第四十六話 夜道には気をつけよう
え?テスト?
はっはっは!
終わってませんよ……
◆
「それにしても、ファルグ様。俺はあの坊主を引き入れるのは反対です」
覗きのおっさんことドルシは、カナタが王の間を出たことを確認してからそう言った。
「なんで?」
「あの野郎、平然とプリムラを殺そうとした」
ドルシの目はいつになく鋭い。
「確かに、決闘の中で死人が出るのは珍しくない。でも、それは武器や魔法での場合です。それも、狙って相手を殺す奴なんていません」
「カナタはわざわざ殺そうとしたと?」
「しかも首を絞めつけて、じわじわと。プリムラの苦しむ顔を見ても表情一つ変えず、大した殺意もなく殺そうとしていた。『勝つ』ためだけに」
「………」
「はっきり言って、あいつは異常です。俺は、あいつを仲間として受け入れることができません」
ドルシのその宣言に、他の誰も口を挟まない。
シャルルも、ゲルドラも、ルイゼも、そしてプリムラも。
ただ黙ってファルグとドルシの会話を聞いている。
「……それの、何が問題なんだ?」
「だから!」
「俺はお前達を仲間だと思っている。家族のように大切にしている。だが、魔王軍と戦う際、必要とあれば俺はお前達を平然と切り捨てるつもりだ」
それは竜王国において周知の事実。
同胞と助け合い、そして戦場では非常に見捨てる。魔王軍と勝つために存在するこの国は、そうやって長い間戦ってきた。
「だから、別に仲良くすることを強いるつもりはない。俺はあいつが『必要』だと思ったから引き入れた。それだけだ」
要するに、捨て駒だと。
そう断言したファルグに、ドルシはなおも食い下がろうとして、
「それともなんだ?ドルシ。お前、カナタの分まで役に立てるのか?」
圧と共に投げられたその問いは、ドルシの全身からぶわっと汗を吹き出させた。
そして、
「いえ……申し訳ありません」
ただ、そう跪くことしか出来なかった。
「分かればいい。プリムラ。お前も何かあるか?」
「いえ。カナタ様の実力は本物です。竜王様の判断に間違いはないかと」
粛々と頭を下げるプリムラに、ファルグは一つ頷いた。
「なら話は終わりだ。シャルル、ドルシ、ゲルドラ。お前達は三日後の式典に向けての準備の指揮を取れ。プリムラはさっき言った通りカナタに手順を叩き込め。ルイゼ」
「は、はい!」
「カナタを『四ノ竜』にしたら、約束通りお前の力を貸してやれ。アレはお前にも負担がかかるからな。それまではゆっくりしておくといい」
「……分かりました」
一通り指示を出したファルグは、玉座の背もたれに体重を預けた。
そして指示通りに動き出す配下を視界に入れながら、この先に起こり得る可能性と、それの対策について思考を巡らすのであった。
◇
外に出ると、すでに辺りは暗くなっていた。
メイドさんに訊いたところ、みんなは先に屋敷に向かったらしい。
だから、僕は貰った地図を頼りに貸してもらった屋敷へと歩いていた。
お城の近くには大きな屋敷が立ち並んでいて、人通りは多くない。
と言うより、夜になった今では誰もいない。
「……ん?」
待っていてくれても良かったのになぁ、とのんびりと考えていると、暗闇の先、僕の進む方向に薄っすらと人影が見えた。
第一村人発見!などと思ったのだが、様子がおかしい。
その場から動かないのだ。
全身を脱力させて、俯いている。よく見れば、ゆらゆらと体を揺らしていた。
……なんとなく不気味だ。
人気のない夜道に佇む人影。ホラーな雰囲気を感じる。
「あ、あのぅ……?」
残念ながら僕の進路上にいたので近づくしかない。
そのついでに、一応声をかけてみた。
身長は僕より低いが、見た目的に多分僕と同じぐらいの年齢の男だ。
目元は長い前髪で隠れていて、表情すら見えない。
「すいませーん」
声をかけるが、反応はない。不気味だ。
これ多分、見えたらダメなやつだ。
とりあえず無視することにした。
男の傍を素通りし、見なかったことにする。
「さて、屋敷はもうそろそろのはずだけど――」
ギュルン、と音が聞こえた。
それと同時に、背後から殺気が迫る。
「っ!?」
本能のままに体を横へ逸らす。頰に鋭い痛みが走った。
飛び退いて振り返ると、そこにはさっきの男が立っていた。
さっきと同じようにゆらゆらと揺れている。
「……今の躱すか」
「ちょっ」
男の姿が消えた。
直後、眼前にナイフが突き出される。僕は体を仰け反らせてそれを躱す。ギリギリだ。
慌てて再び距離をとった。
「ちょっと待って!」
追撃しようとしていた男がピタリと止まる。
「幽霊が襲ってくるのはせこいよ!」
「………?」
「こっちの攻撃当たらないのにそっちの攻撃は当たるとか無しでしょ!」
男はナイフを持っていた。そして実際に僕の頰には傷が出来た。
「……待て、だれが幽霊だって?」
「君だよ!どう見ても幽霊だろ!?」
「待て、それは誤解だ。俺はれっきとした人間だ」
「じゃあなんて僕を無視したんだよ」
「……不気味な雰囲気出るかなぁ、って」
「十分雰囲気出てたよちくしょうっ!」
僕はそう叫んで腰から短剣を引き抜く。
人間なら問題ない。問答無用で襲ってきた相手に手加減する必要はないし。
またギュルンと音が聞こえて、男が僕に肉薄していた。
一瞬、男がその場で回転したように見えたが、今は関係ない。
速すぎる。
「っ!」
なんとか寸前で躱し、逆手に握った短剣を男に振り下ろす。
男はそれをナイフで受け止め、斜めに構えることによって刃を滑らした。
「ぶっ!?」
そこまで視認した時、ふいに左頬に鈍い衝撃を感じた。少し遅れて、体ごと吹っ飛ばされる。
近くの塀にぶつかった僕は、倒れながら男を見た。
男は後ろ回し蹴りを放った姿で残心している。
「……いつの間に」
挙動が速すぎる。
予備動作も何も見えなかった。
「っ、だから速いっての!!」
迫るナイフを受け止め蹴り返す。だがそれも躱された。
速い敵は今までにも見てきた。
舞も速いし、花崎香織やシャーラ、グレンさんだって速かった。
ただ、この男の速さは違う。
予備動作がなく、助走もない。
初速からトップギアで迫ってきて、そして躱される。
常にその速度で移動しているから攻撃を躱すので精一杯だ。
……ん?助走がない?
なんかそんな話聞いたことあるような……。
「……よく、対応できるな」
「余裕だよ、これぐらい」
嘘、ギリギリだ。
これ以上速くなったら、流石に『未来予知』を使わないと対処できない。
「へぇ」
ただ、こうやって嬲られるのも腹立つから、反撃しようかな。
「『閃……」
「隙ありー!」
「うおっ!?」
突如横から突き出された大剣をなんとか躱す。
武器には柄があり、基本的にそこを握って扱う。だから僕は相手を確認せずに短剣を柄に向かって振るった。
だが、声の主はそれを軽い身のこなしで躱し、男の隣に降り立つ。
「……花崎、香織」
「あ、覚えててくれたんだ?嬉しいなー!」
そこにいたのは花崎香織だった。
相変わらずの外見で、まあ有り体に言えば綺麗だ。
「まさか、こんなところにいるなんてねぇ。氷室君を探し回って大変だったよ」
「なんの用です?」
「分かってるくせに」
「……ってことは、そっちの幽霊さんも勇者ですか」
「幽霊さん?」
花崎香織は男を振り返った。
「………」
「悪いのあんただろっ!」
無言で肉薄してきた男のナイフを短剣で受け流す。
躱す際に回し蹴りを放ったが、それは軽く避けられた。
「っ、逃すか!」
距離を取ろうとする男の腕を掴み、引き寄せようとする。
が、掴んだ瞬間、天地が逆さまになった。
「え」
直後、衝撃。
背中から喉へと衝撃が走り、息が詰まる。
「かっ、はっ!?」
地面に叩きつけられた僕は、視界の端に映った男の足を掴んだ。
「あれ」
今度は横に吹き飛ばされた。
なすすべもなく飛ばされた僕は、近くにあった屋敷の壁に激突した。
「ごほっ、ごほっ……、ああ……亮介先輩の言ってた人か」
「亮介が?」
「『体を高速で回転させる』、だろ?」
「……あの馬鹿、そこまでこいつを気に入ったのか」
やれやれとため息をつく男に短剣を向ける。
先輩の知り合いだろうがなんだろうが、僕を殺す気で襲ってきたんだ。
「まだやるのか?」
「あんたから襲ってきたんだろうが」
殺気を込めて睨みつけた。
身構えた男を前に、僕は短剣に光を這わせる。
「ちょっとちょっと!なにやってるの!?もうやめだって!」
「勝手なこと言わないでもらえません?そっちからきたくせに都合良すぎてでしょ」
「もー、卓也君も!」
「………」
卓也と呼ばれた男は、花崎香織には答えず僕から目を離さない。
「氷室君も!流石に君じゃ勝てないから。とりあえず落ち着いて?」
「……『閃光』」
短剣を振ると、纏わりついていた光が刃となって卓也を襲った。
光の斬撃は文字通り光速で飛ぶ。
僕が剣を振ってからほぼノータイムで、卓也の右腕から鮮血が舞った。それと共に、切り落とされた腕も舞う。
「があっ!?くそ、お前!!」
「先に襲ってきたのはあんただろ。死ねよ」
再び短剣に光を這わせ、斬撃を放った。
それは一瞬で卓也の元へと到達し、本人も気づかぬうちに首を切断……するはずだった。
「……悪いけど、これ以上は止めさせてもらうよ?」
大剣を構えた花崎香織が、卓也の前に立ち塞がる。
「僕は襲われたから反撃しただけです。落ち度があるのはそっちでしょう?」
「……そこに関してはあとで卓也君を問い詰めておくけど、ここは剣を納めてくれない?」
「………」
まあ、ここでこの二人と戦うメリットはない、か。
「分かりました。でも、今夜中にこの国から出ていく方がいいですよ。一応今の僕はこの国の人間なんで、バレたら追われると思いますし」
明日チクるつもりだし。
「忠告ありがとう。……でも、私達の用件も分かってるんでしょう?ならそっちも考えておいてね」
「答えは出てますよ。……さっさと失せろ、クソ勇者共」
「……行くよ、卓也君」
「づっ、ぅ、はぁ、はぁ、氷室、奏多ァ……!」
卓也は腕があった場所を手で抑えながら僕を睨みつける。
だがそれ以上何かをしてくることはなく、花崎香織と共に屋根を伝って姿を消した。
「……迎撃しただけなのに、なんで僕が睨まれるんだ?」
『祈る者達』。やっぱりろくな集団じゃないな。




