第九話 冒険者になりました
◇
「おはよう、舞」
「おはようございます」
「悠もおはよう」
「………」
朝、居間に降りると既に舞は起きていた。悠も起きている。
昨日、王城から帰った僕を迎えたのは温かいご飯と、怒った舞だった。もちろん、お風呂の件だ。
心身共に疲れていた僕は夕食を摂り、正座で舞に怒られたあと、倒れこむように眠りについた。
「朝ご飯はできてますよ」
「ありがとう」
どうやら舞の怒りも収まったらしい。よかったよかった。
「……奏多。実はあなたに大切な話があります」
席につき、朝ご飯のパンとスープを食べる僕の前に、真面目な表情を浮かべる舞が座った。
これまでにない程の、深刻な表情だ。これは何かあったのかもしれない。
「どうしたの?」
「……実は、もうお金がありません」
………。
「……はい?」
「お金が、ないのです」
「……え、え?なんで?」
「見ての通り、昨日買い揃えた家具は全て上質な物です。そして、上質な物は全て高価なのが当たり前です。要するに、そういうことです」
「………」
待て待て待て。僕の分のお金を預けていたから、舞は三枚の金貨を持っていたはずだ。
確かにベッドがふわふわなやつに変わってたり、高そうなソファが二つもあったりするけど、まさかそんな……ねぇ?
「ここでは悠様と奏多が生活するのです。質素な物では申し訳ないかと。食材もいいものを買い込みました」
「……ベッドとか、舞の分は?」
「もちろん、元から置いてあったものです」
「……なんてこった」
こりゃダメだ。責められないし、そんな気にもなれない。
「つまり、僕は早速働かないといけないのか」
「いえ、奏多が悠様の世話をしてくだされれば、私が働きます」
「……いや、流石にそれはダメだ。僕が稼ぐよ。とりあえず、冒険者ギルドにでも行ってくる」
ひとまず、舞にも同じ質のものを買ってあげないと。
服装もこの世界に合ったものを買いたかったけど、ひとまずは保留だな。
「ですがこれは私の責任ですし……」
「どちらにせよ、このままって訳にはいかなかったんだ。それに僕は男だ。女の子に働かせる男なんて……ダメだろ?」
「……分かりました。では、お願いします」
さて、食事を終えたらギルドに向かうか。
◇
ギルドの位置は、昨日の帰りに確認しておいた。南門の近くにあるみたいなので、少し時間がかかった。
「随分とでかい建物ですね」
「だね」
舞も冒険者ギルドに登録しておきたいと、僕についてきた。もちろん悠も一緒に。
冒険者ギルドは大きな建物だった。見上げるほどでかく、入り口付近は冒険者らしい風貌の人達で賑わっている。
「じゃあ入ろうか」
中に入ると、更なる活気が僕達を迎えた。奥には受付のようなカウンターがあり、端は酒場のようになっている。
そして、中に入ると同時に複数の視線を感じた。声を聞く感じ、勇者がここに来たことよりも、美少女が来たことの方が彼らを騒がしているらしい。
まあ、気持ちは分からなくもない。
だが、全ての視線をスルーしてカウンターに近付く。
「すいません」
「は、はひ!」
「………?」
受付のお姉さんに声をかけると、裏返った声が返ってきた。
「冒険者ギルドに登録したいんですけど」
「ひゃい!わかりまひた!」
「……あの、緊張しなくて大丈夫ですよ?」
「は、はいぃ」
舞が優しく声をかけると、お姉さんはやっと落ち着いたのか、銀色のプレートを取り出した。
「ゴホン、えっと、こちらが登録カードになります。これに血を垂らしてもらえれば、登録は完了です。これは契約魔法になってまして、登録すれば自動的に契約されます。契約とは言いましても、成果に応じて自動的にランクアップされるようになるだけです。ランクはSからEまでありまして、大変申し訳ないのですが、皆様もEランクからとなってしまいます」
「なるほど」
何が申し訳ないのかよく分からないけれど、とりあえず血を垂らしたらいいのか。
『光の賢者』を発動し、親指に軽く傷を作る。傷口から血が一滴垂れ、プレートに落ちた。
舞はどこに隠し持っていたのか、小さなナイフで指を切っていた。
「はい、これで登録は完了しました。そちらのお連れ様の登録はよろしいのでしょうか?」
「ええ、大丈夫です」
悠を登録させる必要はない。事前に舞と話し合った結果だ。
「承知しました。依頼ですが、左手にある掲示板に貼り紙がありますので、そこから選んで頂き、こちらのカウンターに持ってきてくだされば受注できます。もちろん、ランクによって受けられる依頼に制限はあります。ですが、冒険者ギルドではモンスターの素材を買い取ってますので、入手した素材はそちらに持ち込んで頂ければ換金致します」
へぇ、稼ぐ方法は依頼だけじゃないのか。依頼ついでに素材を手に入れたら一石二鳥だな。
「申し訳ありません。勇者様にEランクなんて失礼なのは分かっているのですが……決まりですので」
「いえ、気にしなくていいですよ。僕達も初心者なんですし、これは当たり前です」
「そう言っていただけると助かります」
頭を下げる受付のお姉さんに笑みを見せてから、掲示板へ歩み寄る。様々な依頼の中から、一枚の紙を剥がした。
「じゃあ早速ですが、これをお願いします」
「これは……本当にいいのですか?もっと割りのいい依頼はあると思うのですが……」
「いいですよ。最初ですし、ちょっとずつ頑張ります」
「……ふふ、カナタ様は勇者様なのに変わってますね」
「……それ、褒めてます?」
「もちろんです」
お姉さんの笑みが炸裂する。よく見れば、魅力的なお姉さんだ。
目が醒めるようなロングの金髪は滑らかで、顔も整っている。そこはかとなく色気も漂っていて、年上のお姉さんって感じが凄い。つまりエロい。
「……奏多?」
「は、はい?」
少し見惚れていた僕に、舞がどこか冷めた声をかける。寒気を感じた。そして同時に、横腹に痛みを感じる。
「ご、ゴホン。では、薬草の採集クエストですね。資料はお渡ししますので、そこに指定された薬草を同じく指定されている数を採集し、この冒険者ギルドまで持ってきてください。お願いします」
「分かりました。じゃあ、行ってきますね」
「お気をつけください」
冷めた目を向けてくる舞と、なぜか横腹をつねってくる無表情のままの悠を連れて、僕は冒険者ギルドをあとにした。
◇
「奏多。奏多ならもっと難しい依頼でもいいのでは?」
建物を出てすぐに、舞が不思議そうに聞いてきた。
だから、舞は僕を過大評価しすぎだって。
「僕にはこれぐらいがちょうどいいよ。それに……」
僕は一瞬、背後に視線を向けた。大通りから伸びる一本の細道、そこから気配を感じる。
僕は昨日の執務室でのやり取り、そして僕が出てからのガルダーク王とアリシア様会話。それらを小声で舞に伝えた。
「……『神子』ですか。確かに、奏多がそれである可能性は高いですね。なんせ、スキルを十個も持っていますし、なにより奏多ですし」
「最後のは関係ないだろ……。とにかく、そういうわけだから目立ちたくないんだよ」
「なぜです?もし奏多が『神子』とやらなら、更に高待遇にしてもらえるのでは?」
「その『神子』って、魔王を倒さないとダメみたいじゃん?僕、魔王退治はどうでもいいし」
そう、そんなことどうでもいい。魔王が生きていようと、死んでいようと、僕には関係ない。僕は元の世界に帰るつもりはないのだから。
「ですが……」
「舞。僕の生きる目的は、あの世界にいた時から変わらない。必ず悠の感情を取り戻す。ただそれだけだ」
それが僕の誓い。全てが無駄になってしまった、あの日の誓い。
これはもしかした、悠は望んでいないことかもしれない。罵倒される覚悟も、失望される覚悟もしている。それでも僕は、彼女の感情を取り戻してみせる。
だからこれは、僕の誓い。僕が勝手に彼女に誓った、僕だけの約束。
「奏多……。ええ、そうでしたね。あなたはそういう人でした。もちろん、私もそのお手伝いは惜しみません」
「ありがとう」
舞が味方なら、心強い。
「じゃあ、早速薬草を採りに行くよ。出来るだけ早く帰るから」
「分かりました」
舞が悠を連れて家に帰る。その背中を見えなくなるまで見届けてから、さっき渡された資料に視線を移す。
おお、結構量あるな。
この日僕は、『気配操作』を使って速攻で薬草を集め、ギルドのお姉さんに驚かれながらも、依頼をすぐに終わらせた。
やはり報酬は少なかったが、コツコツ貯めていこうと思う。平穏な日常のために。




