第三十話 ソルの英雄になった叛逆者
◇
僕は英雄になりたかった。
世界の、とか、国の、とかじゃない。そんなのどうでもいい。
ただ、一人のための英雄でいたかった。そのためなら全てを投げ打つ覚悟があった。
たった一人のための英雄。そんな存在に僕はなりたかった。
―――全てを投げ打ってなお、僕は英雄になれなかった。
◇
「……ここか」
凝った造りの扉を思い切り蹴り飛ばす。中もギラギラと輝く宝石などの装飾品に埋め尽くされていた。
「趣味、悪いですね」
「……なんだ貴様」
そして、やたらとでかいベッドの上におっさんとお姉さんがいた。
二人とも全裸で、お姉さんは毛布を被ったまま眠っている。涙の跡が見えることから、なにがあったかだいたい察した。
「あなたがヘノム・ジョルジュですか?」
「そうじゃ、が?」
ヘノムが答え終わる前に、光で作った針を四肢に飛ばして刺した。
「ぎゃあああああああああ!!?」
「……え、え?なに?」
ヘノムの絶叫で目を覚ましたお姉さんが、突然の出来事に目を白黒させている。そんなお姉さんに、ヘノムが掴みかかった。
「させねぇよ。クソ野朗が」
お姉さんの前に立ち、そのヘノムの腕を掴み、目を見開いたヘノムを一本背負いで投げ飛す。
ギャンと間抜けな声をあげて、ヘノムはあっさりと気を失った。
「えーっと、なんかいいものは……」
部屋を見渡すと、壁に鎖でぐるぐる巻きにされている剣が飾られていた。その剣を手に取り、鎖を外す。
そしてその鎖でヘノムを拘束した。
良い感じだ。
ふと、鎖で縛られていた剣が気になった。
黒い柄に、赤黒い刀身。禍々しい色なのに、どこか神秘的な雰囲気を感じる。
強そう。
「……もらっちゃおうかな」
他にも、バレない程度に宝石をポケットにねじ込んでおいた。これぐらいあれば、当分お金には困らないはずだ。
「あ、あの……これは一体……?」
遠くから複数の気配が近づくのを感じた僕は、ヘノムを担ぎ、壁を破壊する。今日は壁を壊してばっかだな。
外は既に混乱が収まっており、ところどころに松明の火が見える。僕が奪った光の代わりに使っているのだろう。
「ヘノムは僕が連れて行きます。もう大丈夫ですから、お姉さんも逃げていいですよ」
僕に声をかけたお姉さんにそう答える。
すると、お姉さんの目に少しずつ涙が溜まっていくのが分かった。
「あ、ありがとうございます!私、なんてお礼を言えばいいか……」
「こんな言い方をするのは何ですが、僕は僕の目的のためにこいつを拉致するだけで、お姉さんを助けに来たわけじゃありません。それに……手遅れだったみたいですし」
部屋の、と言うより、ベッドの様子を見れば分かる。お姉さんは既に、ヘノムに暴行されたあとだ。
「それでも、感謝しています。あなたが来ていなければ、私は一生ここにいなければいけませんでしたから」
「そうですか。それなら礼だけ受け取っておきます。……もうすぐ追手が来ます。彼らが来る前に服を着て、この部屋にある宝石を少し貰っておくことをお勧めしますよ」
「……ふふ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
そう答えて、僕はソルへ帰るために外へと飛び出した。
◇
「さいふのおにいちゃん!」
「ただいま」
全速力でソルに帰ると、村の入り口にナナちゃんが立っていた。
とりあえず頭を撫でると、ナナちゃんは目を細めて耳と尻尾をパタパタとさせる。
「みんな帰ってる?」
「はい。さいふのおにいちゃんのおかげで、みんなぶじにかえってきました」
「それは良かった」
村の中には、第二地区へ出発する前の数倍の獣人で溢れかえっていた。これ、家の数足りてないんじゃないかな。
「カナタ!無事で良かった!」
「なんとかね」
駆けてきたクリネアに、背中をチラリと見て答えた。亮介先輩にやられた怪我は既に治している。
「カナタ殿!」
少し涙ぐんでいたクリネアの頭をワシワシと撫でていると、僕に気付いたジオラさんが僕の元へ走ってきた。それにつられ、他の獣人も僕の前に集まる。
そして、跪いた。
「カナタ殿。我ら一同、感謝申し上げます。カナタ殿の助力がなければ、我々はこの先ずっと虐げられていたことでしょう。本当に有難う御座います」
なんか、むず痒いな。
「では、素直に受け取っておきます。皆さんが無事で良かった」
これは本音だ。
僕の作戦で誰かが死んだら嫌だし、何より少し情が湧いてしまった。
まあこれで、僕は勇者なのに叛逆者って立場になったけど。
「……有難きお言葉。この先、何か困ったことがあれば我らに言ってくだされ。微力ながら、惜しみなく助けになります」
「ありがとうございます」
結果的に、第二地区に連れられていた獣人は全員助け出すことができた。
だが、それは生きている獣人だけだ。
僕達が助けに行く前に死んでしまった獣人も、数多くいる。ナナちゃんの父親もそうだ。
失ったものは戻らない。死んだ者は二度と帰ってこない。
後悔と絶望、憎悪が彼らを支配するのも仕方がないことだ。
それでも彼らは前を向いた。
助け出した獣人の中には、ソルの村以外の出身の者も多くおり、しばらくはその獣人達の世話と、故郷への送り届けで忙しくなるだろう。
ヘノムの部屋から盗んできた宝石は、八割はジオラさんにあけた。まあ、僕には過ぎた代物だし、村の復興に役立ててくれれば幸いだ。
村人達は、アルティアがソルに軍を送り出すかもしれないと懸念していたが、恐らくそれはない。
アリシア様のあの反応を思い出せば、まずはヘノムの汚職について調べ上げるだろう。
その後はどうなるか分からないが、その前に手は打つつもりだ。
「アン!」
「ガイウス君!」
ガイウス君は無事、恋人のアンちゃんと再会した。幸い、酷いことをされる前に助け出すことが出来たらしく、僕はめちゃくちゃ感謝された。
最初の態度からは想像もつかないほどに。
それにしても、今回は運が良かった。
あえて言わなかったけど、正直、犠牲者は出ると思っていた。なのに今回、犠牲者は誰一人いない。軽い怪我人がいる程度だ。
作戦は奇跡的に大成功。
気になることがあるとすれば、花崎香織と亮介先輩だ。
二人とも明らかに手加減をしていた。交戦中はそのおかげで助かったが、その真意が分からない。
と言うより、花崎香織に関しては意味が分からない。
急に出てきて勝手に戦って、手加減して素っ裸にされて負けた。
本気で意味が分からん。
「カナタ?」
「なんでもないよ」
「良かった。……ね、カナタ。アタシのことだけど」
「うん」
「別に渋ってるわけじゃないの。でも……マイとユウも一緒に、聞いて欲しい」
「……分かった。じゃあ、またみんなで集まった時に聞かせてもらうよ」
「うん」
こうして、ソルの騒がしい夜は過ぎていった。
◇
翌日。
朝から僕は、未だに興奮状態が抜け切らない獣人達に群がられていた。
「……おい、大将」
「なに?」
なぜかガイウス君は僕のことを大将と呼ぶようになっている。
まあ、本人がそれでいいならそれでいいけど。
「俺は大将に感謝してるし、あんまりこんな事は言いたくないんだけどさ……ナナを侍らすのはやめろよな」
「いや、そんなつもりはないけど」
別に僕は何もしていない。
ナナちゃんが勝手に僕の足に引っ付いているだけだ。
「さいふのおにいちゃん、すき」
「おーいおいおい、ナナ!ちょっと落ち着け!お前は混乱してるんだ!そう!混乱!して!いるんだ!」
「ガイウス君こそ落ち着きなよ」
ヒートアップしていくガイウス君も、そばにいたアンちゃんが窘める。
「カナタさん、この度は本当にありがとうございました」
「昨日も散々お礼言われたしもう大丈夫だよ。無事で良かった」
「ふふ、お陰様で」
「くそっ、大将!俺は負けねぇからな!」
「え?」
よく分からないことを言って、ガイウス君は走り去ってしまった。アンちゃんもそれを追いかけていく。
「なんだったんだ?ねえ、ナナちゃん」
「わからない。おにいちゃんはばかだから」
「辛辣だね……」
ナナちゃんは僕の足にしがみついたままだ。
どうするべきかと頭を悩ませていると、ルルさんがやってきた。
「よぉ、カナタ。おはよう」
「おはようございます」
「おーおー、朝っぱらから人様の娘誑かして。さすが勇者様だねぇ」
「いえ、そんなんじゃないんですけど」
「いやいいんだよ、別に。あんたにならナナも任せられるしね」
あ。
「……そういえばですけど。ルルさん、ナナちゃんに困ったら体を使えとか変なこと吹き込んでたみたいですね」
「あー……てへ?」
「てへ、じゃねぇよ!あんた娘になんて事教えたんだ!!」
「いやぁ、この子も幼いながらこの村をどうにかしたいと思ってたみたいでねぇ。一緒に第五地区に行った時に、もしものことがあれば籠絡してしまえって言っちゃったんだよねぇ。ほら、とりあえずナナが無事ならそれでいいかなって」
「……僕、ナナちゃんに財布スられたんですけど」
「それも私が教えた技術だよ」
「ほんっとロクでもない親だな!!」
びっくりするよ!
「仕方ないだろ?なりふり構っていられなかったんだから。私達はその日を生きるのに必死だったんだ」
「それは……」
「まあ、そんな生活も終わりだ。あんたのおかげで資金は得られた。男衆も帰ってきたし、これからは元の生活を取り戻してみせるよ」
ルルさんは晴れ晴れとした表情をしていた。旦那さんは亡くなったはずなのにこんな表情をしているのは、ナナちゃんやガイウス君がいるからだろうか。
「改めて礼を言わせておくれ。ありがとうよ。あんたはソルの英雄だ」
「―――ぁ」
英雄。
そう言われた。
「僕、は……」
僕は英雄なんてガラじゃない。
この村を助けたのも自分のためだ。今まで自分がしてきたことを否定したくないから、僕はこの村を救った。
本当に守りたいものを守れなかった僕が英雄なんて、ひどい皮肉だ。
「ありがとう、ございます」
ただ、その一言をかけられて、嬉しいと思ってしまった。
「……?はは、なんであんたが礼を口にするんだい?おかしな英雄様だね」
「……ははは」
そうやって苦笑していると、一瞬、視界が真っ白になった。眩しい白さだ。
「なんだ……?」
チラチラと光が飛んでくる方向へ視線を向けると、遥か遠くの木の上に何かがいた。
僕は『身体能力強化』で視力を高め、それを見る。
果たして、木の上にいたのは亮介先輩だった。先輩は枝に腰掛けた状態で剣を鞘から抜き、太陽の光を刃で反射させて僕の注意を引いている。
「……すいません、ルルさん。少し用事が出来たんで失礼します」
「うん?そうかい。じゃ、またあとでね」
「はい。ナナちゃんもごめんね?」
「……うん。いってらっしゃい」
「行ってきます」
僕はもう一度亮介先輩を見る。先輩と目が合ったことを確認した僕は頷いた。
それに気付いた先輩も頷き返し、枝から飛び降りる。
よし、行こうか。




