければ吸い込まない。更に言えば許容限界もあり、それこそフラスゴー相手ならばすぐに限界を迎えるだろう。
だが、相手はネルだった。そして、ネルの全力はドルシの許容限界内だった。
まさしく相性が悪かった。
「俺を倒したけりゃ殴りかかってくるか、それともアレぐらいの火ぃ吹くべきだったな」
ドルシは遠くで吹き上がる炎を指差しながら言った。
「これでも手加減してやったんだ。お前には情報を吐いてもらわなきゃいかねぇからな」
「くそっ!」
「うおっ!?」
ネルは悪態を吐くと、軽く火を吹いた。牽制にもならない程度の、弱い炎だ。
だがそれは完全にドルシの不意を突いたもので、思わず体制を崩す。
「せめてお前の情報だけでも持って帰ってやる……!」
ネルはその隙に立ち上がり、全力で走り出した。満身創痍とは思えない速度だ。
「ちっ」
ドルシはネルが吹いた炎を片手で吸い取る。それをネルは視界の端に収めていた。
だが、ネルは焦らない。こうなることを予想していたからこそ、弱い炎を出したのだ。
攻撃に返されても驚異にならない程度の炎を……
「え?」
ゴウッと、ネルは自分に迫る炎に気付いた。それは、間違いなくネルが使う炎と同質のもの。自分が吐いた炎のはずだった。
しかし、それは明らかに火力が違った。フラスゴーの炎を思わせるそれに、死を確信する。
「なっ、なんでこんなっ……!!」
苦痛よりも、憎悪よりも、ただただ疑念だけが込められた叫び声をあげて、そして彼女は跡形もなく消え去った。
「やれやれ」
消し炭になったネルを見届けたドルシはため息を吐く。
「捕虜にするつもりが……やっちまったぁ。まあ仕方ないか」
ドルシは攻撃を跳ね返す際、威力を増して返すことができる。
その基準はまちまちで、その日のドルシの調子によってかなりの差が生じるのが厄介なところだ。
「悪いな。今日の朝は快便だったんだ」
そして、最高に調子が良い日の倍率は、ゆうに百を超える。
◆
ーーー私は、どれだけ弱い人間なんだろう。
大切な友達がいて、大好きな人がいて。
今もなお、私のためにしてくれて。
私はその好意に甘えているだけだ。このままでいいと。
このままでいても、私は愛されると。
ダメだ。そんなのダメだ。今のままじゃダメだ。
戦おう。
私も。
自分の過去と。
逃げるばかりじゃいられない。
『過去はーーー』
あの日、あの時、あの人は、そう言った。
儚い笑みを浮かべて、その目には強い意志を宿して。
きっとあれは、彼なりの覚悟だったのだろう。
全て背負って生きていくと、そう決めた彼は。
とても、眩しかった。
今なら分かる。あの言葉の意味が。
戦おう。今度こそ。
他の誰でもない、私のために。
そして、いつかは私が……。
ーーーだから。
どうか、今は勇気を貸してください。
私の大切な友人と、そして………大好きな人ーーー




