第四十八話 Repeated tragedies
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それは突然の出来事だった。
いつも通り奏多と学校に行き、いつも通り奏多と昼食を食べ、いつも通り奏多と一緒に帰った。
いつも通り母が出迎え、いつも通り父を出迎える。そしていつも通り三人で夕食を囲んだ。
そんな、いつも通りな日常。
ただ、その日は違った。最後の最後に違った。
玄関が物凄い音と共に蹴破られ、侵入してきたのは数人の男達だった。
瞬く間に三人は拘束され、悠の目の前で父は嬲り殺された。
ゆっくり、ゆっくりと、少しずつ。ナイフで痛めつけるように、生きたままバラバラに。
その絶叫は、悠の耳にこびりついて離れない。
次は母だった。母は目の前で凌辱された。娘を助けて欲しければ、と言われて。そして結局殺された。
その光景は、悠の目に強く焼き付けられた。
最後は悠の番だった。
下卑た笑みを浮かべ近付いてくる男達を前に、悠は茫然自失とした虚ろな目を向けるだけだった。
もう、全てがどうでも良くなった。
結果的に彼女は助かった。彼女の番になる前に警察が来たからだ。
近隣の住民が通報してくれたおかげで、彼女だけは助かったのだ。
ーーーそれは、彼女の望む救いではなかった。
◆
「うっ……うぅ……!」
呻き声を洩らす悠の手を、ルイゼは一人握り締めていた。
『八ノ竜』であるルイゼは、非常に気が弱い少女だった。
昔から自分の意見を言うのが苦手で、それが原因で虐められたこともある。それでも彼女は、へらへらと笑っていることしか出来なかった。
そんな彼女にも、強いものがあった。他人への思いやりだ。
彼女は赤の他人に対しても、感情移入してしまう。
手の届く範囲以上のものを救おうと足掻く。
そうして足掻き続けた結果、彼女は『八ノ竜』に選ばれた。
戦闘能力は低く、対人戦となればそもそもろくに戦えない。
だが、治癒能力だけは群を抜いていた。
もはや、彼女に癒せない傷はないと言わしめるほどに。
「ユウさん……!」
心の傷を治す際、ルイゼはその対象の原因となった記憶に触れる。そうしなければ術は発動しないからだ。
今までも、数え切れない程の悲劇を追体験してきた。ともすれば廃人になってしまいかねない程の絶望を何度も経験した彼女は、それでも歯を食いしばって耐えてきた。
自分が倒れたら、誰が怪我を癒すのか。その一心で。
だから今回も、ルイゼは当然悠の記憶に触れた。
正直に言ってしまえば、もっと凄惨な記憶を視たことがある。もっと残酷な経験を識ったことがある。
だが、悠のそれは複雑なものだった。
父と母の死。それ以上に、彼女は覚悟を決めてしまったいたのだ。
自分はここで終わりだと。仮に殺されないにしても、自分が汚されるのは必至だと。
そしてそうなれば、自分の想いは二度と叶わない。秘め続けていた想いは叶うことなく、自分は終わると。
悠はずっと、強い恋慕を抱いていた。それはルイゼも経験したことのないほどの強烈な感情で、だが、だからこそ伝えられなかった悲恋。
感情を向ける相手が抱えるものを知っているからこそ、打ち明けられなかった想い。
それを胸のうちに押し込め続けていた悠は、結局それを伝えられないと絶望した。
そういった様々なものが重なり合って、今の状態になってしまっていた。
偶然と偶然。運が悪かった。
そう言えば終わりだが、しかしどんなに可能性の低いことでも、可能性があるという事はつまり誰かはソレに当たるわけで、今回は悠に白羽の矢が立ったということだ。
悠自身にはなんの落ち度もない、本当の意味での不幸な悲劇。
それを全て識ったルイゼは、やるせない気持ちで苦しむ悠を見つめていた。
そして。
「あらあら、こんなところに可愛い女の子が二人も」
「っ!?」
そんなルイゼの背後に、一つの影が立っていた。
病的なまでの真っ白な肌に、長い白い髪。瞳の色素まで薄い。
肉感的な身体つきは男を魅惑することだろう。
魔族ではなかったら、だ。
その頭には、禍々しい角が一本生えていた。
その白い魔族を見たルイゼの脳内には、『具合悪そうだなー』などという場違いな感想が過った。
「『血の魔将』トランドリグスの筆頭眷属、セナ。あなた、竜将よね?」
セナと名乗ったその魔族は、どこに隠していたのか馬鹿でかい大剣を取り出した。
鍔のない、片刃の大剣だ。
「ち……違います……!」
「へぇ、そう。別に逃げたかったら逃げてもいいわよ?もちろん、追いかけないわ」
ガクガクと震えるルイゼに、セナは優しく声をかける。その目はどこか慈愛に満ちている。
「ほ、ほんとですかぁ……?」
「ええ、私達はこの国を滅ぼしに来たわけだけど、嘘だけはつかないわ」
ニコリと笑うセナを、ルイゼは涙目で見つめた。
この時、既にルイゼの戦意は折れていた。見ただけで、圧倒的な実力差を感じたからだ。
「あなた、死にたくないんでしょう?なら逃げなさいよ。どこまでも。守るべき国を見捨てて」
本来ならば逆上してしまうようなその言葉に、しかしルイゼは素直に従おうとした。
元来弱気な彼女にとって、避けられない死の恐怖は耐えられるものではなかった。
誰かが戦っているのか、近くで轟音が聞こえた。
「……炎の奴ね。ほんと、美的センスのかけらもない野蛮な馬鹿ね。トランドリグス様を見習って欲しいわ。相手に同情してしまうわね」
ぼそりと呟くセナをよそに、ルイゼはブルブルと震えながら立ち上がった。
そして部屋の入り口を目指して、ヨロヨロと歩いていく。
「それにしても、綺麗な子ね。うなされてるみたいだけど、悪夢でも見てるのかしら」
と、そのセナの言葉でルイゼは悠のことを思い出した。
「あ……あの……その人は……」
「あら、欲張りな子ね。……駄目よ」
「え?」
「そんな何人も見逃すのは、トランドリグス様の眷属として恥ずかしいもの。戦意喪失してる子一人ぐらいなら見逃してあげるけど、敵を前にしても寝てる子は知らないわ」
そう言って、その馬鹿でかい大剣を掲げる。刃がガラリと光った。
「……逃げないの?」
その前には、ルイゼが立ちはだかっていた。
「わ、わわ、私は!」
相変わらず、今にも泣きそうな目で、全身を震わせて。それでも彼女は、悠とセナの間に割って入った。
「『八ノ竜』ルイゼ!私が相手をします!」
「なぁんだ、やっぱり竜将だったんじゃない」
うふふと笑ったセナは、その大剣を振り下ろした。
◆
ーーーぐるぐる、ぐるぐる。何度も何度も繰り返す。
また殺された。また殺された。また殺された。また殺された。また殺された。また殺された。また殺された。また殺された。また殺された。また殺された。
また、見ているだけだった。
父と母は目の前で嬲られ、辱められる。
それなのに、私は大声を出すことすら出来ない。父の絶叫を、母の呻き声を、ただ呆然と見て聞いていることしか出来なかった。
ああ、嫌だ。
終わった。始まった。
何度も何度も、同じ光景を見せられる。目を背けてきたものを見せられる。
悲しい。憎い。辛い。悔しい。苦しい。
もう、どうしようも出来ない。今手を伸ばしても、もう届かない。
知っている。これは、ーーが私のためにしていることだと。
いつまでも心を閉ざしている私のために、あの人が奮闘してきたことを、私はきっと知っている。
でも、どうしようもない。
もう嫌だ。どうしようもなく怖い。突然何が起こるか分からない。
私は親が殺されそうになっていても何もできない程度の人間で、自分が殺されそうになったら全てを諦めてしまう程度の人間。
好きな人に好きと言うことすら出来ずに、私は死ぬんだと思った。確信した。してしまった。
また殺された。
叫ぶ。泣き叫ぶ。やめてくださいと懇願する。
それでも、もう届かない。絶対に届かない。私の声は、あの男達には届かない。私の声は、私には届かない。
今すぐにこの男達をズタズタに引き裂きたい。
この世のものとは思えない程の苦痛を与えて、生きてきたことを後悔させてから殺したい。
そんな黒い感情が胸の内に渦巻く。
嫌だ。醜い。そんな自分が、どうしようもなく恥ずかしい。
見ないで欲しい。こんな私を見られたら、きっと失望されるに決まってる。
見られたくない。見られたくない。見られたくない。
こんな思いをしなければいけないほど、私はいけないことをしただろうか。
こんな思いをしなければならないほど、私は悪い人間だったのだろうか。
分からない。もう、分からない。
ああ、また始まった。惨劇が始まる。
もういい。もう見せないで。
こんなの、ありがた迷惑だ。放っておいて欲しい。
………。
……誰か、私を助けてよーーー




