第十五話 再会
◇
「……奏多」
「ん?なに?」
西門を出てしばらくしたところで、舞が少し控えめに声をかけてきた。
「本来、私がこんな事を言うのはおかしいとは思いますが……、やはり、その、どうにかならないでしょうか?」
「どうにかって?」
「……人を殺すことへの認識や、その振る舞いに関してです」
「………」
「あなたには、罪悪感というものがない。そのおかげで助けられた人もたくさんいます。私もその一人です。しかし、やはりそれは……異常です。実際、仁和寺さんを殺したことには、私も少し思うところがありますし」
「……本当なら、ここでごめんって言わないといけないんだろうなぁ。でも正直、なにが悪いのか全然分からない。悪いとカケラも思えない。……やっぱり、僕は気持ち悪いかい?」
「い、いえ、そんな事はありません!ただ……」
知っている。僕が常識から見れば、どれだけ気持ち悪い存在かを。
そりゃそうだろう。
人殺しは一般的には悪いことだと知りながら、実際のところ僕は人を殺しても何とも思わない。何が悪いのか分からない。
どれだけ人を傷つけても、辱めても、僕に罪悪感なんてものが湧くことはない。
でも、僕はそんな自分に不満はない。そうやって生きてきて、一度も後悔なんてしたことないのだから。
僕は僕のまま生きてきたし、これからもそのつもりだ。
気持ち悪い?だからなんだ。それでなにか不便があるのか?
否だ。今まで、そんなものを感じたことはない。どんな目で見られても、何とも思わない。
なぜなら、これが僕だから。
「舞。君がなんと言おうと、僕は生き方を変えるつもりはないし、変えたいとも思わない。その必要性も感じない。だから……無駄だよ?」
「……はぁ、分かってますよ。ちょっと言ってみただけです」
「なら良かった」
舞は『クラスE』において、唯一感情に欠陥のない人間だ。
彼女は悠のそばにいるためだけにごり押しで編入した。と言うより、悠が『クラスE』に入る条件が舞も同伴することだった。
まあ恐らく、『クラスE』を組織した側からすればその条件を受け入れる必要性はなかってだろうが。
世間には生徒には拒否権があったと発表されているが、実際はその逆。弱みを握られた僕達には、『クラスE』に入る以外の選択肢はなかった。
少なくない数の人間を殺した僕が法の下に裁かれなかったのは、まあ要するに、僕を『クラスE』に入れるために大きな何かが握り潰したからだ。
とにかく、それらのことを考えれば、舞を『クラスE』に入れたのも何か狙いがあったと考えられる。
それが何かは分からないが、もしもそれが彼女に危害を加えることならば、僕は全力でそれを排除するつもりだ。
悠を『クラスE』に入れる条件として舞の同伴を挙げたのは、他でもない僕なのだから。
「……うん?」
穏やかな風が吹く街道を歩いていると、ふいに、脇にある森の方からガサガサと音が聞こえた。
「……奏多」
「分かってる」
舞とアイコンタクトをすると、僕は舞と悠を体で隠し、音の方へ視線を向けた。
ガサガサと聞こえる。ガサガサ、ガサガサ。
「ぷはっ!」
森から出てきたのは、見慣れない姿をした人間だった。
幼女のような体躯、灰色の髪、ボロボロになった布切れのような服。それだけ見れば孤児に見えるが、それだけではなかった。
額からは二本の黒い角が伸びていて、背中からは蝙蝠のような翼が生えている。そしてその目は、真紅に彩られていた。
恐らく魔族であろうその幼女は、全身に葉をつけたままキョロキョロと顔を動かし、その目に僕を映した。
僕はいつでも迎撃出来るよう、身構える。だが、幼女はそんな僕を見て―――
「カナタ!!」
僕の名前を呼びながら、物凄いスピードで抱きついてきた。
「ほげぇっ!!?」
「奏多ぁぁ!?」
予想外の動きに、幼女の突進をモロに受けてしまう。奇怪な声をあげた僕は、そのまま意識を手放してしまった。
◇
「――た!奏多!」
名前を呼ぶ声が聞こえる。目を覚ますと、仰向けに倒れている僕を覗き込む格好で、悠と舞がいた。舞は心配そうな表情を、悠はやはり無表情で、しかしどこか心配そうに僕を見ている。
「ん……」
「奏多!起きましたか?痛むところなどはありませんか?」
「そんな心配しなくても大丈夫だよ」
「そうも言ってられませんよ。奏多、さっきまでお腹に穴が空いてたんですよ?幸い、あなたの『自己再生』が発動したおかげで治りましたが、血が止まらなくて大変だったんですから」
「穴?」
見れば、服のお腹の部分に二つの穴が空いていた。
チラリと、少し離れた場所でなにやら落ち込んでいる幼女を見てみる。頭の角に、少し血がついている。
「こっわ!」
「だから言ったじゃないですか。大変だったって」
『自己再生』って勝手に発動するんだ!良かった!
「それで、あの子は?」
「ああ、それですが……なにやら、物凄く落ち込んでいまして。どうやら、奏多を傷つけたことに対して反省しているようです」
「………」
幼女と目が合う。幼女は僕を見て、明らかに嬉しそうな表情を浮かべたが、すぐに泣きそうになった。
「君、名前は?」
「あ……」
幼女はなぜか、悲しそうな表情を浮かべる。が、顔をぶんぶんと振って、明るい笑顔になった。
「アタシはクリネア。……初めまして、お兄さん」
「初めまして。僕は氷室奏多……あれ?そう言えばさっき、僕の名前を呼ばなかった?」
「そ、それは……」
途端、クリネアはどもりだした。その様子に首を傾げていると、
「今や奏多は『光の勇者』として有名ですから。この子が知っていてもおかしくはないんじゃないですか?」
「そう、なの。その、カナタのファンで……」
「あぁ……なるほど」
不本意だけど、納得した。
「それで、君は魔族かい?」
「……うん」
ふむ。確か、様々な種族のいるこの世界で、共通の敵として挙げられるのが『魔族』。その魔族の王である魔王を倒すことが、人類の目標で、僕達『勇者』の役目だとされていた。
が、このクリネアを見て敵には見えない。もしかしたら僕達を欺いているだけなのかもしれないが、やはりそうにも見えない。
「それで、君は……こんなとこで、何をしてるんだい?」
「あ、その……カナタ達は、『勇者』なんだよね……?」
「まぁ……一応は」
「その『勇者』様にお願いがあるんだけど……」
「なんだい?」
凄いめんどくさい気がする。これが『魔王をぶっ殺してください』とかだったら絶対断ろう。あ、でも、魔族であるクリネアがそんなことを頼むわけないか。
「魔王を……」
え。
「倒さないでください!」
……そっちか。
「元からそのつもりだし、気にしなくていいよ」
「ほぇ?」
クリネアがびっくりするぐらいマヌケな声をだした。
まあ、魔族からすれば勇者が魔王を倒さないなんて信じられないか。
「僕は魔王討伐になんて興味ないよ。だから、それを頼むなら北に出た討伐隊に会うといい」
「ちょ、ちょっと待って!魔王を倒さない?なんで?」
「なんでって言われても……必要性がないから、かな?」
「え、でも……」
そこでなぜかクリネアは悠に視線を向けた。だが、それも一瞬。すぐに僕の方を見る。
「ほ、本当に……?本当に魔王を倒さない?」
「もちろん」
僕が即答すると、クリネアはなにやら考え込んでしまった。明らかに僕のことを疑っている。
「……面倒だし、殺っとく?」
「いえ……魔族とはいえ、あなたのファンで子供ですよ?流石にそれはどうかと……」
「それもそうか……」
「ちょっと!なに怖い話してるのよ!?それに、アタシはもう二十五歳の立派なレディなんだから!失礼よ!」
「……二十五?誰が?」
「アタシがよ!」
………。
「「ダウト」」
「嘘じゃないわよ!」
ハモった僕と舞を、クリネアがゼェゼェと肩を上下させながら睨みつける。
しかし、その姿を見てもやはり二十五には見えない。むしろ、その幼げな姿は十歳ぐらいにさえ見える。
そこでふいに、クリネアが一筋の涙を零した。
「……ちょっと言い過ぎた?」
「…….え?あれ?おかしいな……」
僕が少し慌てると、クリネアは今更気付いたかのように涙を拭った。だが、涙は次々と溢れ出てくる。
「……大丈夫?」
「うん、うん、ごめんなさい。別に、あなたが悪いわけではないの……ただ、このやり取りが懐かしくて……」
「懐かしい?」
何が?
「あ……いえ、今のは忘れて。うん、何でもないから」
「………?」
クリネアは最後に目元を拭うと、僕を真っ直ぐに見つめた。
「ねえ、カナタ。あなた達は今からどこに行くの?」
「えーっと、僕達は第五地区を観光しようと思ってたんだけど」
「第五地区!アルティアの第五地区って言えば、芸術と娯楽の街よね!アタシも行ってみたかったの!」
そこで、クリネアはチラチラと視線を向けてきた。
「……アタシも一緒に行っていい?」
「それは……どうだろう?」
クリネアを連れて行くには、デメリットが多い。
まず、素性が明らかでない同行者はそれだけで不確定要素だ。何が目的か分からないし、彼女が僕達を騙してる可能性も大いにある。
そしてなにより、クリネアは魔族だ。僕達の拠点である第一地区、今から行く第五地区は、言うまでもなく人間の国。敵認定されている魔族を連れていることがバレれば、とてつもなくめんどくさい事態になるだろう。
そう考えれば、クリネアを連れて行く理由はない。そう、ないのだが…….。
「……舞、どうする?」
「私は奏多の判断に従いますが……意見を言ってもいいなら、私は連れて行ってもいいかと。その、なぜかこの子と会うのは初めてじゃない気がして……」
「………」
舞もか。僕もだ。
クリネアと会ったのは間違いなく今日が初めてだ。なのに、なぜか初めて会った気がしない。
会ったことを忘れているわけではない。角やら羽やらを生やしている彼女を忘れるほど、僕の記憶力は乏しくないはずだ。
なら、なぜ?
答えは、分からない。
「……はぁ、分かった。同行してもいいよ。ただし、条件としてその角と羽は隠してくれ。魔族とバレるのはまずいから」
「………?カナタが隠してくれるんじゃないの?」
「は?僕が?どうやって?」
「え?スキルで光をくっせつ?させて見えないようにできるんでしょ?」
「………」
なるほど、確かに、それなら多分出来る。そう、多分だ。
問題は、なぜ僕が考えたこともないスキルの使い方をクリネアが知っているのか、だ。
僕のスキルが『光を操る』ものなのは知っていてもおかしくはない。ただ、今のクリネアの言い方だと、恐らく彼女は『屈折』が何かを知らない。
なのに、『屈折』という言葉を用い、そしてそれが僕のスキルで実現可能だと言った。
僕はそんな使い方を考えたこともないのに。
「……分かった、僕が隠すよ」
正体不明の魔族、クリネア。彼女の目的が何かは分からないまま、僕達は再び第五地区へと出発した。
モン◯ン飽きた。なんか新しいゲームしよかな。
とか思ってます。




