第二十四話 壊れた戦い方
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「なん……だ、これ……」
魔将である自分を震わせる程の殺気に、シーファは警戒を高める。
「……お前、生きてたのか」
その悍ましいまでの殺気を放つ存在に、シーファは視線を向け、目を細める。
そこには『自己再生』を使い、傷一つなくなった奏多が立っていた。
「まあ、なんとか」
「そうか。連れの嬢ちゃんは死んだぜ?」
「……そ」
本当は、まだ辛うじて息があるのを確認している奏多は、しかしシーファの意識を自分に向けるためにそう答えた。
シーファがわざと舞の生死を見誤っている可能性を考慮しながらも。
「今度は、お前の番だ……あ?」
シーファは自分の体が宙に浮いていることに気付いた。それと同時に、腹に強い衝撃を覚える。
少し先には、足を振り抜いた状態で残心する奏多の姿が。
「……別に、勇者とかどうでもいいし、だから、魔将とかもどうでもいいけど」
シーファは地面に着地し、ごほりと血を吐き出す。
「悠の障害になるんなら……消す」
「は、やれるもんならやってみろよぉ!!」
端から血を垂らす口を三日月のように裂けさせて笑みを浮かべたシーファは、地面を蹴って奏多へと肉薄する。
その速度は奏多の知覚レベルを超越していた。
だから、奏多は躱すことを諦める。
「……そうきたか」
バキリと、乾いた音が鳴る。シーファの拳を受け止めた奏多の腕が折れる音だ。
左手首が変な方向に向く。激痛と共に、左手が使い物にならなくなったことを理解した。
だから、奏多は左腕を捨てる。
「おっと」
奏多の回し蹴りを避けるために、シーファは後退した。
だが、奏多は追撃しない。
シーファの持つ能力が分からない以上、『光の賢者』による攻撃は得策ではないと考えたからだ。
「ビビってんのか?もっとオレを愉しませろよ!」
シーファの回し蹴りを、左の前腕で受け止める。またも、ゴキリと嫌な音がした。手首に続き、前腕が折れる。
だが、奏多は少し顔を歪めるだけだ。
「くそっ、がぁ!!」
左脚がシーファの横腹を穿つ。と同時に、軸にしていた右脚を払われた。
体を支えていなければ蹴りに充分な力は伝わらない。
そして、半端な攻撃が効くような甘い敵ではない。
「ぶっ!!」
シーファの拳が、奏多の顔面を捉えた。
耳の近くでメシメシと何かが軋む音が聞こえ、奏多の体は後頭部から地面に強く打ち付けられる。
「かっ、はっ!」
ぼやける視界の中、シーファが自分を踏みつけようとしている姿を見た奏多は、左肩でそれを防ぐ。
また、ゴキッと音が鳴った。
「うるぁっ!!」
「っ、ふっ!」
奏多の苦し紛れの足払いを避けたシーファは、トドメとばかりに再び奏多へ拳を打ち込んだ。
奏多は右肘で地面を押し、働いた反作用の力を利用してそれを躱す。
一時的に至近距離で背中を向けた奏多は、目視せずに『気配察知』を使用してシーファの位置を特定、その体勢のまま後ろ蹴りを放った。
不意を突いたはずのそれは、しかしシーファは軽く避けた。そして、体勢が崩れた奏多の足を掴み、思い切り手前に引っ張った。
自分を支える左足を掴まれ、引っ張られた奏多は、シーファの眼前に浮かされた。足が上、頭が下の逆さ状態で。
当然、奏多は身動きが取れない。
シーファは五本の指を鉤爪のような形に曲げ、奏多の無防備な腹へと突き立てた。
「餓狼」
そんな呟きと共に、指はズブズブと腹へと沈む。もちろん、本当に沈んでいるわけではなく刺さっているわけで。
「がああああ!!」
指で腹を抉られた奏多は、その堪え難い激痛に絶叫した。
更に掌底の威力も奏多に伝わり、支えのない体は冗談みたいな速度で吹き飛ぶ。そのまま茂みの向こう側へと飛ばされ、シーファの視界から消えた。
「ぅぅああああっ!!」
だが、奏多はすぐに茂みから出てきた。
腹からは血をダラダラと垂れ流し、左腕は力無く揺れている。
それでも、その目は鋭く、シーファを無意識に怯えさせる。
「こいつ……獣かよ」
満身創痍な上に、動きは直線的。脅威を感じる要素など一つもない。
それなのに、シーファは確かに気圧された。
「おもしれぇ……おもしれぇ!カナタァ!!」
「るっせぇ!!」
奏多は『身体能力強化』を発動する。
右腕の能力を限界の十倍まで引き上げ、『増幅』で更に跳ね上げる。その合計上昇値は、およそ五十倍。
もはや力を込めているだけで弾け飛びそうな右腕を辛うじて留め、確実に息の根を止めるべく、自損覚悟でシーファの顔面に打ち込んだ。
はずだった。
「―――あ?」
打ち込んだはずの奏多の右腕は、背後へと弾かれていた。
関節は有り得ない角度に曲がり、と言うより、関節などに関係なくバキバキに折れていた。肩から五指に至るまで、例外はない。
何が起きたのか理解出来なかった。
理解しようとして、だが理解する前に、彼をこれまでにない激痛が襲った。
「……えぅ、づ、ううううううっ!!」
歯を食い縛り、絶叫をなんとか堪える。叫んでしまえば、更に痛く感じてしまうと思ったからだ。
だが、これで両腕は完膚なきまでに壊された。
『自己再生』は一日一回しか使えない。奏多に怪我を治す手段はない。
だから、奏多は腕を捨てた。
「いってぇんだよ、クソがァァ!!」
昔から、奏多の身体能力は高かった。
部活動はしていなかったものの、体育でのスポーツは何でも平均以上にこなし、勧誘されることもしばしば。
喧嘩でもそれなりには強く、ちょっとした不良程度なら軽くあしらえていた。
だが、奏多は度々、本物の裏の人間と殺し合いを繰り広げてきた。
少し特殊とはいえ、ただの学生として生活していた奏多が、そんな相手と互角に渡り合えるわけがない。
それでも彼が生き抜いてこれたのは、ひとえにスイッチが入った時の彼の異常性ゆえだ。
奏多はある目的のために戦う時、全てを賭けて戦うことを決意し、スイッチが入る。
スイッチが入った彼は、それまでと比べて格段に強くなる―――と、いうわけではない。
ただ、『勝つ』ことだけを目的とする。
邪魔なものを削ぎ落とし、削ぎ落とし、削ぎ落として残った僅かな何かで、敵を殺してきた。
「ぶっ殺す!」
腕が使えなくなった奏多は、今度は右脚の能力を爆発的に上げる。
前に、シーファの左脚が奏多の右脚を蹴り砕いた。
ガクンと、奏多の体勢が崩れる。
それでも奏多は止まらない。
残った左脚だけで体を前に押し出し、歯を剥き出しに頭から突っ込む。
「気迫は買うが―――」
常人ならば震えてしまいそうな奏多の相貌に、しかしシーファは冷静に対応する。
「―――それで勝てると思ってんなら、甘いにも程がある」
そして、今までより一際速い動きで奏多の後頭部を掴み、地面に叩きつけた。
ゴッと、鈍い音が響く。地面には蜘蛛の巣状にヒビが入った。
そしてそれを最後に、奏多は動きを止めた。
「……ここで摘むべきなんだろうが、まあ、オレの任務はクリネオを連れ戻すことだ。そのままじゃ死ぬかもしれねぇが、もしも生き残れたら、また殺り会おうぜ」
ピクリともしない奏多にそう言って、シーファはクリネア達が逃げていった方へ視線を向ける。
そこで、はたと気付いた。
「あー……隠れやがったな?」
そう呟いたシーファの表情は、苦虫を噛み潰したようだ。
それもそのはず、クリネアをよく知るシーファは、彼女の能力をよく知っている。
そして、その能力を前にした時、自分ではどうしようもないことも。
「……帰るか」
シーファは最後に、未だに伏したままの奏多と舞を一瞥して、本当にその場を立ち去ってしまった。
◆
シーファの気配が完全に消えてから、クリネア達は奏多と舞の元へと急いで戻ってきた。
アリシアはいくつか聞きたいことがあるようだったが、今は自分達を逃すために戦った二人のことを優先することにした。
悠も、無表情ながら、倒れる二人に寄り添っている。
「ど、どうしよう!ねぇ、あなた、皇女様なんでしょう!?カナタとマイを助けてよ!」
「当然です!ですが、私は治癒系の魔法が使えません!」
「っ、……とりあえず、ここはアタシが……!」
クリネアは手を奏多と舞にかざし何かを唱える。すると、半透明な光が膜のように二人を包みこんだ。
「これは……?」
「アタシも治癒魔法は使えないわ。これは二人の時間を止めただけ。でも、色々あって長くは使えないから、早く治してもらわないと。第一地区は?」
「当然、治癒師はいますが……」
「何か問題が?」
「治癒魔法は希少で、このアルティアで一級レベルの使い手は二人しかいません。その方々は王城に仕えているのですが……」
アリシアは少しだけ言い澱み、続けた。
「今、王城にはカナタ様と共に召喚された勇者様方がいらっしゃいます。カナタ様は第五地区に向かわれる前、その方々と問題を起こしまして、有り体に言えば、命を狙われています。今のカナタ様の状態を知られれば……」
「命狙われるって、カナタ何したの!?仲間でしょう!?……でも、他に行く場所なんて」
今の奏多が命を狙われたら、確実に殺される。だが、一刻も早く治療しないと死んでしまう。
そんな切羽詰まった現状に頭を悩ましていたクリネアとアリシアの近くの茂みが、突然ガサガサと音を立てた。
「誰!?」
クリネアは悠を庇うように移動し、アリシアは奏多と舞を庇うように立つ。
「あ……あの……」
草むらから出てきたのは、猫耳をピョコンと生やした可愛らしい少女だった。
「あなたは……あの時の」
それは、アリシアには見覚えのある少女。
奏多の財布を盗み、ある意味アリシアの誤解の元になった少女だ。
「その……さいふのおにいちゃん……」
「……財布のお兄ちゃん?」
聞いたことのない単語に、クリネアは首を傾げる。だが、猫耳少女はもう一度繰り返した。
「さいふのおにいちゃん……」
今度は、奏多を指差して。
クリネアとアリシアは変わらず首を傾げながら、顔を見合わせた。




