第二十五話 さいふのおにいちゃん
◇
「知らない天井だ。……って言ったら、なんかそれっぽいよね」
目を覚ました僕は、自分が見知らぬ部屋にいる状況にそう呟いた。
「……急に何言ってるの?馬鹿なの?」
すると、僕が横たわるベッドの隣に座っていたクリネアから辛辣な言葉を浴びせられた。
「目を覚ましたばかりの僕に馬鹿って、クリネア、容赦ないね」
えーっと、どういう状況だっけ。
確か、第五地区を出て、シーファと戦って、負けたんだっけ……。
「……あれ?クリネア、無事だったの?」
「それ、アタシの台詞でしょう?あれだけの怪我して、なんでヘラヘラしてるのよ」
クリネアの言葉に、体を起こして全身をペタペタと触る。確かに、痛みを感じない。
「あれからどれぐらい経った?」
「一日だけよ」
ああ、そういう事か。
一日経って、『自己再生』が発動したんだ。自分がどれぐらい怪我してたかは分からないけど、そのおかげで助かったらしい。
「気持ち悪かったわよ。バキバキだった腕とか脚が、急にうねうねし出して綺麗に治っちゃったんだから。でも、おかげでアタシもアリシアも、もちろんユウも助かった。……ありがとう、カナタ」
「……うん、どういたしまして」
なんとかみんなを守れたみたいだし、勝負には負けたけど結果オーライだ。良かった。
……あれ?
「舞は?舞はどうなったの?」
僕が最後に見た舞は、辛うじて生きている状態だった。そして舞に、回復系のスキルはない。
「……生きては、いるわ。でも……」
「……舞の元に案内してもらっていい?」
「もちろん」
僕はベッドから降りる。体を動かしても違和感はない。
クリネアに続いて部屋を出ると、目の前には村のような光景が広がっていた。
周囲には少し和風な家屋が立ち並び、のどかな雰囲気が漂っている。一昔前の日本みたいだ。
だが、決定的に違うことがある。それは村人が獣人のといことだ。
外に出た僕とクリネアに興味深そうな視線を注ぎながら、往来を歩いている。
とてつもなく気になる。しかし、優先するべきは舞だ。
そのまま歩いていくクリネアについていくと、クリネアは一軒の家屋の前で立ち止まった。
「この中よ」
「入っても大丈夫?」
「ええ」
クリネアが頷くのを見て、僕はその家の中へと足を踏み入れた。それと同時に、焦げ臭さを感じる。
「アリシア様ですか?」
「……ああ、カナタ様ですか。お目覚めになったのですね。本当に良かったです」
「ありがとうございます。それに、悠。君も無事で良かった」
「………」
部屋の奥にはベッドが置かれており、その傍らに悠とアリシア様が座っていた。悠はいつも通り無言だ。
だが二人とも、どこか疲れているように見える。
そして、ベッドの上には人が寝かされていた。
全身は包帯でぐるぐる巻きにされており、所々から除く肌は真っ黒に焼け焦げている。
第三者が見れば、ここで寝ているのは誰かなんて分からないだろう。性別すら分からないと思う。
だが、僕には分かった。むしろ、該当する人物は一人しか思い当たらない。
「―――舞、なのか?」
「……はい。なんとか一命は取り留めましたが、油断は出来ない状況です。今も、ついさっきまでずっと苦しんでいて、やっと眠ったところなんです」
「そう、ですか……」
なんとか死なないで欲しい。僕に出来ることがないのが辛いところだ。
「腕の良い医者を連れて来れたら良いのですが……」
そこからアリシア様が語ったのは、今の僕達が置かれた状況だった。
アルティア一の治癒魔法の使い手は王城にいるのだが、王城には僕の命を狙う野村さんがいる。だから、重症だった僕達を連れて王城に戻るのは危険すぎた。
そうしてどうすべきか迷っていた彼女達の前に、ある獣人が現れた。
「それで、獣人の村ですか」
「はい。その子のおかげで、ひとまずは治療をする環境を整えることが出来ました。ですが……それは、あくまで最低限の処置です」
つまり、その王城勤めの治癒師に診てもらわないと厳しいと。
「……僕のせい、か」
僕が作った厄介ごとのせいで、僕達は王城に帰ることが出来ない。
「……いや、舞だけなら、なんとかなるかも」
そうだ。
仁和寺さんを殺したのは僕で、実際野村さんは舞を狙わなかった。
「アリシア様。舞だけ連れて、王城へ戻ってもらえませんか?舞だけなら、恐らく狙われることはありません」
「ですが……」
「僕は行方不明ってことにでもしてもらえれば可能性は上がるかもしれないです。野村さん達の報復を恐れて逃亡した、みたいな」
「………」
舞だって一人の女の子だ。身体に火傷痕が残るのは嫌に違いない。幸い、この異世界なら治せる方法があるんだ。何としてでも治療させてあげたい。
「いいんですね?」
「はい。代金は僕達の家の二階、階段を上がって右の部屋の屋根裏にある金貨から出して下さい。以前ガルダーク王から頂いた報酬金を保管していますので」
「分かりました。……しかし、問題は他にもありまして。今すぐにでも出発したいのですが……」
「?」
「カナタ様含めて今の私達が抱える、もう一つの問題に関わる話です」
「もう一つの問題?」
「はい。ここは獣人の村。先日、第二地区へ反乱を起こし、そして鎮圧された獣人達の村にございます」
◇
外に出ると、ちょうど見覚えのある獣人が歩いているところだった。
僕の財布を盗んだ、あの猫耳少女だ。
「やあ」
「っ!?……さいふのおにいちゃん」
「財布のお兄ちゃん!?」
想定外の言葉に、つい叫んでしまう。それを聞いた猫耳少女は、再び体をビクリと震わせる。
て言うか、財布のお兄ちゃんって……。
「君が僕達をここに連れて来てくれたんだってね。ありがとう」
「い……いえ、さいふのおにいちゃんにはさいふをもらったので。これぐらい、なんてことないです」
「……情けは人の為ならず、か」
「なんですか?」
「何でもないよ」
特に深い考えもなく、頭を撫でておいた。猫耳少女は気持ち良さそうに目を細める。
「そう言えば、君の名前は?」
「わたしはななっていいます」
「ナナちゃんね。僕は氷室奏多。よろしくね」
「はい、さいふのおにいちゃん」
……名乗った意味なかった。
「おい、アルティアの人間が気安く触れてんじゃねぇよ」
パシリと、ナナちゃんを撫でていた手を何者かに叩かれた。
隣を見ると、獣人の男の子がいる。僕より年下に見えるけど、何歳だろう?
「こいつは俺の妹だ。人間が触れるな」
「……君は?」
「名乗る必要があるか?」
「嫌ならいいよ。別に、大して興味ないし」
なんて声かけたらいいか分からなかったから、とりあえず名前を聞いてみただけだし。
「っ、てめぇ……!」
「やめな、馬鹿」
「いてっ!?」
いきり立った猫耳少年を、更にその背後から来た猫耳の女性が頭を叩く。
「悪いね、あんた」
猫耳に続く猫耳。
密かに興奮していた僕に、猫耳の女性が声をかけた。
ピンと立つ猫耳に、キリッとした目つき。凛とした顔つきがカッコよく、綺麗さも相まって凄い魅力的だ。
どこかナナちゃんに似てるし、この二人の姉なのだろう。
「あんた、ここに来た時に気を失ってた子だろう?もう聞いてるかもしれないが、この村はアルティアに反乱を起こしてね。どいつもこいつも、人間ってだけで敵意を剥き出しにしちまうんだ」
「いえ……まあ、仕方ないことでしょう。気持ちが分かるとは言えませんが、察することぐらいは出来ます」
「へぇ……あんた、名前は?」
また名乗るのか。
「氷室奏多です」
「あたしはルルだ。まぁ、よろしく頼むよ」
「こちらこそよろしくお願いします」
「人間の割りに、随分礼儀正しいんだねぇ」
……それ、人間とか関係あるのか?
「……獣人ってのは下に見られがちでね。そういった人間も少なくないんだ」
「なるほど」
「それにしても、ヒムロ・カナタ……変わった名前だね。もしかして、勇者かい?」
もしかしたら、勇者って存在は結構有名なのかもしれない。
五代も召喚されているとは言え、人間と確執を抱えていそうな獣人も知っているのだから。
いや……アルティア付近に住んでるからか?
「一応、そうですね」
「なんだい一応って」
「魔王を倒すつもりはないんで、全然勇者じゃないですよ。肩書きが勇者ってだけで」
「へぇ、あんたも色々あるんだねぇ。まぁ、話はここまでにしておこう。村長があんた達を呼んでる。悪いが、来てもらっていいかい?」
「ええ、もちろん」
僕はとりあえず、悠とクリネアを連れてルルさんについて行く。
アリシア様は立場的に同行すべきではないと言って、舞の看病を申し出てくれた。
確かに、アルティアの第二地区と問題を起こした村だ。その国の第一皇女がいれば、更に揉め事が起こるかもしれない。
「………」
落ち着いて見渡してみれば、この村はだいぶ草臥れているように見えた。家もボロボロで、歩く獣人達の目にも生気を感じ取れない。
気のせいかもしれないが、大人の男の人が少ないようにも見えた。
「ほら、ここだよ」
案内されたのは、村の中央にある広場のような場所だった。
そこには屈強な男達が立っており、僕達が広場に足を踏み入れるとこちらをギロリと睨んできた。
ルルさんは僕達を途中で止めると、男達の元へ駆け寄って何かを話し始めた。
しばらくしてルルさんが話し終えると、男達の中から一人の老人が出てきた。
「君が、勇者ヒムロ・カナタじゃな?」
「ええ」
「儂はこの村の長をしておるジオラじゃ」
「よろしくお願いします」
「うむ」
ジオラさんはそう答えて、何かを考え込むように少し黙った。
その背後に控える男達からの視線に居心地の悪さを感じながら、僕はジオラさんの次の言葉を待つ。
そして、
「若き勇者よ。どうか、儂らに力を貸してくれんか?」
そう言った。




