第二十六話 獣人の村
◇
―――もう、誰も殺めないつもりだった。
両親の仇を取って、何も感じなくて、そんな自分が怖くて気持ち悪くて、僕はもう二度と誰も殺さないと決めた。
誰かを殺せば、醜い自分と向き合うことになるから。
十歳であの通り魔を殺して、それからは平穏な日々が続いた。
今思えば、僕は勘違いしていた。
少し続いた平和な日々が、僕の日常だと思い込んでいた。
世界は色を失ったままだったけど、それなりに楽しい時間だったから。このまま、穏やかに死んでいけるんだと勘違いしていたから。
今なら分かる。
もしも、本当に誰も殺したくなかったのなら、僕は死んでおくべきだった。
運命は僕を逃がさない。
悠が感情を喪った十四歳の時、僕はそれを理解した。
◇
「力を、貸す?」
思わず聞き返す。
「そうじゃ。聞いておるだろうが、儂らはアルティアに反乱を起こし、そして鎮圧された」
「ええ、聞きました」
「力の差は一目瞭然じゃった。相手は勇者をも動員したのじゃ。……こちらに死者は出なかった。手加減される程、力の差があったのじゃ」
「………」
なるほど、確かに、殺すつもりで襲いかかってくる相手に加減をするなんて、よっぽど余裕がないと出来ることじゃない。
「……じゃが、儂らは再び、第二地区へ攻め入るつもりじゃ」
アリシア様がついてこなくて良かった。こんな話を聞かれたら、何をするか分からない。
それに、もしかしたら有利に動くための人質にされていたかもしれない。
「それで、次には僕も参戦して欲しいと?」
「ああ。君の強さは知らんが、勇者ということはスキルを持っているんじゃろう?儂らよりも強いのは確実じゃろう。それに……」
「それに?」
「気付いたかもしれんが、この村の男衆はほとんどいないからの」
言う通りだった。
広場にいる男達も、全体の割合でいれば少なく、もっと言えば誰もが疲弊しているようだった。
「元気な男衆はアルティアに連れて行かれた。使い捨ての労働力としての。女共も人質として連れて行かれ、この村には碌な戦力が残っていない」
「そこに来たのが僕達だったと」
「そうじゃ。重症ではあったが、君はその怪我を一晩で完治させてしまった。スキルか何かを詮索するつもりはないが、只者ではない。じゃろう?」
「過大評価ですよ」
なんで怪我治したとこ見てるんだよ。その前に重症してたってことは、こっ酷くやられたってことなのに。
「それに、意味分かって言ってます?僕は一応勇者で、アルティアに所属してるんですよ。そんな僕に、アルティアと戦えと?ちょっと無責任過ぎませんか?」
「おい、お前!この村に匿ってやっただろうが!それぐらい受け入れてもいいだろ!!」
男達から野次が飛んできた。
「それとこれとは別でしょう。代わりに労働力として働けと言うのなら、しばらくは手伝いますよ。でも、これは見返りの範疇を超えている」
そもそも今言ったように、僕達は匿ってもらっただけだ。治療してもらえたわけでもなく、世話をしてもらったわけでもない。
「と言うよりも、ナナちゃんが恩返しした結果が、今の状況でしょう?あなた達は更に恩返ししろと?」
「ぐ……」
ナナちゃんに財布をあげた結果、ナナちゃんは僕達を村へと招いてくれた。聞けば、僕が寝かされていたのもナナちゃんの家だという。
「ジオラさん。本当に力を貸してもらえると思っていたんですか?」
「それは……」
答えない。それが答えだ。
「なんで僕なんかに?断られると思っていたんでしょう?」
「……もう、頼るものがなかったんじゃ。勝つ事も死ぬ事も出来ず、手段も尽きたところに君達が運ばれてきた。……縋るしか、なかったんじゃ」
「………」
「儂は息子を連れて行かれた。ルルの夫で、ナナの父親じゃ」
「……え?えぇ!?」
「ん?」
ちょっと待って、じゃあルルさんってナナちゃんの母親?若すぎない?
「儂だけじゃない。この村の誰もが、圧政に苦しめられておる」
「……他の被害を聞いても?」
ああ、馬鹿。聞くなよ僕。
「俺も二人の息子を連れて行かれた」
「私は旦那を」
「嫁を人質に取られた」
「税金だって少しずつ上げられてる。もうこの村には金目のもんなんてほとんどねぇよ」
この村が受けている被害は思ったよりも深刻で、今では生活するのも苦しいらしい。
「ハッ、俺は別にお前なんかの力を借りなくたっていいぜ。俺一人でだって取り返してやる」
さっき会った、ナナちゃんの兄でルルさんの息子である猫耳少年がそう言ってきた。未だに僕を睨みつけている。
「父親を、かい?」
「……親父は死んだ。人間共にこき使われてな。俺が言ってんのはアンのことだ」
………。
「アンっていうのは?」
「あー、その子の恋人だよ」
「なっ、母ちゃん!勝手にこんな奴に教えてんじゃねぇよ!」
「ガイウス。あんたも良い歳なんだから意地張るのはやめな。あんた一人じゃどうしようもないだろう?」
「それはっ……!」
何かを反論しようとした彼は、しかし何も言わない。口を噤んで、悔しそうに俯いた。
「頼む……ます。どうか、俺たちに力を貸せ……てください」
「………」
慣れないガイウス君を見て、少し考える。
いや、考えるフリをしているだけだ。こんな事を聞いてしまったら、僕は断れない。
「……ガイウス君。一つ、質問いいかい?」
「……ああ」
「君は、その子のためならどんな事でも出来るかい?」
「その子って、アンのことか?」
「そうだよ」
「当たり前だろ」
「何を犠牲にしてでも?」
「ああ」
「自分の命と引き換えにでも?」
「ああ」
「ここにいる村人全員を殺してでも?」
「っ!……そ、れは……」
言い淀むガイウス君を、黙って見つめる。
「それは……出来ない」
「なぜ?」
「アンは……この村のみんなを大事にする俺の事を、好きだって言ってくれた。だから、ここのみんなを害したら意味がない」
そう言って顔をあげた。
「俺は、俺のままでアンを取り返したい。だからそこは譲れない」
「……そっか」
少し、この子が羨ましい。
「なら、君も死んだらダメだ。違うかい?」
「……違わない」
「……僕が取り返してくる。君も来るかい?」
「あ、ああ!もちろんだ!」
パァッと明るくなった顔を見て、少し微笑む。だが、笑ってられる状況ではなくなった。
「若き勇者よ、儂らに力を貸してくれるのか?」
「ええ。まあ、貸し一つってことで。あと僕のことは名前で呼んでください」
「?」
「勇者なんて呼ばれる柄じゃないんで」
「……分かった。よろしく頼む、カナタ殿よ」
僕は無言で首を縦に振る。
「して、カナタ殿よ。勝算はあるのか?」
僕は無言で首を横に振った。
◇
「そう……ですか」
アリシア様は少しショックを受けたような表情をする。彼女によると、実質第二地区を治めているのはヘノム・ジョルジュという公爵らしい。
そしてアリシア様は、ガルダーク王はそのヘノム・ジョルジュを信頼して任せていたのに、その彼が私利私欲のために獣人を蹂躙した事に怒りを覚えていた。
「それで……カナタ様は?」
どうするのか、ということだろうか。
「僕は……」
これは、言ってしまってもいいのだろうか。
そもそも、今のアリシア様の立ち位置がよく分からない。それを考えると言わない方がいいと思った。
「まだどうするか決めていません。とりあえず、しばらくはこの村の手伝いでもしようかと思ってます」
「……そうですか」
もしかしたら、アリシア様は気付いているかもしれない。それでも僕は何も伝えなかった。
「ここから首都まではどれぐらいで帰れますか?」
「第二地区で交通手段を整えて、三日といったところですね」
なら、第二地区に乗り込むのは三日後かな。
「アリシア様。舞と、悠も首都に連れ帰ってもらってもよろしいですか?」
「え……?ユウ様もですか?」
「……はい。僕と一緒にいたら……危ないと思うんで」
「そうですか……」
本当は悠と一緒にいたい。でも、今からしようとしている事を考えれば、悠がここにいるのは危険だ。
「―――悠?」
「………」
何か引っ張られるような感覚に、後ろを振り返る。
そこには、僕の服の裾を摘む悠の姿があった。
「……君がここにいるのは危ない。用事が済んだら僕も第一地区に帰るから、しばらく舞といてやってくれ」
「………」
悠は虚ろな目で、微かに頷いた。ように見えた。
この異世界に来て、悠は少しずつ感情を取り戻しているように思える。環境の変化がプラスに働いてくれたのかもしれない。
「ありがとう」
さて、具体的な計画を立てていかないと。
「……ねぇ、カナタ。アタシはどうすればいいの?」
そう考えていた時に、いつの間にか隣にいたクリネアが声をかけてきた。
「………」
「え、なにその反応?もしかして忘れてた!?忘れてたの!?」
みるみるうちに、クリネアの大きな瞳に涙が溜まっていく。
「いや……忘れてないよ?」
「忘れてたんだ!わーん!!」
クリネアは泣きながらどこかへ走り去ってしまった。
……存在感なさすぎて忘れてた。宥めにいかないと。
まったく、世話を焼かせて。しょうがない幼女だな。




