第四十五話 『四ノ竜』
◇
開戦の合図と共に、プリムラさんの姿が消えた。
何の前触れもなく突然にだ。気付けばその姿を消していた。
視界の端で光が反射する。
それはここ最近よく目にする、刃物のギラついた光だ。
「っ!」
少し大げさにその場から飛び退くことでそれを躱す。
だが、一瞬見えたプリムラさんはまた姿を消していた。
「………」
これ、鬱陶しいな。
透明化?それとも気配を消してるだけ?
まあ、どちらでも問題はない。
僕は背後手を伸ばす。
別に何かを見たわけじゃない。
『見る』ことは、人間が周囲の環境を知覚するうえでそのほとんどの役割を担っていると言うが、僕に限定して言えばそれは当てはまらない。
僕には『気配操作』がある。
「なっ!?」
伸ばした手はプリムラさんの腕を掴んだ。
僕は即座に体を反転させてプリムラさんと向き合い、力任せに一本背負いで地面に叩きつけた。
「かっ!」
息を吐き出すプリムラさんの胴に蹴りをいれる。
爪先で抉るように放った蹴りは、寸分違わずプリムラさんの鳩尾を穿った。
その体は軽々と飛ばされていく。
だが彼女はただ飛ばされるだけではなく、転がっていく途中でいくつものナイフを投げてきた。
よく見れば毒が塗られている。
暗器か。
僕は地面を踏みつける。
ダンッと音と共に、土が舞い上がった。
それを掴み、そして全力で投げつける。
『身体能力強化』によって強化された僕が全力で投げた砂は音速を超え、衝撃波と共にソニックブームを起こした。
その衝撃波によって、毒塗りのナイフは粉々に砕ける。
「がっ、はっ、ごふ、」
プリムラさんを見ると、なんとか立ち上がろうとしているが、鳩尾を抑えたまま咳き込んでいた。
涙目で苦しそうだ。
「ぐっ!?」
そんな彼女を、もう一度蹴り上げる。
『光の賢者』を使うつもりはない。
竜王国に僕の力を見せる必要はないし。
だから、必要最低限の力で勝つ。
浮いたプリムラさんの足を掴み、地面へと叩きつける。
バキバキと音が聞こえた。
僕は手を緩めず彼女の上に馬乗りになり、その細い首を両手をかけた。
「ぐっ、ぅぅぅぅぅ!!」
苦しそうにジタバタと暴れるプリムラさんを逃さず、少しずつ両手に力をこめる。
プリムラさんは少しずつ白目を剥き、口の端から泡が溢れる。
それでも僕は力を緩めない。
それにしても、なかなか折れないな。
魔力行使による硬化か?
「きっ、君!もうやめたまえ!」
後ろから、審判の人が僕の肩を掴んで引き剥がそうとするが、その程度じゃ僕は動かない。
「……なんで?」
「なんでって……プリムラ様が死んでしまうだろう!」
気付けば、闘技場は混沌としていた。
ギャーギャーと何かを捲し立てる実況と、ザワザワと騒然としている観客。
……実況者がいること忘れてた。
「じゃあ普通に止めてくれません?勝敗が決まったら僕はどきますよ」
なんで審判が物理的に勝負を止めようとしてるんだよ。
この審判、馬鹿なのか?
「っ、勝者!ヒムロ・カナタ!!!」
歓声と拍手、驚きと戸惑いが観客席を埋め尽くす中、僕はプリムラさんの上からどいた。
プリムラさんは咳き込みながらも立ち上がる。問題なさそうだ。
……くそ、あそこまで有利な状態に持っていけたのに、ここまで抵抗されるなんて。
「ごほっ、ごほっ……み、見事、です。カナタ様……」
「どうも。まあ、相性が良かったですね」
「アレは……やはり、スキルの類で?」
「ええ。プリムラさんも?」
「いえ、私はスキルは持っていませんから」
「……へぇ」
魔法だけであんな芸当をしてみせたのか。
いいなぁ、魔法。僕も使ってみたいや。
『見事な戦いであった!』
「うん?」
実況の声が変わった。
解説席を見ると、そこには竜王が座っている。
「……あの人なにやってんの?」
「……あの方はいつもああなんです」
プリムラさんがやけに疲れた様子で答えた。
苦労させられているらしい。
『これにて、プリムラとカナタの決闘は終わりだ!』
ワアアアと歓声があがる。
これでお終いと、プリムラさんは始まる時と同じように優雅なお辞儀をした。
だが、僕はプリムラそんな気にはならなかった。
竜王の目が笑っていたから。
『さて、カナタは見事プリムラを圧倒し、勝利した!この場をもって、ヒムロ・カナタに『四ノ竜』の座を与える!!!』
「……は?」
……やばい、やられた。
竜王は解説席から闘技場へ飛び降りてきた。
シュタッと華麗に着地する。
「あの、竜王様?そんな話は聞いてないんですが」
「『今からプリムラと戦え。お前が勝てたら、いくつか条件はつけるがルイゼの力を貸してやる』と言った。その条件のうちの一つが、俺の傘下に下ること」
「拒否権は?」
「あるが、力を貸して欲しいなら無い。と言うより、こうしないと大義名分が得られない」
竜王はさっきまでの笑みを消して一転、真面目な表情になった。
「さっきも言ったが、ルイゼは『竜将』。この国の最高戦力だ。その力を会ったばかりの旅人に貸してしまえば、自分もと名乗り出る者が増えてしまう」
それはめんどくさい、と竜王は続ける。
めんどくさいて。
「だが、『竜将』の座に最も近いと言われるプリムラを倒し、そして『竜将』となってこの国の戦力になればどうだ?同胞のために力を貸すのは当たり前のことだろう?」
「………」
「他の条件と言うのも、『竜将』として俺の指示に従ってもらうだけだ。魔物の駆逐、治安維持のための見廻り、そして、魔王軍との戦闘」
「……他の選択肢は?」
「ない」
……まあ、確かに大義名分は必要だとは思う。
僕達は個人として来てるが、頼む相手は国なんだ。当然と言えば当然だ。
それにしても……うまいように丸め込まれた気がする。
「……分かりました。この国のため、謹んで務めさせてもらいます」
さっきよりも大きな、何かが爆発したかと錯覚するほどの歓声が起きた。
見れば、プリムラさんもパチパチと拍手をしている。
めんどくさいことになったけど、まあ、この場はどうしようもない。
悠のためにも我慢しよう。
……最悪、悠の治療が終わったら逃走してしまえばいい。
◇
「おめでとうございます」
「……微妙な結果だけどね」
闘技場を出てみんなと合流すると、舞が開口一番でそう言った。
これで力を借りれるからいいんだけど、結果的には竜王の下っ端になってしまった。
「いいじゃない、『四ノ竜』。竜王国の『八竜将』って言ったら、アタシ達でも警戒してたわよ?」
「いや、僕別に魔王軍と敵対したいわけじゃないし」
「結果的にしてるじゃない」
「まあそうだけど」
でも、クリネアを匿うだけじゃなく『竜将』にもなってしまったら、魔王軍からすればケンカ売られてるようにしか思えないだろう。
「ふふん!流石あたしのカナタね!大丈夫よカナタ!すぐに『一ノ竜』になれるわ!」
「目指してないし、そもそも君の僕じゃない」
シルフィはちょっと論点がズレてると思う。
っていうか、事態を把握出来てないのか?
「やっぱ大将は凄えぜ!」
「うん、いや……うん」
こうやってガイウスからキラキラした目を向けられると困る。
ガイウスはソルでの一件から、僕を過大評価してるからなぁ。
誰よりも強く、正義の味方だと思ってる。
どれだけ説明しても誤解は解けないし、もうどうしようもない。
ってことで諦めたんだけどね。
「………」
シャーラはずっとソワソワしている。
シャルルさん達『竜将』と戦いたくて仕方ないんだろう。
もしかしたら『竜将』になった僕が羨ましいのかもしれない。
「……シャーラ」
「なに?」
「頼んでみようか?」
「……流石カナタね。よく分かってるじゃない」
なんでこんなに上から目線なのか分からないけど、まあいいや。
「じゃあ、とりあえず王城に戻ろう」
悠に視線を向ける。
いつもと変わらない、虚ろな表情だった。
……もう少し、もう少しだ。
もう少しで、取り戻せるんだ。
◇
王城に着くとみんなは客室に通されたが、僕だけ呼び止められた。
僕を呼び止めたプリムラさんについて行くと、案内されたのは王の間。
またか。
「よっ、カナタ」
「……なんの用ですか?」
「おいおい、仕える主君に対して随分な物言いだな」
「それはファルグが悪い」
「シャルルは黙っててくれる!?」
……僕は漫才を見させられてるのか?
「まあいい。お前を呼んだのは任命式の説明をするためだ。ああ、力を貸すのはそれからだぞ」
ちっ、確実に引き込むためか。
「露骨に嫌そうな顔をするな。式典を行うのは三日後、場所はこの王の間だ。今日と違って貴族やらも参列するし、街でパレードも行われる。手順をしっかり覚えてないと恥かくぜ」
めちゃくちゃめんどくさそう。
「僕の仲間はどんな扱いに?」
「ひとまずは従者って立ち位置でいいだろ。『竜将』に従者がつくのは認めてるしな。……まあそのうち、お前と同じく『竜将』になる奴もいるかもな。見たところ、全員かなりのやり手だろ?」
「ええ、そうですね。僕と互角ぐらいです」
「流石にリネアを『竜将』に置くわけにはいかないが、戦力が揃うのは素直にありがたい」
やばいな。
他のみんなも『竜将』とかになっちゃったら、逃げにくくなる。
あ。
「ちょっと話は逸れるんですが、シャルルさん」
「なに?」
「僕の仲間にダークエルフがいたじゃないですか。シャーラって名前なんですけど」
僕がそう言うと、シャルルさんの長い耳がピクリと反応した。
「シャーラがあなたと戦いたいって言ってたんですけど、どうですかね?」
「いいよ。やろう」
「おーい、シャルル。勝手に決めるな」
「いい?」
シャルルさんがコテンと首を倒して訊いた。
可愛いな。
「はぁ、三日後、カナタの竜将任命式の時にいくつか催しをする。その時なら」
「分かった。カナタ。あのダークエルフの小娘に伝えておいて」
「分かりました」
それにしても、ダークエルフの小娘、か。
名前を出したのにそれを口にしないのは、やっぱりシャルルさんがエルフだからかな。
以前ティータさんから聞いたけど、エルフとダークエルフは昔から仲が悪い。
種族的にはエルフの亜種がダークエルフなのだが、純粋な戦闘力ではダークエルフの方が上で、そのことで調子に乗りまくってエルフを挑発したのがことの始まりらしい。
しょうもないわよね、とティータさんは呆れていた。
ティータさんもそのダークエルフなのだが。
「さて、日取りは決まった。手順に関してはプリムラに指導させる。他に質問は?」
「ありません」
「よし。お前達に城の近くにある屋敷を貸し出す。しばらくはそこでゆっくりするといい」
「ありがとうございます」
僕は頭を下げて竜王に背を向ける。
そして大きな扉から出ようとして、はたと思い出して足を止めた。
「言い忘れていましたが、竜王様」
「なんだ?」
「本人の同意があれば別ですが、勝手に舞を襲おうとしたらダメですよ?」
これはしっかり釘を刺しておかないと。
「……俺、そんなに信用ない?」
「うん」
「そうですね」
「……恐れながら」
「え、えっと……はいぃ」
背後で竜王と竜将達のそんなやり取りが聞こえた。
威厳があるのかないのかよく分からない王様だ。
少し苦笑して、僕はその場をあとにした。
あの…実はそろそろテスト期間でして…しばらく更新出来ないと思います…
多分…8月上旬には更新しますので…それまで気長に待っていただけると…ありがたいです…




