第八話 そのため息は、重く、深く
◇
「……その頰とティッシュは、どうしたのだ?」
「……その、色々ありまして。気になさらないでください」
「……そうしよう」
王の執務室に入室した最初の会話がこれだった。
王城に着いてすぐに案内されたのは、王の執務室だった。どうやら、王様直々に用があるらしい。そして僕は、何がなんだか分からないうちにここへ来た
そして、入室してすぐに腫れたままの頰と差したままのティッシュを思い出した。が、時既に遅し。王様に突っ込まれてしまった。
「では、改めて。我はガルダーク。このアルティアの王だ。以後、よろしく頼む」
ガルダーク王は壮年の男性だった。金色の髪をオールバックにしており、ちょっとチンピラ感が出ている。
だが、そのオーラは本物だ。対面すれば自分の存在が飲み込まれてしまうような、そんな凶悪なまでのオーラ。
その傍には、召喚されてすぐに見た第一皇女、アリシアが控えている。
「僕は氷室奏多と申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
「うむ」
王様と話すなんて初めてだから、どんな言葉遣いが正解か分からない。でも、こんな感じでいいらしい。
「夜分遅くに呼び出してすまないな。とは言っても、大した用ではない。単に顔を見ておきたくてな。他の者達とは顔を合わせたのだが、その時にカナタはいなかったゆえ」
「それは……お手数をおかけして、申し訳ありません。ですが、僕に会っていないということは、他にも会ってない人がいると思うのですが」
「ユウとマイのことか?彼女達とも顔は合わせたぞ?貴様は少女の付き添いやら何かで、その時もいなかったみたいだがな」
ああ、あのタイミングか。僕は間が悪いらしい。
「随分と美しい娘らと共に暮らすみたいだな。我の目にも敵ったぞ?つい、手に入れたくなったぐらいだ」
「ダメです」
「うん?」
「ダメです」
もしもそれが本気なら、僕は今すぐにこの王を消そう。悠達に手を出すというのなら、容赦はしない。
「う、うむ、そうだな。なに、ほんの冗談だ。気にしないでくれ」
ガルダーク王は少し慌てて取り消す。良かった。一安心だ。
「もう、お父様ったら、またお母様にしばかれ……ゴホン、怒られますよ?」
アリシア様がガルダーク王に少し怖めの笑顔を向ける。
っていうか今、『しばかれる』って言いかけてなかった?しかも、『また』って。
どうやら、ガルダーク王は家庭内ではあまり強くないらしい。
「ところで、実はさっき面白い話を聞いてな」
咳払いをしたガルダーク王が、露骨に話題を変える。
「今日この世界に来たばかりのカナタは知らないだろうが、実は最近、ここらの森にある犯罪ギルドが居座ってしまってな」
へぇ。それはまた物騒な話だ。
「十三人のギルドで、西の森で盗賊紛いのことをしていたらしいのだ」
……十三人。盗賊。して『いた』。
「だが今日、そのギルド全員の死体が見つかった。十二人は何かで斬られ、一人は何かで胸を貫かれたのが死因だと見られている」
なるほど。間違いなく僕だな。
「なまじ実力があるだけに、なかなか処分出来ずにいた厄介なギルドだ。それを、何者かが全滅させてくれた。出来ることなら礼をしたいのだが、誰の手柄か分からなくてな。今、目下探し中なのだ」
「……早く見つかるといいですね」
これはあまり良くないな。ここで僕だとバレたら、この先色んな厄介ごとに巻き込まれそうな気がする。
「ああ。本当に感謝していてな、なんならアリシアをやってもいいぐらいだ」
「お父様?」
「……すまん、言い過ぎた」
なんか、学ばない王だな。まあ、厳格すぎるよりかは親しみやすいけど。
「ところで、カナタ。貴様は西門付近に拠点を構えていたな。少女の付き添いやらも、西の森だったと聞く。なにか、知らないか?」
「生憎ですが、知らないですね」
「本当か?」
「はい」
しばらく、ガルダーク王と見つめ合う。どうせなら美少女とが良かった。アリシア様とか。
「……分かった。今日はお開きとしようか。他の勇者達はまだこの城に残っている。ジンとやらはそうそうに出て行ったがな。どうする?会っていくか?それなら案内させるが」
討伐組もまだここにいる。玲達に会いたいとは思うが、
「ありがとうございます。ですが、遠慮させてもらいます。……まだ、初日ですし」
そう、まだこの世界に来て一日も経っていない。流石に濃すぎた。この調子じゃのんびりなんて夢のまた夢だ。
「そうか。それもそうだな。では、これからもよろしく頼む」
「はい、こちらこそ。では、失礼します」
頭を下げ、そそくさと執務室を出た。とりあえず、早くこの場から離れたい。ボロが出てしまいそうだ。
◆
「……アリシア」
「はい」
奏多が執務室を出てしばらくしたあと、軽くため息をついたガルダークが自分の娘に声をかける。
「どうだ?」
「もう気配はありません。城を出たようです」
「そうか……」
ガルダークはそれを聴くと、脱力したように背もたれに体を預ける。
「それで、どうだった?」
「……まだ、のように感じました」
アリシアは少し苦い表情を浮かべた。それを横目で見たガルダークは苦笑する。
「気に病むな。そもそも、望みは薄かったのだ。それに、まだ可能性が消えたわけではない」
「そうですが……神に選ばれた『神子』。その存在も、遥か昔のただの神託ですし」
「ただの、か。アリシア。その言葉、巫女どもの前では口にするなよ?」
「……はい。失言でした」
「いい。肉親に遠慮する子なぞ、可愛くないぞ?頭の固い連中にさえ聞かれなければいい」
「ふふ」
少し戯けるガルダークに、アリシアは微笑みを見せる。
それを見たガルダークも、少し表情を緩めた。
「だが、聞き込みでは……」
「はい。西門の衛兵に確認したところ、今日門から出たのは少女と、その少女と共にいた少年だけだと。少女は戦闘能力を持たず、ゆえに勇者である彼に協力を申し出たと、町民からも報告がありました」
「ふむ。ならば、やはりカナタがやったとしか考えられないな」
「ですが、先程の彼からは何も感じ取れませんでした」
「……人を殺めた者が宿す、狂気か」
誰しもが、人を殺せば狂気を宿す。そこにどんな理由があれ、正義があれ、悪意があれ、それは変わらない。
命を奪うことは等しく罪だ。それは相手が敵であれ、味方であれ、人であれ、虫であれ、何であっても変わらない。
しかし人間はエゴゆえに他生物の命も平気で奪う。そのくせ、同胞が殺されれば憤怒し、同胞を殺せば罪の意識を抱く。
そしてその時、人は狂気を宿す。一度そこに足を踏み入れれば二度と戻ることはできず、一度外れたタガは容易に外れる。
当然、ガルダークもアリシアも、その狂気を宿していた。逃れることの出来ない戦いに勝利したがゆえに。
それでもなお足を止めないのは、自らに課せられた宿命を全うするため。つまり、この国を治め、国民を守るため。
「アリシアの『共鳴』に反応しないのならば、恐らくまだなのだろう」
アリシアの保有スキル『共鳴』は、自らが指定した相手と己の任意の感情を共鳴させる能力を持つ。
だがもちろん、相手がそれを宿していなければ、共鳴することはない。
「人を殺した際に宿す狂気に、彼は共鳴しませんでした。それは確かです。……これは、本来なら喜ばしいことなのかもしれませんが、どこか失望してしまっている自分が情けないですね」
アリシアが自嘲気味な笑みを浮かべる。自分は人殺しで、奏多は違う。それを理解させられたことが、彼女にそんな表情を作らせた。
それに、それだけではない。
「……我々の希望となる、『神子』が現れた可能性があったのだ。失望してしまうのも、仕方がないだろう」
伝承では、『神子』は圧倒的な能力を保持しており、人類と魔族との争いを終結させると言われている。
もしも。
もしも西の森で盗賊を駆逐したのが奏多なら、彼が『神子』である可能性が高かったのだ。
召喚されてすぐにまともな戦闘が出来た勇者は未だおらず、それだけで今までとのイレギュラー性を感じられたからだ。
もちろん、それだけで『神子』だとは断じられない。だが、望みを持つことはできた。
「……まだ分からない。状況から考えれば、カナタがやったとしか考えられないのだ。無論、元から外にいた何者かがやった可能性もある。だが、それはその者が出てくるまでは証明できない」
「ですが……『神子』などという存在は、やはり……」
「……『悪魔の証明』、という言葉を知っているか?」
「いえ……初めて聞きました」
唐突なそれに、アリシアは首を傾げる。
「昔、ある勇者から聞いた異世界の言葉だ。例えば、ある所に悪魔がいると主張する者と、いないと主張する者がいたとしよう。その場合、悪魔がいると主張する者は、実際に悪魔を見せれば証明できる。だが、悪魔はいないと主張する者は、それを証明することはできない。いないことの証明など、世界中を同時に探しでもしない限りできないからな。そんな事、不可能だろう?」
「……なるほど」
「それと同じだ。『神子』がいないと主張することは、誰にでもできる。だが、それを証明できるか?」
「……できません」
「だろう?ならば、諦めるな。他の誰でもない、お前が諦めてどうする?お前はこの国を背負う者だ。他の誰が諦めようと、お前だけは諦めてはならぬ。違うか?」
「……おっしゃる通りです」
アリシアの言葉に、ガルダークは満足して頷く。
だが、実際のところ彼自身も『神子』の存在を疑っていた。『本当にそんな者が召喚されるのか』と。
だが、一国の王たる自分がそれを諦めるわけにはいかない。その一心で、なんとかその不安を己の胸に押し留めていたのだ。
「……『クラスE』。人格に問題を抱えた生徒が集められたクラス、か」
ガルダークはそう言って、手元の資料に目を落とした。そこには、『クラスE』の情報がびっしりと書き込まれている。
「ヒムロ・カナタ。優劣の感情を持たない少年。……本当に、それだけか?」
その呟きに、アリシアが答えられるわけもない。複雑な感情が込められたその言葉は誰にも受け止められることなく、ただただ漂う。
否。
「……はぁ」
扉の前で『気配操作』を使い気配を消していた奏多が、それを聞いて深いため息を吐き出したのだった。
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