第6話 地下の管理システムルーム(後編)
文字を追ううちに、指先が冷たくなっていくのが分かった。
頭では分かっていたことなのに、いざ本物の文字として突きつけられると、まるで今初めて知ったように動揺してしまう。
「透真さん、それ……」
エマが横から覗き込んでくる。隠しきれないと諦めて、俺は身体を横にずらした。
「二十四時……? 二十四時間で、焼却って……」
エマは目を見開いて文面を凝視した。動揺に、声が震えている。
男も画面を覗き込み、表情を強張らせた。息を呑む音がした。
「培養個体って、あの化け物のことだよな」
「たぶん、な」
俺はできるだけ平静を装って頷いた。
もう驚いたふりをする必要もない。二人とも、十分すぎるほど動揺している。
「つまり――あの化け物どもが、これから次々に解き放たれる。二十四時間後には、それを始末するために施設ごと焼却する。俺たちがまだ中にいようが、関係ない、ってことか?」
「そんな……」
エマが唇を噛んだ。
「今、何時間経ってますか……?」
誰にともなく漏らした問いに、答えられる者はいなかった。
目覚めてからどれくらい経ったのか、正確な時間の感覚は、誰にもなかった。
「とにかく、悠長にしてる暇はなさそうだ」
男が低く言って、モニターの群れに視線を巡らせた。
「脱出できる場所を探すのが先だ。ここに突っ立ってても始まらない」
俺は頷きながら、画面の端に映る施設の見取り図に目をやった。
頭の中にある記憶と、目の前の映像を重ね合わせる。
地下、中層、そして地上。
三人が今いるのは、地下の一角だった。
そして――脱出のために外へ通じる出入口は、地上のただ一箇所しかない。
「あそこだ」
俺は、モニターの一つを指差した。重厚な扉が映っている。
周囲には、他の場所には見られない厳重な造りの枠組みがあった。
「あの扉、様子がおかしくないか」
男が言った言葉に、俺は小さく頷いた。
知っている。あの扉を開くには、鍵が要る。
だが、それを口にすれば、なぜ知っているのかと聞かれる。
俺は代わりに、画面の端に表示された注記を指した。
「――『特殊解錠キーによる開放が必要』、だとさ」
男とエマが、揃って黙り込んだ。
その注記のすぐ下に、もう一行、小さな文字が続いていた。
『当該キーの発行元:所長権限/発行フロアへのアクセスには役員権限IDが必要』
「所長権限……? 役員?」
エマが画面を覗き込みながら呟く。
「つまり、まず役員のカードとやらを手に入れないと、所長室にすら近づけないってことか」
男が眉根を寄せた。俺は黙って頷きながら、うまく二人を誘導できたことに一息ついた。
厄介だが、少なくとも、これで探すべきものの見当はついた。
二人がまだ扉の映像に目を奪われている間に、俺はもう一度、さっきの培養槽の映像に視線を戻した。
三つの空の槽。その中にひとつだけ、他より一回り大きな槽があった。
他の槽とは明らかに違う大きさ、違う形――そしてそれもまた、扉が開いたまま、空になっていた。
――その時だった。
視界の隅、施設内のどこか薄暗い通路を映す画面の中を、一瞬、何かが横切った。
人影にしては異様に大きい。だが、獣にしては、動きが妙に緩慢だった。
見間違いか、と思う間もなく、それはもう画面の外へと消えていた。
あの空になった槽の主が、もうこの施設のどこかを歩き回っている。
喉の奥が、じわりと冷えた。他の二人は気づいていない。
俺はそのまま何も言わず、視線をモニターから外した。
今はまだ、口にするべきことじゃない。




