第十三話 光の勇者
◇
「ねぇ、氷室君は私を楽しませてくれるのかなぁ?」
そんな声と一緒に、ヒャンと風を切る音が聞こえた。その正体は目に見えないが、『気配操作』でなんとか躱す。
「どうしたら楽しいか分からないし、僕にはちょっと荷が重いかも」
「あははっ!これを躱せるんだ!なら、こんなのはどう?」
風を切る音が、連続して聞こえる。それと共に、断続的に聞こえるのは何かが床や壁を抉る音だ。
「……カマイタチか?」
「へぇ、今のも全部避けるんだ?凄いねぇ」
今の攻撃は恐らくカマイタチのようなもの。ならば、彼女の持つ『風を操る』スキルによるものに違いない。
「やっぱり、君もスキルを隠してたんだ?確か、『光を操る』スキルだっけ?それ以外にもあるんでしょう!?」
「さぁ、どうだろ?君はどうなんだい?」
「ないよ。あの私が全部話しちゃったから」
「そっか」
バク転し、片手を床につけて体を捻る。その両脇を風が通り過ぎていくのを確認して、今度は側面へと跳んだ。
ついさっきまでいた場所が、次々と抉られる。かなりの威力が込められてるな。
「随分余裕があるように見えるけど、それでいいのかなぁ?」
「っ、?」
後ろに退くと、何かが背中に当たった。振り返るが、何もない。それなのに、壁のような何かが僕の動きを制限していた。
「これは……バリア?」
「凄い凄い、大正解だよ!よく覚えてたね!」
「まあ、覚えないと意味ないしね」
仁和寺風香は『お披露目会』の時に、風を操るスキルとバリアを張るスキルを持っていると言っていた。それさえ覚えていれば、馬鹿でもこの結論に至る。
そして、彼女の言葉を信じるならその二つだけだ。
『気配操作』でカマイタチを感知して躱し、『身体能力強化』で機動力をあげ、攻撃を躱す。それでも、体の節々に切り傷がつけられてきた。
バリアで動きを制限されている上に、そもそもこんな非常識な攻撃を躱すことに慣れていないのだから、当然と言えば当然だが。
「ほらほらぁ!避けきれてないよぉ!?その程度なのかなぁ!?」
うるさいな。ちょっと対人戦に慣れたいだけだよ。
ああ、そうか。こんなに声を出していても轟音を出していても周囲に聞こえないのは、周りを囲むバリアのせいか。
ただの殺人鬼に見えるけど、案外ちゃんと考えてるらしい。
「でも、そろそろ反撃しとこうかな」
目の前に、一本の『光の剣』を生み出す。それを、仁和寺さんに向けて全力で射出した。
が、見えない壁によって阻まれる。乾いた音を出して、剣はあっさりと弾かれた。
「残念、届いてないよ!」
「みたいだね」
もう一度、『光の剣』を生み出す。数は、さっきの百倍。
「なっ!?」
「どうぞ、『百華乱舞』」
「くっ!」
所狭しと並んだ百本の『光の剣』が仁和寺さんに襲いかかる。それを彼女は、バリアと風で防ぎきった。
ちょっとはダメージを与えられるかと思ったんだけど、結構やるなぁ。
「ハァ、ハァ、なかなかやるねぇ。君がここまでやるのは、正直意外だったよ」
「ありがとう。『光の剣・千刃』」
「……え?」
僕の背後に浮かび上がった千の剣を見て、仁和寺さんは顔を引攣らせる。そして、
「……はぁ、ただ性欲を満たしたいだけなのに」
そんなことを呟いて、風で壁を破壊した。爆音が城内に響き渡るが、やはり周囲のバリアによって外には聞こえていないのだろう。
「まあ、別に氷室君に固執してるわけじゃないし、ここは逃げさせてもらうねぇ!また機会があったら会いましょう!私は会いたくないけど!」
仁和寺さんはそう言って、風穴が開いた壁から空へ飛び出した。その全身を風が包み、彼女の体を飛ばさせる。
「……あ」
逃げた。
「『光の回廊』」
光の道を空に伸ばして足を踏み出す。逃がさない。
空に伸びる光の上を走り、すぐに仁和寺さんの背後へと追いついた。右手に『光の剣』を生み出す。
その手を突き出す直前、仁和寺さんの声が聞こえた。
「あーあ、全く、こんなことになるんなら、今日は我慢しておけばよかったなぁ。とりあえず、そこらへんの女をヤっちゃおかな。……それにしても、間宮悠。いつかあの子をヤりたかったのに。あの無表情な顔が、死ぬ間際にどう歪むのか。考えただけで……あぁ、イイ!」
………あ?
「おい」
「え?」
手に持った『光の剣』を、仁和寺さんの背中から突き刺す。完全に不意を突いたらしく、彼女は呆けた声を出した。
剣先は軽く腹まで貫通し、仁和寺さんは血を吹き出す。
「がっ、ふっ!?」
「……悠に手を出すって?僕がそれを、許すと思ってるのか?クソ殺人鬼」
「う、ぐぅ、ひ、氷室ぉぉぉぉ!!」
「うるさいな」
左手にも『光の剣』を生み出し、今度は腹から突き刺した。背中からも剣先が飛び出す。
「ぎぃ、う……」
血を流し、苦しむ彼女を見た。腹と背中から一本ずつ、合計二本の『光の剣』が仁和寺さんに刺さっている。
腹からだけでなく、口や鼻からも血を流している。少しずつ力が抜けてきているみたいだ。
右手を柄から離し、新しく『光の剣』を作り出した。
「ふ……ふふ。クラスメイト、を、殺そうとしてるのに、無表情なだけ、じゃなく……トドメまで刺そうと、するなんて。……君も……私も、悲しいねぇ……」
光の消えかかった瞳で僕を見た仁和寺さんは、ボソボソと呟いた。その目に籠もった僅かな感情は、彼女の言う通り『悲しみ』だ。
言っている意味は分かる。全くもって同感だ。
「……そうかもね」
まぁ、僕は別に不便してないけど。それに、僕達にそれを言う資格はない。
「……ふふ。君は―――が………ないん、でしょう?」
「分かるかい?」
「ええ……。君は、怖いね。誰よりも……私よりも……怖い」
「それは、人によるんじゃないかな?」
「……そう、かなぁ。ねぇ……私達って……ちょっと、可哀想、だよねぇ?」
………。
「君は……本当は、二重人格なんかじゃないでしょ?」
「……え?」
「自分のことを『可哀想』って言うのなら、僕とは違う。君は、殺人に性的興奮を覚える自分を受け入れられなくて、『気の弱い自分』と『殺人を愉しむ自分』がいると、そう思い込もうとした。違うかい?」
「そ、れは……」
「君は周囲を欺こうとしたんじゃなく、自分を騙すために二重人格を演じていた。僕はそう推測してみるけど、本当のとこはどう?」
「ふふ……氷室君って、探偵……だったの?」
肯定か。
結局、この仁和寺さんは僕が知っているあの仁和寺さんで、彼女は彼女で自分の抱える問題に悩んでいたのだろう。
「……まぁ、僕はどっちの君も嫌いじゃなかったけどね」
「……それ、なら……見逃して、くれる?」
「もう遅いよ。どうせ放っておいても、君は死ぬ。それに君は……悠を、狙っていたみたいだしね。せめて、今すぐに楽にしてあげるよ」
「……は、はは……この、人殺し」
それは、恨みと、憎しみと、怒りと、そして、憐れみが込められた言葉だった。
でも、それは僕には届かない。それはただの言葉。そんなものに意味がないことぐらい、仁和寺さんも分かってるはずなのに。
どのみち、僕はもう引き返せないないし、引き返すつもりもない。
「知ってるよ。じゃあ、さようなら」
だから、そうとだけ答えた。
『光の剣』を振る。その光は何の抵抗もなく、彼女の首を切断した。
◇
「よくやってくれたな、カナタ。お前のおかげで今回の事件は解決した。感謝する」
再び王の執務室に呼ばれた僕は、ガルダーク王に感謝された。例によって、アリシア様もいる。が、そんなものはどうでもいい。
「それより、僕は観光に行ってもいいんですか?」
「……ああ、そうだな。約束通り、許可を出そう」
胸の中でガッツポーズを作る。帰ったら早速計画を立てよう。
「無論、報酬金も出させよう。お前は今、この国では誰もが知る勇者だからな」
今回の件は、既にアルティア内に知れ渡っていた。というのも、僕と仁和寺さんが空で戦っているところを見られたからだ。
僕達二人が王城から出てきたのを見た人達がそれを広め、原因を追求された結果、全てを開示したのだ。
王城内での殺人事件と勇者同士の殺し合いは国中を驚かせたが、解決したこともあってなんとか事なきを得た。
そして、
「『光の勇者』……だったか?」
「うっ……」
僕達の戦いを見ていた人達が、光を操る僕を見てそう呼ぶようになったのだ。
正直言って、迷惑極まりない。
「それを言うのはやめてください」
「はっはっは、照れるなカナタ。素直に喜んでいいんだぞ?」
いやいや、本当に嫌なんだよ。ふざけんな。
「……では、失礼します」
「うむ。報酬金の方は冒険者ギルドに預けておく。ここを発つ前に寄って行くといい」
「ありがとうございます」
今日のところは、すぐに帰ろう。
どうせ、この後の会話は予想出来るし。
……ほんとに、めんどくさいことになったなぁ。




