第二十七話 襲来
◇
「だからさ、流石にクリネアが魔族だってバレるわけにはいかないだろ?元からクリネアには残ってもらうつもりだったんだ」
「ぐすっ……ほんと?」
「ほんとほんと。だから、もう泣かないで」
「……うん」
とまあ、なんだかんだでクリネアを慰めることに成功した僕は、三日後に向けて準備を始めた。
準備といっても、第二地区への侵入経路と救出の手筈、同行者の確認だけだ。
長老は前回と同じ侵入経路を使えばいいと言ったが、二回目ともなれば多少は警戒されているだろうし、却下した。
結果、正門から突撃することにした。こちらの数は少ない。なら、出来るだけ街中で混乱を起こす方がいいだろう。
先の戦いでこの村、ソルという名の村らしいが、ソルの獣人達は惨敗した。だがそれは正面衝突したからだ。身体能力だけで言えば人間よりも獣人の方が圧倒的に高いため、戦闘を避けて撹乱することを目的にしてもらう。
ルルさんやガイウス君を含む少数精鋭が住民を混乱させ、年寄りや怪我人など、あまり激しくは動けないメンバーは解放した獣人の誘導。
獣人は人間には聞こえない超音波のようなもので連絡をとれるらしいから、彼らには逐一報告し合ってもらう。
かなりあやふやな作戦だけど、まあ、なんとかなると思う。
前回の反乱は第二地区を攻め落とそうとしたからの結果で、基本逃げに徹したら負けないはずだ。
そしてもう一つ。
みんなには、極力誰も傷つけないようにと言った。
この作戦が成功しても、恐らくすぐに報復されるだろう。だから、その時のために手を打っておかなければならない。
この村の現状をアリシア様に説明した時、彼女はショックを受けていた。つまり、今の第二地区の在り方を認めていないということだ。
だから全てが終わった後、アリシア様に保護してもらえる可能性がある。
だが、一般人に危害を加えたとなると、ここの獣人達の立場も危うくなる。
その布石として、命を奪わないことを約束してもらった。助けた村がまたすぐに蹂躙されるのは後味悪いし。
ただ、彼らの身内に死人が出ているのも事実。
だから一人だけ、第二地区を治めているというヘノム・ジョルジュは生け捕りにして連れ帰ると約束した。彼の身柄を受け渡すと。
そう言うと、みんなは渋々といった様子で納得してくれた。
そしてそのヘノム・ジョルジュを連れてくるのが、僕の役目だ。僕が派手に暴れれば、その分撹乱組は動きやすくなる。
応戦してくる兵士などに関しては、本当にどうしようもなくなれば殺してもいいと言っておいた。
それは向こうも覚悟して襲ってくるはずだ。アリシア様も分かってくれるだろう。
もちろん、クリネアはこの村で留守番だ。
彼女が魔族だとバレたら、また別の問題が起きてしまう。その場合、共に行動していた悠と舞にも矛先が向く。
それは駄目だ。彼女達だけ安全地帯である王城に行かせた意味がなくなる。
アリシア様は、悠と舞を連れて既に出発している。舞の容体は思ったよりも悪く、油断出来ない状況だ。早めの行動は必須になってくる。
幸い、アリシア様も僕と舞のおかげでシーファから逃げることが出来たと感謝してくれているから、舞の治療の協力に関しては積極的だった。
これからどう行動するか、クリネアはどうするか、そして悠の感情をどうやって取り戻すか。
考えるべき事は山ほどあるが、全て後回しだ。
今は三日後に備えて英気を養っておく。
◇
三日はすぐに経った。
ソルの獣人達は落ち着かない様子でソワソワしている。
と言うより、僕も少し落ち着かない。有り体に言えば緊張している。
原因は先日のシーファ戦だ。
あの戦いで、僕は完膚なきまでに叩きのめされた。
そして生かされた。
勝ったわけでも引き分けたわけでも、逃げたわけでも誰かに助けられたわけでもない。シーファの気まぐれで僕は助かったんだ。
本当なら、僕は死んでいる。今ここに僕はいない。
その経験が、僕に異世界の厳しさを教え込んだ。
「カナタ」
「うん?」
色々と余計なことを考えていると、歩み寄ってきたクリネアが僕に声をかけてきた。
「絶対帰ってきてね?危なくなったら逃げていいからね?」
「分かってるよ。……クリネア。帰ってきたら、君の話も聞かせてもらうよ?」
もはや、クリネアをただの魔族という認識はしていない。魔将が二人も尋ねてきたんだ。なにか、重要な存在に違いない。
「うん」
クリネアも迷いなく答えた。
彼女自身、話すべきだと考えているのかもしれない。
「おい、大将」
「………」
「大将!」
「え、僕?」
「当たり前だろ。今はあんたが俺達のリーダーなんだから」
「いや、そうだけど……」
「とにかく、そろそろ出発の時刻なんじゃねぇのか?」
ガイウス君の言葉に空を見上げると、辺りは薄暗くなり始めているところだった。
作戦の決行は夜。暗くなった頃の方が、襲撃の混乱はより広がるからだ。
「そうだね。じゃあ、行こうか」
移動は竜車を使う。
竜車といっても、空を飛ぶ竜に車を引いてもらうわけではなく、土竜(モグラじゃないよ)と呼ばれるサイのような生き物に引いてもらう車のことだ。
瀕死の僕達をこの村に運んだのも、この竜車らしい。確かに、ナナちゃんが自分よりも大きい人間を五人も運べるとは思えない。
ああ、いや……クリネアとはそんなに変わらないか。クリネアって本当に二十五歳なのか?
とにかく。
僕が少し先に行って、正門を破壊。そこから竜車で突撃し、とにかく街を混乱させる。
撹乱させて極力戦闘を避けることが出来れば、負けることはない。
正直に言えば、一番危ないのは僕だ。
第二地区を治めるヘノム・ジョルジュを攫うということは、その彼を守る兵士達と戦うということだ。
そして恐らく、まだ魔王討伐隊の勇者達が滞在している。つまり、玲達と戦うことになるかもしれないということだ。
それでも僕は行く。
―――大切な人を奪うなんてこと、僕には許せないから。
「……あれが第二地区か」
一旦ガイウス君達とは別れ、僕は一人で正門付近の高い木に上って街を見渡していた。
第二地区。
中央の首都である第一地区の北にあるこの都市は、各国との貿易が盛んに行われている。北部から西部にかけて海と接しており、夜になった今でも船が行き交っているのが見えた。
アルティアの財力はこの第二地区の貿易に支えられていると言っても過言ではなく、だからこそこの地を治めるヘノム・ジョルジュの権力は絶大だった。
まあそんな事は僕には関係ない。
「……やるか」
木から飛び降りて、正門の前に着地する。間髪入れず、右手に光を集めた。
「なんだ貴様!」
「身分証を見せろ!」
門の両脇に立っていた門兵が僕に槍先を向ける。僕はその声を無視して、小さく呟いた。
「『光の奔流』」
光の束が渦を巻き、奔流となって猛威を振るう。
その光は正門を突き破り、なお止まらず、一際大きな城の城壁まで達した。
「『光の略奪』」
轟音と共に崩れ落ちる城壁を見ながら、『増幅』を発動させながらもう一度呟く。それと同時に第二地区中の光が消えた。
「さあ」
ひとまずは作戦成功だ。
まだ街の中に入ってもいないのに、各方面から悲鳴や怒号が聞こえる。
「行動開始だ」
僕の号令と共に、背後に潜んでいた竜車が第二地区へと雪崩れ込んだ。
◆
貿易都市である第二地区を治めるヘノム・ジョルジュという貴族は、自己顕示欲が非常に強い人間だった。
ゆえに今の地位に就いた時、この街のど真ん中にこれまたどでかい城を建てた。
首都にある王城程ではないものの、しかし劣っていると断ずることも出来ない規模の城。
横に並べて見比べることが出来れば分かりやすいが、生憎この世界にその方法はない。
彼は国外との貿易で利益を得て、他の追随を許さない程の繁栄を極める。ある程度の好き勝手を、王が咎められないほどに。
こうして、ヘノム・ジョルジュの第二地区での天下は始まった。
街に綺麗な女がいれば金にモノを言わせて連れ帰り、気に入らない者がいれば即座に罰する。
それでも尚この貿易都市が栄えているのは、彼の実力が本物だったからだ。
ヘノム・ジョルジュは巧みな交渉術で貿易の利益を上げ、更には貿易国を増やし、アルティアにとって欠かせない存在になっていた。
住民をそれを理解しているため、強くは反発出来ない。ただ、彼の独裁に似た統治に堪えるだけの日々。
ヘノム・ジョルジュを脅かす存在などいなかった。
いるはずがなかった。
「ヘノム様!この第二地区に賊が攻めてきました!」
「なに?」
寝室。
今日連れ帰ったばかりの若い娘を犯してやろうとしていた彼の元に、腹心の男が駆け込んできたを
「正体、規模共に不明!目的も分かっておらず、街は混乱に呑まれてしまっています!」
「チッ、この儂に楯突くとは馬鹿なことを。先日の件をもう忘れたのか」
先日の件とは、獣人の村による反乱のことだ。
第二地区に滞在中の勇者達にも助力してもらい、敢えて誰も殺さずに鎮圧した。
それが、相手の闘志を折るのに効果的だと考えたからだ。
「また勇者のガキ共に依頼しろ」
「ですが」
「報酬は弾むと言っておけ。あれらはまだガキだが、実力は本物だ。儂の私兵の消耗を減らせる」
「はっ、承知致しました!」
男はヘノムからの依頼を、この城に滞在中の勇者達に伝えた。
だが、勇者とは言ってもまだ召喚されたばかりの少年少女だ。そう何度も戦いに参加するのは好きではない。
「なぁ、話が違うじゃないですか。前のあの反乱を誰も殺さずに鎮圧したら、もうこの都市に叛逆する奴なんていないって言ってたのに」
真っ先に異を唱えたのは桐川玲だ。
彼も先の戦いに参加し、そして人を傷つけたことに罪悪感を抱えていた。
「そう言わないで下さい。民は今、混乱の最中にいます。彼らを落ち着かせるためにも、勇者様方の力が必要なのです」
男は玲を諌めるように訴えかける。彼としては別に勇者でなくともいいと思っているのだが、ヘノムの命令だ。逆らえば命はない。
「俺は戦う」
「はぁ?」
「何があっても、俺達は勇者なんだ。力のない者のために戦うのは当たり前だろう?」
佐山快斗はそう言って立ち上がる。自分が正義の味方であることを信じて疑わない彼は、民のためと言われて断るはずもなかった。
口々に言葉をぶつけ始めた彼らに、ヘノムの腹心である男はため息を吐く。彼らの引率役である里村亮介は、その様子を静観している。
そして遂に取っ組み合いに発展しそうになった彼らと、その二人を止めようとする者達が間に入った時、再び轟音が響いた。
「っ!?」
しかも、その音源はすぐそこ。
ヘノム邸の大講堂にいた彼らの、その壁が崩れ落ちる音だった。
「な、なんだ……?」
誰もがその穴を注目する。
この中で一番経験のある亮介は、席を立って警戒していた。
外からは月の光が差し込んでいた。
玲達を照らしていたそれを、しかし遮る者が現れる。
ヘノム邸に空いた穴に降り立ったのは、一人の少年だった。
「どうも、誘拐犯です」
目の部分だけを細長く切り抜いた木の仮面をつけた少年は、複数の視線にたいしてそう言った。
読んでいただき、ありがとうございます!




