第二十三話 圧倒的な力
◇
灰色の世界だった。
目に映る物は全て色褪せ、何も感じさせない。水と血を見分けられず、肉が焼けているかどうかも食べてみないと分からない。
白と黒だけで、世界は形成されていた。
いつからだったか―――は、考えるまでもない。
僕の世界が壊れた日。
父と母を殺した犯人を僕が殺した日。
あの日から、世界は色を失った。
僕はただ、死ぬために生きた。
形ある物全てがそうであるように、いつか訪れる終わりを待ちながら、ただ生きた。
自分で死ぬ勇気もなく、ただ、屍のように生きた。
何も感じない、感じれない、自分の犯した罪が、いつか白日の下に晒されることに怯えて、生き続けた。
彼女と出会ったのは、そんな時だった。
先に結果を言ってしまえば、彼女は僕の世界に色を取り戻してくれた。
彼女との出会いが、独りだった僕を変えた。
だから、その日から、僕は死ぬためではなく、彼女のために生きることにした。
世界が色を取り戻しても、彼女の髪は変わらず白いままだった。
初めて、白を綺麗だと思った。
―――初めて、世界が美しく見えた。
◆
「おい、お前らの名前は?」
「名前?」
「そうだよ、名前だ。オレは魔王軍の幹部で、お前らは勇者。名乗りってのは必要だろ?」
「はぁ……僕は氷室奏多」
「……私は三上舞です」
「カナタにマイか。……じゃあ、いくぜ?」
シーファはそう言い、一歩を踏み出した。その一歩で、奏多の懐まで潜り込む。
奏多は咄嗟に『光の剣』を作り出すが、シーファに腕ごと振り払われて飛んでいく。
「くっ……そ!」
「ほらほら!」
「ぐっ!」
顎をかち上げられ脳が揺れた奏多は、力なくその場に崩れ落ちる。そこに追い打ちをかけるシーファの前に、するりと舞が割り込んだ。
「女に庇われるなんざ、情けねぇ男だなぁ!」
「まぁ、私の方が強いので」
舞は淡々と答えると、豪腕を以って放たれた拳を躱して手を添える。
「お?おおっ!?」
そのまま、シーファの力を利用して地面へと叩きつけてしまった。
「かっ!?」
三上舞は間宮悠の護衛を自称している。
自称、というのは、彼女が自分でその立ち位置を定めたからだ。誰かに命じられた訳でもなく、ただ、自分がそうありたいと決めたからだ。
それは口だけではなく、実際に行動に移した。護衛と言うからには、まずは強くならなければならないと考えた彼女は、武術を習い始めた。
空手、柔道、合気道、剣道、弓道などなど。
その全てを達人レベルまで極めた彼女は、齢十七にして敵なしとなった。
幾度か奏多とも手合わせをした事があるが、結果は全戦全勝。度々奏多が舞に怯えるようになった要因の一つでもある。
そして今、異世界に来たことにより、勇者となった彼女は全てのポテンシャルが上がっている。
この世界でも奏多と模擬戦をしているが、『身体能力強化』を使用した彼でも尚、舞には敵わなかった。
「へぇ、おもしれぇな。今の、オレの力を利用したのか?」
「ええ」
すぐに立ち上がって態勢を戻したシーファは、興味深そうに尋ねた。
それに、舞は汗を流しながら答える。想像以上の威力に、恐怖を感じたからだ。
「っと」
なんの前触れも無く、シーファがその場を飛び退いた。と同時に、上から『光の剣』が落ちてくる。
それは、シーファが弾いたはずのもの。奏多はそれを、弾かれたように見せかけてシーファの上空へと放り投げていた。
更に、それを投げると同時に『必中』スキルも発動させている。結果、『光の剣』は地面に落ちる事なく、不規則な動きでシーファを追随する。
「っ、厄介なスキル持ちか!?」
シーファはそれを避けるために、舞との間に距離をとった。それでもなお追ってくる『光の剣』を、豪腕で粉々に砕く。
シーファがその挙動を終え、体が少しグラついた瞬間、そこを見逃さず舞が飛び出た。
傾くシーファの顔面に、拳を突き出す。シーファは当然、それを受け止めようと構えた。
だが、
「『纏雷』!」
舞がそう叫ぶと同時に、彼女の拳に紫電が走った。それを確認したシーファは、人外の速度で体を反転させ、紙一重で躱した。その足元へ、舞は下段の回し蹴りを放つ。足には同じく、紫電が走っている。
無理な状態から無理な動きで初撃を躱したシーファは、それをも躱すために地面を蹴りつけ、宙へと飛び上がった。
それが、舞の狙い通りだと分かっていながらも。
足を地面から離したシーファを、奏多が襲う。
スキルで身体能力を三倍まで上げた奏多は、その拳を握り締めた。
そして、拳はシーファの頰を捉えた。
「があっ!!」
豪速で地面に叩きつけられたシーファは、自分を覆う砂煙の向こう側が光ったのを確かに見た。
「『光の奔流』!」
追撃に奏多が放ったのは、文字通り光の奔流。
奏多は再び『必中』を発動させて、それを砂煙へと撃ち込んだ。
「……ふぅ」
シーファはため息を吐いて、手のひらを光に向ける。
すると突然、光は真反対の方向へと、つまり奏多へ向かって方向転換した。
「なっ―――!」
完全に不意を突かれた奏多は反応出来ない。
その固まってしまった奏多を、隣にいた舞が手を掴んで引き寄せることで光を回避した。
「ありがとう、舞。助かったよ」
奏多はシーファから目を離さずに礼を口にする。そして、続いて疑問を口にした。
「……今、何が起きた?」
「何だと思う?」
砂煙から歩いて出てきたシーファは、ケラケラと聞き返す。
「……奏多、今のは」
「ああ、僕の攻撃を返された。……舞の『反射』と同じか?」
「それなら、回数制限があるはずですが……」
「ねぇよ、そんなもん」
奏多と舞の推測を両断したシーファは、続ける。
「これを使うことになるとは思わなかった。それは素直に認める。だが……もう、オレに攻撃は当たらないぜ?」
「っ、奏多!」
「『千刃』、『桜花繚乱』!!」
千本もの『光の剣』が、それぞれ不規則な軌道を描いてシーファへと向かう。
今の奏多に出来る、最大火力の攻撃だ。
しかし、それでさえも。
「ほれ」
シーファが手のひらを向けると、千本の剣は一切に向きを変え、奏多へと襲いかかった。
「おいおい、『必中』も使ったんだけど!?」
奏多は自分に襲いかかってくる眩い剣に手を向け、『スキル解除』を発動する。
その判断もある意味で博打だったが、『光の剣』は問題なく霧散した。
「支配、ではないか。やっぱり、反射か?」
「来ます!」
舞の声と同時に、シーファの姿が消えた。少なくとも、奏多にはそう見えた。
『未来予知』と『気配察知』を同時に発動し、紅く光った目を右に向けた。
そこには既に、拳を構えるシーファの姿が。
「はっ……!」
シーファが拳を振り抜き、その場に爆音と爆風を残して奏多は姿を消した。
「奏多っ!」
「まずは自分の心配をしろよ、マイ」
「なっ!?」
声と同時に、舞の視界をシーファの足が埋める。舞は咄嗟に左足を軸に体を回し、寸前で躱した。
「やるなぁ」
だが、躱しきれなかった攻撃によって、少し遅れて彼女の頰に傷が走る。
「っ!」
「だが、甘い」
「うっ!?」
ほぼタイムラグなしで腹を穿ったシーファの拳が、舞を軽々と宙へと浮かした。
「がっ、はっ!」
「おら、もう一丁!」
再び放たれた拳に対し、舞は『反射』を発動。だがそれはシーファの腕を少し弾く程度に終わる。
「お?」
シーファは自分の腕に目をやり、少しだけ笑みを浮かべた。
その一瞬の隙を、舞は見逃さない。
「『雷天』!」
未だ宙に浮き、苦痛に顔を歪め、それでも舞は叫ぶ。それと同時に、空が真っ黒な雲に覆われた。
バリバリと帯電している空は、舞の真上に収束していく。
「『豪雷』っ!!!」
雷鳴と共に、雷が落ちた。真っ黒な雷が。
「こりゃあ、やべぇな」
その矛先に佇むシーファは、ヘラヘラと笑みを浮かべ、手を雷に向けた。
それだけで、雷は直角に向きを変える。本来ならあり得ない動きに、舞は瞠目した。
そして、
「ああああああああああ!!!」
雷が直撃した舞は、絶叫を上げた。
「おーおー、えげつないなぁ」
雷が消えた後には、全身が黒く焦げた人型の何かだけがあった。それは力無く地に伏す。
「……死んだ?死んだな。死んじゃったか。もうちょっと楽しめると思ったんだが……オレが強すぎたせいだな。よし、クリネア連れて行くか」
シーファはぶすぶすと煙を上げる舞に背を向け、クリネア達が逃げた方角へと視線を向ける。
シーファは不敵な笑みを浮かべ、少し歩いた。
そして、
「っ!?」
突如、全身が粟立つような殺気に襲われた彼女は、本能的に背後に振り返った。
◇
交差していた腕が、だらりと垂れた。力が入らない。
多分、粉々に折れてる。
「いってぇ……」
なんとか防御は間に合った。
だが、身体能力強化だけでは受け止めきれず、こんなとこまで弾き飛ばされてしまった。
挙句、両腕骨折。
酷い有様だ。魔将、強すぎだろ。
「ああああああああああ!!!」
絶叫が聞こえた。分かりづらいけど舞の声だ。
見れば、雷に打たれた舞が倒れ伏すところだった。
やばい。舞、生きてるか?
それに、僕も舞もいなくなれば、次はクリネア達だ。あそこには、悠がいる。
……悠が危ない。
シーファがクリネア達が逃げた方へ歩いて行くのが見えた。
「……ふぅぅぅぅ」
息を吐く。
シーファは確実に僕より強いけど、負ける訳にはいかない。
悠を助ける。悠を守る。
悠のために、戦う。
―――カチリと、音が聞こえた気がした。
お気づきの方がいるかどうかは分かりませんが、第二章のタイトルを決めました。あと、第一章のタイトルを少し変更しました。
なんか、この方がかっこいいかなーって理由です。深い意味はありません。




