第十六話 ふぁんたじぃな街
◇
「うわぁ!凄い!」
東門から第五地区に入った僕達を迎えたのは、元の世界からは考えられないような街並みだった。
「物理法則?なにそれおいしいの?」とでも言うかのような建造物が立ち並んでいる。
逆ピラミッド型の建物や、捻れ過ぎてもはや何か分からないモノ、宙に浮く池の中ではコイのような魚が泳いでいる。
開いた口が塞がらない、とはこんな時に使う言葉だろう。
「ねぇねぇ!カナタ凄いよ!?」
クリネアがなにやらはしゃいでいるが、耳に入ってこない。正直、首都と比べ物にならないぐらいファンタジー感がある。
今この瞬間にも、街の至る所で絵を描く人や何かを作る人がいるし、芸術都市の名は伊達じゃないみたいだ。
「奏多……」
舞が視線を街並みに向けたまま、僕の名前を呼んだ。
「私、生きてて良かったです……!」
「そ、それはよかったね」
舞は言葉にならないほど感動していた。生まれてきたことに感謝するぐらいには。
悠も虚ろな目で周りを見渡している。この光景には、流石に驚いているんだろう。
「アタシを無視しないでよ!カナタ!」
「え、ああ、忘れてた」
「ひどい!」
目の前でピョコピョコ跳ねるクリネアが頬を膨らます。子供だ。
「目立つ行為はやめてね?」
「むぅ、分かってるわよぉ」
クリネアの角と羽も、今は全く見えない。もちろん、やったのは僕だ。
光を操り屈折させた。言うだけなら簡単だけど、実際のところ理論は僕自身もよく分かっていない。
まあ、ファンタジーパワーだ。
「でも、ちょっとぐらいなら大丈夫でしょ?」
「……ちょっとだけ、ならね」
「分かってるじゃない!じゃあ早く行きましょう!」
クリネアが僕の腕を引っ張りながら走り出した。チラリと舞に視線を向ける。
「随分と懐かれてますね」
舞は微笑ましいものを見る目で僕達を見ていた。
「どうしたらいいんだ……」
◇
ひとまず、外観はめちゃくちゃ細いのに、中に入るとめちゃくちゃ広いという訳の分からない宿の部屋をとった。
宿の一階は酒場になっているが、今はまだ昼だからか客はほとんどいない。
「……頭がおかしくなりそうだ」
「不満でしたか?」
「いや、良い意味だよ」
僕の呟きを拾った舞に答える。常識を覆されるのは、案外悪くない。むしろ、ワクワクする。
こんな感覚は久しぶりだ。
「舞も随分楽しそうだね」
「はい。ガラにもなく、はしゃいでしまいました」
この宿に来るまでの道中、気付けば舞はクリネアと一緒になって楽しんでいた。
確かに舞っぽくはなかったけど、それも良い変化だと思う。
「マイ!早く行きましょう?」
「ですね!」
クリネアは舞の腕を掴み、宿から出て行く。そんな二人を微笑ましく見ながら、僕も悠と共に外に出ようとした。
「もし、そこの若者よ」
「はい?」
そんな時、背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには一人の男が立っている。
真っ白な髪。雪をも塗り潰してしまいそうな、無を感じさせる白。
真っ黒な眼。吸い込まれてしまいそうな、深淵を思わせる黒。
僕達より少し年上に見える、男だった。全身は真っ黒なローブですっぽりと覆われており、体格は分からない。
だから、目に入った特徴はその髪と眼だけだった。
そして、その闇のような眼は真っ直ぐに僕を見ていた。ぶるりと、体が震える。
「……僕、ですか?」
「ああ」
「僕のことを若者と言うほど、年上には見えませんが」
「見えないだけだ」
なるほど。
「つまり、魔族ですね」
「………」
当たりかな。
「何の用でしょうか?」
「……魔族と知って、警戒しないのか?」
「警戒はしてますよ。でも、証拠がない。あなたが仕掛けてこなければ、こちらは何も出来ませんからね」
目の前の男は、魔族としての特徴を微塵も見せていない。そんな男に襲い掛かれば、悪者は明らかに僕だ。
今から観光する街でそんな騒ぎを起こすのは、あまり良くない。
「そうか。話が通じそうで安心した」
「それで、用はなんでしょう?」
「………」
男は答えず、酒場の隅の席へと移動した。僕は悠と共にその前の席に座る。
「俺は魔族で、お前は勇者だが、礼儀は必要だろう。まずは名乗らせてもらう。俺はヴィラネドゥ。ここへはある女を追って来た」
「……なぜ、僕が勇者だと?」
「見れば分かる」
なんだそれ。もしかして、魔族はみんな分かるのか?
まあ、いいか。
「僕は氷室奏多。あなたの言う通り、確かに勇者です」
「そうか、礼儀正しいのだな。良いことだ」
ヴィラネドゥは少し、目元を和らげた。ような気がした。
「先にこちらのスタンスを伝えておくが、今はまだお前達と敵対するつもりはない。お前を引き止めたのは、ある女に伝言を頼みたいからだ」
「……伝言?ある女?」
「ああ、そうだ。お前達と一緒にいる、クリネアという女だ。あいつに、『―――。―――』と伝えてくれ」
……なに?
「……どういう意味でしょうか?」
「それは言えない」
ヴィラネドゥはそう答えた。
「俺が直接会うのは少々問題があってな。お前に頼むことにした。代わりに、こちらからも魔王軍に関する情報を与えよう。交換条件だ」
「………」
魔王軍に関する情報。つまり、クリネアにこの伝言をすることは、それだけ重要ということだ。
勇者に魔王に関することを教える。その意味が分からないほど、馬鹿な男ではないだろう。
僕は魔王に興味なんてないけど。
「興味がなさそうだな。まあ、聞いておけ。いつか役に立つかもしれないだろう?」
「……そう言われると、そんな気もしてきますね」
「賢い人間だ。そう、情報は武器だ。お前は魔王と関わりたくないのかもしれないが、それならば尚更情報は持っておいた方がいい」
まあ、一理ある。
「……それに、人間の魔王討伐とやらは話にならん程進んでいないからな」
それに関してはめちゃくちゃ同感。
「さて、こちらが開示する情報だが……魔王軍の幹部についてだ」
「幹部?」
魔王軍にも幹部とかあるのか。
「そう、幹部だ。名前までは言えないが、魔王軍には八人の将軍がいる。闇、血、力、鉄、死、時、炎、夢を司る、最強の魔将。その魔将をどうにかしなければ、魔王の元には辿り着けない」
八人の将軍。魔将か……。
「人間共は、まだこの幹部がいるということしか知らない。名前はおろか、何人いるか、何と呼ばれているか、何を司っているかさえもな」
「それはまた……何のための勇者召喚か、って感じですね」
「全くだ。我々からすれば喜ばしいことなのだろうが。まあ、無駄に戦力だけは揃っているから、そう易々とは攻めれないのだがな」
「……はは」
思わず苦笑が漏れてしまった。
「どうした?」
「いえ、勇者である僕と、魔族であるあなたがこんな会話をしているなんて、可笑しなこともあるもんだと思いまして」
「ふ、それもそうだな。……お前は、どう思う?」
「勇者と魔族がこうやって会話していることですか?」
「そうだ」
ふむ。
どう、と聞かれてもなぁ。
「僕はまだこの世界に来て日が浅いので、何とも思わないですね……。これじゃあ、納得出来ないですか?」
「いや、そんなことはない。最初から、納得したくて聞いたわけでもないのだがな」
「そうですか」
もう話すこともないだろう。
僕は席を立つ。それに続いて、悠も立ち上がった。
「行くのか?」
「はい。情報は貰ってしまったわけですし、しっかり伝言はしておきます」
「そうか。よろしく頼む」
僕は頭を下げて、外に出た。もちろんだが、舞とクリネアの姿はない。
「……探さないと」
こんな訳の分からない街で、果たして二人を見つけられるのだろうか。
不安だ。




