第二十一話 まさかの皇女様
◇
「正座」
「はい」
有無を言わせない舞の一言に、僕は逆らわず従う。そして隣を見るが……誰もいない。
「何を見ているんですか」
「何でもありません」
怒った舞は、怖い。それはもう、とてつもなく。
別に、また覗きをしたわけではない。ただ、さっき猫耳少女に財布をあげた後に気付いたのだ。
あの財布には、結構な額のお金が入っていたと。
でも、少女にあげたというのはなんだか恥ずかしい。その理由を聞けば、舞ならば許してくれるという確信はあったけど、恥ずかしさが勝ってしまった。
そこで、失くした理由を聞かれた時に、ほとんど反射的に『落とした』といったのがまずかった。
結果的に、僕は今、自己管理が出来ていないとめちゃくちゃ怒られてる。
「もう奏多もいい大人でしょう?それなのに、財布一つも管理出来ないなんて、不注意過ぎます」
ここはいっそ、本当の事を言ってしまおうか。
でも、それだと嘘つくなって怒られそうだしな。
「情けないなー、カナタは」
クリネアにまで言われてしまった。なんたる屈辱。
悠を見ると、彼女もどこかジトっとした目で僕を見ていた。
ダメだ、死にたい。
「聞いてますか?」
「はい、聞いてます」
怖い。
「また頑張って稼ぐので、許してください」
「……それを言われると、私としては何も言えませんが……次からは気をつけてくださいね?」
「はい、気をつけます」
なんとか許されたみたいだ。良かった。
「それで、観光自体は楽しめましたか?」
「いや、全然。財布はスら……落とすし、性犯罪者扱いされるし、散々だったよ」
「何してるんですか……」
舞は困った顔でやれやれとしている。
でも、今回に関しては僕は完全に被害者なんだよ?まぁ、ヘタな事は言わないでおくけど。
「そういえば、知ってますか?第二地区の周辺で、アルティアに対して大規模な反乱が起きたとか」
「へぇ」
それはそれは。なんとも物騒な話だ。
あれ?そういえば第二地区って玲達が向かったとこじゃないか?
「そうですね。どうやら、玲さん達も協力して鎮圧したようです。おかげで、討伐隊の方々はしばらく第二地区に滞在するようですが」
「大変だねぇ。反乱を起こしたのは?」
「近隣の集落のようですね。獣人が住む村のようですが、アルティアからの圧政に耐えられずに反発したようです」
「圧政、ねぇ……」
ガルダーク王を思い浮かべる。
僕はあまり好きではなかったけど、それでも圧政を敷くような王様には見えなかった。
「今も緊張状態が続いているようですが、集落には物資もあまりないため、そう長引かないと見られているようです」
「ふーん」
まぁ、なんというか、本当に物騒な話だ。
「この国も、色々とあるみたいですね」
「それ、誰に聞いたの?」
「ここの宿主の方に。……今日一日、その話で終わってしまいました」
「……ご愁傷様です」
ここの宿主はゴシップ好きらしい。僕は舞に同情した。
明日からは、舞の行きたい所を優先しようと思う。
◇
「お待ちなさい」
滞在最終日。
あれからは何事もなく過ごしていた僕達を呼び止める声があった。
聞き覚えのあるその声に、鬱蒼とした気持ちになるのも仕方ないだろう。
「なんですか?」
やはり、と言うべきか、姿を現したのはあのローブの女性だった。
正直、関わって欲しくない。
「少しお時間を頂いても?」
「嫌です」
女性からの提案を、即答で拒否する。
「んっ、……ダメです。あなたに拒否権はありません。これは、命令ですから」
随分偉そうな言いようだな。僕、この人嫌いだ。
「奏多?この方は?」
「僕を性犯罪者扱いした人」
「そっ、それは!……ごめんなさい」
お?
「それに関しては、私が悪かったですわ。申し訳ありませんでした」
意外と素直に謝られてしまった。数日経って、頭が冷えたのだろうか。
「分かりました。謝罪を受け入れます。それで、用はなんですか?」
「少し、場所を変えてもよろしいでしょうか?ここで話すのはちょっと……」
僕は舞に目配せをする。舞は無言で頷いた。
一応、クリネアにも目配せをする。ウインクされた。うざい。
「ありがとうございます。では、こちらへ。もちろん、お連れの方もご一緒に」
ローブの女性に案内されたのは、見るからに高級そうなレストランだった。女性はそのレストランに入り、そのまま奥へと向かう。
辿り着いたのは個室だった。多分、というか絶対、VIPルームのような場所だ。
「ここには防音の結界が張られていますので、ご安心ください」
そう言って、女性はローブを脱いだ。
綺麗な女の人だった。淡い青髪は一つに束ねて前へと垂らしており、背筋はピンと伸びている。
全身から醸し出されるオーラは絶対的であり、人の上に立つ者のようだ。
と言うか、人の上に立つ者だった。
「改めまして、アルティアの第一皇女、アリシア・S・アルティアです」
そう、アリシア様だった。
「おっ、皇女様!?」
まず最初に反応を見せたのはクリネアだった。
まぁ、魔族である彼女が王族と顔を合わせる機会なんて、それこそ戦争の時ぐらいだろう。
あれ?よく考えたら、僕って結構まずい事してるんじゃ……。
という考えが頭に浮かんだのは、もう少しあとの話だ。
「まさか……こんなところでアリシア様と会うとは……」
舞も叫びはしないものの、静かに驚いている。まさか、観光先で皇女様と出会うとは思いもしなかったのだろう。
「………」
ただ、この時の僕に関しては声を出すことすら出来なかった。
ただただ、アリシア様を凝視するぐらいしか出来ない。
「奏多?どうしました?驚きすぎて、目玉が飛び出そうになってますよ?」
それは仕方ないだろう。だって、皇女様だぞ?
そんな高貴なお方を、僕は空中から落とそうとしたり、地面に叩きつけたりしたんだぞ?
そりゃあ、眼球の三つや四つは飛び出るよ。
……あ、そんなにないか。
「あ……あのぉ、アリシア様?」
「なんでしょう?カナタ様」
ニッコリと笑みを浮かべるアリシア様が、今の僕にはとても怖い。
「その、先日はご無礼なことをしてしまい……」
「はて?何のことでしょう?」
「ああ、いえ、こう……地面に叩きつけたりとか、その……」
「奏多、あなた、何してるんですか……」
舞が呆れたようなため息を吐いた。
本当に何してるんだろうね、僕。
でも、仕方ないでしょ?あの時の僕からしたら、この人完全に不審者だったもん。
「気にしないで下さい。あれは、私に非がありましたから。それに、その……少し、気持ち良かったので」
「え」
「まあとにかく、その件に関しては本当に気にしないで下さい。私も新しい世界を発見出来ましたし」
それ、本当に気にしなくていいんですか?皇女様に大変なことしちゃってません?
「……それで、アリシア様はどうしてここへ?」
舞が一瞬、絶対零度の視線を向けてきた。蔑むような、見下すような、そんな目だ。
……なるほど、確かに悪くない。
「私はカナタ様の監視のため、ここへ参りました。詳細はお伝え出来ませんが……」
「僕が『神子』か、『罪悪感』のない危険人物か、ってところですか?」
「……なぜ、それを?」
「まぁ、予想ですよ」
と言うより、盗み聞きのおかげだけど。
「……それでは、隠しても仕方ありませんね。そうです。現在、ヒムロ・カナタ様は危険人物としてマークさせてもらっています。それと同時に、私達人類の希望では……とも見られています。それを見極めるため、私は派遣されました」
「両極端ですね……」
「危険だと判断した場合、やっぱり僕を殺すんですか?」
「……カナタ様は、その、怒らないのですか?」
「何に対してですか?」
「ですから、私達にです。勝手に召喚して、勝手に希望だとか危険だとか言って……」
「別に怒らないですよ。確かに理不尽ですけど、この世界に召喚されたのは僕にとってはむしろ良かったし、もし僕が危険だからとか言って命を狙われたら、当然やり返しますしね」
「ふふ、なるほど。……ですが、それはやめておいた方がいいかと。第一期、第二期の生き残っている勇者様方の力は、格が違います。本当にその時が来たら、すぐに逃げることをお勧めします」
「いいんですか?アドバイスなんかしちゃって」
「ええ、先日の無礼に対するお詫びということで」
「……ありがとうございます」
素直に頭を下げておいた。
宿屋で会ったヴィラネドゥも言っていた。生き残るためにも、情報は何より大切だ、と。
……ちょっと待て。ヴィラネドゥは魔将なんだよな。そのヴィラネドゥが、クリネアに伝言……?
まあ、あとで聞いてみよう
「そう言えば、アリシア様。アリシア様は、僕の監視のために来たって言いましたよね?」
「はい、そうですね」
「……僕達、今日帰りますけど」
「………」
僕の言葉に、アリシア様は目をぱちくりさせる。可愛らしい。
こう、綺麗な人が、可愛い仕草をした時のギャップって、凄いよね。
「……へ?」
随分と間を空けたアリシア様の最初の言葉は、これまた随分と間抜けなものだった。
こんな事を言ったら、不敬だろうから言わないけどね。




