第十話 ゴブリン怖い
◇
この世界に来て一週間が経った。
僕は毎日数回の依頼をこなし、Dランクにアップした。お金はあまり貯まってないけど、舞にも僕達のと同じベッドを買えたし、新しい服も買った。
舞にはメイド服だ。彼女は少し、メイド服に憧れがあったらしく、買ってあげたら凄く喜んだ。
実際とてつもなく似合ってるし、出るとこは出ていてちょっと目のやり場に困るけど、まあ、彼女が気に入っているのだから問題はない。
悠にはピンクのロングスカートと白のワンピースだ。露出は控えめだが、薄い色の服装が彼女の白髪に合っている。
相変わらず表情はないが、マリーからもらった泉の水を飲ませてみると、少し穏やかな表情を浮かべた。些細な変化だが、僕は嬉しかった。
ちなみに、僕は動きやすい柔らかな黒の長ズボンと、黒の長袖シャツの上から半袖の紫パーカーを着ている。ほとんど元の世界にいた時と同じ服装だ。まあ、全体的に安物だけど。
勇者が何人も召喚されていることもあり、この世界にも見慣れたような服がちょっとだけだけど売ってあった。
舞がやたらと僕に着物を着せようとしていたが、遠慮しておいた。というより、そこまでのお金がなかった。
舞と悠に買った服は、どちらも高級なものだ。もちろんその値段は言ってないけど、正直もうお金が残っていない。また働かなければ。
ということで、僕の服は安い服屋で探した。選んだのは舞だ。悠のも舞が選んだ。まあ彼女も年頃の女の子、ファッションには興味があるのだろう。
「これ、お願いします」
「はい。ゴブリン集団殲滅の依頼ですね。正確な数はまだ分かってませんので、お気をつけてください」
「ありがとうございます」
「まあ、カナタ様なら余裕だと思いますけどね」
冒険者ギルドの受付で、例のエロいお姉さんことリリさんに依頼の貼り紙を渡す。ここ数日で僕のことは覚えてくれたらしく、今では世間話をするようにもなった。
「はは……リリさんは少し、僕のことを過大評価してると思いますよ?」
「いえいえ、カナタ様は自分のことを過小評価し過ぎですよ」
「そんなことはないと思いますけど……」
「あ、そういえば、他の勇者様方が魔王討伐の旅に出るのは明日ですよね?もしかして、カナタ様も行くんですか?」
……多分、リリさんはそれを期待している。だって、目がキラッキラしてるんだもの。眩しくて直視できない。
「僕は、行きませんよ。このままこの国で、今まで通りの生活をします」
「えぇーもったいない。カナタ様ならきっと、魔王なんて敵じゃありませんよ。ワンパンですよ、ワンパン」
「ワンパンって……」
シュッシュッと拳を突き出すリリさんに苦笑する。
「だってカナタ様は凄い良い人ですもの。今までの勇者様ってやっぱり、どこか傲慢っていうか、謎の自信に満ち溢れているっていうか。依頼も難しいものを受けたがるんです。でも、カナタ様は違うじゃないですか。他の冒険者の皆さんと同じように、無理のない依頼からこなしていってて、本当に偉いと思います。だからきっと、カナタ様は凄い人ですし、もっと凄い人になりますよ」
だから、買い被りすぎだって。僕はそんな大層な人間じゃない。
そもそも、僕は魔王を倒したいとすら思ってないんだ。だから、リリさんの言葉が痛かった。
「……とりあえず、行ってきますね」
「はい、帰りを待っておりますね」
リリさんの笑顔に背を向け、外に出る。
……今日もさっさと終わらせて、出来るだけ早く帰ろう。
◇
「あ、カナタさん!」
「マリー」
西門に向かう途中で、僕を見つけたマリーがトテトテと駆け寄ってきた。可愛らしい。
「今からお仕事ですか?」
「そうだよ。マリーは?」
「私はおつかいです。お母さんに頼まれて、お肉を買いに行こうと思っていました」
「そっかそっか」
ニコニコしながら答える彼女に、思わず微笑む。
マリーともたまに出会う。とは言っても、今みたいにおつかいか遊びに行く時なので挨拶程度だが、それでも話しかけてくれるのは素直に嬉しい。
ちなみに、マリーの妹も体調が快復したようだ。幸い大した病気ではなく、しばらく安静にすれば治ったとか。
先日、『あの泉の水を飲ませてあげたら随分楽になったみたいです!本当にありがとうございました!』とお礼を言われた。
「今日はどこに行くんですか?安全でしたら、私も一緒に行きたいです!」
「ゴブリン退治だよ」
ゴブリンと聞いた瞬間、マリーはギョッとした表情を浮かべる。
「ご、ゴブリンっ!?ゴブリンですか!ゴブリンに捕まえられたら、『りょうじょく』されちゃうんですよね!?」
「ちょ、ちょっとマリー!?」
バッと音がする勢いで、周囲から複数の視線を感じた。ダメだ、これは完全に僕が悪者だ。
「こんな往来でそんなこと言っちゃダメだよ」
「う、そうですね、失礼しました」
素直に頭を下げる彼女に、少し苦笑する。純粋な良い子なんだけどなぁ。
「でも、カナタさんも『りょうじょく』されないよう、気をつけてくださいね?」
「うん……うん?え?僕も捕まったらそうなるの?」
「え?そうじゃないんですか?」
そういうのは女性だけなイメージだけど……。まあ、そんなことをマリーに言っても仕方ないか。
「分かった、気をつけるよ。マリーもおつかい、気をつけてね」
「大丈夫です!もう何回もしてますからっ!」
本当に元気だな。微笑ましいよ。
「あ、そうだ」
僕はガサガサとポケットを探る。その中から、二つの飴玉を取り出した。
「これ、あげるよ。マリーと妹ちゃんの分ね」
「わぁ!ありがとうございます!やっぱりカナタさんは良い人ですね!」
マリーからは更に眩しい笑顔を向けられる。だが、周りからはやはり鋭い視線を感じた。
飴でマリーを釣ろうとしているとでも思われているのだろうか。さっきのマリーの爆弾発言と相まって、僕は完全に不審者扱いだ。
マリー、愛されてるんだなぁ。
◇
ゴブリンは、イメージ通りと言うべきか、肌が緑で人型の魔物だった。決して強くはないが集団で群れることがあり、更に、敵を捕まえれば繁殖を目的とした暴行に及ぶ。
ゆえに、油断すべきではない。
「――ウ?」
ゴブリンが僕に気付いた。それが伝達し、ゴブリンの集団が全員こちらを向く。36体のゴブリン。気持ち悪いな。
「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!」
ゴブリンが棍棒を振り回しながら迫ってきた。彼らは馬鹿力だ。強化もせずに一撃でも受ければ、致命傷は免れない。
それでも、最近の僕は極力スキルを使わずに戦うようにしている。何かがあった時、確実に悠を守るためだ。そのために、少しでも強くなりたい。
「ふっ!」
まず、一撃を避ける。棍棒の下をくぐり抜け、ゴブリンの喉にナイフを突き刺した。
その屍を飛び越え、第二撃が迫る。ゴブリンは知性が低いため、連携することがない。つまり、自滅を狙えるということだ。
「わっ、と」
とは言っても、僕はズブの素人。今までにも修羅場をくぐったことはあるが、本格的な殺し合いはこの世界に来てから。
そんな僕が、本能で戦うゴブリンをそう簡単に殺せるはずもない。
「っ、らあ!」
ゴブリンの喉を切り裂く。これで三体目。まだまだ減ったようには見えない。
生き物を確実に殺すのなら、喉が一番効率が良い。心臓を潰すのは胸筋のせいで外すかもしれないし、刺したあとに抜くのも一苦労だ。特に、連戦の中では隙を作ってしまう。
その点、喉ならそこまで力はいらないし、狙いをつけやすい。これは完全に僕の持論だけど、とにかく僕は喉を狙うようにしていた。
躱す。躱す。敵の攻撃を躱すのは前提条件。焦って攻撃をしたら、それこそ自滅しかねない。
少しずつ場所を移動し、さっき目をつけておいたポイントに誘導する。そこは崖に挟まれた道で、二人までしか並ばないほどの細さになっている。
ここなら集団相手でも、そこまで不利にはならないはずだ。
と、思っていた。
「がっ!?」
不意に、背後から何かで殴られた。突然のことで息が詰まる。手放しそうになった意識を、口の中を噛み切ることで無理やり引き戻した。
「……うそん」
背後を見ると、そこにも大量のゴブリンにいた。崖の上からも僕を見下ろしている。
どうやら、僕はゴブリンの集団をゴブリンの住処に連れて来てしまったらしい。
「……ここまでかぁ」
僕の呟きを理解したのかしてないのか、ゴブリン達が一斉に襲いかかってきた。
でも、遅い。
「『光の剣・展開』」
無数の輝く剣が円状に顕れた。日々の鍛錬によって、僕の各スキルはその能力を上昇させている。
「『百華乱舞』」
光の剣が乱れ咲いた。ゴブリン達をズタズタに引き裂いていく。
緑色の見た目とは裏腹に、真っ赤な鮮血が宙を染め上げた。
「『包め』」
僕は自分の周りに光の膜を張り、それらを全て防ぐ。血で汚れたら、街に帰った時に目立っちゃうし。
ほんの数十秒でゴブリンは全滅した。挽き肉だ。
「うへぇ……」
べちゃべちゃになった地面を極力踏まないように歩く。
三体しか殺せなかった。まあ、ゴブリンは群れてたし、住処に踏み込んでしまったんだから仕方ないかもしれないけど。
ちょっと情けないなぁ。
それにしても、思ったより時間がかかってしまった。
と言うより、この森に来るまでに時間をかけ過ぎてしまった。西の森より更に奥地。鬱蒼と茂ったこの森は、少し薄気味悪い。
そう言えば、討伐組の出発は今日だってリリさんが言ってたな。玲達に挨拶しておきたいし、急いで帰ろう。
「『光の回廊』」
僕の足元から光が螺旋状に昇り、森を抜けて空まで出る。そしてそれはそのまま、街付近に向けて一直線に伸びていった。
「よし」
足を踏み出す。光を僕の足をしっかりと受け止め、僕を宙を歩かせた。
光の螺旋階段を上り、森の上へと出る。ひゅうひゅうと風が僕を撫でた。
光の上を歩き、街の方角へ向かう。ほんと、便利なスキルを貰ったもんだ。
道中、襲いかかってきた翼竜を『光の弓矢』で撃ち落としつつ、僕はアルティアへと辿り着いた。
モン◯ン楽しい。




