第三十九話 知らない森での迷子は絶望
◇
「ほんとにエグいな……」
僕は霊剣を握ったまま小さく呟く。
霊剣が生み出した余波は、元々出来ていたクレーターを塗り潰すように地面を抉っている。僕から真っ直ぐに、どこまで続いているか分からない。
「ちょっとあんた。私を殺す気?」
霊剣の一撃を全力で躱し、地面にへたり込んでいたシャーラさんがジト目を僕に向ける。
「そんなつもりじゃ……」
【あなただってカナタを刺したじゃない!これでおあいこよ!】
「……え、なに?その剣喋るの?」
【当たり前じゃない!】
「これ、霊剣って言ってですね。シルフィはこの剣に宿って力を貸してくれるんですよ」
「……妖精族、か」
「まあ、その話はあとで」
僕はそう言って、霊剣を構え直した。
「僕としてはもう勘弁して欲しいんですけど、続けますか?」
「いえ、やめておくわ。わがまま言って悪かったわね」
シャーラさんは立ち上がると、剣を鞘に収める。
それを見てシルフィも霊剣からスッと出てきた。途端、霊剣の色がエメラルドグリーンから薄緑色に戻る。
「ありがとう、シルフィ。助かったよ」
「どういたしまして」
本当に、シルフィが助けてくれなかったら僕は死んでいたかもしれない。
それにしても、凄い武器だ。
僕は霊剣を振った。振っただけだ。それ以外本当に何もしていない。なのにあれだけの一撃を放ったのは、シルフィが力を使ったからだ。
僕自身は一切何もせず、あんな攻撃が出来る。間違いなくチート武器だ。
「二人なんてずるいわ」
「急に挑んできたのにそんな事言います?」
「いつまで敬語で話してんのよ。……さんもいらないわ」
「分かり……分かった。よろしく。シャーラ」
僕は手を差し出す。が、ペチンと叩き落とされた。
「え」
「馴れ馴れしくしていいとは言ってないわよ」
「えぇ……」
ここはお互いを認め合って握手を交わす場面じゃないの?
「はぁ……ん」
僕が叩かれた手を呆然と眺めていると、今度はシャーラが手を差し出した。
おずおずと手を出すと、ガッと掴まれる。
「ひっ」
「なに怯えてんのよ。握手したかったんでしょ?」
確かに、今の状況は握手だ。少し僕の手がメキメキと音を立てているけど、手を握っているから握手だ。
「あ、ありがとう」
「ふん」
バッと音がするぐらいの勢いで僕の手を振り払ったシャーラは、今の戦いを観戦していた悠達の方を向いた。
「良い土竜ね。名前は?」
「モグ」
「モグね。可愛い名前じゃない。じゃあ、早く準備しなさい」
「え?なんの?」
「私達の里に連れて行ってあげるって言ったでしょ?」
待て待て、聞いてない。
「私の負けよ。言い訳はしないわ。だから連れて行く。お分かり?」
本当に負けたと思ってるんならもう少し態度を柔らかくして欲しい。どう見ても勝った人の態度だよ。
「やったー!ダークエルフの里よ!初めて行くわ!」
「アタシも楽しみ!」
「嬉しそうでなによりだよ……ん?」
舞がニヤリとしたのを、僕は見逃さなかった。
◇
シャーラの住んでいる里までは、特にトラブルもなく辿り着いた。
僕は土竜の操り方を教えてもらうためにガイウスと共に御者台に座っている。たまに背後の荷車から聞こえる笑い声に気を釣られながら。
「大将って結構女好きだよな」
「年頃なんだよ」
「認めるのかよ」
「彼女いない歴が僕の年齢と同じだから。寂しいことにね」
「へぇ。大将だったらすぐ出来そうだけどな」
「……嫌味?」
「違うって。確かに見た目は普通だけどさ、大将ってなんだかんだ言って困ってる人見捨てられないだろ?それに、本気になった大将ってなんかオーラみたいなの出てるし。結構モテそうなんだけどな。……ナナも大将のことが好きだとか言ってやがったし」
なんか唸ってるし。獣人が唸るの怖いな。
まあ、確かに告白されたことは何度かある。なんで誰とも付き合わなかったのかと聞かれれば、他に好きな人がいるからだ。
「安心していいよ。ナナちゃんに手を出すつもりはないし」
「……それはそれで嫌だな」
どうやら兄というのは、めんどくさい生き物らしい。
「ストップ」
と、後ろからシャーラが声をかけてきた。もぞもぞと荷車の方から移動してくるが、御者台は二人しか座れない。
だからなのか、シャーラは僕の背中にもたれかかって体重を預けてきた。
「あの三本目の大木を右よ」
ガイウスは指示に従ってモグを走らせる。良い手さばきだ。
そしてその隣に座る僕は、背中に全意識を集中させていた。かの幸せな柔らかい感触を少しでも堪能するために。
「おーい、大将ー。顔がニヤけてんぞー」
「はっ!」
「っ、沈みなさい!」
「ぶべらっ!?」
僕の企みに気付いたシャーラに、頭を思い切り殴られた。
ちくしょう、ガイウス。覚えてやがれ……。
とまあそんな茶番を繰り広げつつ、モグは僕達を乗せて森の中を駆ける。結構走っているのだが、まだ辿り着きそうにない。
「これ、道は合ってるの?」
「そのはずよ。おかしいわね……本当に何かあったのかも」
シャーラ曰く、彼女の里は噂通り結界に守られているらしい。
ダークエルフにしか認知出来ないようになっていて、本当の稀にたまたま迷い込む旅人がいるんだとか。
「私は強くなる修行のつもりで外に出たんだけど、ダークエルフは基本、その結界内で過ごしているわ」
シャーラは以前から、里に何かあったのではないかという予感がしていたらしい。
結界が壊れているのか、それとも壊滅でもしたのか。ダークエルフの彼女でさえ見つけられないのだから、それを疑うのもおかしくはない。
「……うん?ガイウス、ちょっと止めてもらっていい?」
「あいよ」
ふと目に入った不自然なものに、モグの足を止めさせて近づいてみる。
視線の先には一本の木。その幹に何か刻まれている。
「シャーラ。これ読める?」
「……百メートル先、右方向です」
ナビかよ。
「これ、なんだろう」
「道案内のようですが……こんなところに?」
「……行ってみる?他に手がかりもないし」
クリネアは不安そうな表情を浮かべながらもそう言った。
確かに、彼女の言う通りだ。
今の僕達は現状、迷子だ。こんな深い森の中で迷っている。
この案内は怪しいけど、かと言って闇雲に走り回っても事態は好転しない。
現状を打破するためにも、乗るしかないか。
「よし、じゃあ行ってみよう。警戒は怠らないように」
僕の言葉にみんなが頷くのを確認して、ガイウスにモグを動かすよう指示した。
◇
百メートル先には、同じように木の幹に案内が刻まれていた。
その先も、またその先も、またまたその先も。
そして、いよいよ怪しいとなった頃に、僕達は目的地へ辿り着いた。
ダークエルフの里に。
「おお!?シャーラ!?シャーラじゃないか!!」
里に入った瞬間、僕達に気付いたダークエルフの男性がシャーラを見て驚きの声をあげた。
その声に釣られ、他のダークエルフも集まってくる。
「……シャーラって人気者なんだね」
「まあね。私、美人だし」
それ自分で言っちゃうか。
と、
「シャーラァァァァ!!」
叫びながら遠くから飛んできた男が、ズドンと音を響かせてモグの目の前に着地した。
モグがびくりと体を跳ねさせる。
飛んできたのは少し髭を生やしたダークエルフだった。それなりに年齢は重ねているのだろうが、全身から発せられる鬼気は凄まじい。
そんな男が、涙を滝のように流してシャーラに抱きつこうとした。のだが、シャーラ本人はそれを軽く躱す。
「んな!?なぜ躱す!?」
「良い歳して泣きながら抱きつかないで。みっともない」
「なにを!何歳になっても我が子は心配なのだ!」
……親子なのか。
「とりあえず、家に案内してくれるかしら。この人達は私の客人よ」
「ふむ、勇者か。それに、獣人と妖精。あとは……魔族か」
「………」
「カナタ……」
僕は無言でクリネアの前に立つ。この人はただ種族を言い当てただけだが、油断出来ない。
それぐらい、圧倒的な力を感じた。
「ふっ、安心せい。別に襲ったりしない。我が娘の客人だ。誰であろうと喜んで迎え入れようではないか」
そう言うと、男は僕達に背を向けて歩き出した。
周囲から感じる視線を無視して、それに続く。
ダークエルフの里は合掌造りの集落だった。周囲は深い森で囲まれており、結界がなくても辿り着くのは簡単じゃないと思う。
「ここだ」
案内されたのはシャーラの実家だった。
中は外見からの印象よりも広く、僕達全員が余裕でお邪魔できるスペースがある。
そして、僕達は招き入れられてすぐにシャーラの父と母と対面した。シャーラの母親もえらく美人だ。
「まず初めに……」
シャーラの父が口を開く。自己紹介だろうか?
「ありがとうっ!!!」
だが、彼はそう叫んで頭を下げた。勢いが強すぎてドガンと机に頭を叩きつける。
隣のクリネアが「ひぃっ」と声をあげたが、仕方ない。僕ももう少しで声をあげてた。
「あなた。まずは事情を説明しないと」
「そうだったな。すまん。まずは名乗っておこう。俺はグラン。シャーラの父親だ」
「私はティータ。シャーラの母親よ」
なんだかよく分からない雰囲気の中、僕達も次々に名乗る。
そして名乗り終わったところで本題に入った。
「あの、質問なんですが。この里ってなにかトラブルとか起きたんですか?シャーラがそんな感じのこと言ってたんですが」
「ああ、それなんだがな。全くなんの問題もない。平和過ぎるくらいだ」
「あ、そうなんですか」
ならなんでシャーラはこの場所をすぐに見つけられなかったんだ?
「では、先程の礼の意味を聞いてもよろしいでしょうか?」
今度は舞が尋ねた。
確かに、お礼をされるようなことはしていないはずだ。
「その質問にも関係あるのだがな。今回のシャーラの件だ」
「はい」
「シャーラはな……『超』が付くほどの、方向音痴なのだ!!!」
「………」
色々と理解した。
シャーラは最初『恥ずかしくなると吐血する』みたいなブッとんだ設定にするつもりだったんですが、『大勝利〜』な某セイバーさんを思い出したんでやめました。




