第三十二話 騒動の後始末
◆
「……なにしてるんですか?」
「……舞」
医務室から出てきた舞を、奏多はじっと見つめる。
「な、なんですか?」
舞は少し居心地が悪そうだが、奏多は視線を外さない。
奏多は舞の全身を隈なく見るが、既に外傷はなかった。火傷の跡ももうない。
「舞……舞っ!!」
奏多は素早く立ち上がり、舞に思い切り抱きつく。正面から強く強く抱きしめた。
「……へ?あ、あの、奏多?」
「……良かった。無事で良かったよ、舞」
「あ……ぅ、その……ありがとう、ございます」
奏多に抱きしめられた舞は、顔を真っ赤にして固まっている。
だが、奏多はそれに気付かない。
「流石に僕は確認出来ないけど、服の下の火傷も全部完治したのかい?」
「は、はい……」
硬直してしまった舞と、彼女が無事だったことに安心しきった奏多。
そんな二人を冷めた目で見る、二つの影。
「おいガキ共。目の前でイチャついてんじゃねぇ」
「おいガキ共。目の前でイチャついてんじゃねぇ」
「いっ、イチャついてなんていません!」
二人の声に、舞は奏多を無理やり押しのける。そこで奏多はやっと舞から離れた。
「ゆ、悠様も中にいますよ」
「了解。入るよ?」
「ええ」
奏多は今度こそ医務室へ入ろうとする。だが、またも彼の前に二つの影が立ち塞がった。
「……なに?」
「お前、俺達のことスルーするつもりか?あぁ?」
「お前、私達のことスルーするつもりか?あぁ?」
「うん」
「なに素直に答えてんだ」
「なに素直に答えてんだ」
「礼を言えよ」
「礼を言えよ」
口々に自分を責め立てる二人の姿に、奏多はこめかみに青筋を浮かべた。
「なんで?」
「なんで?なんでとか言ってるぞリエル」
「なんで?なんでとか言ってるぞネビル」
どうやらこの二人、男の子はネビル、女の子はリエルという名前らしい。
だが奏多は、もはや二人を視界から外した。
そのことにギャーギャー言うネビルとリエルを見て、舞が慌てて奏多に補足する。
「あ、あの、奏多?この二人を無視するのは……」
「え?なんで?」
「聞いてないんですか?この二人が私を治療してくれた方々ですよ?」
「え」
舞の言葉に、奏多はゆっくりとネビルとリエルを見る。
その視線に気付いた二人は、えっへんと胸を張った。
「……嘘だろ?」
「本当です」
「俺はネビル。偉大なる妖精族だ」
「私はリエル。偉大なる妖精族だ」
妖精族とは、全種族の中で最も『特殊能力』に秀でた種族だ。
ただのスキルや魔法とは少し違う能力を持っていたり、希少な能力を数多く所持していることもある。
「……あのぅ……舞を治してくれて、ありがとうございます」
二人の言動、舞の態度からこれが嘘ではないと判断した奏多は、ネビルとリエルに視線を合わせて感謝を口にする。
それを受けた二人は、ニッコリと笑った。
「正座」
「正座」
◇
というわけで、僕は医務室の前で正座させられ、延々と小言を聞かされた。
今日は大事な用があって王城に来たのに、ちびっ子二人に絡まれるなんてついてない。
しかも二人は舞の恩人だ。頭が上がらないのは確かで、これ以上機嫌を損なわせるのも良くない。
「――でだな、お前は……って聞いてんのかコラ」
「――でだな、お前は……って聞いてんのかコラ」
しかも何が辛いって、二人して同じことを言うことだ。
きつい、きつすぎる。僕が何したって言うんだ。
「カナタ様」
僕がちびっ子に説教されていると、綺麗な廊下を歩いてアリシア様がやってきた。
やっとか。
「お父様がお呼びです。……なにしてるんですか?」
「いや……お説教されてました」
「……ネビル様、リエル様。お戯れもほどほどに」
「ちぇ、姫さんに言われたらどうしようもねぇな」
「ちぇ、姫さんに言われたらどうしようもねぇな」
アリシア様の一言だけで、二人はすんなりと引き下がった。
皇女様半端ねえ。
「……お二人とも、いつもありがとうございます」
「なんてことないですよ」
「なんてことないですよ」
……こういう優しさが人望に繋がるのだろうか。
「あー、ごめんね、二人とも。舞を助けてくれてありがとう」
「……はっ、分かればいいんだよ」
「……はっ、分かればいいんだよ」
分かりにくいけど、優しい二人だ。彼らがいなければ、舞は一生火傷を残したままだった。
だから素直に礼を言っておく。
……本当なら治らないような怪我だったけど。こういうところでファンタジーを感じるなぁ。
「……では、奏多様」
「はい」
場が落ち着いたところで、アリシア様が再び声をかけてくる。
僕は舞と悠にあとでと言い、歩いていくアリシア様について行った。
◇
連れて行かれたのは王の執務室だった。
いや、まあ、僕が望んだことなんだけど。王の間とか緊張で喋れなさそうだし。
「お久しぶりです。ガルダーク王」
「元気そうでなによりだ」
ガルダーク王はこめかみに手をやりながらそう返す。
「お疲れのようですね」
「ああ、お疲れだ。何者かが我がアルティアの第二地区を襲撃してくれたおかげで、後始末が終わらんくてな」
「申し訳ございません」
「心にもないことを」
「………」
僕に罪悪感がないことをアリシア様が知っているのだから、ガルダーク王が知っているのも当たり前か。
仕方ないけど、これ、一応秘密だったんだよなぁ。
「死傷者なし、軽傷者数人、建築物の破損が数件……よくもまあ、これだけの被害に抑えたものだな」
「虐げられていた獣人が頑張ったからでしょう。大切な人を奪われても尚、彼らは何も奪わなかった。どこかの国とは大違いですね」
「皮肉か?」
「ええ」
ガルダーク王の背後に立っていた騎士らしき男が殺気立つ。だがそれを、アリシア様が宥めた。
「ククク……返す言葉もない」
この件に関しては、僕も少なからず腹を立てている。だからわざわざ気を使うつもりはない。
最低限の礼儀は守るが。
「これは言い訳になるかもしれないが、我は第二地区でのヘノムの統治を知らなかった。奴は外交や貿易に関しては本当に優秀でな。疑いもしなかった」
「言い訳ですね」
一国のトップが、自分の国のことを知らなかったなんて口にするなんて。
「それに、そこはもうどうでもいいんです。僕がここに来たのは、僕の要望を通すためです」
「……ソルへの完全不干渉か」
僕は王城に着いた時に、門兵にヘノムの身柄を引き渡した。その際の交換条件は、ソルに干渉しないこと。
まだその約束がされたわけではないけど、ガルダーク王と会うためにはヘノムを渡すしかなかった。
まあ、もしもこれで干渉が約束されなかったら、出来るだけ暴れてやるつもりだ。
良ければヘノムも奪い返してソルに連れて行く。
「いいだろう」
「……案外あっさりですね」
「お前には借りがあるし、ジョルジュ候が我に黙って圧政を敷いていたのも確か。ここで更にソルを制裁してしまえば、我は愚王に成り下がる」
ふむ。まあ、そうだな。
「ゆえに、お前の申し出を受け入れよう」
「ありがとうございま」
「だが」
僕は礼を言って、悠と舞の元に戻ろうとした。が、その前にガルダーク王が口を挟む。
「ジョルジュ候の引き渡しはありがたいが、もう一つ条件がある」
「……条件?」
「ああ。ソルには手を出さない。だが、事情を知らない民からすれば、我に不信感が募る」
ああ、亮介先輩も言ってたな。
「これを解決するには、全ての罪を誰かに被せなければならん。分かるか?」
国の統治って難しいなぁ。
でも、なるほど。話が見えてきた。
要するに、全ての責任を僕に被せてれば、ソルは罪に問われなくて済むと。
「そういうことだ」
「死刑ですか?」
それなら躊躇なくソルを売るけど。
「いや、我々がカナタに助けられたのも事実だ。恩人にそんなことはしない」
じゃあなにされるんだろ。
「ヒムロ・カナタ。お前をアルティアから追放する」
「………」
追放。追放か。
「分かりました」
「いいのか?お前は大罪人として認識されることになるぞ?アルティアを裏切った勇者だと」
「顔も知らないような人達からの評価なんてどうでもいいですよ。では、失礼します」
「カナタ様!」
追放なら別にいいやと思った僕は、特に食い下がることなく応答し、部屋を出ようとした。
だが、それをアリシア様が制止する。
「その、こんな形になってしまい、申し訳ございません」
そう言って、僕に頭を下げる。
それを見ていたガルダーク王と騎士が目を見開いていた。
「……王族の方が頭を下げたりなんてしない方がいいですよ」
「ですが、カナタ様がいなければ私は今ここにいません。命の恩人に感謝しなければ、それこそ王族の名折れでこざいます」
そんなに感謝されるようなことじゃないのに。結局僕は負けたし、実際に守ったのはクリネアだし。
「もちろん、他の方々にも感謝しております。この恩は、いつか必ず」
「……楽しみにしてますね」
「っ、はい!またお会いしましょう!」
僕は最後に頭を下げて、執務室をあとにした。
この章はあと一話です!




