第十九話 追われる男
本日は、この話より前に一話更新しています。順番を間違えてしまったので、二章の最初に割り込み投稿しました。
『クラス名簿2』です。そちらもよろしくお願いします。
◇
「正座」
「はい」
有無を言わさない舞の一言に、僕は逆らわずに従う。そして、隣のおっさんを睨みつけた。
「……あんたのせいだからな」
「あん?坊主も同じだろうが」
「いいや、違うね。あんたが提案しなかったら、僕は覗きなんてしなかった。この変態め!」
「……それ、ブーメランだって気付いてるか?」
ダメだ。このおっさんには何を言っても意味が無い。
「奏多?その方は関係ないでしょう?今、私は、あなたを怒っているのですから」
「いや、だって」
「だっても何もありません!」
「ひぃっ!」
怖い!
まずいぞ。
罪悪感を感じない僕にとって、心を込めた謝罪は無理に等しい。
でも、謝らなければ許してもらえない。どうすればいいんだ……?
「……はぁ、まぁ、いいでしょう。覗き自体には失敗したようですし、今回は見逃してあげます。他の方々も、それでよろしいですか?」
舞の呼びかけに、僕達を取り囲んでいた人達が渋々頷き、温泉の方へと引き上げていった。
良かった、なんとか助かったようだ。
「おい、坊主。この嬢ちゃんはお前の連れか?随分なべっぴんを侍らせてるんだな?」
「うるさいな。もういいからどっか行ってよ」
「おいおい、つれねえなぁ」
おっさんはガシガシと頭を掻いた。
「カナタ〜!」
と、そんな僕達の元に悠を連れたクリネアが走ってきた。
「やぁ、クリネア。遅かったね」
「遅かったね、じゃない!なに覗きしてんのよ!……ハッ、もしかしてアタシの裸を見たくて!?まあ、このアタシのあられもない姿を見たい気持ちは分かるけど……アタシって、罪な女ね」
……何を言ってるんだ?頭の中お花畑か?
「で、あなたは何者なんですか?」
「無視しないでよっ!」
僕はクリネアを無視しておっさんに向き直った。とりあえず、口調は改めておく。
このおっさんは多分、只者じゃない。『気配察知』を使った感じ、かなり強いみたいだし。
「どっか行けとか何者だとか、忙しい奴だな」
「ですね。それで?」
「………」
おっさんはしばらく僕達を無言で見つめる。そして鼻を鳴らした。
「はっ、面白くないガキだな。とりあえず、この場では立ち去らせてもらうぜ。また次があれば、その時は改めて名乗らせてくれや」
「出来たらもう会いたくはないですが」
「クク、そう言うなよ。じゃあな、坊主」
おっさんはそう言って僕に背中を向け、手を振りながら立ち去ってしまった。
結局、何者かは分からないまま。
「さて、奏多」
「……はい」
背後にいる舞から、物凄い圧を感じる。
恐らく、逃れることは出来ない。
もう許されたと思ってたけど、勘違いだったらしい。おっさんが立ち去るのを待ってたのか。
僕は軽く笑みを浮かべながら、ゆっくりと振り返った。
「歯を食い縛りなさいっ!!」
「ありがとうございますっ!!」
体が宙に浮くのを感じた。
クリネア曰く、この時の僕は、それはそれは綺麗な放物線を描いていたそうだ。
「カナタ!カナターーっ!」
そんな声で僕は意識を取り戻した。傍らのクリネアが僕を揺さぶっている。
「クリネア……?」
「カナタ!大丈夫?」
「う……うん、なんとかね」
僕はゆっくりと体を起こす。右頬に痛みを感じた。
「奏多。私、前回の時に言いましたよね?次やれば、倍の強さで殴るって。まさか、忘れてませんよね?」
「……はい」
確かに、そんな事を言われてたな。
「なのにまた覗こうとするとは、もしかして殴られたいのですか?マゾなのですか?お望みならば、何度でも殴って差し上げますよ?」
「ち、違いますっ!」
本当に拳を握り締める舞に、僕は慌てて否定する。
恐ろしい。
何が恐ろしいって、スキルを使わずにここまで強いことが恐ろしい。これ以上の威力で殴られたら、僕死ぬんじゃないか?
「ガクガクブルブル」
隣のクリネアが、舞の迫力に震えている。
それも仕方がない。僕だって怖いもん。
「次は……ありませんよ?」
舞がニッコリと笑った。
認識を改めよう。
これ以上の威力で殴られたら、確実に僕死ぬわ。
◇
翌日。
僕は未だに痛みが残る頰をさすりながら、街を歩く。
今日は舞達とは別行動だ。
いわゆる、自由行動というやつである。
本当は悠と一緒に行動したかったのだが、
『今の奏多は何をするか分かりませんから、悠様は私が責任を持ってお世話します』
と、放り出されてしまった。
まあ、昨日の今日だ。反論出来まい。
ただ、一人になるとそれはそれでやる事が思い浮かばない。
色々と迷った挙句、今日は娯楽街の方へと行ってみることにした。
娯楽。
そう、今の僕には娯楽が足りない。
と、思って来てみたのだが、娯楽街は想像以上に騒がしい場所だった。
多分、首都である第一地区よりも人が多い。しかも、至る所に亜人がいる。
犬耳、猫耳、狐耳などの獣人らしき人達や、エルフっぽい人、ドワーフっぽい人など、見ていて飽きない。
正直、興奮している。
「いてっ」
「あ、すいません」
「いや、こっちも不注意だった。ごめんね」
猫耳の少女にぶつかられた。そして互いに謝り合う。
たったそれだけのことで、ニヤニヤしてしまう。
周囲から奇異な目で見られているのは、きっと気のせいだろう。
「ちょっと、そこにお兄さん。一本どうだい?」
脇に並ぶ屋台のおばあちゃんに声をかけられた。見れば、焼き鳥のようなものを売っている。美味しそうだ。
「では、いただきます」
僕は尻ポケットに手を入れ、財布を取り出す。
取り出そうとした。
そこではたと気付く。
―――財布がねぇ。
そんな馬鹿な。
財布を持って来たのは間違いない。さっきだってホットドックみたいなのを買って食べたのだから。
なら、落とした?
いや、それない。ポケットの深さと財布のサイズ的に、ただ歩いているだけで落とすのはあり得ない。
なら……スリ?
誰にやられた?
………。
……さっきぶつかった猫耳のガキかァァァ!!!
「……すいません、少し急用を思い出しまして。すぐに戻りますので、失礼します」
「あ、ああ」
僕は『気配察知』を使い、さっきのクソガキの居場所を割り出す。まだそんなに遠くには行ってないみたいだ。
次に『身体能力強化』を発動。脚力を上げ、助走なしで屋根へと飛び上がる。
更に視力も強化しながら、屋根伝いに飛び歩いて猫耳のガキを探す。
そして、路地裏に駆け込む影を見つけた。
「ひゃっ!」
さっきぶつかった猫耳のガキの目の前に飛び降りた。ガキは驚愕の声を上げる。
「やぁ、さっきぶりだね」
「……どなたですか?」
「……一つ、良いことを教えてあげよう。スリをした相手の事は覚えておいた方がいい。気づけないと、逃げれないだろう?」
「……あ」
「思い出した?……ほら、財布出せよ」
「ひ、ひぃ……」
猫耳少女は腰を抜かしてその場にへたり込み、そのままズリズリと背後へ逃げようとする。
「おい、クソガキ。僕は財布を出せと言ったんだ。意味が分からないってことは、ないだろ?」
「う……で、でも……」
「……でも?」
「ひぃ!!」
「………」
今の僕、そんな怖いのか?ちょっと傷つくんだけど。
「そ、その、わたしのむらはびんぼうなので、どうかみのがしてください」
なるほど、この子の村は貧乏なのか。
「ダメだ」
「なっ、なんでですか!?」
「なんでって、それは僕のものだ。君の村は関係ないだろ?」
「うぅ……その、なんでもしますから」
「なんでも?」
「は、はいぃ。わたしの"からだ"をすきにしてもらってかまいません」
いや、それは構おうよ。
なんか毒気抜かれたな。
「……それ、誰から教わったの?」
「ままから、おそわりました」
「そうか」
君のお母さん、頭おかしいんじゃないか?
まあいいや。こんなちっさい子に興味はないし、さっさと財布を返してもらおう。
そう、思った時だった。
「お待ちなさい」
そんな声が聞こえてきたのは。
大通りの方から路地裏に歩いてくる、ローブの女性。その女性というのも声で判断しただけで、見た目だけでは性別すら分からない。
なんだか、めんどくさいことになる予感がする。
「あなた、何をしているのですか?」
「何って、見て分かりません?」
今の僕は、どう見てもスリをする少女から財布を取り返そうとしている一般人だ。
「ええ、分かりますよ?あなたが小さい子に乱暴しようとしていることぐらい!」
………は?
「え?ちょっと……」
「黙りなさい!性犯罪者の言葉など、聞く耳を持ちません!」
いやいやいや!ちょっと待てって!
「そんな小さい子に手を出そうとするなんて、恥を知りなさい!」
「ちょ、だから待てって……ん?」
僕がなんとか言い訳しようとした時、笛の鳴る音が聞こえた。音源は近い。
「なんだ?」
「ふん、私がここの自警団に通報したのです。大人しくお縄につきなさい!」
自警団。要するに警察。
………。
「なっ、なにしてくれてるんだよ!!」
そう言ってるうちに、大通りの方から大勢の自警団らしき人達が追ってきた。
「くそ!」
こうなったら、僕が取れる手段は一つしかない。
とりあえず、猫耳少女を担ぐ。そして、再び屋根へと飛び上がった。
三十六計逃げるに如かず。
「ちょっと!なにをしているのですか!私まで巻き込まないで下さい!」
「え」
気付けば、恐怖に震える猫耳少女を担ぐのとは逆の腕でローブの女性を担いでいた。
「しまった、つい」
「つい、じゃありませんっ!離しなさい!」
「はい」
ジタバタと暴れるローブの女性を、言われるがままに手放した。
当然、ローブの女性は屋根よりも高度のある場所から落ちていく。
「ちょっ、ちょっと待ちなさい!こんなとこで離すなんて、何を考えているのですか!?」
と思ったのだが、ローブの女性は寸前で僕の腕にしがみついた。
「……どっちなんですか?」
「普通に考えて、どこかに降ろしてからでしょう!」
「僕逃亡中ですよ?それじゃあ、離すのはまたあとでってことで」
ローブの奥から、鋭い視線が突き刺さる。僕はそれを敢えて無視して、猫耳少女の方を見た。
「ガクガクブルブル」
猫耳少女は、僕を見てぶるぶると怯えていた。
そして、僕の腕に強くしがみつく。
まるで、そうでもしなければ空から放り投げられるとでも言うかのように。




