第四十一話 レッツトレーニング
◇
「そこ!」
「うわっ!」
シャーラの鋭い刺突をなんとか躱す。ほんとに容赦ないな。
「『光の弓矢』」
光の弓を左手に構え、矢を放つ。
それはシャーラの体に当たったかのように見えたが、ギリギリでするりと逸れていった。
またか。
「っ!」
姿勢を低くしたシャーラが、僕の懐に飛び込んできた。
そして、地面を削りながら剣を斬り上げる。
「しっ!」
咄嗟に足裏に光の膜を張り、剣を踏みつけた。なんとか硬度は保っている。
「マイ!」
「はい!」
シャーラが短く叫ぶのと同時に、舞がシャーラの頭上を飛び越えてきた。その手には紫電が走っている。
「奏多、覚悟!」
「くっそ、ガイウス!」
「あいよ!」
僕が叫ぶと、横から僕達の間にガイウスが割り込んだ。
だが、舞はガイウスの腕を掴んで投げ飛ばしてしまった。空中だというのに、滑らかな動きで無駄なく。
「うげっ」
地面に叩きつけられたガイウスは間抜けな声をあげてノビてしまった。
やばい。
「シルフィ!ヘルプ!」
【任せなさい!】
霊剣を掴むと、そこにシルフィが入る。とにかく距離をとるために、舞とシャーラに向けて霊剣を振るった。
つもりだった。
「あ、あれ?」
【クリネアよ!】
右腕が動かない。より正確に言うならば、右手首がピクリとも動かなかった。
「そこだけ範囲指定して時間を止めたわ。これぐらいなら今のアタシでも出来るし」
「たっ、ちょっ、待って!タンマ!」
「問答無用!『纏雷』!」
「アッーーーーー!!!」
動かないのが右手首だけでも、その場に固定されてしまっているのだから移動も出来ない。
バチバチと鳴く紫電を纏った舞の拳が、無防備な僕の頰を穿った。
◇
事の始まりは、グレンさんの一言だった。
「カナタ君。君達はしばらくここで修行していきなさい」
「……はい?」
晩ご飯をご馳走してもらっている最中のことだ。
シャーラがいることが嬉しいからか、ニマニマとしながらご飯を食べていたグレンさんに、竜王国を目指していることを話すと、少し考え込んだ後に真剣な表情でそう言った。
「……お父さん。また変なこと言い出したわね」
「違うぞ、シャーラ。これは真面目な話だ」
グレンさんはそう言うと、僕達に視線を戻す。
「はっきり言って、君達は弱い。それは分かっているんじゃないか?」
「それは……そうですね。確かに、僕達は弱いです」
シーファに一方的にボコられた。傷一つつけられなかった。
「ここ数年、魔王軍の動きが活発になってきている。そうだろう?クリネア君」
「え?」
突然話を振られたクリネアは驚いて箸を止めた。代わりに僕が尋ねる。
「なぜその話をクリネアに?」
「『時の魔将』。それが彼女の正体だ。違うか?」
「……知っていたんですか?」
「見たら分かるさ。これで昔は魔王軍と戦っていたからな。とっく引退したが」
「……でも、アタシが生まれたのは二十五年前よ?」
そう言えばそんなことも言ってたな。
……二十五年で魔将まで登り詰めるって、かなり凄いことなんじゃないのか?
「魔王軍には一人、俺のスパイがいるからな。情報は筒抜けだ。『時の魔将』が何も告げずに姿を消したこと。その後、勇者と共に行動しているのが発覚したこと。そして、『力の魔将』と交戦したことも」
「………」
「クリネアをどうするつもりですか?」
「別にどうもしない。君達と一緒にいるということは、害はないだろう。それぐらいには君達を信頼している。なにせシャーラの恩人だからな」
「……別に私はなにも助けてもらっちゃいないわよ」
「だが、離反した者を放置するほど魔王軍は甘くない」
グレンさんはシャーラの呟きを無視して続ける。シャーラの膨れっ面が視界の端に入った。
「それが魔将ともなれば、処分するのは確実だろう。恐らく、この先君達は魔王軍に狙われることになる」
うげ、まじか。
魔王軍と関わりたくないと思って討伐隊に参加しなかったのに、こんな形で関わることになるとは。
でも、確かに言う通りだ。
実際、シーファの狙いはクリネアの身柄だった。
「もちろん、クリネア君がカナタ君達と行動するのをやめれば、少なくともカナタ君達が狙われる可能性はぐっと落ちる」
まあ、それもそうだろうな。
そうなった僕達を狙うメリットが特にない。
「アタシ、は……」
でも。
「クリネア。変なことは考えなくていい。君は僕達のために、全ての力を使ってまで巻き戻してくれたんだ。今度は僕が君を守る」
それがケジメってものだろう。
僕はそう思って、悠と舞を見た。舞は力強く、悠も微かにだが頷いてくれた。
「へぇ……」
シャーラがなにやら僕を見つめているが、今は関係ないから無視だ。
「ふむ。ここでクリネア君を見捨てるようなことをすれば叩き出してやるつもりだったが、その心配はなかったみたいだな」
それにしても、グレンさんって結構頭が回るんだな。シャーラが絡みさえしなければ、優秀な人物なのかもしれない。
「まあ、そこでだ。最初の話に戻る。ここならば魔王軍に見つかる心配はないし、俺やティータなど指導者もいる。強くなるには充分な環境だと思うが、どうする?」
どうするって言われても……。
僕は悠に視線を向ける。
竜王国に行けば、悠の感情を取り戻すことが出来るかもしれない。
だから正直、早く行きたい。出来るだけ早く行って、また悠と話したい。会話がしたい。
でも、もしもまた魔将クラスの敵に襲われたら、悠やクリネアを守りきれる自信がない。
「………」
舞と目が合った。覚悟は決まっているらしい。
いや、色々と考えてはいるが初めから選択肢は一つしかない。
必要なものは決まっている。
ガイウスとシルフィにも目を向けた。二人とも迷うことなく頷く。
「……お願いします」
「よし、そうと決まれば明日からだ。武術は俺、魔術はティータの得意分野だ。一切手加減はしないから、死ぬ気で食らいついてこい!」
「私は?」
「もちろん、シャーラもだ!」
先を急ぎたい気持ちはある。
それでも僕は、僕達は、一度ここで立ち止まろう。
この日から地獄の特訓が始まった。
◇
「ん……」
目を覚ました。
まだ視界はチカチカしているけど、すぐに治りそうだ。
舞の電撃は便利だ。威力を弱めても、意識を刈り取ることが出来る。
……うん?
なんか、後頭部が柔らかい何かに包まれてる気がする。
少し温かくて、優しい感触。
こっ、これはまさか……!
「ひざまく」
「お、やっと起きたか」
「膝枕ぁぁああ!!?」
膝枕。ではあった。
ただ、僕が思っていたものとは違った。
「はっはっは、目覚めから元気だな!カナタ君!安心しろ!今からもっとシゴいてやるから!」
「ぐ、グレンさん……何を……?」
「ん?今自分で言っていただろう?膝枕だ」
控えめに言って、僕の仲間はみんな可愛い(ガイウスを除く)。
悠と舞は言わずもがな、クリネアも将来は美人になるのを期待させるような容姿だし、シルフィは小さいけど神秘的な美しさだ。シャーラも格好良さを兼ねた美人で、眼福とはこの事を言うに違いない。
だから、膝枕の可能性を考えた時、それが誰であっても幸せだと思った。
なのに!
「なんでグレンさんが!」
「嬉しいか?うん?嬉しいだろう?まさか、シャーラの方が良かったとは言わないよなぁ?」
グレンさんは僕がシャーラと話しているだけで嫉妬する。多分、自分ももっと娘と話したいんだろう。
「あ、奏多起きたんですね。さっきはすいません」
「いやいや、特訓なんだし気にしなくていいよ」
覚悟、とか、問答無用、とか言ってたけど、あれは気のせいだったってことにしよう。
「奏多はアレですね。少しスキルに頼りすぎな気がします」
「うっ……自覚はしてたよ……」
なまじスキルが強くてある程度はどうにかなるから、頼りすぎていたことは否めない。
もっと地力をつけなければ。
「……それより、クリネアの能力がチート過ぎるよ」
「ですね。クリネアがサポートにいれば負ける気がしません」
空間を指定して時間を止める。
そうすれば擬似的に空間そのものを固定することになるから、その場にあるものは動かすことができない。
これで本来の力とは比べものにならないぐらい弱っていると言うのだから、『魔将』の恐ろしさがよく分かる。
「あたし達ももっと連携出来るようにならないとね!」
「だね」
シルフィの言う通りだ。
いくらシルフィが宿った霊剣が強くても、それを使いこなせなかったら意味がない。
「バカナタ」
「その呼び方は固定なんだね……」
もういいよ。慣れたし、もういいよ。
「あなた、弓矢も使えたのね」
「まあ、スキルのおかげだけどね」
普通の弓矢は使えないと思う。
「シャーラこそ使えそうだよね」
「使えないことはないけど……胸が邪魔で鬱陶しいのよね」
「………」
な、なんて悩みだ……!凄え!
「目がいやらしいわよ」
「……今のは仕方なくない?」
「まあいいわ。それで、私のスキルだけど。教えて欲しいって言ってたじゃない?」
「うん」
そういや、前そんなこと言ったんだった。
「私のスキルは『肌がつやつやになる』って能力よ」
……肌が、つやつや?
僕は恐る恐るシャーラの肌に手を伸ばした。
正直しばかれるかと思ったけど、シャーラはちょっとだけ恥ずかしそうにするだけで抵抗しない。ので、遠慮なく触ってみた。
「おお……つやつやだ……!」
「なによそれ……とにかく、私のスキルは分かった?」
「う、うん。……あれ?じゃあ僕の攻撃をすり抜けたのは?」
「あれもこのスキルよ。私はこのスキルを極限まで磨き上げたわ。その結果、多少の物理攻撃なら私の肌を滑るようになった」
んな馬鹿な。そんなこと出来るの?
字面からは想像出来ないぐらい強いスキルに進化してるじゃん。
「あなたは元から強いスキルを持ってるでしょう?だからそれをもっと高めたら、更に強くなるんじゃないかって思ったの」
「なるほど……」
亮介先輩が言ってたやつか。
「でも、それこそ元から強いからイメージし辛いんだよね」
「贅沢な悩みね。精々苦しみながら考えなさい」
辛辣だなぁ。
いやまあ、シャーラなりの優しさだってことは分かってきたけどね。
「よし」
こうして、僕達は修行の日々に明け暮れることになる。
そしてこの二年後、僕達はお世話になったダークエルフの里を出て、竜王国へと向かった。
いくつかサイドストーリー的なものを投稿するかもしれませんが、これにて三章の本編は終わりです。
ありがとうございました。




