P.121 合成獣(2)
その頃シャクルは、選手控え室にいた。控え室は闘技場地下に造られたドーナッツ型のひと繋がりの部屋…っと言うより空間であった。長い待ち時間に飽きてきたシャクルは、アクビをしながらフラフラと散歩中だった。
その空間の壁には、だいたい100メートル間隔に、まるで映画館のスクリーンのような水の幕が壁に貼ってある。そこには水面に景色が反射するように、リング上の光景が映し出されているのだった。
「しっかしすげぇな、水と光のマザーとで作り出したモノってか…何つう技術なんだよコレ…」
首を傾げながら水のスクリーンを見つめるシャクル。
「リーシェは負けたが、この先どっちかと当たるかもしれねぇんだよな…怖いもんだね~、王もメイドも――…ん?」
ため息混じりに呟き、また歩き出そうとした所…シャクルの視界に、先程リーシェと戦っていたカヌイの姿が映る。何かを探してるように、水のスクリーンの反対側の壁をキョロキョロとしている。
「何をしてるんだ?」っと見つめていると、その視線に気づいたようで、カヌイが振り返る。
「お?あんたはシャクル=ファイントやないか。何してんねん?」
「いや『何してんだ』はこっちのセリフだって…失格なったんなら、もう帰っていいんじゃねぇのか?それか出口迷子か?」
「あ~ちゃうちゃう。泥棒や泥棒。優勝賞金もらえへんなら、別な戦利品頂いていこうかなぁ~、思てな」
「ほぉー、そりゃまた仕事熱心で…」
っと、その場からシャクルが去ろうとすると…
「ちょお待ちぃや、シャクル=ファイント」
カヌイが呼び止めてきた。「ん?」っと振り返ると、カヌイはシャクルに歩み寄ってきた。
「何だよ…泥棒の手伝いならしねぇぞ」
「…おっ?さっきはバタバタで、そないよぉー顔見れへんかったけど…あんた綺麗な顔しとるやん。どや?うちと遊んでいかへんか?」
「おーい、話し反れてんぞ…」
「うちの身体、好きにしてえぇんやでぇ~?」
そう言ってシャクルの体に自分の体を擦り寄せていくカヌイ。するとシャクルは無表情のままに小さくため息。
「…んじゃ、好きにさせてもらいまーす」
っと棒読みの言葉を言って、カヌイに背を向けて歩き出す。支えを無くしたカヌイは小さくコケる。
「…――っておりょ?…ちょっ、ちょお待ちぃや!」
慌てて去っていくシャクルを追うカヌイ。
「ちょおあんた!あっさり過ぎるやろ!?うちも一応女やで?無感情過ぎて傷つくやろが~…」
「いや、『好きにしていい』って言ったのお前じゃん」
「ハッキリ言いおるなぁ~…それが傷つく言うてんねん……まぁえぇわ。うちを傷つけたお詫びや、泥棒の手伝いしてもらうでー」
落ち込むような表情から、笑みを浮かべた表情にコロっと変え、シャクルの肩を叩くカヌイ。そして「行くぞ」といった手招きをしながら歩き出す。
「はぁ!?おい!何勝手に言ってんだよ」
「ちょっとだけやって。あんたに迷惑はかけへん」
「いや、手伝いの時点で迷惑なんだが…」
そう言いつつも「仕方ないか…」っとため息をはき、カヌイの後を追い歩き出すシャクル。
「…んで、何を盗むんだ?」
「億越えの大物や」
「大物?…おいおい、手配書出る程の面倒事は勘弁なんだけどなぁ…」
「手配書出るかどうかは大丈夫やって。今回の獲物は公に出来へんやつや」
「公に出来ないやつ?」
「そーや。あんたも聞いた事あるやろ?『合成獣』や合成獣。うちはソレ狙いなんや」
そうは聞かれても、もちろんシャクルは知らぬ単語。「さぁ」っというように首を傾げてみせた。
「何や?知らんのか?合成獣の事」
「あぁ、全くだな。有名なのか?そのキメ…ラ?ってやつは」
「まぁ"その手"のやつらには、やな」
「その手?」
疑問を返すと、カヌイは立ち止まり、辺りをキョロキョロ。周囲に人がいない事を確認し、壁にかけられ額に入った1枚の絵を指差した。
草原の描かれたその絵は約40センチ四方の物で、だいたい50メートル間隔で飾られた内の1枚だ。その絵に歩み寄っていくカヌイにシャクルは続く。
「合成獣っちゅうのは、何種類もの獣を繋ぎ合わせた化物の事や」
「繋ぎ合わせた?そんな事出来んのかよ?」
「出来てしまうからおるんや、その合成獣っちゅーのが」
返事を返しつつ、カヌイは飾られた絵に触れると、突然壁から外そうとガタガタ揺らし始めた。しかし釘が何かで留められているのか?簡単に外れる気配は無い。
「ん~…っ!外れへん…」
「この絵に何かあんのか?」
「あるからイジっとんのや。それよかあんた。女に力仕事させる気なんか?」
そう言ってシャクルの後ろに回り、その背中を押すカヌイ。
「力仕事って…まずは何か説明しろよ…」
苦笑いで首を傾げながらも、絵に手をかけるシャクル。するとカヌイがシャクルの背中にピタっとくっつき、耳元で囁いた。
「内緒の事や…この下にもう1つの闘技場があんねん。その通気孔を隠す役割しとんのが、この絵や」
「この下にも闘技場が…?2階建てかよ、すげぇな…」
「確かにすごいでぇ~…"その手"の者。財産ぎょうさん持った資産家だけが入れる、法に反した非公式の地下闘技場。合成獣とヒトを戦わす、殺戮の闘技――…いや、処刑場や」
「…何だよ、そりゃ…」
「合成獣は製造が禁じられたモノ。元の命を奪い、奪った数の命を繋ぎ合わせた化物。ヒトの興味だけで命を奪われ、望まぬ命を与えられただけの玩具や。獣だけで無い…人間すら実験台にされた合成獣までおる…製造や所持は罪。つまり存在は認められてへんモノや」
「それがこの下に…?」
「資産家なんてな、大抵頭のイカれた連中ばっかりや…己を強者と思い込み、金を持たぬ弱者を玩具としか思わへん。合成獣の存在と法を金で買い、弱者に金をチラつかせて血を見とんねん」
シャクルの肩に顎を乗せるカヌイは鼻で1つ笑う。
「たとえばや…税を払えぬ一家に『合成獣を1体倒すごとに100万…』なんて言うたり、妻や子供を引き合いに出されたり…さぁお父ちゃんはどないするやろねぇ?」
「………」
「合成獣なんてなぁ、並の軍人5人でようやく1体や…だけどお父ちゃんには、ボロボロで錆びた剣と盾しか渡されませーん」
「勝てる訳ねぇだろ、そんなんでよ…」
「だからこう言うねん…『逃げるなら構わない。でもそうなれば、代わりに戦うのは妻になる。それか妻の指1本につき、兜や鎧を足してやろう…本数次第では、武具は良質な物になっていく』…っとな」
「………」
「リングの上に2人を立たせ、檻を挟んで合成獣と向かい合った状態でや……合成獣を前にした恐怖に妻を売るお父ちゃん。夫の為に指を売るお母ちゃん…それぞれの人間ドラマの後には、結末が揺るがぬ惨劇や…それも家族の目の前で……どや?腐っとるやろ?」
しばらく黙り込むシャクルは、ゆっくりと絵から手を離す。それに合わせてカヌイもシャクルから体を離した。
「…1つ聞くが、お前が合成獣を盗む理由は何だ…?」
「理由?そんなん決まっとる。合成獣をペットにしとるイカれ資産家に売る為や。つまりは私利私欲の為」
「ハっ、なるほど。はっきり言いやがる」
「何や急に。まさか今の話し聞いて、『俺が』的な正義の味方気どるつもりか?あんた」
「違ぇよ……そんな腐った思想潰す為とかなら、俺は降りる所だったぜ」
シャクルはクルっと身を反転させ、絵のかかる壁に寄りかかりカヌイに向く。
「ここを潰せば終わる腐敗じゃねぇしな。貧富の差がある限り消えはしないもんだ…そんな終わりの無い事に、俺らは構ってる余裕もねぇ。ところでろで確認させてくれ。お前に協力すりゃ、俺にバックもあんだろ?」
「それはもちろん。取り分半々でどうや?2体盗めば2人で億×億やで」
「億もありゃ、小型客船くらいなら買えっかなぁ…」
「ん?何やあんた。船欲しいんか?」
「あぁ、そうだけど」
「それやったら――…」
カヌイが何かを言いかけた瞬間、突然地震が起きたような小刻みな揺れが周囲の壁を揺らす。
「何だ?この揺れ…」
「きゃー地震怖ぁ~い♥」
続く揺れに、わざとらしい声色でシャクルに抱きつくカヌイ。
「っだぁ~くっつくな!」
「あ~ん、やっぱ締まった男の身体もえぇなぁ~…ここも…♥」
「っ!?どこ触ってん――…ッ!!」
シャクルの身体を撫で回すカヌイの顎を掴み、シャクルは己の身から引き剥がすように突き飛ばした――…瞬間、
ッガァアァァァァンッ!!
突然シャクルとカヌイの間の地面が隆起し、巨大な黒い物体が姿を現す。それは5~6メートルはあろうサメのような背ビレ。
「何だよこりゃ…!?」
カヌイを突き飛ばし、横に跳んでいたシャクルは剣に手をかけ身構える。突き飛ばされた勢いに負け、転倒していたカヌイは起き上がり、シャクルに押された顎を擦る。
「アホかあんた!普通女助けるんやったら『危ない!』とか言うて抱き寄せて、一緒に跳ぶやろがぁー!!」
「結果助けたんたなら文句言うな泥棒女」
キーキー騒ぐカヌイを他所に、地面から飛び出した背ビレは、何やら地面から出てこようとしているように左右に揺れ動いている。
目の前の巨大な背ビレから、怪物的何かが出てくる事はあきらか。剣を抜き去り構えるシャクル。
「出てくる気かよ、コイツ…」
「アカンでシャクル!!」
「何がだ――…うおっ!」
剣を持たぬシャクルの右手を引き走り出すカヌイ。
「あれが合成獣や!しかもあのデカさ…大型の合成獣、ボスキャラや!」
「は!?合成獣に大型とかあんのかよ!?」
「遺伝子操作までされたホンマもんの怪物やで、あの合成獣は!うちらじゃ絶対敵わへん、逃げるしかないんや!」
「つうか何でその怪物がここに出てきてんだよ!?」
「そんなん知らんわ!普通は特殊な檻に入っとるんやけど…それに大型がいるのは初耳やぁ~!!」
ドガァァァァッ!!
地割れが起きたかの振動と共に、巨大な背ビレが更に地面を隆起させ天井に突き刺さる。そして現れた合成獣…その姿はまさに合成された化物。体長は軽く10メートルはあるのではないか。並ぶ2つのサメの頭に、体は海ガメなのか?前脚はヒレのような形状で、その身を甲羅で覆い、後脚は熊のような毛の生えた太い脚。背ビレはその甲羅から伸びたモノ。
「っんだよアレ!?」
「アカーン!!出てきてしもた!」
「っ!?危ねぇ!!」
走る中、突如感じられた気配にシャクルが先を走るカヌイの手を引き抱き寄せる。瞬間、天井が突然爆発したかのように崩壊。すると瓦礫と土煙の中から飛び出してくる影。
その影は滞空で2つに別れ、シャクルの傍に1つ落ちる。その影は合成獣では無く、人の形をしたもの。そしてシャクルも見覚えのあるものであった。
「こっ、こいつは…!?」
それは昨日ユーネを襲撃した、テオ=テルアーであったのだ。何があったのか、傷だらけの体で気を失っている。
「グルゥアァァァッ!!」
テオに目を奪われていた所、獣の鳴き声が響く。それはテオと飛び出してきたもう1つの影。虎のような容姿に、頭から尾の先まで赤く逆立つたて髪のような毛を持ち、異常なまでに発達した犬歯と爪までも持つ、体長は5メートルはあろう四足獣。
「こっちも合成獣かよ…」
「それも大型2体…最悪や…」




