第43話 ここは違う世界③(sideエマ)
その後私たちはシステムルームという部屋で、クリアに必要な手がかりとモニターに映るたくさんの化け物を見た。
こんなたくさんの化け物に襲われたらという恐怖と、二十四時間のうちにここから脱出しなければ、死ぬかもしれないという不安で体が震える。
透真さんが端末に何かを打ち込んでいることに気づいたが、声をかけると彼は慌てたように身体で画面を隠してしまった。
誤魔化すような答えに、少しだけ引っかかりを覚える。
透真さんはこの部屋の事を知っているようだったし、モニターに映るあの化け物たちを見ても動揺した様子がない。
(透真さんは、一体何者なんだろう?)
私の疑問は端末の中の二十四時間の制限時間と施設の爆破という衝撃に流されて、それ以上深く考える余裕がなかった。
この施設を出るには地上の扉から脱出するしかない。
そのため地上に上がるエレベーターホールへ移動する。
途中、廊下で壁や床のところどころに、赤黒く乾いた染みが飛び散っているのを見た。生臭い臭いが鼻腔を突き刺す。
人だったものの砕けた骨と肉片、その塊が、床一面にブチ撒けられていた。
ぬめりを帯びた血溜まりと、そこから伸びる、何かを引き摺ったような跡。
衝撃的な光景に、胃の底から酸っぱいものが込み上げてくるのに、口元を両手できつく抑えてその場にしゃがみ込んでしまう。
膝の震えが止まらない、しゃがみ込んだまま私は一歩も動けなくなっていた。
頭では分かっていたはずなのに、実際に目にした光景は想像とはまるで違った。
抑えようとしても、体が震えてしまう。
必死に口を手で押さえたが歯の根が合わず、ガチガチと情けない音が漏れそうだった。
この光景は、未来の自分かもしれない。
(怖い……怖い……怖いよ……!)
『死』という重さが急に現実にのしかかってきて、その重さに潰れてしまいそうで、自分の激しい鼓動だけが耳の奥で狂ったように鳴り響いていた。
衝撃も覚めぬまま、エレベーターホールでは再びあの化け物と対峙することになった。
エレベーターで上がるための認証装置に行かなければいけないのに、その近くに化け物がいる。
「近づけないよ……あそこまで、行けない……」
先程の廊下で見た光景がフラッシュバックする、バラバラに引き裂かれた死体、あの化け物に近づいたら今度は自分がああなるかもしれない。
恐怖で足が動かない私の横を、次の瞬間、透真さんが化け物に向かって駆け出していた。
「――こっちだ!」
廊下に反響する声が、やけに遠くに聞こえる。
「透真さん!?」
悲鳴に近い声が、勝手に喉から出ていた。
巨体がゆっくりと彼に向き直る。
「今のうちに起動しろ! 早く!」
叫ぶ声を合図に、男の人が認証装置まで走り震える手でカードを翳して、エレベーターのロックを解除していた。
「開いた……! エレベーター、こっちだ!」
「エマ、先に行け!」
透真さんは化け物の注意を引きつけたまま、じりじりと後退している。
エレベーターの扉が開く音がして、男の人に背中を押され、私は中へ転がり込んだ。
「透真さんも、早く!」
振り絞るように叫んで、祈るような気持ちで化け物と対峙する透真さんを見る。
彼が化け物との距離を見計らい、反転して真っ直ぐに駆け出すのが見えた。
化け物の膨らんだ両腕が真上に掲げられ、彼に向かって振り下ろされる。
寸前、透真さんは体をずらしてその腕を避けた。
その勢いのまま肩をかすめる寸前で、透真さんはエレベーターの中に転がり込んできた。
背後で獣じみた咆哮が響いていて、その恐ろしい声がずっと耳にこびりつく。
気づけば、透真さんの腕にしがみついたまま震えていた。
俯いた顔が、うまく上がらない。
透真さんは何も言わず、背中に軽く手を添えてくれていて、その手の温かさを感じてようやく体の力が抜けていく。
(透真さん、生きてる……良かった)
さっきあんな無茶をして、目を閉じても化け物に向かって駆け出していく背中が、瞼の裏に焼き付いて離れない。
どうして、あんなに迷いなく動けるんだろう。
まるで命を懸けることに迷いがないみたいで、その事実がなによりも怖かった。




