第二十話 危険なおとこ
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父上から『光の勇者』ヒムロ・カナタ様のそばで、彼の本質を見抜く任務を言い渡された私は、次の日には第五地区へ来ていました。
久しぶりの第五地区は、正直心が踊ります。
私だってまだ十九歳。まだまだ楽しいことが大好きです。
ですが、今回は遊ぶために訪れた訳ではありません。気を引き締めなければ。
ローブを深く被り、正体がバレないようにします。カナタ様達にバレるのはいいのですが、街の方々にバレるのはまずいでしょう。
まずは、街で聞き込みをします。カナタ様の特徴を伝え、見覚えがないか尋ねるのです。
すると、お年寄りの方が見覚えがあると言いました。
『ああ、この少年なら見たなぁ。確か、温泉で覗きをしたとかなんとかで、女共に追いかけ回されていたっけ』
勇者であるにも関わらず、覗き!
この衝撃的な話を聞いて、私の中でカナタ様の危険度は上がっていきます。
更には、
『幼女を噴水に投げ込んでたな。あの少年は外道に違いねぇ』
などとも聞きました。
なんと、幼女を公衆の面前で噴水に放り投げたというのです!
もう許せません。これはそばで様子を見る必要もありません。排除するべきです。
そう決断し、報告のために第一地区に戻ろうかと考えている時でした。
路地裏の方から声が聞こえてきました。
『……ほら、財布出せよ』
『ひ、ひぃ……』
どうやら、カツアゲのようです。
私は路地裏をそっと覗き込みます。そこには、一人の男と少女がいました。
少女の方はまだ小さく、幼女と言ってもいいかもしれません。
『おい、クソガキ。僕は財布を出せと言ったんだ。意味が分からないってことは、ないだろ?』
『う……で、でも……』
『でも?』
『ひぃ!!』
下劣、としか言いようがありません。
力がないからと言って恐喝する。そんな低レベルな者がいるだなんて、我が国ながら恥ずかしくなってしまいます。
『そ、その、わたしのむらはびんぼうなので、どうかみのがしてください』
『ダメだ』
『なっ、なんでですか!?』
『なんでって、それは僕のものだ。君の村は関係ないだろ?』
『うぅ……その、なんでもしますから』
『なんでも?』
『は、はいぃ。わたしの"からだ"をすきにしてもらってかまいません』
『……それ、誰から教わったの?』
『ままから、おそわりました』
『そうか』
あの子の母親は、頭がおかしいのでしょうか?
いえ、今はどうでもいいことです。
あの男の目も、どこかいやらしい目つきに変わった、ような気がします。
私はちょうど見回りをしていた自警団の方に通報し、そして路地裏へと突入しました。
「お待ちなさい」
そこでやっと、気づきました。
信じられないことに、たった今、恐喝していた男は、あのヒムロ・カナタだったと!
「あなた、何をしているのですか?」
「何って、見て分かりません?」
なんとか冷静を装って尋ねた私に、この男は平然と聞き返してきました。
お淑やか且つお淑やかで、更にはお淑やかな淑女であるこの私にも、我慢の限界はあります。
「ええ、分かりますよ?あなたが小さい子に乱暴しようとしていることぐらい!」
思わず声を荒げて取り乱してしまいました。ですが、仕方ありません。
「え?ちょっと……」
ヒムロ・カナタが何かを言おうとしています。ですが、聞く必要などありません。
「黙りなさい!性犯罪者の言葉など、聞く耳を持ちません!」
私は怒鳴りつけます。この国の第一皇女として、やる時はやらなくてもいけないのです。
「そんな小さい子に手を出そうとするなんて、恥を知りなさい!」
「ちょ、だから待てって……ん?」
またも反論しようとするヒムロ・カナタが話し終える前に、近くで笛の鳴る音がしました。
自警団の到着です。
「なんだ?」
「ふん、私がここの自警団に通報したのです。大人しくお縄につきなさい!」
「なっ、なにしてくれてるんだよ!!」
ヒムロ・カナタの困った顔を見て、少し胸がすく思いです。
……はしたない、でしょうか?
「くそ!」
私が自分の行いを少し鑑みていると、ヒムロ・カナタはそう言って逃走してしまいました。
助走もなしに、屋根へ飛び上がり、そのまま屋根伝いに逃げてしまったのです。
私を抱えて。
「ちょっと!なにをしているのですか!私まで巻き込まないで下さい!」
「え」
ヒムロ・カナタはそこでやっと私に気づきました。
「しまった、つい」
「つい、じゃありませんっ!離しなさい!」
馬鹿なのですか!?
この男は馬鹿なのですか!?
「はい」
と、突然私の体を浮遊感が襲いました。見れば、ヒムロ・カナタが私を手放したようです。
私は慌ててこの男の腕にしがみつきました。
「ちょっ、ちょっと待ちなさい!こんなとこで離すなんて、何を考えているのですか!?」
馬鹿です!
この男は馬鹿です!!
間違いありません!
「……どっちなんですか?」
「普通に考えて、どこかに降ろしてからでしょう!」
「僕逃亡中ですよ?それじゃあ、離すのはまたあとでってことで」
そう言われては、今の私には何も出来ません。
せめてもの抵抗に睨みつけましたが、ヒムロ・カナタはそれを無視して、もう片方の腕で担いでいた猫耳の少女の方を見てしまいました。
「………」
それにしても、父上以外の男性に触れられるのは初めてです。
ごつごつはしてませんが、それでもしっかりとした体躯。
落とさないように強く、そしてどこか優しく私を抱きかかえる腕。
少し冷静になると、今の私はヒムロ・カナタと密着している状態です。
………。
はっ!
私とした事が、ついうっとりしてしまいました。
とにかく私は、この男を絶対に認めません!
◇
「はぁ」
とりあえず、芸術街の方まで戻り、一番背の高い建物の屋上に降り立った。
くねくねし過ぎてもはや何なのか分からない建物だ。
「とにかく、財布出してもらえる?」
「っ!あなた、まだカツアゲしようとしているのですか!?」
ああ、この人がいるの忘れてた。
「……君は、人の話を聞くことを覚えた方がいい」
「なっ!犯罪者のあなたにそんな事を言われる筋合いはありません!」
「筋合い大ありですよ。僕がいつカツアゲしました?」
「たった今!目の前でしているでしょう!?」
「……はぁ。話にならない」
思わずため息をついてしまった。
僕の態度が気に食わないのか、ローブの女性が僕の胸ぐらを掴む。
僕はその手を払いのけ、そのまま地面へと叩きつけた。
「かっ!?」
「僕は、この子に財布をスられたんだ。その財布を返せって言って、何がおかしい?」
「なっ……!」
ローブの女性は絶句し、猫耳少女に視線を向ける。
少女はおどおどしくも、確かに頷いた。
「そ……んな……」
「ほらね。最初から聞く耳を持たないから、こんなことになったんだ。ほんと、迷惑極まりない」
「くっ……!」
「まあ、確かにさっきの僕達の会話だけを聞いたら、悪者は完全に僕だったけど」
僕はローブの女性をそのままに、猫耳少女の元へと向かう。少女は怯えて動かない。
「さて、返してもらっていいかい?僕にも予定があるし、こんなくだらないことにあまり時間はかけたくないんだ」
「……わかりました」
少女は頷いて、財布を僕に渡してきた。
これで一件落着だ。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
「……なに?」
女性が僕に声をかける。正直、この人とはもう関わりたくない。
「そ、そんな嫌そうな表情をしなくてもいいでしょう!?」
女性は少し泣きそうな声音で訴えてきた。
「嫌なんだから、仕方ないだろ?それで?なに?」
「うぅ……その子の村が、その、大変なんでしょう?助けようとか、思わないのですか?」
「僕にそんな力はないからね。出来もしない事をやろうとするほど、僕は器用じゃないんだ」
「力ならあるではないですか。あなたは勇者でしょう?」
……なんで知ってるんだ?
まぁ、今はいいか。
「関係ないよ。……本当に守りたいもの一つも守れない僕が、他のものなんて守れるわけないだろ?」
「あなたは……」
「話は終わりだ。僕はもう行く」
「あっ、あの、わたしもいっしょにおろしてください。ひとりではここからおりれません」
「……ん、そうだね。ほら、掴みなよ」
そう言って手を差し出す。少女はおずおずと手を掴んだ。
「じゃあ、行こうか」
少女を抱え、建物から飛び降りる。
耳元で少女の絶叫が聞こえるが、無視だ。とてつもなくうるさいけど。
ズダンッ、と音を立てて着地する。強化はしていたから痛みはないが、地面に蜘蛛の糸のようなヒビが入った。
「さて……」
「………?」
どうしようか。
……流石に、このままこの子を放っておくのは違う気がする。
ただ、どうするか。
さっき言ったように、村を救う力なんて僕にはない。
「……これ」
「?」
猫耳少女に僕の財布を差し出す。
「僕にはこんなことしか出来ないけど、あげるよ」
「っ!」
猫耳少女の表情がパッと明るくなる。
こう見ると、可愛らしいただの女の子だな。
「あ、ありがとうございます!」
少女はペコペコと頭を下げる。僕は笑みを浮かべ、その場を後にした。
……あのローブの女性は、果たして一人で降りられるのだろうか。




