第38話 鳴り響く鐘(後編)
「――止まれ」
鐘に向かって進みかけた俺を、玲が片手を上げて制した。
どこからか、あるいは最初からここにいたのか、また白い影がゆらりと浮かんでいた。
今度は三体、いや四体か。
ここが最後の宝の場所だからか、今まで相手してきた幽霊よりもその存在は希薄で、逆に不気味な気配を漂わせている。
「多いな」
「俺が減らす。お前はその間に宝を見つけろ」
言うが早いか、玲は瓦礫の上を跳ぶように駆け上がり、一体目の幽霊に切り込んだ。
ナイフが閃くたびに、白い影の幽霊が霧のように散っていた。
散っては再生する幽霊を、玲は何度でも目に追えない速さで蹴散らしていく。
俺は瓦礫を跨ぎながら鐘へと走った。
――ふと、背後で空気が動いた。
振り返る間もなく白い輪郭が一体、玲の相手をしていた集団から抜け出すようにして、俺の方へ真っ直ぐ向かってきていた。
思わず舌打ちが漏れる。
足を止めて周囲を素早く見渡すと、崩れた床の穴がすぐ後ろに口を開けていた。
逃げ場はない、だが正面には崩れかけた柱が一本、俺と幽霊の間に立っている。
考えるよりも先に、体が動く。
素早く柱の陰に飛び込むと、幽霊は後を追って大きく回り込む軌道を取った。
(――来る!)
柱を回り込んできた幽霊の横合いへ、鉄パイプを思い切り叩き込む。
手応えは相変わらず頼りないが、体の一部を霧散させた幽霊が一瞬その輪郭を震わせて崩れる。
もう一撃。白い輪郭が、今度こそ霧のように散って消えた、と思ったその矢先。
霧散したはずの影が、息つく間もなくすぐさま再生して白い手をこちらへと伸ばしてくる。
避けきれない、と迫る手を見ながら思った瞬間、瞬く間に目の前を黒い風が横切った。
離れた場所にいたはずの玲が、幽霊を切り裂いてそのまま駆け出していく。
肩で息をつく、心臓がまだうるさいくらいに鳴っている。
ふと視線を感じて顔を上げると、幽霊二体を斬り伏せた玲がこちらを一瞬だけ見ていた。
何も言わない。
ただそれだけで小さく頷いたようにも見えて、玲はすぐにまた敵へと向き直った。
(――あれだけの動きをして複数の敵を相手取って、こちらまで気にかけるだけの余裕があるのか)
改めて原作ヒーローの強さを目の当たりにして不思議と気持ちが落ち着く。
それが妙に照れくさくて、俺は何も言わずに鐘へと再び走り出した。
途中、俺へ向かってこようとした幽霊はすぐさま玲に散らされていくのが見えた。
全力で走って鐘の目の前まで来ると、鐘にもその周囲にも光る宝らしきものは見当たらない。
(今までの宝のように光るんじゃない、特別な宝は地図を揃えて完成するんだ)
web小説の中の宝探しのミッションを思い返しながら、玲とエマから譲り受けた地図を二枚取り出す。
それを鐘の表面に浮かぶ模様と地図を上から重ねていく――線と線、点と点。
まるで誂えたかのように両者の模様がぴったり重なると、それは札の片面にも書いてあった見覚えのある複雑な紋様となった。
次の瞬間、鐘の全体が光の紋様に覆われていく。
その輝きは次第に強くなり、同時にこの場にいた幽霊たちがすべて消し飛んでいくのが見える。
今までだったらすぐ再生していた幽霊は、もう二度と戻ってくることはなかった。
光に包まれた鐘は半分崩れていた姿を巻き戻すように、完全な姿へと変わっていく。
やがて目の前のそれは、もうどこも欠けたところのない復活した鐘になった。
「最後の特別な宝、見つけた……」
呟いた瞬間、光が一層強く輝きを増し、目を開けていられないほどの強さに変わる。
咄嗟に両腕で顔を庇うのと、体をグイッと後ろに引っ張られるのは同時だった。
玲に後ろから抱えられたまま、状況が分からず両目をぐっと瞑っていると前方から音が聞こえてきた。
――リィーン、ゴーンッ、リィーン、ゴーンッ。
それは澄んで落ち着いていて、心に深く沈み込んでくるような鐘の音。
そっと、目を開く。
いつの間にか光はもう収まっていた。
半分崩れていた屋根も直っていて、頭上の梁に吊るされた金色に輝く大鐘が揺れている。
石造りの床を伝って、空間が震えるような、足元から体を揺さぶられるような振動が伝わってきた。
まるで空に溶けていくかのように高く澄んだ鐘の音が、夕暮れの廃墟の街にいつまでも響き渡っていた。




