第三十一話 屈辱の土下座(未遂)
◇
「昨日ぶりです。亮介先輩」
「はっ。よくもぬけぬけと」
言葉のわりに、先輩の表情に警戒はない。
「用件は?」
「とりあえず、アルティアはソルを放置することにした。ヘノムの汚職が明るみに出て、しばらくはそっちの対応に追われるだろう」
「………」
「なんでって顔だな。まあなんて言うか、俺もソルに関しては思うところがあったんだ。だが、俺はアルティアの勇者として戦うことを決めた身。自由には動けなかった」
「なるほど。だから昨日、微妙に手加減してたんですね」
「ああ。……よく分かったな。やっぱりお前、只者じゃねえわ」
「まぁある人曰く、僕は英雄らしいですからね」
「ははは!そっかそっか!それもそうだな!」
誰に言われたのかをだいたい察したのか、先輩は何が面白いのか豪快に笑い始めた。
「あー、笑った笑った」
「笑いすぎですよ」
「はは、悪いな。でも、油断はするなよ?ソルを放置するのは一時的な話だ。第二地区の統治が安定すれば、何かしらの制裁は下されるだろう」
それはそうだろう。どんな理由だろうと、ここでソルに何もしなければアルティアに対して不信感が募る。
「そんな顔すんなよ。仕方ないことだろ?それに、そこまで悪いようにはしないって」
「……だったらいいですけど」
まあ、そこに関しては考えがないわけでもない。
「それと、もう一つ」
「?」
「これは警告っつーか、先輩からの忠告だ」
「忠告……?」
先輩の顔からは完全に笑みが消えていた。
「昨日お前が対峙した花崎香織についてだ」
「っ!……何か知っているんですか?」
「一応な」
そうだ。
僕としては先輩より、花崎香織の方が不可解だった。
先輩の立ち位置は玲達を率いる勇者。ヘノム邸に滞在していたし、僕を阻止しようとするのは理解できた。
だが、あの場において花崎香織は異色だった。
彼女はヘノムを守るために戦っていたのではなく、なのに本気じゃなかった。
意味が分からない。
「花崎香織は初代の勇者。俺達全勇者の中で、二番手の実力者だと言われている」
「二番手?」
「初代の勇者は約四十年もの間、この世界で戦ってきた。その途中、二代目の勇者達が召喚された時に、初代はある組織を立ち上げた」
初代の勇者は、いわば先駆者。
誰も歩いていない道を開拓してきた勇者だ。その厳しさゆえに圧倒的な実力を持ち、長年魔族と渡り合ってきた。
だが、それには限界があった。だから彼らはある組織を作った。
「『祈る者達』。それが組織名だ」
その『祈る者達』の目的は、魔王を倒して元の世界へ帰ること。
突然異世界へ召喚され、先駆者のいない孤独の中で生きてきた彼らは、元の世界へ帰ることに強く焦がれていた。
そのためにより強い戦力を必要とし、実力のある者を仲間に引き入れているらしい。構成員は勇者が多いが、勇者以外も少なくない。
「恐らく、花崎香織はお前を試した。資格があるかどうかを」
「……なるほど」
「そしてこれも恐らくだが、お前は花崎香織に認められた」
「えぇ……」
「手加減してたとは言え、勝ったんだろ?」
「ああ……僕のスキルで素っ裸にしただけですけどね」
「なるほど、裸にね……ってはぁ!?」
「いやぁ、そんなつもりじゃなかったんですけどね?その、成り行きで」
「どんな成り行きだよ!いや、まあいい。それならちょっと微妙だな」
「僕はどっちでもいいですけど。興味ないですし」
「そうなのか?」
「はい。僕は元の世界に帰りたいなんて思ってませんので」
「へぇ。お前も色々あるんだな」
色々ってほどじゃないけど。
……ん?『も』?
「もしかして、先輩もスカウトされたりしたんですか?」
「まあな」
よく考えれば先輩のスキルも強力だ。それに、身のこなしや判断も良かった。
声をかけられていてもおかしくない。
「見ての通り、断ったけどな」
「それは……」
「俺も色々あるってこった」
先輩はそう言って目を瞑る。詮索はやめろってことか。
「それにしてもお前、良いスキル持ってんだな」
「え?あ、ああ、『模倣』のことですか?」
一時的に先輩のスキルをコピーした僕のスキルだ。
「あれにもいくつか条件はありますけどね」
「そんなもんだ。スキルってのは多種類ある。だが例外なく、全てのスキルは使いようだ」
「そんなもんですか」
「ああ。二代目の勇者に、『体を高速で回転させる』ってスキルを持つ人がいるんだ」
なんだそれ。使い道あるのか?
「使い道ないって思うだろ?」
バレた。
「でもその人は、そのスキルで最強格まで上り詰めた」
「どうやってですか?」
やりようあるのか?
「体をその場で回転させることが出来るってことは、その力を上手く使えれば助走なしで高速移動が出来るってことだ。俺も詳しくは分からないが、本人がそう言ってた」
なんだそれ。意味が分からない。
でも、なるほど。スキルは使いようか。
僕の『光の賢者』で光を屈折させたりするのも同じか。
……いや、待てよ。光を操るってことは、他にも出来ることがあるんじゃないか?
「とにかく、スキルだけでは強さは測れない。知っといて損はないだろ」
「……そうですね。ありがとうございます」
「悪いな。この程度の情報しかやれなくて」
「いえいえ、充分ですよ」
少しでも情報があれば、それは僕の目的に役立つ。
「桐川と木嶋が結構ショック受けてたぜ。何も言わなくて良かったのか?」
「ええ。大丈夫です」
「……そうか」
「先輩達はこれからどうするんです?」
「俺達はとりあえず陰大陸に行く。あいつらも色々と認識が甘いからな。魔物と実戦をやらせるつもりだ」
「なるほど」
意外とスパルタらしい。
「お前は?」
「僕はまだ決めてません。ひとまずは第一地区に戻るつもりです」
「それは……危なくないか?」
「考えはあります」
その後僕は先輩と少し話、いつか再会することを約束して別れた。
◇
ソルに帰った僕は、次の一手のために動き出す。
「ジオラさん」
「なんじゃ?」
「ヘノムの身柄、貰ってもいいですか?」
ヘノムは今、ソルの端で柱に縛り付けて晒されている。
ジオラさん達も本当なら殺してしまいたいと思っているが、それだとやる事が変わらない。
だからどうするべきか少し迷っているらしい。
「ふむ……理由を聞いても?」
「ヘノムをアルティアに返します。その代わり、ソルへの不干渉を約束してもらう」
「出来るのかの?」
「これでも僕、肩書きは勇者ですから。少しぐらいのわがままは聞いてもらえると思います」
「なるほど……それでソルに本当の平穏が訪れるというのなら、儂としても頼みたいところじゃ。任せていいんだな?」
「はい」
「うむ。ならばヘノムはカナタ殿に返そう。若い衆も納得するじゃろ」
「お願いします」
恐らく今の第二地区は、責任の押し付け合いのような状況に陥っているだろう。ヘノムが姿を消したからといって、事実をなかったことには出来ない。
そして、周囲の人間がそれを黙認していたのは明らかだ。
そこにヘノムを返せば、一気に事態は収束するに違いない。その交換条件として、ソルへの不干渉を約束させる。
それが僕の目的だ。
そしてその二日後、再びヘノムを受け取った僕は、クリネアをソルに残して第一地区へ向かった。
◇
「おいガキ」
「おいガキ」
「図が高いんだよ」
「図が高いんだよ」
「俺と話したければ、もっと腰を低くしろ」
「私と話したければ、もっと腰を低くしろ」
「………」
王城の医務室へ招かれた僕は、厄介な二人に絡まれていた。
「あの……」
「おいガキ。聞いてなかったのか?」
「おいガキ。聞いてなかったのか?」
「俺と話したければ、もっと腰を低くしろと言ったんだ」
「私と話したければ、もっと腰を低くしろと言ったんだ」
「………」
そんな尊大な言葉遣いをする、僕の腰ぐらいまでの背丈の男の子と女の子。衝撃やらなんやらで、もはやなんと言ったらいいのか分からない。
そもそも僕はガキじゃない。いやガキだけど、この子達よりはガキじゃない。
て言うより、この子達はなんなんだ?なんで王城にいるんだ?
「なんとか言ったらどうなんだ?」
「なんとか言ったらどうなんだ?」
「………」
僕は目の前の二人を注意深く観察する。
二人とも、透き通るような真っ白な肌をしている。お揃いの茶髪で、男の子はサラサラの短髪、女の子はサラサラの長髪。眠たそうな瞳は青色だ。
クリソツってやつだな。
「えーっと、とりあえず中に入れてもらっていい?」
僕は膝をついて目線を合わせ、静かにそう言った。言った通り、僕はまだ医務室に入れていない。
扉をノックして入ろうとしたら、中からこの二人が出てきて僕に絡み出したのだ。
「ああ?もっと頼み方ってのがあるだろ?」
「ああ?もっと頼み方ってのがあるだろ?」
「………」
落ち着け、奏多。クールになるんだ。クールに。
こんなところで時間をかけたくない。早く舞の安否を確認したいんだ。
「……中に入れさせてください」
「おいおい、態度も改めろよ。目線が一緒じゃねえか、目線が」
「おいおい、態度も改めろよ。目線が一緒じゃねえか、目線が」
「………」
お、落ち着けぇぇぇぇ!
ガキ相手に怒るんじゃない!冷静になるんだ!僕は冷静!冷静だ!
ゆっくりと手を床につけ、額も床に近づけていく。いわゆる土下座だ。
そして僕が土下座を繰り出そうとして、
「……なにしてるんですか?」
医務室から出てきた舞に、絶対零度の視線を向けられた。




